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向けられる笑顔は
無防備にすら見える鉄壁

鮮血ノ月
作:天海リョウ



[弐拾七] 澱の番人


 『検索結果  禍神

  ・災いをなす神。邪神。悪神。 』 



 YAHOOの辞書で検索した結果がこれだった。
 なんともシンプルで簡単な説明に思わずぶちり、と琴線が切れる。

「いくらなんでも淡白すぎるっっ!!」

 バンッ、とキーボードを叩き椅子を引っくり返して立ち上がる。
 途端、背中にチクチク無数の視線が刺さる。
 振り返ると、顔に「うるさい」と書いた図書室使用の生徒たちが蒼助を責めるように睨んでいた。
 そのジワジワくる攻撃に慄いた蒼助は、全面的に悪い立場もあって素直に倒れた椅子を起こして座り直した。 
 恨めしげに画面を見つめながら、 

「考えてみれば………一般の情報見ても仕方ねぇんだよな」

 あの化け物は《禍神》と呼ばれているに過ぎず、本当にそういう存在なのかは肯定できない。
 つまり、図書館やインターネット情報を幾ら探索しようとそこで得た情報には何の意味もないのだ。
 今頃になって気付き、蒼助はズンッと疲労感に襲われた。 
 貴重な昼休みを無駄に浪費してしまった。 
 キーボードの凸凹の上に顔を突っ伏して、

(……やっぱり、あのメモに書いてあったこと頼るしかねぇのかな……) 

 黒蘭が書き残していったメモには先日行ったあの喫茶店を装ったSHOP『WITCH GARDEN』が有力な情報源として書かれていた。
 ということは、あの魔術師の店長が何か知っていることになる。
 
(………でも、魔術師が何で……)

 この日本は原住民である日本の退魔師によって裏側の一切は支配されている。
 そして、魔術師はその退魔師たちに嫌われており、降魔庁の取り決めによりこちらの事情には一切首を突っ込んだり手を出すことは禁じられている。
 退魔師から言わせれば、ヨソ者は余計な口を出すなと言う事なのだろう。 
 そもそもそんな魔術師にとってこれ以上にないほど動きにくい国である日本に、何故都市のど真ん中で隠れてSHOPなど経営しているのか。 
 いつからああしているのかは知れないが、よくもまぁ降魔庁に見つからずにいるものだ、と思わずその強運に恵まれた身に感心を抱いてしまう蒼助だった。 
 
(つーかさ……攻略アイテムが千夜ってどういうことよ?)

 何しろ、そのことについて聞いて一度猛烈な拒絶を喰らっている。 
 下手するとアイテムどころか攻略対象が増える危険性すらあるというのに、と蒼助は黒蘭の思慮が全く読めなかった。 
 この難易度が高いあたりが、黒蘭自身が観客として楽しむ要素に思えてならない。
 
(………なろぉ〜……こうなったら、何が何でも聞き出してやろうじゃねぇか) 

 闘志の炎を燃やす蒼助はその第一段階として、

(まずは、千夜をさりげなく誘って………)

「すみません、そこ使っているんですか?」

 気配もなく耳元で突然聞こえた声に蒼助は今度は自分ごと椅子と共に引っくり返った。
 
「な、な、な」

 どうして自分はこうも背後から近づかれることが多いのか。そして、それに気付かないのか。無論、近寄る人間全てが気配を消して来るからなのだが。
 そんなことを考えながら打ち付けた腰の痛みを我慢しつつ顔を上げた先では、

「あ、驚かせて御免なさい……大丈夫、ですか?」  

 ブラボー。マーベラス。 
 ここまで完璧に“顔”を使い分けられるともう賛辞するしかない程の、素ではまず有り得ない儚げな表情でこちらを心配そうに見下ろす千夜がいた。
 
「お前な……」
「オーバーなリアクションだな。そんなに驚かれるようなことをした覚えはないんだが」
「普通の人間は気配消して後ろから接近されて耳元で囁かれたら心臓が跳ねるぞ」

