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終わりなき無慈悲な夜にも 作者:枕流
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3-3



 ノックスは田園風景の似合う田舎に突然ふってわいたような街であった。
 事実、村が急速に発展して町となり、街となったのはつい最近のことである。

 栄えている理由のひとつは、月に二度開かれる(いち)である。
 新たな街道がすぐ近くに敷かれたことも大きい。噂を聞きつけた隊商が遠方からもやって来る。
 大都市とその周辺がガイヴァントの危機におびやかされる中で、こういう田舎町の方が流通の根拠地としてむしろ繁栄を謳歌する例がよく見られる。ノックスはまさにそれであった。

 ノックスの顔役たちは、天を突く鐘楼を満足げに見上げる。
 立派な教会もじきに完成だ。街の象徴である。これで田舎とそしられることもなくなるだろう。
 ここまでこぎ着けるのは並大抵のことではなかった。宿を整備したり、取引所を用意したり、噂をばらまいたり。もちろん、表立って言えないこともずいぶんとしてきた。荒くれ者を雇って競合する町の施設を壊させたり、悪評をばらまいたり。だが、こうして市のにぎわいを眺めれば苦労もむくわれるというものだ。
 子爵の関所はいまでも腹立たしいが、それをさし引いてもノックスに積み上げられた富は十分なものである。

 ガイヴァントの被害をこうむっている他の地域には悪いが、ノックスの繁栄にとってはガイヴァント様々である。
 他人の不幸は蜜の味という。蜜をなめるのは愚か者のすることだ。蜜は銭になる。今の内に稼がせてもらうとしよう。

 得意の頂点にある顔役たちの頭上を、不意に影が横切った。
 雲にしてはやたらと速い。
 はて、上空では風でもあるのかと首をひねっている間に、ご自慢の鐘楼が中ほどからへし折られているのを顔役たちは目の当たりにしていた。
 驚きのあまり、彼らの下あごは地面に触れそうなほどひきずり下ろされる。



 ノックスへと駆けつけたカルの気がかりは、ここで開かれているのが祭か市かということだった。祭であれば、本番は日が暮れてからということもありうる。それならまだ人混みは本格的になっていないかもしれない。
 しかし、残念ながら市であった。
 表通りは人と出店であふれている。

 そこはすでに混乱のさなかにあった。
 ヒースレイヴンの姿を目にした者も、そうでない者も、石造りの鐘楼が崩れ落ちる轟音で我先にと逃げまどう。屋台からころがり落ちる色とりどりの果実にも、目をとめる者は誰もいない。
 しかし、人の動きにまとまりはなく、状況もわからないまま、ただばらばらに右往左往しているだけであった。

 こんな時に、「逃げろ!」と叫んだところで意味がない。混乱におちいった人間の集団というのは、いわば幼児のようなものだ。さしせまった危険に恐怖するあまり、考えて行動する能力にいちじるしく欠ける。具体的な行動を指示されなければ、自分の手足をうごかすことすらままならない。
 ガイヴァントとの度重なる戦闘において仲間を救ってきたカルのことだ、そういう事情はよく心得ている。

「路地に入れ!!!!」

 人々の叫び、怒声、泣き声、足音がうずまく表通りを、カルの大音声がとどろき渡る。それは言葉というよりも衝撃波であった。人々の足元で石畳さえもが震える。
 一瞬、すべての音が止まった。千人を超える人波がその場ですくんだのである。
 カルが同じ言葉を繰り返すと、人々は我に返って目の前にある路地に殺到した。幸い、都市とは違って建物と建物の間は余裕がある。ひしめきあって身動きができなくなるようなことにはならなかった。

 しかし、災厄は人の動きを待ってはくれない。
 通りでなおもまごついている人々の頭上に、黒い影が近づきつつあった。
 恐怖のあまり、強風にあおられたように横倒しとなる人の群れにめがけて、即死の雷光が降りそそぐ。

 だが、それをふせぐものがあった。輝く円盤である。
 カルが水平に投げつけた白銀(アージェント)であった。さらに、遠隔操作でひきよせ、ヒースレイヴンの動きにあわせて雷撃を吸収しつづける。
 白銀にそのような使い方があることを、カルは学園の誰にも明かしていない。
 ひとつには用心のためである。万が一、自分が学園から追われる身になった時のことを想定しているのだ。

