鮮血ノ月(7/112)PDFで表示縦書き表示RDF


幸いあれ


鮮血ノ月
作:天海リョウ



[七] 星の代弁者


 そこはいつも通りの教室、とは言い難かった。
 違うのは、一つの話題が周囲の会話に犇いていたということ。
「ねぇ、今日のニュース見た?」
「うん見た見た。代々木公園のやつでしょ?」
 その中の二人の女子の間でもその話題は会話の中に入りこんでいた。
 彼女等を始めとして教室中で飛び交う一つの『事件』。
 それは昨夜起こったある殺人事件。
 世間では一日に最低一人の単位で人が殺されても遺族や一部を除けばほとんど関心を見せないのに、それについては朝から現在の昼休みに至るまでひきりなしに騒ぎ立てている。その理由は、今回のそれがただの殺人事件ではないからだ。
 彼等の間で盛り立てられるその事件は確かに『異常』だった。
 人が殺された、と一言で言ってしまえばただそれだけだが、中身を聴けば聞き手は例外なく顔を顰めるだろう。
 事件が起こった渋谷区随一の敷地を誇る代々木公園で男女のカップルが殺された。
 問題はその殺害方法と遺体の有様の方だった。
 残忍かつ無惨な死に様で発見された二つの遺体。
 男はまるで何かに食い散らかされたように臓腑を抉り出され剥き出しに、顔をグチャクチャにされていた。五体のうち左腕と右足が胴から引き千切られ、まるでフライドチキンを食べたかのようにあちこち削がれていたいたという。
 対して女の方はそちらに比べれば綺麗なほうだったらしい。五体満足、肉を抉られたどころか傷一つなかった。ならば絞殺かと思えばそうでもない。確かに何一つ欠けていないその遺体は男に比べれば綺麗だが、別の意味で痛々しい姿だったらしい。身に着けていた衣服はボロ布同然に破かれ、ひどい性的暴行を加えられた形跡が見れた、と警察からの情報。
 まるで小説の中から飛び出てきたような猟奇的な殺人が日常で起こったことで、皆興奮しているのだ。
 会話の中には、これきりで終わるのか、通り魔ならこれで終わるはずがない、などと今後の展開を予測する声すら聞こえる。
 のんきなものだ、自然と入ってくるその話に蒼助は呆れて溜息をつく。
 知らぬが仏というが、周囲はまさにその通りの状態だった。
 お前らが知らないところでそんな死に方をしている連中は腐るほどいるというのに、と何も知らない彼等に忠告してやりたくなる。
「なぁ、女って何で毛虫ぐらいできゃーきゃー言うくせに、ぐちゃでグロな描写はしゃぎながら口に出来るんだ?」
「俺が知るか。今度、お前の数多く存在するセフレにでも聞いておけ」 
 窓に肘を立てて外を眺めていた昶に素っ気無く態度で何気なく投げかけた問いを蹴り返され、へいへいわかりましたよ、と拗ねたように呟きながら蒼助は自らが放った問いを放棄した。
 周りの雑談がいくつも混ざり合う中、それを隠れ蓑にするかのように今度は昶が静かに抑揚を抑えた調子で話を振ってきた。
「……珍しいこともあるんだな。《降魔庁》の処理が遅れるなんてことがあるなんて」
「さーな、総員花見でもして職場放棄してたんじゃねぇーの?」
 ちゃかすような蒼助の言葉に、昶は意外にも真面目な顔つきで頷きながら、
「よく考えてみればお前の元・勤め先だからな。それも有り得なくもない」
「そりゃどーゆー意味だ、てめぇ」
 そのまんまの意味だろ、と臆せず言って来る相手を蒼助は衝動的に殴りたくなった。
 しかし何とか理性を以てして自制し、震える拳をポケットの中に突っ込んで収める。
「とっくに辞めた俺が知るわけねーだろ。氷室も今回の件については何も注文寄越して来ねーし………っん?」
 会話の最中、蒼助の左胸ポケットから振動が発された。
 そこに入れていた携帯電話の着信反応によるものだった。
 反射的とも言える対応で蒼助は即座に取り出し、
「はいもしもし……ってテメェかよっ」
 噂をしていればなんとやらで電話の相手は氷室だった。 
 ここ、教室に姿は無い。いつものことだが、学校内の自身の領域である生徒会室からだろう。
 携帯電話片手にどっかり椅子に腰掛けてエラそうにしている様が目に浮かぶ。
「てんめ……学校内にいるのに一々ケータイ使うんじゃねぇよ。用件あるならテメェの足で俺のところまで来やがれ……って一方的にてめぇの要求だけ言って切ろうとするんじゃねぇ!……あ、んにゃろっ」
 一方的にかけて来られて切られた携帯電話はつー、つー、と虚しい音を流す。
 みしり、と機体が撓る程の力を手に込めた後、それを元あった場所に戻しゆらりと立ち上がる。
「………生徒会室行って来る」
「ああ、行って来い」
 会いに行く相手は何となく察しているのか、ただそれだけ言って見送る昶を背に蒼助は昼休みの喧噪に満ちた教室を後にした。
 