 しゃがみ込み、周りには聞こえない音量で素に戻る千夜に文句を尻持ちついた状態で文句を言うが、

「普通の人間にするわけないだろ?」

 つまり、確信犯だというわけだ。
 清々しいまでに爽やかに言い切られるともう返す言葉もなくなる。
 
「お前から図書室という発想が付かなくてな。パソコン使って何か調べていたのか?」

 と、画面を覗き込もうとする千夜の行動に、慌てて立ち上がり庇うように立ちはだかり後ろ手で器用にもページを消す。
 明らかな不審さが匂う行動に怪訝な表情をする千夜に、蒼助は誤魔化しを含めて話を切り出した。

「たいしたことじゃねぇよ。それよりも、今日学校終わった後、暇か?」
「いや、今日はバイトが入っているから」

 出鼻をいきなり挫かれた。
 蒼助はぞりっと勢いを削り取られた気がした。
 

 ◆    ◆    ◆


 古い夢を見ていた。
 終わったはずの出来事を繰り返す、巻き戻しては再生されるテープに記録された映像を。
 
 同じように終わってしまった『あの人』との、大切な、大切な思い出。



『よ、初めましてだな。名前はなんつーんだ、お嬢ちゃん?』

 初めて会った時のこと。
 見たこともない綺麗な顔立ちで向けられた無邪気な笑みに芽生えた“想い”の始まりの瞬間。




『さーんず、六歳の誕生日おめでとう』

 そう言って手渡しされた薄紫のリボンは他の誰が贈ったプレゼントよりも嬉しかった。
 何よりも大切な宝物になった。



『イギリス行っても頑張れよ。それと、イイ女になって帰って来い』

 空港まで見送りに来てくれた。
 見えなくなるまで、ずっと振り返りながら手を振った。
 そして、必ずこの国に帰って来ると自分と彼に誓った。




『よ、おかえりー。すっかり見違えたな三途』

 十年の空白の間に行方を眩ませていた『あの人』との偶然の再会。
 すっかり自分を変えた年月の中で、『あの人』はちっとも変わっていなかった。
 しかし、傍らに長く想い続けて再会し、守り通したひとはなく、代わりに小さな女の子が彼の隣に寄添っていた。
 その顔立ちには幼いながらも彼の面影を強く残されていた。
 少女を両腕で横抱きにし、

『紹介する、俺の娘だ。ほーら、パパのお友達の三途だぞー』

 少女は無垢な瞳に自分の姿を映し、あどけない表情で、



「三途」


 
 小さな唇が紡ぎだした声は、現実からの呼び声だった。
 それによって三途は過去の泉から引き上げられた。


 ◆    ◆    ◆


 蒼助は愕然としていた。
 目の前には目的の店『WITCH GARDEN』が聳えている。
 たった今、“ドアを開けて中へ入った”はずの店の前で蒼助は驚愕に身体を震わせた。

「な、何で」

 疑問を口にしつつも、もう一度ドアノブに手を掛け開ける。
 そして、店内に足を踏み入れるが。

「ま、また……」

 二歩目を地面につけることなく、蒼助は再びドアから一メートルほど離れた地点で店の前に立っていた。

「なにくそっ」 

 めげずに蒼助は再度挑戦。
 三度目。
 四度目。
 五度目。
 
 十回目に失敗して蒼助の息が上がり、折れた。

 いちいち無駄に力んで入ろうとしていたせいで、肩で息をするほど精神的にも体力的にも疲労した蒼助は目の前を建物を恨めしげに凝視する。 

「……ちくしょう……何で、この前来た時はすんなり入れたじゃねーか……」

 十回の挑戦と失敗を経て、気付いた事があった。 
 それは中へ入ろうと一歩を踏み出す一瞬のこと。
 十回中で十回とも、その瞬間に奇妙な浮遊感を感じるのだ。
 まるで、そこから外へ運び出されているかのように。
 しかもその感覚は、何かに似ており覚えがある。

(って………考えてみればこれって、黒蘭の瞬間移動と同じじゃねぇかっ)

 違いは距離だけで、要領は同じだと蒼助は悟った。

「まさか……あのカミ様と同じことが出来る人間がいるとはな…………マジでいたかよ、出来る人間。……つーことは、あの店長も……“澱”の……」

 カミと同じ、まさに神業の所業を成し遂げる人間までいる。
 これが澱の世界か、と蒼助は想像を絶する事実に寒くもないのにぶるりと震えた。
 だが恐らくこれもまだ入り口の前に立っている程度に過ぎない。だとしたら、その先には一体何が、

