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少女天国

作者:因幡雄介
 白髪の男が見つめる窓ガラスの奥で、二十人の少女たちが遊んでいた。
 少女たちの年齢は十歳前後。皆白いワンピースを着ている。グループにわかれ、縄跳びや積み木やお絵描きなど、好きなものを手に取って遊んでいた。
 男の子と違う点がある。少女たちはよく雑談をした。
 女はコミュニケーションを大事にする生きものだ。太古から子を産み、育てることのできる能力を持つがゆえの運命なのだろう。彼女たちは孤立することをひどく恐れていた。
 少女たちの小鳥のような心地よい鳴き声が、スピーカーから流れてくる。耳障りではなかった。ヒーリングミュージックを聞いているかのように音楽を楽しんでいた。
 少女たちは、私の存在を知らない。生活状況は窓ガラスから丸見えだ。私の姿を見ることはできない。ガラスに特殊な細工がされており、なかから外は見えないようにしてある。
 声や外の物音は、防音壁によって聞こえないようにしてある。少女たちの音声はマイクから聞くことができる。内部の状況を把握するために仕組んだ。
 食べものはちゃんと用意してあった。
 予約された時間になると、ベルトコンベヤーによって、部屋に食事が運ばれてくる。栄養が偏らないように、五十九種類の栄養素が詰まったカプセルを添えつけていた。少女たちは素直に飲んだ。飲まないと、罰が与えられると紙を使って教えたからだ。
 個々の部屋に冷蔵庫があり、水と野菜ジュースが配置されていた。冷蔵庫の裏からペットボトルを投入している。寝静まる、夜の十時から朝の七時までの間に行った。
 少女たちがいる建物には、太陽の光は入ってこない。地下に造られたものだからだ。夜の十時になると部屋の明かりが自動的に消えるようになっている。体でおぼえているのか、十時前になると部屋に帰る。食事の時間も体でおぼえており、おしゃべりをやめ、一斉に部屋に帰るのだ。
 部屋には、ベッドと髪を切る小さなハサミ。櫛や鏡、爪切りといった最低限のものしかない。
 少女たちは、なぜその建物のなかにずっといるのか? さらって監禁したからだ。彼女たちに悲壮感はない。
 人間とは不思議なもので、どんな環境に置かれても、慣れる生きものなのだ。最初は誘拐され、泣いていた少女は、ほかの少女たちに慰められていくうちに、精神的負担が減っていく。トイレや食事があり、空調設備があり、何不自由なく暮らすことができる。さらった犯人は暴行すらしてこない。
 警戒心を持っていた少女は、三カ月後には皆と打ち解け、状況を逆に楽しみ始める。身体的苦痛はなく、精神的苦痛もない。毎日遊んで、おいしいものを食べて、寝るだけの生活。一年後には無事解放され、両親の元へ帰される。
 有名となった事件だったが、いまだ警察はこの施設までたどりついていない。
 平和な世界を邪魔する者はいない。
 私は資産家だった。あらゆる事業に投資し、金をもうけてきた。若い頃は楽しかったが、年を重ねるごとに嫌気がさしてきた。
 金をもうけるために、あらゆることをやった。殺人もやった。ライバルの資産家を、破滅へと追いやった。反動だろうか。醜いものを見るのが嫌になっていた。
 典型的なものが家族だ。
 息子は父親と同じく事業を継いだが、人の心というものを持っていないらしく、邪魔な者は残忍に排除していった。幸せな家族を不幸にさせ、首をつる姿を見てケラケラ笑うのだ。悪魔だと従業員から陰口をたたかれているが、誰も逆らえなかった。
 美しかった妻は、ぶくぶくと太っていき、豚と見間違うところまできていた。無駄なダイエット、汚いおしゃべり、パーティー参加と、同じ種類の豚を見つけては、無意味なことをし続けている。いつか料理して食べてやろうと思う。
