第一話 入部届けがだせなくて
「うそつき!」
ばしっ、と盛大な張り手の音にびくりとする。
目の先には涙目で平手打ちする女の子と、打たれた男子生徒。
それをこっそり壁に隠れて見ている僕こと小野寺勝美。
(しゅ、修羅場!?)
別に僕に人の修羅場を覗く趣味などない。
なぜこうなったのかと言えば、本当に偶然だ。
野球部へ入部届けを出そうと活動場所だと言う、裏庭に行こうとした。
その通り道である、人気の少ない渡り廊下でこの修羅場に出くわしたのだ。
人気のない場所で話す男女の姿にただならぬものを感じて、思わず隠れてしまったのだが、二人ともこちらに気付かず、話を進める。
「あの時言ったじゃない!付き合ってくれるって!」
「…言ったっけ?」
「なっ!言ったわよ!卒業式の打ち上げで付き合おうって!」
(…ど、どうしよう!?)
一向に立ち去る気配のない二人に僕は迷った。
普通に考えれば、こんな会話聞いていいはずもない。
とっとと立ち去るべきだ。だが、僕の目的地はここを通らなければ行けない。
入部届けを明日にしようかとちらりと考えた。だが、僕には高校生活を一日たりとも無駄にしたくない理由がある。
今日出せないと言うことは、今日一日無駄にしたことになる。
実はこうして隠れている時間も惜しい。とりあえず一瞬だけ横を通らせてもらえれば、それでよいのだが、どう考えても今ここを通る勇気は僕にはなかった。
しかも。ちらりと僕は二人の様子をうかがう。
女の子の方は知らない。セーラー服に緑のスカーフをしているので同学年だとわかるくらいだが、まだ入学して三日目の僕には他のクラスの女子の事までわからない。
だが、男のほうは誰だかわかった。こちらからは死角になっていて顔までわからないが、声に聞き覚えがあった。
延高 茉莉。僕と同じクラスの男子生徒だった。
入学式からクラスの女子だけでなく、他クラスの女子からも注目されまくっていた男だ。ちょっと甘めの顔立ちに少しだけ長めの茶髪。これだけ聞くと女っぽい感じだけど、ちっともそうじゃないのは長身で割りとがっしりとした体格だからだろう。進学校として名高い柏原高校は勉強ばかりしている生徒が多いせいか、男子の体格が少し細い。中にもがっしりしているものもいるが、珍しく、延高みたいな体格の良い生徒はどちらかと言うと珍しくてさらに目立つ存在でもある。
まあ、それだけでは決してないんだろうけど、とっても女子におモテになることは違いないだろう。同じ高校に通う友人からは大層中学時代から女の子をとっかえひっかえ遊んでいたと言う情報も漏れ聞いている。
実際にまさか入学して三日目にしてこんなところで修羅場しているのだから、あながち嘘でもなさそうだ。
だが、なぜにこんなところで修羅場るんだよ!と僕は言いたい。
人目を忍んで話すのなら何もここでなくてもいいはずだ。
確かに、ここは確かに中庭に用のある人間にしかほとんど通らない場所だ。中庭を使う人間はあまりいないとは聞いていた。だが、逆を言えば中庭を使う人間が確実に通る道でもあるはずなのだ。
それなのにここで何も話さなくてもいいじゃないか。その点で恋は盲目。人に見られてもいいと思ってんじゃないかとこのカップルが思っている疑惑が湧いてくる。
そう悩んでいる間も、二人の会話はエスカレートしていく。
「…だけどさ、それってもう結構前の話じゃない?覚えてないって。」
「っ!何が前よ!たった三週間前じゃない!」
話を聞いていると、この男に告白した女の子が三週間目にして振られている現場のようだが。覚えてないってどうよ?
「ほら、三週間も前じゃない。俺、君のことあんまり覚えてないし…。」
「キスまでしたくせに!?最低!」
…そりゃ最低だ。
「…嬉しかったのに。」
そのうち女の子の方が泣き出す。湿っぽい声。
「ずっと好きだって思ってたから、両思いになって嬉しかったのに。どうして?どうして今別れようなんていうのよ?」
涙声の女の子を見て、流石の最低男も言葉に詰まったようだが、少しだけ間が空いたが、いっそ清清しいくらいきっぱりとした口調で言った。
「興味なくなったから。」
「…っ!」
この言葉に流石の僕も呆れて開いた口が塞がらなかった。
言うに事欠いて、好意を寄せてくれている女子に言う言葉が「興味がなくなったから」。
最低だ。この男最低だ!