「――――玖珂? 何をしているんだ、そんなところで」
「千、夜?」

 振り返れば、そこにはバイトがあるはずの千夜が学校帰りの様で奇妙なものを見るような目でこちらを見ていた。
 
「お前こそ、バイトあるんじゃなかったのか」

 ああ、と千夜は頷き、

「もちろん。ここが、私の仕事先だ」

 と、親指で指差す先は蒼助を苦しめる城塞と呼んでも過言ではないだろう建物。
 
「お、お前、ここで働いてんのか」
「ああ。まぁ、任される事と言ったら喫茶で注文取りと掃除するくらいだが」

 注文取り。
 つまりは、ウェイトレス。
 それは是が非でも店の制服姿が見たい、と会話の最中にも関わらず蒼助は心の底から叫んだ。
 悪魔で心の中でだが。

「話を戻すが、お前ここに何の用だ。まさか、もうあの刀折ったのか?」
「なんで俺が折ったみたいな………じゃなくて、ちげぇ。ちょっと、この店の店長……下崎さんだったか? ……あの人にちょっと話が」
「話? アイツと一体何を話すんだ?」
「え、あ………そりゃまぁ、色々と……」 

 何か適当にそれとない嘘はないか、と内心ぐるぐる焦る中で考える。
 そんな中で千夜の追求する視線が刺さり、痛い。
 針のむしろのような状態がいつまで続くかと思われた時、

「玖珂は……三途みたいな女が、好みなのか?」

 ぽとりと滴が落ちたかのような呟きのような問いに、蒼助は眼を瞬かせた。

「お前………今、なんて」

 俯いていたせいで、顔が見えなかった。 
 近づき、もう一度先程の台詞を聞こうと試みるが、

「まぁ、別にいいがな。ただし、気合を入れて取り掛かるんだな。アレは見かけと裏腹に相当な根性悪だぞ」
「お前が言うか……じゃなくて待て、俺は別に」
「別に責めちゃいない。それよりほら、中に入りたいんだろう?」

 それどころか、うやむやにされたばかりか誤解までされてしまった。
 何だか面倒くさいことになってしまったと頭を痛くしていると、

「あ、昼の休憩時間のままだ。アイツ………寝こけて結界張りっぱなしだな」
「結界……?」
「そうだ。三途が店に張ったアイツのオリジナルの特殊な結界だ。招かれないと外から入れないんだ。害意がある人間、または力のない人間には建物すら見えない。まんまとひっかかってたみたいだな」

 そう言って、千夜はドアノブに手を掛ける。

「おい、それじゃお前だって……」
「私にこの手の術の効果は無意味だ」
 
 千夜はそう言うなりドアノブに引っ掛けられたプレートを裏返すと、躊躇いもなくドアを開けて中に踏み込む。
 蒼助は目を疑った。
 言ったとおり、何も起こらずすんなり千夜は店の中に入ってしまった。
 あれだけ苦労していたのに、こんなにあっさり解決してしまうと妙に釈然としないが、難問を一応突破ということで蒼助は念願の来店を成した。
 が、少し目を離した隙に千夜の姿が目の前からなくなっていた。

「三途、休憩時間はとっくに過ぎてるぞ……いい加減目を覚ませ」

 困惑していたら、ドアの死角になって見えないところから千夜の声が発された。
 ドアを退けて閉じると、客席のテーブルで両腕を枕にし眼鏡を外して眠る三途に千夜が起きるように肩を揺すっていた。
 
「ん……あれ、千夜………何でこんなに大きくなってるの?」
「お前が寝ぼけるとどうも背中が薄ら寒いんだが………しっかりしろ、もう四時だ。とっくに午後の開店時間だぞ」