 人生に嫌気がさし、余りある金を持って計画を立てた。純粋な少女たちをただ遊ばせること。部屋を二十造り、遊び場を五つ造った。二十人の少女を閉じ込め、観察する計画だった。
 ほかの人に知られてはならないので、ひとりで行わなければならなかった。一年でさらった少女を解放するのは、成長を嫌ったからだ。両親の元へ帰すことにしている。
 部屋に強力な睡眠ガスを流し、眠らせたあと、少女を自宅へ車で送る。ガスの量をミスして、目覚めさせたことがあった。おもしろいことに、少女は何も言わない。感謝の言葉をのべ、警察には何も話さない。誰もが困惑する。
 ニュースで知って快感だった。殺すというのは、生命を強制的に終わらせること。暴力なのだ。私は正しいことをしている。
 どんどん手慣れていき、手軽に誘拐できるようになっていた。模倣犯が出ないように、高級な宝石を連れ去った家族に送りつけ、独自の犯罪であることを警察に印象づけた。大金が宝石を売り手に入るので、貧乏な家庭は娘をさらってくれと、ネットの掲示板に書かれるようになった。そんな家族には目も向けなかった。さらうのは、家族仲が良く、娘をさらわれて泣くような家庭がターゲットだった。
 白いワンピースを揺らし、遊ぶ少女たちをながめていると天使のように見えてくる。神様のような気持ちになる。死すらも忘れさせてくれる。罪を洗い流してくれる。
 今日も少女たちの部屋をのぞいていた。
 二十人の少女のなかに、ウタエと名付けた女の子がいた。彼女は黒髪おさげで、年齢は十一歳だが、背が高く、顔の骨がゴツゴツしており、男の子と見間違うほどの容姿をしていた。白いワンピースを着ているのが変に思うぐらい、少女らしからぬ少女だ。
 背が高いということは、力が強いということだ。人を見下すということは、相手を威嚇するということだ。ウタエは自然と、少女たちのボスになっていった。
 意外にもウタエは繊細で、女の子らしい性格だった。皆の前では、ふざけてボスのまね事をしてみても、部屋に帰れば膝を抱えふさぎ込んでいる。ほかの少女たちと同じく遊びがしたいのだが、ボスゆえに気を遣われ、なかに入れないのだろう。家庭環境を調査してみると、いつも男子からからかわれていたようだ。
 ウタエが、唯一気を許す少女がいた。
 ユリコという少女だった。金髪碧眼で、容姿は美しかった。ただ性格に問題があった。虚言癖があるのだ。
 自分は高貴な生まれだと言いふらしていた。美しい容姿から、少女たちは簡単にだまされた。彼女は家族と仲がいい、平凡な家庭の生まれだった。
 父親は機械工。母親はレジのバイト。きょうだいはほかにいない。家族仲は悪くなかった。
 ユリコは、うそで固めた自慢話をしていた。父親は大統領の側近で、世界中を回っている。母親はキャリア官僚で、貧しい人のために日夜がんばっていると。ニュースで学んだ内容で、大人がつっこめば化けの皮が剥がれる。しかし話を聞いている少女たちは幼すぎた。尊敬のまなざしをユリコに向け、仲良くなって評価を上げようと必死になっていた。
 突然けんかが起こった。トミコとマリエがとっくみあいをし始めたのだ。
 マリエがしつこくトミコをユリコの仲間にならないかと誘うからだ。ためていたものが爆発したのだろう。髪をひっぱりあい、殴り合いになった。
 あせった。見たいのは平和だ。
 マリエの鼻から赤い血が流れたとき、ガラガラと何かが崩れ落ちていく。クッションのある席を立ち、建物の天井に設置してあるハッチに向かおうとした。
 けんかをウタエが止めた。体が大きいだけあって、いちどトミコの腕をつかむと、どんなに暴れようと離さない。少女たちに、険悪な雰囲気が流れる。
「どうしてユリコを嫌うの?」
 ウタエがトミコの腕を放し聞く。
 トミコはウタエをにらみつけながら腕をさすった。遠くでけんかを見物していたユリコを指さし、