 ◆    ◆    ◆

 照々と日射しを受ける屋上。
 人気の無い昼休みのそこでたった一人で携帯片手で金網に凭れながら会話する少女がいた。
「はい、終夜です………ってお前か」
『きみの携帯に登録してあるの私だけでしょ。それとももう自慢のガラスの仮面にゴキブリホイホイよろしくで騙されたお友達のアドレスまんまと手に入れたの―――千夜?」
「お前も大概失礼な奴だな。否定はしないが。――――で、何の用だ」
 背中の金網に深く身を沈めながら今度は千夜が尋ねる。
 昼食の後、七海を始めとした級友達と教室に戻ろうとしていたところに電話をかけて来た電話の向こうの相手に。
『一度鏡で自分の顔を見直して見るといいよ。君がメール寄越してきたくせに』
 言葉と対照的にちっとも感情の揺れを感じない穏やかな音程で紡がれた言葉に、ああそういえばそんなメール家を出る前に送ったな、と千夜はそれを思い出した。
 店に顔を出した時にでも返事を聞こうと思っていたのに、わざわざ自分から言って来る辺りこの人物は妙なところで気が利く。
「ああ、そうだった………それで、良い人材に心当たりはあるのか?」
『その前に一つ聞きたいな。突然、腕のいい占い師を知らないかなんて………何かあった?』
 容赦無い質問だ。
 やたらと勘が冴える鋭いこの相手に尋ねたのは失敗だったか、と思うがこうなってもはや後の祭りだ。
 だから答えた。曖昧に、それでも意図がなんとなく伝わってしまう言葉を。 
「…………私のこの未来、どうなるのかな……と思ってな」
『………………』
 沈黙が返って来た。
 還って深く思わせてしまい、更に問われるのだろうかと思っていたが、意外にもそれはなかった。
『……“星詠み”の《志摩雪叢》。私が知る中で最高位の占術師だよ』
「星詠み?」
『……巡る星々と意思を疎通することが出来る人間のことだよ。その声を聞く事が出来る異能から星の代弁者とも呼ばれている』
「陰陽師とかがやる占星術とは違うのか?」
『あれは星の位置で未来の往く先を占うもの。星詠みは道具や媒介など必要ない。直接声を聞く事が出来る。それが彼らの異能』
「それはわかったが、その星の声が聞ける連中は人の未来までわかるのか?」
『見えるらしいよ。彼らではなく星のほうがだけど。高い空から地べた摺りの人を見据えてる、その個々の未来すらも………と昔酒でベロンベロンに酔った彼から聞いた』
 酷く信憑性が欠損している気がしたがあえてその疑心を口にしなかった。
 それよりも気になったのは、
「何だ、知り合いなのか」
『昔の話だよ………たまにコーヒータダ飲みしてツケを溜めていく側とされる側の関係だよ、今は」
 過去に何かあったのか、と気になるが埋めた穴を掘り返すなどという野暮な事はやめておいた。
「で、何処に行けばそいつに会えるんだ?」
『一定の間ごとに公園を移り住んでいる人でね。ちょうど今は渋谷にいるらしいよ、神前の宮下公園だって言っていたけど』 
「宮下公園………」
 最近、立ち寄った場所だった。
 この学校で数少ない自分の本性を知ることとなった男と数日前に出会った場所。 
 千夜の声から僅かな様子の変化を過敏に感じ取ったのか、三途が訝しげな声を発する。
『千夜……?』
「………いや、何でもない。そろそろ予鈴がなるから切るぞ。情報ありがとう、放課後店でな」
 やや一方的かな、と思うが切った後に確認した携帯のデジタルタイマーがジャスト一分を切っていたので致し方ない。
 五限目が化学室での実験だったことを思い出し、千夜は急ぎ足で屋上を去った。
 