 え……、と三途はぱちくりと瞬きして壁の時計を見た。
 眼鏡なしで時計が見えるのだろうか、と思っていたが、

「わっ。いつの間に……寝過ごしちゃったかな……アハハ」

 客を逃していたにも関わらず、三途は脳天気に笑う。
 この前の気前の良さといい、店を経営している割には案外儲けには拘らないのか。
 呆れる千夜の前で一頻り笑うと、こちらに気付いたのか、

「やぁ、いらっしゃい。また来たの、今度は何をお求めかな?」

 と、三途はにこりと人の良さげな笑みを向ける。
 こうして対すると、傍目では魔術師、しかもあれ程の高度な技術を操れるほどの凄い人間だとは到底思えなく、蒼助は一瞬だけココへ来た目的を果たすことに迷いを覚える。 
 
「いや、今日は………」

 刹那。

「三途、お前個人に話があるらしい」

 割り込むように、間を取り持つように千夜の言葉は入り込む。
 三途はその代弁に目を丸くする。

「私に……?」
「奥で着替えてくる。それまで、二人で“ゆっくり”話しているといい」

 何か含みを感じる言葉に反論を許さず、千夜は奥のドアの向こうへ消えた。 
 残された蒼助は、一気に後に引けないところまで立たされてしまったと二人になって五秒後に自覚。

「玖珂……くん、だったかな?」

 三途は座っていた椅子から立ち上がり、立ち尽くす蒼助に向き直る。
 
「何? 話って」

 ここまで来たらもはや後戻りは出来ない、と蒼助は覚悟を決める。
  
「俺は無所属のフリーの退魔師なんだが………実は、最近ある仕事を引き受けたんだ……引き受けたはいいものの……いくら探そうが情報量があまりにも少なくて全然進展していない。そこで、アンタにちょっと協力してもらいたいんだ下崎さん」
「いくら探しても得られなかった情報を私が持っているという確信は何処から?」

 整った顔に微笑みはずっと浮べられている。
 しかし、その笑みは何かと酷似していると蒼助は感じた。
 そう、これは“仮面”だ。本性を覆い隠す、あの千夜の仮面と同等の“偽装”。
 三途は探っている。仮面越しに、自分の真意を。
 ごくり、と溜まっていた唾を飲み下し、蒼助は口を開いた。

「………ある女から流れた情報だ。俺は今………《禍神》と呼ばれる存在について調査している」

 言葉の後の瞬間、蒼助は“仮面”が外れるのを見た。
 “優しげな店長の仮面”の下から現れたのは、“澱の世界を住処とする魔女”の本性。
 
「黒蘭か………また、あの女狐は……いらない茶々を入れて引っ掻き回してくれるね」

 淑女の仮面を被った悪女とはまさにこんな感じなのだろうと蒼助はつくづく実感した。
 先程とは打って変わった腹に何か隠しこんでいそうな含みを感じる笑みを浮かべながら、三途はここにはいない者に悪態をついた。
 しかも、見抜かれている。

「玖珂くん、悪いけど……君の質問には一切答えられない」
「ああ、わかってたさ………けど、こういう反応覚悟で来たんだ、それぐらいで折れる気はねぇよ」
「それはそれは………その覚悟って………どの程度のものなのかな?」
「“そっちの世界”のヤバさをこの前の体験で知って上で、踏み込むくらいの覚悟はしてるぜ」
 
 この前?と三途の片眉が眉間に寄り動いた。
 どうやら、千夜からあの事は聞かされていないらしい。 

「ちょっと前まで騒がれていたこの渋谷で起きていた猟奇連続殺人事件あっただろ。あの正確な働きで有名な降魔庁が情報を押さえ損ねた事件だ。その犯人たる魔性が、俺の高校に現れた。そいつは奇妙なことに、頭に角が生えていた………あんな魔性は今まで見たこともなかった……俺も危うく殺されかかった」
「それは災難だったね………で、そんな目にあっても尚こちらに首を突っ込もうとするその心は?」
「………とある理由で、どうしてもそっち側の事情が知りたい。《禍神》を辿れば、“澱”とやらの世界に行けるとあの女は言った」
 
 ちなみに、依頼は口実に受けただけ。
 個人の事情で探っていると称するより、その方がいろいろ都合がいいからだ。
 ふんふん、と三途は頷きながら相槌を打つ。
 そして、