 普段は何も考えていないような顔つきをしていながら、人知れず最悪の場合にそなえるという年齢にそぐわない用心深さがカルにはあった。
 もともと、魔法学園にやって来たのも、自分の身に何かあっても母と妹の生活が立ちゆくようにという発想からである。若者のくせに、輝かしい未来を信じるよりも、自分が立ち去る場所のことを気にかける。カル・ナイトウォーダーとはそんな少年である。

 消しきれなかった雷撃が通りに面した壁からレンガや漆喰を引き剥がす。遠隔操作なので万全というわけにもいかない。
 ヒースレイヴンは上昇に転じ、表通りから飛び去ったが、すぐにまた引き返してくるだろう。反撃の手段をもたない者たちを見逃すほど、ガイヴァントは甘くない。彼らは捕食のためではなく、ただ殺すために人を襲うのだ。

「白銀にはそんな使い方もあるわけですか」

 すぐそばから声が聞こえてカルはぎょっとした。
 きのこだ。いや、人間。
 やたらとつばの広いとんがり帽子……。
 見覚えがある。先ほどカルの落下を一度だけ助けてくれた少女である。

(少女……でいいんだよな?)

 声から性別を女と判断しただけで、そういう肉体的な徴候は見たところあらわれていない。
 平たく言えば……。言わなくても平たいという表現で十分だった。
 髪も短い。男女の区別が曖昧な幼子のように、首筋をむきだしにしている。
 女だと仮定すれば、美人というよりも愛らしいタイプだ。
 ただ、眠そうな目つきにはどこか他人を拒むような冷ややかさがあり、そこだけ少女という印象にそぐわない。

「しかし、決め手がないのにどうやって勝つつもりなのですか?」

 もっともな質問だが、それよりも先に明らかにするべきことがある。

「君、誰……?」
「これは失礼しました」

 とんがり帽子のつば先がわずかに上下する。会釈のつもりらしい。

「私、メッサリナの親類の者です」
「嘘だろ」

 カルは少女の言うことをばっさりと否定した。
 短い髪は珍しいほど青みがかり、使う魔法は水の糸である。どう考えてもリナの特徴とは真逆だ。

「どちらかというとティアの一族だろ」
「メッサちゃんとお呼びください」
「何だそのとってつけたような名前は」

 青髪の少女にはカルを本気でだますつもりはないらしい。

「君、魔法学園の生徒だろ? 王女の迎えにきた一員なのか?」

 迎えの一団にしては先行しすぎている気もするが、他に可能性が思いつかない。

「メッサちゃん」
「……メッサちゃんは迎えの一員なのかな」
「ええ、まあ、そんなところです」

 言葉のはしばしで相手をはぐらかすような気配がある。
 その用心深さは自分に似ているかもしれない、という考えをカルはすぐに打ち消した。自分はここまで芝居がかっていないし、自分が状況にたいして受け身であるのにくらべて、彼女はおそらく状況を作りあげていく側の人間だろう。
 少女=加害者、自分=被害者という構図がカルの頭に自然と浮かんでくる。
 しかし、それは現在のカルをとりまく人間関係と大差ない。

「それで、どうするつもりですか?」
「もう一度あいつにとりつければ何とか」
「二度もふっとばされたじゃないですか」
「いや、ちょっと気づいたことがあって」

 カルは、つと青髪の少女に目をむける。

「メッサちゃんはどのくらい強いんだ?」

 反応があるまでやけに間があった。
 青髪の少女は、自分が話しかけられたという事実にようやく気づく。

「え? ああ、私のことですか」

 もはや嘘をかくすつもりもないらしい。

「残念ながら私は戦闘に不向きですよ。そうでなくとも水は雷と相性が悪いのです。純粋な水は電気を通しにくいですが、糸や網のように配列してしまうとこれがてきめんに流れてしまうので」

 そうか……と、カルはわざとらしくあごに手を当てて考え込んでみせる。

「残念だな。一回だけでいいから、誰かがここで俺の代わりをつとめてくれたら手はないこともないんだが」



 なぜ自分はこんなことをしているのだろう……。
 ほうきで払ったように人影の消えた通りに立ちながら、青髪の少女はそんなことを考えていた。
 あわよくば()()()の戦いぶりを見学できるかと思い、使節団に参加し、さらにそこを抜けだして先行したのである。それが気づいてみると、当事者として戦闘に加わってしまっている。

