3
女王ジュディというのは、なかなかあきらめない人なのかもしれません。あるとき突然、魔王のスカートの中から耳障りな騒音が聞こえてくるようになったのです。騒音というのは文字通りの意味で、メロディも何もなく調子はずれにやたらとトランペットを吹いたり、鐘や太鼓をチンチンドンドン打ち鳴らしたりするのです。そういう音がスカートの中から聞こえてきて、はじめのうちは魔王もテフテフも笑っていることができたのですが、女王が爆竹を鳴らしたり、猫を何匹も連れてきて、わざと引っかきあいのケンカをさせたりするようになるにいたっては、とうとう我慢ができなくなってしまいました。
魔王と顔を見合わせ、大きくため息をついたあとで、テフテフはスカートの中へごそごそともぐりこんでいくことになりました。いつもと同じような落下があり、女王のトイレに到着したのですが、ケンカしている猫たちを踏んづけないように注意しなくてはなりませんでした。バランスを崩してテフテフが転びそうになるのを、女王は笑って眺めています。「何の用なの?」猫のしっぽを踏みかけ、もう一度バランスを崩しそうになりながらテフテフは顔を上げました。
「いやあなに、過去を返してくれたことへの礼と、ウソをついてだましたことのわびをしようと思ってな」女王は答えました。
「わびって、靴下留めのこと?」
「そうだ」
「そんなことよかったのに」
「そうはいかぬ」手を引いて、女王はテフテフをトイレから連れ出しました。すぐに広間へと着いたのですが、そこではなんと宴会の準備が整っているではありませんか。テフテフは目を丸くしましたが、おいしそうな肉料理や新鮮な果物、すてきな甘い匂いをさせている大きなケーキなどが目に入ったときには、思わずにっこりしないではいられませんでした。テフテフと女王だけではなく、きれいに着飾った人々が十人ほどすでに席に着き、二人を待っていました。男も女もいましたが、顔を見て、女王の下で働いている大臣たちであるとすぐにテフテフにもわかりました。
一番の上座にテフテフを座らせ、宴会が始まりました。テフテフは気がつかなかったのですが、丸い形をした大きなテーブルに座る人々の順番はあらかじめ慎重に考えられていたに違いありません。右側はもちろん女王だったけれど、テフテフの左側には見たこともないおじいさんが座っていたのです。
おじいさんは背が低く、年のせいで背中は曲がり、頭もすっかりはげています。白いひげは長く、胸にも届くほどです。大きな耳が、まるでティーポットのつまみのように左右に飛び出しています。テフテフはすぐにこのおじいさんに興味を持ちました。女王が紹介してくれました。「これはキャッシュ博士といって、この国で一番賢いお人じゃ。いつもいろいろなことで私の相談に乗ってくれておる」
「なんとおそれ多いお言葉」キャッシュ博士は遠慮そうに首を左右に振りました。「私などがいかにして陛下のお役に立てましょう」
「謙遜はもうよい」機嫌よさそうに笑い、女王は歯を見せました。
「博士って、何を研究している博士なんですか?」食事が始まり、口も軽く機嫌がよくなってテフテフは言いました。
「神話や魔力に関することでございます、テフテフさま」
「魔力って、魔王のことも含みます?」
「もちろんです」博士は大きくうなずきました。
「じゃあ僕、質問があります」
「ほう」博士は笑いました。「何なりと私でお役に立てることでしたら」
隣で聞き耳を立てていた女王の目がこのとききらりと光りましたが、話に夢中になっているテフテフは気がつきませんでした。「魔王は、どうして自分は醜い顔をしていると思い込んでいるんですか?」
「おお、それはいささか難しい質問ですな」
「そうでしょうね」
「それにお答えする前にテフテフさま、あなたは魔王の素顔を見たことはおありですかな?」
「えっ?」意外な質問だったので、テフテフは答えにつまってしまいました。そっと見回すと、部屋の中の全員が自分に注目しているようです。女王だけは知らん顔でステーキにナイフを入れ続けていますが、彼女も自分の言葉には聞き耳を立てているに違いないという気がしました。だけどテフテフには、何もいつわったり隠したりする必要はなかったのです。
「うん、ありますよ。同じ巣の中に住んでるんだもの」
部屋中の人々がつばを飲んだようでしたが、キャッシュ博士だけは平気な様子で、眉を上げもしませんでした。すでにナイフを置き、女王までがテフテフを見つめていたのですが。
「ほう。では魔王はどんな顔をしておりました?」キャッシュ博士の声が部屋の中に響きました。
「なぜそんなことをきくんです?」テフテフの声は、じらすような笑い声に似ていたかもしれません。
「好奇心というやつですかな」キャッシュ博士は微笑みました。
「へえ」テフテフもうれしそうに笑いました。
「それで魔王とはどんな顔をしているのです?」キャッシュ博士は繰り返します。全員が再び息をのんだようで、部屋の中はぴたりと静かになりました。でもテフテフが口を開く前に、女王の声が響きました。