「君の事情はわかったよ………―――――帰りなさい、玖珂くん」 

 やんわりとしていながらもはっきりとした拒絶が放れた。
 
「……っ」
「答えられないと言ったけど……言い直すよ。―――答える気も教える気もない」

 つけいる隙も与えない。
 メモに書いてあった「手強い」との表示を思い出し、手強いどころじゃねぇっと蒼助は内心で黒蘭に毒づいた。
 相手にターンを与える気がない辺りから舌戦には慣れているようだ。
 それだけではなく、口の達者さでは到底敵う気がしないほど上手だと感じた。

「覚悟をして来たと言ったけど、そんなもの無意味だよ? 覚悟すら打ち砕かれる、そういう世界だこっちは。あの女はそういうところは省いて話して君を唆したみたいだね」
「唆した………?」

 黒蘭が、自分を?と突然の方向性に蒼助はしばし次の言葉を見失う。

「あれを賢者が何かと勘違いしていると本当に痛い目に遭うよ。あの女はね、決して慈善活動なんかで他人を導こうなんてことはしない。自分の目的の為に、その糧にする為にしか自分から動こうとはしない。あの女の世界は………ただ一人を中心にしか動かないのだから」

 つまり、自分をこうしてここまで来るようにしたのは、そのただ一人の為に。
 あの捉えどころのない女にそうまでさせる人間とは一体どんな人物なのかと心が移りそうになるが、今はそれどころではなく。 

「澱の世界の問題は澱がどうにかする。あの女の手の平の上で踊らされることはない。澱を足場にその上をのうのうと歩く俗世の君が干渉する必要も関心を示す必要もない」

 その台詞は訳すと、「部外者は余計な首を突っ込むな」となる。
 選ぶ言葉はいちいち容赦がないのは、本当に彼女がいる“澱”は相当にヤバイと切に告げているということ。
 それは、助かったのは運が良かっただけだと暗に告げてもいる。
  
「とにかく、大人しく自分の世界へ帰りなさい。関わっても、君に出来ることはない、何一つ。次からは普通のお客様として迎えるよ、普通に商品も売る」

 蒼助はその真意はわかっていた。
 全てココでリセットして、忘れろということだ。
 《禍神》のことも、“澱”のことも、それに関わろうとしたことも、何もかも無に返してしまえと目の前のこの“澱”の番人は言っていた。
 だが、それは諦めろということだ。  

 千夜の隣に立つ事を。

「踊らされてなんかねぇよ……」
「え?」
「アンタの言うとおりだとしても、一つだけ間違ってることがある。俺は俺の意志であの女の手の上で踊ってるんだ。裏があるとわかっていて、俺はあの女の導く方を辿ってココまで来た。そうするしか、俺は目指す場所へ辿りつけねぇから」
「“澱”が君が目指す場所だというの……? 正気? 自殺願望者だって拒否するようなところへ何が目的で来ようというの?」 
「アンタが何一つ答えねぇのに、俺に答えさせるのか? そいつは不公平だろ、そもそも問われているはずのアンタがさっきから質問ばかりじゃねぇか、今だけで三回も。それより前のをカウントに入れないとしても二つ余ってるぜ、その数だけ俺の質問に答えてくれてもいんじゃねぇの?」
「―――いいよ。はい、これであと一回だね」
「……………。二十年前、この東京で起こった事件について何か知っていることはないか?」  

 三途の表情が僅かに動く。
 微かな目の見開きを見逃さず、

「これは依頼人の、数日前に降魔庁を退職した時に内部で偶然手に入れた事前情報だ。今回の渋谷の事件が二十年前の事件と同じだと上層部の幹部達が話していた。だが、資料庫にはそんな記録は一切残されていなかった。これは俺の勝手な推測でしかないが、同じって事はその事件にも《禍神》が関わっていた、だから記録を消されたんじゃないか!? 澱の事は澱の人間が何とかするだと? そう言っても、二十年前だけじゃなく今回の事件が表沙汰になったのはアンタたち澱の連中の手じゃ抑えられなかったからじゃないのか!? 自分たちの世界の問題を自分たちの領域内でどうにか出来ないくせ偉そうに人を部外者呼ばわりかよ、ああ!?」