 おかしな男だ。

 少女はカル・ナイトウォーダーという少年をざっくりとそのように捉えていた。
 無茶な戦い方をする。まるで、自分の体を弾丸にして敵に叩きつけるような。
 無茶といえば、この状況もある意味そうだといえるかもしれない。会ったばかりの相手にこんな重要な役割をまかせているのだから。
 失敗すれば彼自身も危険にさらされ、下手をすれば命にかかわるというのに、ああも簡単に人を信じるというのはどういう神経をしているのだろうか。
 しかも、よりにもよって初対面から嘘ばかり並べ立てているこのメッサちゃんをだ。

 不用心な人間、すなわち、そこにある危険から目をそらして楽観する人々のことを、彼女はあからさまに見下している。
 だが、彼には不思議とそういう悪感情がわいてこない。
 むしろ逆であった。あの男が次にどうするのか見てみたいという気持ちがわいてきて、彼女の心をつかんで離さないのだ。

「ちょっとおかしなことになってますね……」

 自分めがけて飛んでくるヒースレイヴンの姿を眺めながら、青髪の少女は頬に自嘲気味な笑みをはりつける。
 幸い、あちらさんは自分を標的に選んでくれたらしい。もし、よそに行きそうなら軽くちょっかいでも出そうかと思っていたのだが、その必要はなかったようだ。
 みるみる距離が縮まる。
 すでにその翼面には雷光がのたくっている。

「メッサちゃんは嘘ばかりですね」

 雷光に対して少女のまわりにわき上がるものは、水の糸が二本、三本。

「戦闘に不向きというの、あれも嘘なのですよ」

 少女の目がするどく光ると、水の糸は十から百、百から千と爆発的に数を増した。すきとおった巨大な花が突如その花びらを広げたようでもあった。
 迫りくる雷光のぎざぎざとしたひと枝ひと枝を、無数の水の糸がその先端でとらえる。
 糸でもこれだけ集まると雷撃の力を分配して地上に流してしまうのに十分だった。

 少女の背後の地面がはじけとぶ。しかし、少女自身は無傷である。
 雷撃はすべて水の糸により少女をスルーして後方へと流されたのだ。水の糸は電気を流しやすい、という弱味を逆に利用したのである。

「さて、どうなるでしょうかね」

 飛び去るヒースレイヴンを肩越しに目で追いながら、それが癖であるのか少女は丁寧な口調での独り言をつづけた。

()()()()を倒せないようでは話になりませんが……」



 はるか後方で爆発が生じる。しかし、カルは青髪の少女の身を案じたりはしなかった。
 迎えの使節から抜け出してきたということは、何らかの方法でヒースレイヴンの襲撃を予期していたということだ。あらかじめ知った上でカルに接触してきたのなら、ヒースレイヴンへの対抗手段も持っているはずである。
 何より、自分の腕によほど自信がなければこんな状況でのこのこと顔を出してくるはずがない。

 二度目の落下の時には水の網で受けとめてはくれなかったところからして、戦闘へはあまり積極的にかかわらないつもりのようだ。おそらく、これが一発勝負になるだろう。そうでなくとも、こんな手は二度も通用しない。

 カルは滑空するツバメのような速度で野を駆ける。
 ヒースレイヴンはちょうど充電のために低空へ降りてきて、速度も落ちている。カルが自力で飛びつくチャンスはこの瞬間しかない。
 ヒースレイヴンも気づいて素早く反転する。だが、すでにその背中にはカルがふりおろしたウォーピッケルが突き立っていた。

 カルを振り落とそうとしてヒースレイヴンはきりもみ飛行をはじめる。
 忙しく天地が入れ替わる中、カルは目当ての品をさがした。ヒースレイヴンの背中は広大で、見つけるのに苦労する。
 それはやたらと厚みのある大剣だった。その武骨さにふさわしく、ヒースレイヴンの首筋に深々と食い込んでいる。
 カルは大剣に手を伸ばす。が、遠い。
 思いきってウォーピッケルから手を離し、飛びついた。

 一番深く突き刺さってるやつなら……。

「さぞ斬れるだろうよ!!」

 カルは身をひねり、渾身の力で剣を振り抜いた。
 大剣は片刃の直刀だった。鉈のようでもあり、肉厚なサーベルのようでもある。
 まるで、巨大な怪物を解体するためにあつらえたような剣である。

 おそらくは、ヒースレイヴンと戦ったという修了者(マスター)の所有物だったのだろう。
 カルの膂力(りょりょく)にも剣は折れなかった。
 カルは手応えでそれを感じた。
 ヒースレイヴンは縦に割られた首筋でそれを思い知ったことだろう。