 ◆    ◆    ◆

 奇妙な夜だと、男は思った。
 いつもは静かなここ――――宮下公園は今夜は騒々しく見舞われていた。
 と言っても、今見頃の桜の下に人が集まってどんちゃんやっているというわけではない。
 男を除いてそこに人はいなかった。
 この騒がしさも男やごく一部の者以外には気に留められる事も無ければ気付かれすらしないだろう。
 なにしろ集まっているのは浮遊霊や水子などの――――“霊魂”なのだから。 
「こいつら、こんなになってもまだ花見がしたいのかねぇ……」
 軽口を叩いてはいたが、男は本心ではそうではないことはわかっていた。
 この集まる様はまるで何かに惹き寄せられいるようだ。
 大輪の花の香りに魅了されて飛び集う蝶の如く。
「いや、こりゃどっちかっつーと電灯に集まる蛾か」
 そう独り心地に呟いた時、霊魂たちの動きに変化が起きた。
 この地に集ってはいても、何処か所在なさげに漂っていた一つ一つが一方に向かい出した。
 何かを見つけたかのように。
 男が目で追えば、霊魂たちが向かった先の闇から一つの人影が浮かび上がった。
 人影は男のいる場所に近づいて来ているようだ。
 ……誰だ?
 サングラスの奥の双眸を細めよく目を凝らす。
「――――――っ」
 人影のがようやく確かな姿で確認出来るほど近づいたところで男は息を呑んだ。
 無数の霊魂がその周囲をまとわりつくように迂回する幽玄な光景にはなく。
 桜がちらほら散る中を歩くその様に見惚れたわけでもなく。
 問題は現れた人影そのものの姿だった。
 黒髪が似合う綺麗な少女だった。
 八時過ぎたこの時間に何故制服姿なのか気になったが、男の心情はそれを深く考えるどころではなかった。
 強い意思を感じる黒真珠のような瞳が印象的なつくりの顔立ちが男は己の中のある人物のそれを重なるのを感じた。
「こいつぁ……驚いたな」
 息を吐くように漏れる言葉を少女の元に届かないように呟いた。 
 えげつないまでに“あの人”と似ていた。顔だけではなく雰囲気や立ち振る舞いすら。
 いや、“あの女”に言わせれば“あの人”がこの少女に似ているらしいが。
 少女は己の周りをふよふよ漂う数多いそれを鬱陶しがる事も気にする事も無くさせるがままにして男の前まで着いた。
 男の顔を暫し見た後、
「……志摩しま雪叢ゆきむらか?」
 俺の名前を知っているのか、と誰が教えたのか考えて出て来たのは時折行く喫茶店の店長の魔女の顔だった。
「おう、確かにそうだが………アンタは?」
「―――終夜千夜。あなたに星の代弁を頼みたい」
 終夜。
 “あの人”の名が何故姓に使われているのか、と驚愕を覚えたがなんとか顔には出さないように出来た。
 疑問を胸の奥にしまい込み、男―――――志摩は少女に問う。
「俺が星詠みだって知っているのかい?」
「ああ、アイツが言うのには知る限りでは最高の星詠みだと」
「よせよせ、照れるじゃねぇか……そんな大したもんじゃねぇ、実際はフラフラし過ぎて本家から破門されたプー太郎だよ、俺ぁ」
 胸を張って言うと少女――――千夜は呆れることも無礼な態度に不快を露にすることもなく、ただ笑い、
「なに、本家抜けでは私も同類だ………もっとも、こっちから出てやったのだが」
 ほぅ、とその言葉に志摩は興味を惹かれる。 
 血は争えないのか、この少女も“あの人”と同じ道を選んだらしい。
 もっとも、あの時とは事情は違うだろうが。 
「で、星から何を聞きたいんだ? 嬢ちゃんくらいのレディになると、恋とか……」
「私のこれからのことを」
 志摩の言葉を遮るように千夜は言った。
 微笑は浮かべられたままだったが、声色そのものからはあまり穏やかなものを感じる事は出来ない。
 その言葉にどれほどの意味が詰まっているのか、既に“あの女”から話を聞かされ既知はしていた男には酷く重く感じ取れた。
 痛ましさを顔に出さないようにしながら、
「わかった………………と、それにしてもアンタ……随分好かれているじゃねぇか」
 その周囲を飛び交う霊魂たちを指させば、千夜はようやく周りのそれに関心を向けた。
「ああ、これか………懐いているだけだから“他より”マシだよ」
 他より、ということは他からは懐かれるだけでは済んでいないということだ。
 その言葉からだけでは現状が何処まで来ているのかわからないが、今はそれより注文に応えるべきだろう。