 バンッ!、と手元のテーブルに拳を叩き付け蒼助はようやく見えた僅かな隙を怒濤の勢いで攻める。
 その結果、表面上全く動じていないのように見えていた三途がここで一つ溜息をついた。

「………参ったね、痛いところ突かれちゃったな…………まさか、そんな情報を自分で得ていたとは………さてさてこれは予想外だなぁ、どうしよう……」

 唸るように考え込むその姿に、蒼助は勝算が見えた気がした。
 しかし、三途は蒼助の中で芽生えた微かな希望を踏み砕くかのように、

「なんてね…………それは大きなお世話。まさか、今回とその二十年前の事件だけが俗世に漏れた“澱”の問題だと思ってる? お笑い種だね、玖珂くん。“澱”は君たちの足場となっているすぐ近くにあるのに、たった二度しか俗世を巻き込んだことがないわけないじゃないか。君たちは、そこにある“澱”に気付かず、気付いても無視して来た。記録がない? それが答えじゃないか、自分たちじゃ何も出来ないから、想像を超える脅威に怖じ気づき有ったことを忘れて関わりを抹消し、全部責任をこちらに押しつけている俗世の君らが、今更こちらの事にうるさく意見を述べて口出しするなんて烏滸がましいにも程があるんじゃないか? 君の言い分は、その無力で傍観者で勝手で卑怯な俗世の人間の、非常に傲慢極まりない文句そのものだよ」

 次々と捲し立てられる俗世こちら汚れた部分によっての全てが覆される。
 正当にして正論。 
 多少無茶苦茶な部分ですら、正しいように取れてしまう。
 これを打ち負かす言葉を持ち合わせていなかった蒼助は、ただ悔しげに睨むしかない。
 三途はまだ蒼助の意志が折れていないのを見取ると、それを完全に叩き折るべく己の中から言葉の大槌を選び出す。

「それにね………この化け物の徘徊する“澱”で、無力な俗世の人である君に、何が出来るの?」

 振りかぶられ、打ち下ろされた凶器に蒼助の心が大きく揺れ震える。
 ぐらぐらと激しく揺さぶられる心を蒼助は必死で壊れてしまわないように押さえた。  
 あと少し、と三途はもう一度振りかぶるために口を開いた。

「君はこの先何を知ろうと、何も出来ない。全て無意味、わかったら―――」 




「ちょっと離れた間に、随分と盛り上がっているじゃないか」


 
 割り込んだ声が聞こえた方を、二人は同時に向いた。
 店の奥とこの空間を遮る扉に背を凭れさせ、“先程と何一つ変わらない姿”で千夜がこちらを半目で見ていた。
 
「千夜……」
「面白そうな話をしているな、三途。二十年前? 初耳だな、そんな話。ついでだ、私にも聞かせてくれないか」

 に、と笑う千夜。
 言葉は穏やかだが、醸し出す雰囲気がただならない怒りを感じる。
 さっきまでの余裕は何処へ行ったのか、相手が千夜になるなり焦りが表面に浮かび上がる三途。

「千夜、これは」
「あれは《禍神》と呼ぶのか。私は、俗世の人間ですら知っていることを教えられてなかったというわけか」
「せ、千夜……別に、わざと教えなかったわけじゃ……」
「いや、それはともかくとして、やはり興味があるのは二十年前の事件。しかも、東京で今回のような事件が起こったとは……な。ここで聞かなくては、後で後悔してしまうなこれは」
「あ、あの……千夜? いつ、から話を……」
「“ある女から流れた情報だ。俺は今………《禍神》と呼ばれる存在について調査している”あたりから」

 ほぼ最初から、ということになる。
 ずっと扉の向こうで立ち聞きされたいた、と。
 ちらり、とこちらに視線を向けられザッと血の気が引いた。
 一度警告をされたにも関わらず、それを無視してチョロチョロしているとバレてしまった。これは、こちらの立場としても相当ヤバイ、と蒼助は三途に劣らずに修羅場の崖へと追い込まれた。
 不意に視線が元の位置に戻され蒼助はホッと一息だが、三途はそれどころではなかった。