 カルはなおも一太刀を浴びせる。そこで限界だった。
 カルの体は空中に投げ出された。しかし、ヒースレイヴンもまた骨がむきだしになるほどの深手を受け、夕立のような血しぶきをあげながら地面に吸い寄せられていく。

 一転、二転、三転、体のあちこちに固い痛みをともないながら世界がぐるぐる回る。使い古した人形を子供が放り投げるように、カルの体は地面に叩きつけられていた。
 永遠とも思われた回転がようやく停止する。
 視界には、中ほどからへし折られた教会の鐘楼がうつっていた。どうやら最初の表通りとは別の通りであるらしい。

「あいたたた……」

 痛みが全身にちりばめられている。まるで痛覚のシャンデリアだ。
 だが、ヒースレイヴンに与えたダメージはこの比ではないはずだ。あれだけ深刻な傷を負えば、あとは朽ちて果てるしかない……。

 そう思った矢先のことである、カルは強烈な横風にあおられた。家々の屋根を吹き飛ばしかねないほどのそれは、ヒースレイヴンの羽ばたきによるものだった。
 ヒースレイヴンはまだ息絶えていない。むしろ、なおも空への回帰をこころみている。
 むなしく地面を打っていた羽がやがて空気をはらみ、砂塵をまきあげながら巨体を空中へと持ち上げる。首筋は半ば断ち切られ、どう見ても瀕死の重傷のはずなのだが……。

 しゃあ!とカルにむかって威嚇音を発したのはヒースレイヴンの尾の方だった。

「前後逆に飛んでたのかよ!!」

 昆虫にはそういう種類もあるらしい。体や羽の模様で前後を間違わせ、鳥などに襲われても致命傷を避けて逃げおおせるのである。ガイヴァントを見た目で判断してはいけないとはわかっていたものの、まだ考えが甘かったようだ。
 カルは慌てて地面を見回したが、先ほど手にした大剣は見当たらない。転落の拍子にどこかへ飛んでいってしまったようだ。
 カルがそうしている間にも、ヒースレイヴンはあがくように羽ばたいて高度を上げていく。

「くっそ、逃がすか……っっ!!」

 カルは目の前の教会に飛びこんだ。
 鐘楼の螺旋階段を一気に駆け上がり、へし折られたそのてっぺんから飛び上がる。
 間一髪、ヒースレイヴンの羽をとびこえ、今度こそ本物の首筋にとりつく。

 だが、カルの手元に武器はない。ヒースレイヴンの体に突き刺さっている刀槍の中にも、もうめぼしいものは見当たらなかった。
 ヒースレイヴンは上昇気流をとらえようと懸命に羽ばたく。その動作だけでカルの体は激しく振り回された。吹き抜ける風すらもカルを振り落とそうとする凶器だった。

 カルには自分の体ひとつがそこにあるのみである。
 だが、それで十分だ。今度こそ首根っこをつかまえたのだから。
 カルは自分がしがみついている首を両手で締め上げる。
 首は太く、左右の手は回りきっていない。それでもかまわず力を込めた。
 筋繊維がぶちぶちと断裂する音がする。ヒースレイヴンは悲鳴のような叫びをあげた。
 ヒースレイヴンにしてみれば予期せぬ事態であっただろう。尾部にうけた傷よりもはるかに深刻な破壊が進行している。

『力で押しきられる』

 さしものヒースレイヴンにも、それは未知の領域であろう。
 飛行するガイヴァントであるため、羽まわりの筋肉は特に盛り上がっているが、首筋などはさほど頑強というわけでもない。ただ、空を飛ぶだけに、首筋にとりつかれるということがあまりない。

 ヒースレイヴンはたまらず暴れるが、首の後ろでは噛みつくこともできず、雷撃も届かない。
 もはや戦士とガイヴァントの戦いというより、二匹の獣が死にものぐるいで争っているようでもあった。

 ヒースレイヴンはなおも空中をかきむしるようにして高度を上げていく。
 すでにノックスの街並みはおもちゃ箱のようだ。行き交う人々は豆粒である。手を伸ばせば何もかもが手のひらにおさまりそうだが、そこには絶望的な距離がある。この高さから落下すればさしものカルも命はない。
 だが、このまま最後まで締め上げればそれは現実となるのだ。