「…………返事が返って来た。すごいな、かなり多くの星がアンタの未来について答えてる」
 空から全てを見ている彼らは人という小さな存在の未来になど興味はほとんど持たず、こちらが聞いてもようやく無数のうち一つがきまぐれに返事をくれるのが普通。
 これは星詠みの暦始まって以来の異例かもしれない。
 ………それほど、この嬢ちゃんが只者じゃないって事か。
 本人に自覚があるわけがないだろうが。
「それで、星は何て答えてくれたんだ?」
「……………………お世辞にもいい返事じゃねぇなぁ」
 こちらの言葉に少女は僅かに眉を顰めた。
 それで?と促して来るので、少々気が滅入るが志摩はお告げを聞いたからには答えなければならないという星詠みの本能に従った。
「最悪だ。どいつもこいつも、アンタの未来は絶望的だと答えている」
「…………いくつか代表をあげてくれ」
「……まぁ、これは言っておかなきゃならねぇよな。………アンタ、鬼に憑かれてるそうだ」
 すると、ふむ、と頷き、
「確かに二匹に憑かれているかもな………家に帰るとたまに勝手に茶を入れて寛いでいる図々しいデカイのと小さいのがいるが」
「いや、そっちじゃない………確かに憑かれていると言っても過言じゃないくらい迷惑だろうがそれじゃない別のだ。もっと、悪質で陰氣がプンプンしてる奴がアンタを狙っているらしい」
 下げていた顔をあげる。
 そうして見上げた千夜の顔は依然と平然としていた。
 まるで、予想が確信に変わっただけ。ただそれだけだと言うようで。
「アンタ……随分と落ち着いているな」
「取り乱して欲しいか? 代弁の報酬代わりにというならしてやってもいいが」
 小憎たらしい口を叩きながら、皮肉っぽく笑う千夜。
 人を小馬鹿にした挑発気味の笑みも“あの人”そっくりだった。
 性格の方もさすがあの性格の元となったというべきか、相当な具合で捩じれているだろう。
「まぁ、大体その件については検討済みだったんだよ。どうも三ヶ月くらい前から妙な危険察知能力が付いたらしくてな。今回、あなたのところに来たのは確認みたいなものなんだ」
「ほう、それで……確認出来たかい?」
「ああ、充分にな。さすが、アイツが評価するだけの事あるというのが感想だ……それで、代弁のお代はいくらなんだ」
「いらんよ。俺は美人からは金は取らない主義なんだね」
 そうか?と取り出した財布を上着の胸ポケットに戻すと、
「それではこれで失礼するよ。お騒がせして悪かったな」
「ん、毎度あ……」
 そう返そうとした時、一つの『声』が志摩の耳に届いた。
「………ちょっと待ちな」
 既に背を向けて離れていく千夜を引き止めた。
 突然声を止められた千夜は怪訝な表情で首だけ振り返った。
「何だ、やっぱり報酬はい………」
「いやそうじゃない。ちょいと遅ればせながらでもう一つ言伝が来た」
 千夜の目を見開く。
 あんたもこれはちょっとした意表突きだろう?と思いながら志摩は悠然と告げた。
「これから先アンタに“青”が関わる。そいつはアンタの行き先を照らす一条の光だそうだ」
「青……? 何だ、曖昧な……」
「属性概念のことなんだろうが………まぁ、青の概念の持ち主だということは確かだ。さすがに名前までは、な………向こうさんの機嫌ってのもあるから無理はできねぇ。悪いな」
 いや、そんなことはない、と志摩に対して微笑み、
「御忠告どうも。これは礼だ」
 そう言って小銭を放ってきた。的確な速さと加減で投げられたそれは反射的に広げた両手にスコンと入った。
 百円一枚、十円二枚。
「今日は妙に冷えるからな……公園で寝るには少し寝冷えするぞ」
 それだけ言って千夜は今度こそ去っていく。
 公園に集まっていた全ての霊魂を引き連れて。
 彼女が来る前までの騒がしさが嘘のように静まり返った公園に一人残された志摩は苦笑いし、
「……少女に良き幸いあらんことを……なんてな」

 





事件は現場で起こっている(特に深い意味はない
カップルというのは言わずともわかるでしょうが、前回の野外プレイをしようとしていた奴等。当然、犯人は………ね。
話は移りますがようやく判明したおっさんの名前。
ちなみに本当は勘当されていません。
星詠みとしては優秀な方なので、本家も手放すのは惜しいからフラフラしているのは目を瞑っています。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう