第十話 広報準備
野球同好会に見学に行った翌日。暖かな春風が吹き込むうららかな昼休み。
桜を望む印刷室に僕は清ちゃんと一緒にいた。
「な・に・が!「君は来る学校をまちがえてないか。」だー!」
僕は輪転機を回しながら悔しさに雄たけびを上げた。
「きゃあ!っなんですの!巽。突然大声を上げて。」
僕の声に驚いた清ちゃんが、床に大量の紙をばら撒いてしまっていた。
「あ、ごめん。」
慌てて拾うのを手伝う。
「…もしかして、また思い出し怒りしていたんですの?」
散らかした紙を纏めながら清ちゃんが聞いてくる。
「…まあ、ね。」
あの後、僕はあの自分たちを弱小部と呼ぶ彼らに啖呵を切った。曰く。
「『貴方達に甲子園を目指す気がないなら僕は新しい部を立ち上げる!』なんて大層なことを言ってのけたんですのよね?」
「うっ…。」
なんだか殺気を感じた。
「清美…。お、怒ってる?」
「おほほほ。まさか。」
目が据わってるよ。こわいよお。
「時間が限られていると言うのに、遠回りな道を選ぼうとするあなたの特性などわかってますのよ。ええ、わかっていますとも。」
うううう。やっぱり怒っているよね。だってただでさえ半年の時間は少ない。いくら弱小と言っても彼らは経験者。これから部を起そうとするより、彼らの部から人数の募集をかけて人数集めて、練習したほうがはるかに早い。一から部を起すなど愚の骨頂だ。
「わかってる。…でも、あの人たちとたとえ甲子園目指したところで、だめな気がするんだ。」
最後の一枚を拾い終えて、立ち上がりそれを机の上で綺麗に整える。それを見ていた清ちゃんが不思議そうな顔をした。
「…一体何が不満でしたの?」
「え?」
「お話をうかがっている限りでは、あながち相手の方々が悪いことを言っているとは思えません。少々、現実を見すぎて怖気づいている気がしますけど、行っていることは至極まとも。発破かけるなり、何なり援助して差し上げれば、それなりに働いてくれるとも思えますが。」
清ちゃんの言うことはわかる。そう、彼らは至極当然、まともなことを言っている。むしろ|柏原(この学校)で甲子園を目指そうなんて無謀な夢をほざいているこっちの方がおかしい。僕は纏めた紙を清ちゃんに渡しながら溜息をついた。
「僕だって、彼らが悪いとは思ってないよ。むしろ、すごいと思っている。自分を弱いとはっきり認められるンだから。」
スポーツ選手というのは得てして、自信家が多い。根拠のない自信を持って、慢心し鍛錬を怠ったりして、それを他人のせいにする。やれプレッシャーに負けたのなんだの。そうじゃない人もいるけど。
自分たちを弱いって認めることは別に悪いことではない。その分努力することを覚えるから。決して慢心することなく。でも彼らはそれとは違う。
「自分たちがいつまでも弱いままだと言うことを許量してしまっている彼らを僕は許せない。」
「現実を見ているとは考えられませんの?」
「それもあるけど、努力なしに諦めているのが伝わっているんだよ。きっとあの人たちと一緒にやっても本当に弱小部だけで終わっちゃう。」
「今後に期待とか?」
「時間がないんだよ。」
それが最大かもしれない。ともかく士気のない彼らを夏までにどうこうできる自信がない。もちろん、時間がないというのは完全な僕個人の我侭でしかない。それに彼らを巻き込むのは違う。
「…それにさ。」
僕は印刷室の窓に近づいた。印刷室の前には桜の木があって、散り行くその花びらが緩やかな春風とともに迷い込んでくる。僕はその一枚を手を伸ばして空中で受け止めようと手を伸ばした。
くるくると花びらは舞う。
桜の下、白いボールが弧をを描く軌跡が思い浮かぶ。
彼らの笑顔。ただのキャッチボールに過ぎないのにとっても楽しそうだった上級生。
箱庭のようだと思った。とっても楽しく綺麗な空間。彼らだけの場所。