『死にたくなければその手をゆるめろ』

 まるでカルをそう脅すように、ヒースレイヴンは力のかぎり上昇を続ける。
 もはや助かるすべを考えることすら馬鹿馬鹿しいほどの高さに到る。

 だが、カルの目には高さよりも見えてしまうものがあった。
 街角で怖れおののき、身動きすらできなくなっている人々。
 肩を寄せあい、互いをかばうようにして建物ぞいに逃げる家族。
 そして、幼い妹の手をひいて走る少年の姿……。

 それは王都が消えたあの日、あの夕焼けの中で、カル自身が果たすべき役割であった。
 握りしめて、決して離してはならない手がそこにはあった。
 最初から握りしめることすらできなかった手がそこにはあった。
 自分がこの怪物を取り逃がしたらどうなるのか。
 あの時と同じことが、このささやかな街で再現されることになるだろう。
 無慈悲なる結末。それを見過ごす気にはなれない。決して。
 カルの決断は一色にそまった。

「見えてしまったものはしかたないだろうがっ!!!!」

 カルは肉食獣すらも青くなるような咆吼をあげる。
 全身の毛が逆立つ。狂暴な意識がカルの中で頭をもたげる。
 カルは本気で人を殴ったことがない。どうしてもためらってしまうのだ。その力は本気で相手を破壊する時、怪物に対する時のみ発揮される。

 カルの魔法学園行きを家族が心配していたのも、そこに理由がある。
 他人にむごいことができないカルの優しさは信じている。しかし、多くの猛者にもまれる中で、その力がまかり間違って人に対して振るわれてしまうのではないか。
 その不安は現在、皮肉な形で払拭されている。魔法学園において模擬戦(シャムバウト)は停止され、カルが戦うのはもっぱら怪物ばかりであった。

 ヒースレイヴンの首が女性の腰のようにくびれていく。
 カルの腕の中で、ごきりと太い音がした。まさに大木がへし折れる音であった。



(いつも素手か鈍器で決着をつけているような気がする……)

 剣士としての誇りをいたく傷つけられながら、カルは石のように落下していた。
 ヒースレイヴンは断末魔の痙攣を繰り返し、もはや羽ばたくそぶりも見られない。
 少しは空気抵抗になるかとヒースレイヴンにしがみついてみるのだが、あまり効果があるようには思えなかった。

(……今度こそ駄目かな)

 カルはやけに落ちついていた。
 すでに獣のような狂熱は体の中から消えている。
 はるか遠くにあった地面が急速に近づいてくる。それは死という名の終着駅だった。
 カルの白銀も怪力もこの状況では役に立たない。手も足も出ないとはまさにこのことである。

 まあ、いい。
 戦って死ぬのなら言い訳も立つだろう。
 もし、あの世があって、同じ場所にいけるのだとしたらの話だが。
 なければ無に帰るだけである。
 同じひとつの無に。

 残していく何人かの顔がカルの脳裏をよぎった。湿っぽさはなく、ただ申し訳ない気持ちがわき上がってくる。
 喪うことのつらさは知っている。それを彼女たちにも味わわせることがつらかった。

「カ……ゥ……」

 半ばやすらぎにも似た気分から、カルは現実に引き戻される。
 耳を圧するような風切り音の中で、その声だけはなぜかはっきりと聞こえた。

「カルぅぅぅぅっっっ!!!!」

 地上に赤い点がある。それが誰なのか、カルには確かめる必要もなかった。
 だが、つづく展開はカルにも予想外であった。
 下から火球がとんできたのである。カルは慌ててヒースレイヴンの体に身を隠した。
 突き上げるような衝撃が襲ってくる。ヒースレイヴンの羽が斜めにかしぎ、カルはあやうく放り出されそうになった。

「ここ殺す気かっ!?」

 思わず、今さらなことを叫んでしまう。それにこたえたわけでもないのだろうが、まさに殺す勢いで火球が次々と飛来する。
 リナの意図はあきらかだった。爆発によって少しでも落下の速度を減じようというのである。
 しかし、さすがにこれは無茶である。
 一応は右に左にと撃ち分けているようだが、そんなことでバランスがとれるはずもない。カルはヒースレイヴンの死骸から今にもふり落とされそうである。

「容赦なさすぎだろ……!」

 リナも必死なのである。火球は連続して着弾しているが、見た目の派手さほど落下速度はおちていない。ただ火球を当てるだけでは、爆圧のほとんどが四方に散ってしまうのだ。
 このままでは地上に激突して死ぬか、リナに殺されるかの二択である。
 結果は今までと何も変わらないわけだが、不思議なもので、ただ選択肢ができたというだけでなぜかカルの頭はかつてないほどに回転し、生還への道をさぐろうとする。
 ひとつの結論がはじきだされた。