「それはそうとテフテフ、知っておるか? 私の母は魔王にも負けぬ偉大な錬金術師だったのだぞ。博士は覚えておろう?」
「よく覚えております」博士はうなずきました。「時間の流れの中に隙間を見つけ、昨日と今日の間に広大な空間を発見されたのも先代の女王陛下でしたな」
「そのとおり」
「その人の魔力って、そんなにすごかったんですか?」今度はテフテフが質問する番でした。
「はい」と博士。
「その人が見つけた、あの…なんだっけ? 昨日と今日の間の隙間って、どうなったんですか? 今でもあるんですか?」
「あるとも」女王が言いました。「なあテフテフ。おまえが生まれて育った家には、使われていない地下室や壁の隙間などはなかったかね?」
「あったと思うよ」
「ほっておくと、そういう隙間には何が起こるね?」
「ええっと、小鳥が巣を作ったりするかな?」
「小鳥であればまだよい。だが巣を作るのがネズミであったりコウモリであったり、場合によっては気味の悪いトカゲだったりもするのさ」
「トカゲ?」
「だから日付の隙間にも同じことが起こったのだ。どこからやってきたのか魔物どもが住み着いてな」
「魔物? 魔王の巣のことなの?」
「違う」女王は首を横に振りました。「あそこに魔王の巣が作られるのはもう少し後のことだ。魔物たちがどこからわいてくるのかはさすがの母にもわからなかった。いろいろと努力したのだが、日付の隙間から魔物を追い散らしたり、どこか遠いよその世界へ封じ込めたりすることもできなかった。あの時代はそれはそれは大変だったのだぞ。時計が真夜中の12時を打つたびに、日付の隙間から迷い出た魔物や怪物たちが町中に姿を現したのだ。
こいつらがまたいたずら者でな。人を傷つけたり殺したりすることはなかったが、農家の畑は荒らす、人の家の食料庫に忍び込んで中身を空にする。子供の寝室に忍び込んで怖い話を聞かせ、トイレに行けなくしておねしょをさせる」
「おねしょ?」
「笑い事ではないぞ。あるときなど、夜が明けると同時に何十万人もの母親たちがぬれたシーツをいっせいに干さねばならぬ破目になった。天気のいい日だったからよかったが、もし雨でも降っていたら…」
その光景を想像して、テフテフは思わずくすっと笑ってしまいました。それが耳に入ったのでしょう。女王がにらみつけてきました。「だから笑い事ではないといっておるのだ」
「それであの、その後どうなったんですか?」まじめな表情をあわてて装い、テフテフは言いました。
「日付の隙間の中に広大な空間を発見したのは母だ。責任を感じ、母はなんとか対策を考えようとした。だが魔物たちをあそこへ押し戻し、二度と出てこられないようにする方法はどうしても見つからなかった。連中を閉じ込めておけない以上、母は別の方法を考えるしかなかったのだ」
「どうしたの?」
「日付の隙間の中に、母はまず巨大な城を建てさせた。おまえが『魔王の巣』と呼んでいるもののことだ」
「へえ」と言いたかったけれど、驚きのあまりテフテフの口からはどんな言葉も出てはきませんでした。女王が続けます。
「だがそれだけでは十分ではない。母は魔物たちに女王を与え、その女王の手で魔物を治めさせることにしたのだ。そのために母は私の双子の妹を用いたのだよ。テフテフ、おまえは見たのであろう? だから魔王は私とそっくり同じ顔をしているのだ。一卵性の双子だったからな、よく似ているのは当たり前だよ」
「えっ?」もちろんテフテフは目を丸くしていました。
「ふん」振り返って博士の顔を見て、女王は笑いました。「やはりさほど驚いてはおらぬようだな」
「何が?」意味がわからず、テフテフはキョロキョロしました。女王につられ、部屋中の視線が博士のほうを向きましたが、博士は平気な顔をしています。
「何のことですかな? 陛下」
「自分が私の双子の妹であるということをおまえはとっくに知っていたのであろう、と私は言っているのだよ」
「どういうことですかな? 私にはさっぱり…」博士は少し困った顔をしています。
「妹よ、芝居はもうよいから姿を見せい。本物の博士はどこへやった? 本物のキャッシュ博士はそのように謙遜をする人物であるものか。傲慢で不遜でどうしようもない男であるぞ。さあ妹よ、本物の博士はどこだ?」
このとき、テーブルの下からゴトゴトと奇妙な音が聞こえることにテフテフは気がつきました。しっかりとした大きなテーブルで、真っ白なテーブルクロスがかかっているのですが、誰かが下に隠れて、テーブルの足をたたいてでもいる感じなのです。それも強く勢いよくではなく、いかにも手足をしばられて不自由な中でかろうじてという様子です。