彼らにとって野球とはきっと楽しいものだ。勝負とは無縁、甲子園なんて目指さなくても十分楽しいスポーツだ。
中空を待っていた花びらはそっと最後に狙いあまたず僕の手の中に落ちた。僕はそれにそっと、触れる。
「僕が目指すのは無茶なこと。生半可な練習量じゃいられない。なかよしこよしの馴れ合いスポーツやってる人に耐えられるわけがないじゃない。」
僕はそっと花びらを手のひらから落とした。ひらひらと花びらが手のひらから零れて落ちていく。
「…巽。」
「巽――――!」
清ちゃんの声にかぶさるように名前を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、廊下に通じる扉が勢いよく開けられ、茜井が顔を出した。
「お、ここにおったんか…って。あ、女王様もいはったん?」
「!お前は!」
突然入ってきた茜井に清ちゃんの顔がこわばる。そう言えば、スカート覗かれた被害者と加害者の関係だったか。茜井はそれに気づいたのか僕が何か言う前に、清ちゃんの前に歩いていき。
「昨日はすまんかった!堪忍してや!」
ぺこりと謝った。呆然とする清ちゃん。僕もちょっと驚いた。
「え?」
「…どういう風の吹き回しさ。」
「いや、巽と一緒におるんやったら、女王様と対立しとったらあかんからな。」
にこやかにとんでもないことを言われた気がする。
「…なんだそれ。どうして僕がお前と一緒にいなきゃいけないんだよ?そいでもってどうしてここにくるわけ?」
「ひどっ!友達やン!冷たいな!チラシつくったったのに?用が終わればぽい?ひどいわ!極悪男〜!」
茜井が泣きまねでわめく。うっとうしいな。
「え?これってこの痴漢男作ですの?」
清ちゃんが手元の印刷物を見て純粋に驚いた。
それは今印刷室で刷っていたのは野球部の部員募集チラシだ。
僕が昨日家で作ったものを原稿にして印刷しようとしたら、茜井が偶々それを見て、「こんなんあかん」とかのたまって無理やりコンピュータ室のパソコンで作り直したのが今の原稿だ。スタイリッシュでカッコイイ感じのチラシ。これをものの数分で作り上げた。意外な茜井の特技だ。
「おー!せやで!あんまり巽の美的センスがなかったから俺が作成したんや!見てみい!これが一番最初の原案や。鉛筆で殴り掻いたようなん。幼稚園児でももう少しまともん作ってくるで。」
「うっわ〜。」
ぴらりと茜井が取り出したのが、僕の元案。清ちゃんが盛大に顔を顰めている。
幼稚園児って。そこまで言うか?失礼な。
悪かったな!どうせ美術の成績は万年1だよ!くそっ!
「巽…。流石にこれはあんまり。痴漢男ので正解ですわね。」
「せやろ…、ってか、俺の名前は痴漢男やのうて、茜井やん。そう呼んで…って、だ!」
僕は喋り捲る茜井にけりを入れた。
「うるさいよ。茜井。それより何でここにきたの?別にお前を呼んだ覚えはないよ?てか何で勝手に名前呼び捨ててんの?」
「たた…相変わらず無体やな。ま、許したる。友達やからな。」
ぐっと親指を立てる茜井の手を叩く。
「質問に答えろ。質問に!」
「えー。そんなん答えんの?どっちも友達やったら当たり前のことやん。」
「いつからお前と僕は友達になったんだ?」
「友情に時間は必要あらへんのやーーん。」
「死ぬか?」
ぎりぎりと襟首を締め上げる。茜井の顔が白くなり始めたくらいに流石に清ちゃんが止めに入る。
「巽。気持ちはわからないではありませんけど、流石に殺人はよくないわ。」
「清美…でも!」
「この男の命などどうでもいいけど、巽の経歴に傷がつくのは私耐えられませんわ!」
「…清美!」
「げほっ!ひどいわ!お前ら!」
茜井が流石に本気で涙目で突っ込んでくる。本気なわけないじゃないか。
「「冗談やーん」」
二人で言うと、流石に本気で茜井が泣いた。
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