「お望みの力くらべ……今やってやるぜっっ!!!!」

 カルはヒースレイヴンの死骸の下に白銀を展開する。
 ただし、真ん中をのぞいたリング状にだ。
 リナの火球を受け、中央部分は減速する。
 周辺部は白銀の力により爆発は消され、そのまま落下しようとする。
 ヒースレイヴンの死骸は袋のようになり、火球の爆発力をその内部に閉じこめる。ちょうど熱気球かパラシュートのようなものである。

 ヒースレイヴン自体の頑丈さもあり、落下の体勢はどうにか安定する。
 だが、気球の生地とはちがい、ヒースレイヴンの体は重い。
 重力と爆発の圧力がつりあったのか、いくら火球をぶつけても速度が落ちなくなる。

 カルが次の手を考えているうち、唐突に下からの火球が途絶えた。
 その直後、

「ぅぅぅるぁぁぁ~~~ぁぁああああああ!!!!」

 声が近づいてくることにカルは底知れぬ不安をおぼえた。
 おそるおそる下をのぞきこむと、渦巻く炎がカルにむけて急上昇してくる。
 炎のドリルである。リナドリルだ。
 叫びながら、ものすごい勢いで回転している。
 無茶ならお手のものであるカルにも、ちょっと信じがたい光景だった。

 炎をまとったリナの回転蹴りは、ヒースレイヴンの中央に突き刺さった。
 これまでとはくらべものにならないほどの衝撃が襲い、カルの体は真上に突き上げられる。

 リナドリルはヒースレイヴンの体躯を貫通し、残った勢いでなおも上昇してくる。
 カルは慌てて白銀を真下に展開した。
 炎と勢いをこしとられたリナの姿が、白銀の中から染み出すようにあらわれる。
 カルの姿を見つけて、今にも泣きだしそうな顔になる。

「カル!!!!」

 リナは体ごとカルの首に抱きついてくる。
 なおも残り火が熱かったが、カルはやぼなことを言わずにリナの体を抱きしめかえした。

 ここがまだ空中であることをカルは忘れていない。
 着地した足はカルのものだけである。リナはカルの腕の中であった。



 地上には無事に到着したが、より大きなダメージが残っていたのは助けられたカルではなく、リナの方であった。

「う~~~……ん~~~……」

 リナは完全に目を回している。この大技の欠点でもあった。今回は攻撃ではなく飛翔のためにもちいたため、滞空時間が通常より長かったせいもある。

「おい、リナ! しっかりしろ!」
「うう……次の馬糞がきたら……」
「馬糞??」

 見たところ大きな怪我もない。衝撃で一時的に意識がとんで、記憶がこんがらがっているだけのようだ。
 リナを抱きかかえたまま、カルはその場にしゃがみこんだ。
 目を覚ますまで、このままでいてやろう。なにせ命の恩人だ。救う相手を殺しかねない勢いだったが、そうでなければカルの命は助からなかった。

 尻の下に固い感触がある。確かに地面だ。たったそれだけのことがひどく新鮮に思える。
 周りは静かだった。
 町の騒がしさはここからだと遠く感じられる。怪物の落下地点にわざわざ近づいてくる者はまだ誰もいない。
 カルは青空をみあげて溜息をついた。

「リナ、空がきれいだ……」

 あそこから戻った。なんと長い道のりだったか。
 空と地上の架け橋となったのはまぎれもなくリナであった。

「ん……カル……?」
「リナ、目が覚めたか」

 リナの手がおそるおそるカルの顔へと伸びてくる。
 また抱きついてくるのかと思いきや、なぜか左右から頬をむぎゅっとつぶされた。

「カルのバカ!! なに勝手なことしてるのよ!!」
「ぶ、ぶふぅ?」
「バカ!! なに言ってるのかわかんないわよ!!」

 なにを言っているのかわからなくしているのはまぎれもなくリナの手であるのだが、心配させられた分だけリナは横暴になっている。カルもそれにあえて反論しない。

「バカっ!!」
「ああ」

「バカっ!!」
「悪かった」

「バカぁ~~~」

 あとは言葉にならない。
 顔をくしゃくしゃにしてリナが抱きついてくる。
 カルも首筋をあわせるようにして抱きしめ、紅く燃え立つようなその髪をなでおろす。
 顔中をびしゃびしゃにしたリナの涙と鼻水とよだれが、カルの背中を濡らしていた。


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