テーブルクロスを持ち上げ、テフテフは下をのぞき込みました。すると、しばられて床に転がされている男と目が合うことになりました。頭のはげたかなりの年の老人で、怒りに満ちた血走った眼で見つめ返してきます。顔かたちはもちろんキャッシュ博士とまったく同じです。驚いて顔を上げ、テフテフは自分の左側に座っている人物と見比べてみようとしました。するともう一度びっくりしたのは、左側の人物はもはや博士の姿はしておらず、濃いブルーのドレスを身につけた魔王その人だったことです。それに魔王は、それまでずっとかぶっていた黒い袋を脱ぎ捨て、部屋の中に素顔をさらしていました。さっそく女王が声をかけました。
「元気そうで何よりだな、妹よ」
魔王は機嫌悪そうににらみ返しましたが、女王は気にする様子もありませんでした。「テフテフ、本物のキャッシュ博士はこのテーブルの下にいるのか?」
「うん」
「まあよい」女王は笑いました。「小うるさい男であるから、そこで静かにさせておこう。そのほうがよほどよいわ」
「姉上」魔王が口を開きました。「私が自分の出自を探り当てたことをなぜ知っておる?」
「ふん」女王は鼻を鳴らしました。「おまえはそのために過去管理局などというものを作ったのであろう? 過去の秘密を探り出すのにそれ以上の方法はないからな。誰のどんな過去でもおまえは盗み見ることができたはず。私の過去について書かれたファイルにも当然目を通したであろう」
「しかし…」
「そうやっておまえは自分の出自を知るにいたった。目的は達したわけだ。ならば過去管理局など無用の長物。さっさと解散してしまったのも当然だろうよ」
「じゃあ僕は、何も知らずにただ働きをしてたの?」とテフテフが思わず大きな声を出したときゴソゴソと音が聞こえ、本物のキャッシュ博士がテーブルの下からやっと姿を現しました。何とか自力で縄を解くことができたのでしょう。女王がとぼけた声を出しました。
「キャッシュ博士、今日のご機嫌はいかがかな?」
「よろしいわけはありますまい。ああ痛かった」魔王をにらみつけながら、博士は自分の肩や背中を手で押さえています。きっと縄が強く食い込んでいたのでしょう。
「しかし女王陛下」キャッシュ博士は表情を変えました。「今はわしの体のことなどを話している場合ではありますまい。すぐにもあの話を始めましょうぞ」
「そうだったな」女王はうなずきました。「妹よ、おまえとテフテフをここへ呼んだのは、実はその話をするためだったのだ。よいニュースでもあるしな」
「よいって?」とテフテフが不思議そうな顔をすると、珍しくも女王は微笑み返しました。
「私と妹には特によいニュースではあるが、おまえたち一般の国民にとってもよいことであるのは間違いなかろう」
「どうして?」
「説明するよりも見せたほうが早い。ついてくるがいい」女王は立ち上がり、もちろんテフテフたちはついていくことにしました。ぞろぞろと部屋を出て廊下を行き、地下へと続く急な階段を下りていったのです。途中で何回もひじのようにきつく曲がる階段でしたが、とうとう終点につきました。終点は学校の教室ほどの大きさの部屋で、地下だから窓は一つもありません。薄暗い電灯で照明されていましたが、もしかしたらそんなものは必要なかったかもしれません。小さな墓石以外は何もなく、床には四角い石畳が敷き詰めてあるのですが、その中央あたりがぼんやりと赤く光っているのです。いかにも石が高熱を発しているという感じで、立ち止まってテフテフは額の汗をぬぐうことになりました。
「あれが母の墓なのか?」魔王が口を開きました。
「自分の死後はこのように埋葬せよと遺書に書かれていた。だから私はそうした。墓を作るには奇妙な場所だと思ったが、故人の意思なのでな」女王が言いました。
「ねえ」突然心細くなって、テフテフは魔王のドレスのそでを引っ張りました。
「どうした?」魔王が見下ろします。
「あの光って、なんとなく怖くない?」
「何を言う?」少し怒った顔で、女王が振り返りました。
「だってお墓というよりも、まるで噴火の前触れみたいな感じだよ」
「何を下らぬことを言う」女王は鼻を鳴らしました。「近頃の子供ときたら…」
ところがそのセリフは途中で止まってしまいました。ゴトンゴトンと重々しい音が突然地下室の中に響き渡ったからです。テフテフを含めて、全員が息をのむことになりました。床に敷き詰められた石が強い力で押し動かされ、互いにぶつかり合って立てた音だったのかもしれませんがすぐに消え、もう何も聞こえなくなってしまいました。墓石にはあの薄赤い輝き以外は何もなく、何か変化があった様子は見られません。ほっとため息をつき、テフテフたちは口を開こうとしました。でも結局、誰も何の言葉を発することもできませんでした。