「あの女は詐欺師よ! 友達がだまされて、好きだった男の子を取られたの! 彼女はショックで家に引きこもってしまったわ!」
 少女たちに訴えた。
 トミコとユリコは、どこかで面識があったようだ。記録では、学校は違うが、同じ地区に家がある。説得力がある。だが、けんかする理由が幼い。
 おとなしく話を聞いていたユリコは、ニコニコ笑顔を皆に振りまいた。作りものの笑顔はよくできていた。少女たちは余裕の笑みだと受け取り、トミコの話を信じなかった。
「どちらが悪いか、民主主義らしく、多数決で決めましょう」
 ユリコは朗らかに言った。
「いいわよ」
 トミコが飛びついた。ばかな。勝てるわけがない。
 多数決の結果は見えていた。十九対一。ユリコの圧勝だ。
「売女どもが!」
 トミコは少女たちに向かって怒鳴り散らした。汚い言葉だ。
 ユリコは腕を組んで見下し、
「私の勝ちね。決定だわ。この女を死刑にしましょう!」
 取り巻きに命令する。
 ウタエがトミコを羽交い締めにした。マリエが縄跳びを天井に結びつけ、丸い輪っかを作る。トミコは顔面蒼白だった。
「みんな! 首つりショーが見られるわよ!」
 ユリコが手を広げて叫ぶと、「死刑! 死刑! 死刑! 死刑!」と少女たちが興奮して腕を振り上げる。
 ――なんだこれは?
 理想郷とまるで違う光景。純粋なはずの少女たちが死を連呼している。天使が堕落し悪魔に変わっている。
 ――私が求めていたものではない!
 イスから立ち上がり、少女たちを閉じ込めている建物のハッチに向かう。催眠ガスのボンベが並べられており、ハッチのすきまからガスを送ることができた。ハッチを開けなければならなかったが、少女たちは死刑に夢中になっているので、気づかれることはないだろう。
 ガスボンベにホースをセットし、ハッチのフックを外し、灰色の取ってに手をかけた。上に向かって引き上げる。ホースをなかに入れようとすると、突然にゅっと手がのびてきた。
「うわっ?」
 ぐいっとひっぱられ、なかに落とされた。高さは三メートルほどあって、両腕で頭をガードしたものの、床に落ちた激痛でうなる。衝撃で腕の骨が折れたかもしれない。あおむけに転がると、少女たちが上からのぞいていた。
「なっ……」
 ハッチのそばにあるタラップから、ウタエが降りてくる。無表情だ。
「ふたを開けたわね。こんにちは。誘拐犯さん」
 少女の細長い足が左右に広がっていき、白い足をしたユリコがほほ笑みながらやってきた。長い金髪を手でかきあげる。何が起きたのか理解できず目を見張った。
「あなたは誘拐した少女を傷つけないから、子供のような純粋な世界を信じていると思ったわ。世界を壊すようなことをすれば、必ず出てくるとね」
「演技、だったのか?」
「そうよ。すべてうそ。すべて演技。けんかも、裁判も。遊んでいるふりをして、建物を調査し、あそこが出入り口だとわかったわ」
 ユリコが目線でウタエに合図する。
 ウタエは縄跳びの両端を持って、ビシッと引きのばした。呼吸が荒くなる。処刑の続きをするつもりだ。
「なんてやつだ! よくも私の理想を壊したな! うそつきどもめ!」
 嫌悪の感情が停滞することなく、濁流のように口から吐き出される。
 ユリコは優しく見下ろし、
「あなたこそ、うそつきでしょう? この世界に、こんな理想郷、あるわけない」
 聖母のようにほほ笑んだ。
 縄が首にかけられる。ギリギリとしめられていく。呼吸が苦しくて抵抗しようと、縄に向かって手をのばす。
 ――ああ、そうか。そういうことか。簡単な話じゃないか。
 抵抗をやめ、囲むように手をつなぎ、ほほ笑む少女たちを見上げる。幸せだった。
 ようやくこの世界から離れられるのだから。



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