「さ・ん・ず」

 語尾にハートが付きそうなほど甘い声。
 そんな声で甘えられてぇとか呑気なこと考えつつ、蒼助は現在この場で最も肩身が狭い三途に眼を向ける。
 引き攣った笑みを浮かべて、たらーり汗を頬に伝わせていた。
 それは、普段絶対しない仕草をする時の千夜は怒髪天を突いているからだと知っているから。

「教えてくれるな?」
「…………え、と……それは」

 千夜の顔から笑みが消え、鋭く貫くような目で三途を射抜いた。

「あの男に知る権利がなくても、私にはあるはずだ。ないとは言わせない。アレは私の問題であり、私がどうにかしなくてはならないこれからの問題だ。その為に、私はアレに関することを………《禍神》を知らなくてはならない。それがわからないお前ではないだろう、三途」
「…………」
「言え、言わなければ言わすまでだ………例え、お前でも」

 千夜の身体から吹き出し始める暴力のオーラ。  
 冗談ではなく、本気でヤる気だと悟った蒼助は止めるべきかと迷う。
 だが、実際に間に入ったとして、千夜を止める事が出来るのだろうか。
 澱の人間である彼女を、しかも怒りに駆られて加減を失っているかもしれない相手を俗世の自分が止められるのだろうか。
 空間に緊迫が張り詰めた瞬間、

「…………わかったよ、降参降参」

 緊張が爆発するかと思われた矢先で、両手を上げて参ったと三途は観念した。
 それと同時に千夜の張り詰めていた殺気も霧散した。
 さっきまでの怒りは何処へ行ったのか、不敵に笑う千夜が、

「お前のそういう物分かりのいいところ好きだぞ」
「あのね……。まったく………本当に、役者顔負けだよ君の演技は。いつもいつも本当に怒ってるみたいだからわかっていても抵抗できないんだよねぇ………」

 演技?と蒼助は台詞中の言葉に愕然とした。
 しかも、いつも。
 殺気まで出していたアレが演技だとは。
 信じられないものを見るような目ですっかり緊迫感とはかけ離れた場を作り上げる二人を蒼助はどっと疲れた気分で見つめた。
 そして、いつしかその視線を千夜に絞る。

(攻略アイテム………そういうことか)

 確かに、下崎三途をクリアするのにこれ以上にない最適の必須アイテムだった。 
 下手をすれば最強にして最凶の敵にもなりかねないほどの。
 何か手順を間違えれば、そうなっていただろうと考えると頭が痛くなった。
 
「玖珂、どうした」

 完全に疎外されていると思っていた蒼助は突然意識を自分に向けられ、思わず反射的に肩を僅かに震わせた。
 そして、顔を見て本当にぶるりと大きく震えた。

「三途が口を割る気になったぞ。コイツこだわりのコーヒーでも入れさせて聞こうじゃないか」

 笑っている。
 とっても笑顔だ。
 しかし、とっても不自然で。

 千夜は、こんな爽やかな笑みを浮かべている人間ではない。
 今のそれはまるで作り物みたいな笑顔だ。
 まるで何かを隠す為の仮面。
 
 まさか、と思い当たる。
 三途へと怒りは演技だった。
 だが、自分への怒りはどうだったのだろう。
 思い出すと、あの一瞬だけ向けられた冷たい視線が妙に生々しく思えて仕方ない。

(………と、すると………やっぱり………)

 千夜は怒りの演技の中で本物の怒りも燃やしていた。
 ただし隠し事をする三途にではなく、警告を無視した蒼助に対して。

 これから話を聞くと言うのに、蒼助は身体が鉛のように重くてしょうがなかった。




 そろそろテスト勉強の期間だから真面目に勉強しようと思ったのに、何故かパソコン開いてキーを打っている今の私。
 昨日突然、父親にケータイの契約切りと学校行くバスに乗るのを禁止された。
 金かけ過ぎだとか言ってたが………一年以上も続けて今になって気付いたのか、おいオッサン。
 はぁー、バス代はバイトで稼ぐ羽目になりそうです。
 修学旅行近いのに、ケータイ取り上げられちゃったよ……どうしよ。迷子になるよ(待て











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