音を立て、予告もなく墓石がズルリと動いたのです。こんな地下にあっても女王の墓にふさわしい重さが何百キロもある大きなものですが、それがまるで風に押されたヨットの帆のように、1メートルばかり横へと移動したのです。そして気がつくと、墓石があった跡には四角い穴が黒々と口を開けているではありませんか。テフテフたちは顔を見合わせ、博士は女王の背後に隠れ、魔王はテフテフの肩を指先が食い込むほど強くつかんでいますが、テフテフも痛みすら感じていないようです。火山のようだった石の輝きはいつの間にか消え、部屋の中が地下室にふさわしくひんやりとなっていることには誰一人気がついていませんでした。
「姉上」しばらく間があってから、やっと魔王が口をききました。「あの墓石の下には、あのような階段が以前から作ってあったのか?」
背伸びをし、テフテフもおそるおそるのぞき込んだのですが、確かに魔王の言うとおりでした。狭くきつい階段で、一人がやっと通れるだけの幅しかなく、二人の人がすれ違うことはできないでしょう。まるでテフテフの家にあった地下のワイン倉へ降りてゆく階段と同じようなものでしたが、あれよりもずっと長く、勇気を出してのぞき込んでも、踏み段が何十もまっすぐに続いているだけで、その先に何があるのかは暗すぎて見ることができません。
「墓の詳しい構造については」女王が口を開きました。「私もよくは知らんのだ。母の遺書には図面が添えてあってな。私はそれを建築家に渡し、その通り作らせたまでだ。即位の準備で私もひどく忙しかった。博士は何か聞いていないか?」
「いいえ」キャッシュ博士は首を横に振りました。「先代陛下の埋葬には、わしは関わっておりませんので」
「そうであったな。忘れておった」女王はうなずきました。
「それで姉上」魔王が言いました。「これから何が起こるのか、私たちはここに立ったままで待つのか?」
「あの階段を下りていってみる?」テフテフが指さしました。
女王と魔王は顔を見合わせました。キャッシュ博士までが困った顔をしていましたが、悩む必要はなかったのかもしれません。このとき地下深く、あの階段のずっと下から、かすかではあるけれど足音が聞こえ始めていることにテフテフが気づいたからです。「あれは何?」
耳をすませ、女王たちもそれに気がつきました。
ゆっくりとしたペースですが、足音はだんだんと大きくなってきます。明らかに誰かがあの階段を上ってきつつあるのですが、重々しい大男というのではなく、いかにも体重の軽い人物、それもなぜか女だという感じがします。だけど恐ろしくて、その人物がとうとう階段の出口に姿を現すころにはテフテフは魔王のスカートの後ろに隠れてしまい、顔だけを出してのぞき見ていました。
階段を上がり終え、足音の主がとうとう地下室に姿を見せたのですが、その人の顔を知っていることにテフテフは自分でも驚きを感じました。だけどその理由はすぐにわかりました。この国の紙幣に肖像画が印刷されている顔だから、テフテフも普段から目にしていたのです。ということは、これが先代の女王に違いありません。
そのことはテフテフも一瞬で納得することができました。でもふに落ちないというか、奇妙に感じる点がなかったわけではありません。元はただの人だったとはいえ、これは一度死んで、『よみの国』から戻ってきた人なのです。その人が生前と同じ顔色をし、皮膚がかさかさになっているわけでも目が落ちくぼんでいるわけでもなく、生きている普通の人と髪や服装だってまったく変わらないということが、テフテフにはとても不思議に思えたのです。だから眉にしわを寄せ、小難しい顔をして考え込んでいたのですが、それもすぐに邪魔をされることになりました。「母上」と叫び、どたどたと大きな足音を立て、女王が駆け寄っていったからでした。
「おまえは…」先代女王もその姿に気づいたようです。同時にテフテフは首を曲げ、魔王を見上げることになりました。フンと鼻を鳴らすのが耳に入ったからです。テフテフは片方の眉を上げかけましたが、魔王の態度も理解できる気がしないでもありませんでした。先代女王と女王ジュディはすでに言葉を交わし始めています。「母上、なんとお懐かしい」とか「娘、おまえも大きくなったな」などと言っているのが耳に入ります。
「ふん」と魔王はもう一度大きく鼻を鳴らしましたが、テフテフがそっと指をからませると気づき、下を向いてかすかに微笑みました。でもそのとき先代女王が声を上げたのです。
「そこにいるもう一人の娘は誰だ? おまえとまったくそっくりな顔をしているが」
先代女王は魔王を指さしていたのです。意味に気づき、女王ジュディは少し顔色を変えましたが、何を言う暇もありませんでした。その前に魔王自身が口を開いたからです。「生まれた直後に、おまえのせいで名もつけられぬまま魔王の巣へと送られた哀れな娘だ。魔物たちが私の育ての親なのだ」
「おお」心を動かされた様子で、先代女王の表情が変わりました。「そうであったか。だがおまえは名無しであったわけではないぞ。ちゃんと名づけた後で私は日付の隙間へと送ったのだ。他に方法はなかったのだと言っても気持ちはやわらぐまいが、おまえは決して名無しなどではないということだけは覚えておくがいい」