だが、恋は盲目と言うべきか。なおも女の子はいじらしく食い下がる。
「興味なくなったってあたしのどこが?どこが悪かったの?ねえ、直すから!直すからもう一度好きになってよ!…それとも、別に好きな子でも出来たって言うの!?」
「…………。」
すがりつく女の子にそれを冷たく見下ろす男。
僕ははらはらしてそれを見守っていた。気分は出歯亀だ。
女の子!気付け!決してそいつは君を幸せにしてくれる男じゃないぞー!
こっそり見守っていただけのはずが、女の子に感情移入してしまったせいか思わず身を乗り出しすぎてしまっていたのにそのとき僕は気付かなかった。
そうしている内に、最低男がするりと女の子から視線を外す。
その視線が、幾分ふらふらしていたかと思うと、突然僕としっかり目が合った。
男は視線の先に僕を見つけ、幾分驚いたような顔をしたが、その顔が突然にやりと凶悪な顔つきで笑った。
「っ!!!!!!!!」
慌てて壁の後ろに隠れなおしたが、どう考えたって、最早手遅れだった。
固まっていると男の声が聞こえてきた。
「…ごめんな。…実は…そうなんだ。」
先ほどとは違い、神妙な声に胡散臭さが増す。
「っ!うそ!誰よ!」
泣きながら、問い詰める彼女はその胡散臭さは伝わっていない。なんと鈍いのか。
とりあえず、このままここにいたらとてつもなく余計なことに巻き込まれそうな気がする。
入部届けは残念だが明日にするしかないだろう。
僕はそそくさとその場から逃げ出そうとしたときだった。
突然ポンっと肩をつかまれた。
驚いて後ろを振り向くと、女の子を泣かしていた男の顔があった。
なぜに、と思う間もない。
肩をつかまれ、体格差を利用された形で隠れた場所から引き釣り出されるみたいに、女の子に向きなおさせられる。男の手は僕の方にオンのまま。
一体何をさせられているのかわからず混乱するこちらを無視して、男はさらに度肝を抜かれるような爆弾を投下した。
「彼。彼が俺の思い人。」
……………はい?
あまりの言葉に意味がわからず、硬直する僕を無視して男は僕の肩を撫でた。
ぞわり。鳥肌が立つ。
「俺、彼が好きだから、愛している。だから、彼がいるから君、あきらめて?」
そう微笑を彼女に向けると、一瞬呆けかけた女の子が我に返る。顔が青ざめてはいたが。
「う、うそよ!…好きな人が男だなんて。茉莉君、今まで付き合ってたの皆、女だったじゃない!」
「…それは、若さ故って奴だよ。」
十五歳が何を言うか。だが、僕の硬直はまだ解けてないので突っ込めない。
「過去の僕は恋愛対象が女だけと言う常識に縛られて、ずっと悩みながら彼女達と付き合ってきた。だけど、彼が、彼に出会って漸く自分の本当の性分に気付いたんだ。」
「ちょっと待って!…そんなの。…いえ、それじゃ…。」
混乱している。混乱している。青くなったり赤くなったりしている彼女に、僕はいっそ笑いたい気分になってきた。ふははははは。
「う、うそうそ!認めないわよ!認められるわけないじゃない!そんなの!男の子に負けるなんて!そんなの…!!」
「本当だって。なあ?」
瞬間、僕の頬に柔らかい感触が押し当てられる。
数瞬、思考が完全に止まる。真っ白。
何された?何をした?なにしたんですかーーーー!
僕の顔の横、僕の頬から唇を離した男が笑う気配がした。
「どう?わかった?」
「っ!!!!!!!!!!」
目の前の女の子が青を通り越して白くなった顔色でふらふらとふらついた。
気持ちはわかる。いっそ僕も意識を飛ばしたい気分だよ。ふははははは。
「うそよ!うそうそ!茉莉君が!いやーーーーーー!!」
叫び声とともに女の子が走り去っていく。
「うん。じゃーねー。」
僕の肩を抱いたまま、男はそれにひらひらと手を振る。
僕は未だに固まっている。それを気にせず男が話し出す。
「……あの女ちょっとしつこくてさ。ちょっと一日付き合ったら随分のぼせちゃって、いい加減別れたかったんだよね。すぐ泣くし。うっとうしい。
でも君が通りかかってくれて助かった。」
にこりと笑いかける男にどう反応したらよいのかわからず、固まったままでいるとこちらをのぞきこんでくる綺麗な顔が目前に迫る。
「どうした?もしかして俺に惚れた?」
「っ!!!!!」
考えるまもなく、自然に拳が唸りを挙げた。右ストレート。
綺麗に男の顔面に決まったそれを見届ける余裕もなく、僕はその場を逃げ去った。
新シリーズ開幕。
今回は現代。いえい!
他のシリーズ完結されろって?
まあ、気にしないで。
…お願いします。
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