「口だけなら何とでも言えるわ」魔王は怒った顔をくずそうとしません。
「キャッシュ博士」不意に先代女王が話しかけました。「おまえなら覚えておろう? 私はこの娘をなんと名づけた?」
「はい」キャッシュ博士は一歩前に進み出ました。「わしのような者を覚えていてくださって、光栄に存じます」
「忘れるものか」先代女王は笑いました。「それで私はこの娘をどう名づけた?」
「はい。この老いぼれの記憶が間違っておらぬなら、たしかオルカさまと」
「オルカ?」と大きな声を上げたのはテフテフです。
先代女王はうなずきました。「海に住む中で最も強く、気高い生き物だ。魔物たちに囲まれても力強く生きていくことができるように願って名づけたのだ」
「結局いつも日付の隙間のしりぬぐいの話に戻ってくるのではないか」魔王は不満そうでした。
「しかし少なくとも名無しではありません」キャッシュ博士が言いました。「それに、決して醜い顔をしているのでもない。姉様と同じ美しい顔をお持ちです」
「私のほうが美人じゃ」女王が抗議しました。
「バカ姉が」魔王はつぶやきました。
「ねえ」手を引いて、テフテフは魔王を先代女王のそばへ連れていこうとしました。でも魔王の足は動く気配がなく、テフテフはあきらめるしかありませんでした。
「それはそうとオルカ、おまえは魔王なのであろう?」先代女王が声を上げたので、みな少し驚きました。
「そうなのであろう?」全員に見つめられ、先代女王は微笑みました。
「ならばどうした?」魔王がにらみ返します。
「どうもせぬ。ただ私がおまえをオルカと名づけたという証拠を見せてやろうと思ってな」
「そんなものがあるものか」
「あるさ。日付の隙間へ送るとき、魔力の元となる靴下留めを私は持たせてやった。今でも身につけておろう?」
「もちろん」きっと無意識にでしょうが、魔王がスカートの上から太ももを押さえたことにテフテフは気がつきました。
「その靴下留めに私はおまえの名を書いておいたのだ。おまえの名がオルカであり、かつ私の娘であるというしるしとしてな」
「うそだ」魔王は大きな声を出しました。「名などどこにも書かれておらぬぞ」
「よく見ておらぬからだ」先代女王は笑いました。
「毎日身につけておるのだ。気づかぬはずがない」魔王は反論を続けます。
「探し方が悪いのだ。少しわかりにくい場所に書いてあるということもあるがな。貸してみよ。教えてやる」
「おまえのいい加減なうそになど付き合う暇はない」
女王ジュディと顔を見合わせ、先代女王はもう一度笑いました。「おまえの妹はいささか頑固であるな」
「うそかどうかはすぐにわかることだ。靴下留めを母上にお渡しせい」とうとう女王ジュディが口を開きました。でも魔王は返事などせず、じろりとにらみ返すだけです。女王ジュディは話しかける相手を変えることにしたようでした。「テフテフ、オルカから靴下留めを受け取れ。母上にお渡しするのだ」
どうするのという顔でテフテフが見上げるので、ついに魔王は手を動かさざるを得なくなりました。まだ不満そうな表情ではあったけれど魔王はスカートをまくりあげ、手を伸ばしたテフテフがその靴下留めを外そうとするのを見て、キャッシュ博士は思わず目をむきましたが、他の人たちはどうこうは思わないようでした。靴下留めを外し、テフテフは手の中に握ることができました。
「それを早くよこせ」いかにもじれったそうに先代女王が声を上げました。その彼女に向かってテフテフは一歩を踏み出しかけていたのですが、突然何かを感じとった様子です。すぐに立ち止まりました。
「何をしておるのかな」いらだちを隠し、先代女王は猫なで声を出しました。そしてこの声が、テフテフに最後の確信を与えたようでした。
「ねえ先代陛下」テフテフは靴下留めを自分の背中に隠しました。
「どうした?」先代女王は目を丸く大きく見開いています。今にも舌なめずりを始めそうな感じといえばそうかもしれません。
「この靴下留めを手渡す前に質問したいことがあるんだけど、いいかな?」
「何を言っておる?」女王ジュディまでが不審そうな顔をし始めましたが、テフテフの考えを察したキャッシュ博士が目配せをして、それ以上言うのはやめさせました。
「質問だと?」先代女王が答えました。「なんでも答えようぞ」
指先でつまみ、テフテフは靴下留めをぐるぐると振り回し始めました。それを追いかける先代女王の目玉は、まるでおあずけを食っているときの犬のようです。テフテフは彼女をわざとじらしていたのでしょうが、効果は絶大でした。
「質問とは何なのだ? 早く言え」先代女王はとうとう大きな声を出しました。
「僕の体の匂いをかいで、その感想を述べてよ。何の匂いに似ているかとか。そうしたらこれを渡すよ」子猫をあやすときのようにして、テフテフは靴下留めを振ってみせました。
「そんなことか。簡単ではないか。早くここへ来い。匂いなどいくらでもかいでやるぞ」
この後は、いったいどういうことが起こったのだと思います? テフテフやキャッシュ博士はある程度予想していたのかもしれません。だからこんな作戦をとったのでしょう。自分の体臭が魔物たちにとってはえもいわれぬものであるということはテフテフも承知していました。だからそれを利用したわけです。
テフテフがそばに来て、その体に鼻を近づけるだけで、とたんに先代女王の表情が変化しました。あれほどほしがっていた靴下留めのことなど忘れ、まわりにいる人々のこともとたんに目に入らなくなってしまった様子です。深呼吸をするように大きく息を吸ったのです。
次の瞬間にはテフテフたちは呆然とし、キャッシュ博士などは口をぽかんと開けることになりました。先代女王の鼻がどんどん長く、大きくなっていったのです、テフテフもあっけに取られ、自分の匂いには相手の鼻を巨大化させる力があるのだろうかと一瞬思ったほどでしたが、もちろんそういうことではありません。鼻の形や大きさだけでなく、気がつくと先代女王の体全体が変化しようとしていたのです。きっとあれは何かの怪物で、それが魔力でもって先代女王の姿に化けていたのでしょう。魔力のことはテフテフもよく知りませんでしたが、何かに化けたままでいるというのはかなり大変なことなのかもしれません。少しでも気を抜くと、古い自転車のタイヤから空気が逃げていくときのように魔力が薄れ、あっという間に本来の姿に戻ってしまうのでしょう。
そしてテフテフの体は、魔物の集中力を失わせてしまうほどのよい匂いを発しているということなのかもしれません。怪物はついにその姿を現すことになりました。なんとその正体はイノシシだったのです。体中に黒く長い毛が生え、口には牙がある凶暴な野生のブタです。ブタの親戚だから鼻は同じような形をして、前へ向かってずんと突き出しています。鼻の穴も大きく目立ちます。魔力が破れるとき、まず鼻だけが巨大化するように見えたのはそのせいでしょう。
あっと気がついたときには巨大な鼻を押し付けられ、テフテフはイノシシの荒い鼻息をブヒブヒとあびせられていたわけでした。でもそれが並の大きさのイノシシではないのです。大きいなんてものではなく、普通の自動車には乗せることもできないでしょう。トラックを使うとしても小型や中型ではなく、大型トラックを持ってこなくてはならないに違いありません。
「ガビビビビ」あまりに巨大なので、イノシシの鳴き声はこう聞こえました。びっくりしてテフテフは飛びのこうとしましたが一瞬遅く、靴下留めはあっという間にその手から奪われてしまいました。そしてなんということでしょう。器用にもイノシシは、それを自分の前足にさっとはめてしまったのです。それがどんなに奇妙な光景だったか、説明する必要はないでしょう。乙女が身につける愛らしい靴下留めを、毛むくじゃらで巨大なイノシシが足につけているのです。でもその光景を笑う人は一人もいませんでした。
「妹よ、どうするのだ」女王ジュディが声を上げました。「博士でもよい。なんとかせい」
「そういわれましても…」キャッシュ博士もうろたえて、そう返事をするのが精一杯の様子です。
「ブビビビビ」イノシシがひときわ大きな声を出しました。勝利の雄たけびというところかもしれません。まるで闘牛場の牛のように、前足で床を強く引っかき始めました。勢いをつけ、こちらへ突っ込んでこようというのでしょう。
「どうするのだ、姉上」
「知るか」
結局みんな一緒になって、どたどたと大あわてでその場から逃げ出すほかありませんでした。とたんに博士が床に転んでしまったので、テフテフは助けてあげました。もつれ合うようにしながら階段で押し合いへし合いをし、テフテフたちは地上へと登っていきました。幸いだったのは通路が狭く、イノシシは速く走ることができなかったことです。体の両脇を壁にこすり付けながら、むりやり通り抜けていくことになりました。壁からはがれた石のカケラが、ばらばらとこぼれ落ちます。だからテフテフたちが広間まで逃げ戻っても、イノシシが姿を現すまで1分ほど余裕がありました。
「妹よ、おまえがなんとかせい」
「私は知らん。私の責任ではないぞ」
「怪物どもはおまえの管轄であろう?」
「靴下留めがないと私には何の魔力もないということを忘れたか?」
「ええい。博士かテフテフでもよい。あのイノシシを何とかするのだ」口を大きく開き、女王はどなっています。若いからそういうことはないけれど、もし年を取ったおばあさんであったら、きっと入れ歯を1メートル以上飛ばしてしまったであろうと思える勢いです。
「何とかしろとおっしゃいましても」走った直後なので、博士は肩で息をしています。「とりあえず兵たちを呼ばれてはいかがでしょう」
「おお、そうであった」隣の部屋へ駆け込み、女王は大きな声を出しました。すぐに家来たちが駆け寄ってきたので、一人でも多くの警備兵を集めるように言いつけました。狭い通路を抜け、とうとう地上までやってきたのか、イノシシの足音が城の中に響いたのはこのときのことでした。
あの足が発するのだからその足音は大きく、まるで大砲の音のように聞こえます。きっとまわりを見回しながら、テフテフたちがいる場所を探しているのでしょう。その音がだんだん大きくなってくるのがわかります。女王や博士などはもう真っ青になっています。
30人ほどの警備兵がやっと集められましたが、どうひいき目に見ても何かの役に立つとは思えませんでした。みなぶるぶると震え、銃のねらいもまっすぐに定められないほどで、廊下の先にいるイノシシににらまれて、今にも気を失うか、わらわらと逃げ出してしまいそうです。「かまえ! ねらえ!」と隊長は大声で指揮していますが、兵たちはすっかり浮き足立ち、銃を支えるために床に片ひざをつくことさえできません。
それでも射撃は何度か行われました。ダンダンダンと音がし、部屋の中を煙が満たします。発射された弾丸のうちの半分しか命中することはなかったけれど、それにしたところで硬く強い毛でするりとはじかれ、はね返されてしまうのです。よく見るとイノシシは体の表面に泥と砂を塗りつけ、それを分厚く固めてまるでヨロイのようにしているのでした。これでは銃など歯が立つはずはありません。
「大砲をもってこい、大砲だ」と女王が叫びましたが、城の中にそんな物があるはずはありません。とりでから運んでくるにしても、きっと何時間もかかってしまうでしょう。突然イノシシがロケットのように飛び出して、こちらへ向かって猛然とダッシュしてきました。浮き足立っていた兵たちは散り散りに逃げようとしましたが、何人かは間に合わず、まるでボーリングのピンのようにはね飛ばされてしまうことになりました。
「姉上」兵たちの悲鳴とうめき声の中に、魔王の声が響きました。広間を横切り、イノシシは反対側のはしまで行って急ブレーキをかけ、憎々しげにこちらを振り向いたところでした。兵たちはもう役に立たず、女王を守るものは誰もいません。女王に対して鼻をまっすぐに向け、イノシシはねらいを定めようとしていました。次は女王に向けて突っ込み、殺してしまおうというのでしょう。
「姉上!」もう一度魔王の声が響きました。
「オルカ、私を助けてくれ」
「助けたいのは山々だが、私も靴下留めがなくてはな」いつの間にどうやって登ったのか、魔王はテフテフと一緒にシャンデリアの上にいました。城の広間なのだから巨大なシャンデリアで、自動車ほどもある大きく重いものですが、船のイカリに使うような太いクサリでもって天井からつり下げられています。魔王とテフテフはそのシャンデリアによじ登っているのでした。あそこならイノシシも簡単には攻撃できないに違いありません。
「何でもいいから、このイノシシをどうにかしてくれ」女王は泣き声を上げました。
「助けてやったら、姉上はお返しに何をしてくれる?」魔王の声はいやに冷静でしたが、もちろん女王にはそんなことに気づく余裕はありません。
「何でもする。何でもするから助けてくれ」
「ならばテフテフを姉上の正式の跡継ぎと認め、20歳の誕生日には王位を譲ることを約束するか?」
「何だと?」いくらこんなときであっても、魔王の言い草の奇妙さに女王も気がついたのでしょう。不審そうに顔をゆがめます。「何だと?」
ところがなんというタイミングのよさなのか、このときイノシシが大きく息をはき出し、ひづめのある大きなつま先で床を強くこすったのでした。女王に向かって、今にも突撃をかけそうな感じです。「わかった、わかった。何でもいうことをきく」と女王も答えるほかありませんでした。
「それは確かだな?」
「ああ、約束する」
「テフテフを姉上の跡継ぎと認め、20歳の誕生日に王位を譲るな?」
「ああ、その通りにする」
「なら結構」魔王はうれしそうに笑いました。「実に素直でよろしい」
シャンデリアから手を離し、魔王が一人でぴょんと床に飛び降りてしまうのを見て、テフテフは目を丸くしないではいられませんでした。魔王は本当に気軽に飛び降りてしまったのです。そこは、興奮して蒸気機関車のように鼻息を荒くしているイノシシのすぐ目の前にあたります。距離は3メートルもないでしょう。でも怖がる様子もなく、魔王は平気な顔をしているのです。何がどうなっているのだか、誰にもさっぱり理解できませんでした。
もちろんイノシシは魔王をにらみつけていました。今にも突撃をかけてきて魔王がぺちゃんこにされてしまうのではないかと、テフテフは心臓が止まってしまいそうな気持ちになりました。でも魔王はやはりなんでもない顔をしているのです。
それがイノシシをさらに怒らせたのかもしれません。鼻と口から大きく息をはき、まるでそのうちに火でも噴き出しそうな感じです。しかしイノシシは、魔王に向かって突撃することはありませんでした。ひょいと手を伸ばし、人差し指の先で魔王がイノシシの鼻に触れるのが見えました。すると何が起こったと思います?
テフテフも呆然としてしまいました。イノシシの動きが一瞬で止まり、大きな音を立ててドタンと横倒しになってしまったのです。息をするどころか足の一本、しっぽの先をピクリとさせることさえもうありませんでした。イノシシの心臓が一瞬で止まってしまったのは明らかでした。それだけではなく、とてもおいしそうな匂いが鼻をくすぐり始めたことに気がつき、テフテフが当惑を感じたのも無理はなかろうと思います。
「どうした? 何が起こったのだ?」女王が声を出すことができるようになったのは、何秒もたってからでした。ニヤリと笑いながら、魔王が振り返ります。
「特大のヤキブタができた。うまいぞ、姉上も食わぬか?」
「何がどうなってるの?」テフテフが声をかけると手を伸ばして、シャンデリアから降りるのを魔王が手伝ってくれました。おそるおそる近寄ると確かにイノシシは丸焼けになり、毛もちりちりになって、いかにもおいしそうなヤキブタであることはテフテフにもわかりました。女王やキャッシュ博士だけでなく、体中を痛そうにさすりながら兵たちも近寄ってきました。すぐにコックたちが呼ばれ、大宴会のしたくが始まったのはいうまでもありません。イノシシは中庭に運び出され、城中の人々が呼ばれ、よく焼けた肉をほおばることになったのですが、もちろん一番の話題は、魔力が使えないはずの魔王がどうやってこれを倒したのかということでした。
宴会の席ではお酒も振舞われましたが魔王は一口も口にすることはなく、テフテフを隣に座らせていました。彼女はおしゃべりではなく、自慢話が好きなわけでもありませんでした。でもみんなから問われ、とうとう説明を始めました。
「私はただ、魔力を使ってやつをヤキブタにしてやっただけだ」と魔王は言いました。
「しかしオルカ様は、靴下留めがなくては魔力は使えないのではありませんか?」とキャッシュ博士が言いました。
魔王はちらりと女王ジュディに視線を走らせました。「まだ小さいので、テフテフは右と左の区別がきちんとついていない。それはいつかのときに姉上も経験ずみであろう? だからニセの母上に靴下留めを渡すとき、私がスカートの左側を持ち上げさえすれば、何も迷うことなくテフテフは左側の靴下留めを外した。私の魔力が宿っているのは、左ではなく右側の靴下留めであろう?」
「計ったな」肉の塊に突き刺そうとしていたフォークを置き、女王は憎々しげににらみつけました。
「しかし陛下」キャッシュ博士がとりなそうとします。「そのおかげでイノシシを倒すことができたのです。あの怪物が魔力を得た場合のことをお考えください。どんなに恐ろしいことになったか。きっと世界は滅び去ってしまったでしょう」
「だがおかげで、私は王位を失う羽目になった」
「ねえ僕」テフテフが口をはさみました。「20歳になったら本当に王様にならなくちゃならないの?」
「いやと申すか? キャンセルはいつでも歓迎するぞ」女王が顔を輝かせたのはいうまでもありません。
「よくわからないや」テフテフは首を横に振ります。
「キャンセルなど私が許さぬ」魔王が顔を上げました。「テフテフを王位につけぬというのなら、私は姉上の秘密を洗いざらい国民たちにぶちまけてやるぞ」
「秘密? 何の秘密だ?」女王が目をむきました。
「忘れたか? 私は姉上の過去の行動をすべてしるしたファイルに目を通したのだぞ。どんなことでも知っておるわ。たとえば3年前の夏の夜…」
「待て」女王の顔色が信号機のように突然変わるのは、見ていてこっけいなほどでした。「待て。その話だけは絶対にするな。冗談でも口にするな」
「それはいったい何のお話です?」興味を持ったふうに、家来の一人が口を出しました。
「聞きたいか?」魔王がにやりとします。
「待てオルカ。それだけは絶対にしゃべるな」
女王の表情があまりにも必死なので、とうとう人々は大きな声で笑い始めました。これでテフテフの即位はまず確実でしょう。女王ジュディの時代にもいずれ終わりが来るのだと知って気が軽くなり、人々ももうジュディのことがあまり怖く感じられなくなったのでしょう。中庭には遠慮のない笑い声が響き始め、城の中だけでなく、明日からはこの国全体がもう少し明るい雰囲気に変わるかもしれません。
でも大人たちの笑い声を聞きながら、テフテフだけは一人でまったく別のことを考えていました。20歳になったら僕は本当にこの国の王になるのかなあなんて、まるで夢のような気持ちがしましたが、たぶん実際にそうなるだろうということは自分でもわかっていました。そしてそのとき、きっとオルカから結婚を申し込まれることになるだろうということもなんとなく感じられました。花嫁のほうが年上だし、年齢も少し離れているけれど、彼女がそう決心していることは確実だと思えたからです。つまりテフテフは国の王であると同時に、魔王を妻とすることになるわけです。
オルカははじめから、テフテフがこの国の王位を得られるようにはからっていたのでしょう。先代女王の墓に怪物が住み着いたのは偶然の出来事なのだろうけど、それをとっさにうまく利用したわけです。今はまだ幼い未来の夫に対する、彼女なりの最大のプレゼントということなのでしょう。
なんということだろうとテフテフは思いました。思わずため息が浮かんできます。でもいやな気持ちのため息なのではありません。テーブルにほおづえをつき、いつの間にかテフテフは空想を始めていました。そしてそれがきらきら輝くヨロイと美しい衣装を身につけ、白馬にまたがり、同じように着飾ったオルカを連れて野を駆ける自分の姿だったことはいうまでもありません。
(終)
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