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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

第七章 シルヴィア=ラインスターク

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シルヴィア=ラインスターク(2)



    *



 イーシャットは鴉を肩に乗せた姫の細い背中が茂みに消えるのを待ち、アルガス=グウェリンをじろじろと見た。ずいぶん大きくなった。あのマスタードラのお気に入りなのだから腕は折り紙付きだし、

「三年の間にお前の噂はいろいろ聞いたぜ。腕も立つし評判もいいってな。あのボケを頼む。ニーナはまだ伏せってんのか。案内人の報酬しかもらってねえなら、護衛の報酬も上乗せしたい。俺が払う。気にすんな、後でニーナからもらっとくから」

 アルガスは寝袋と毛布を小さくたたんで背嚢に詰め込んでいたが、イーシャットのごく弱めた声に顔を上げ、やはり低い声で答えた。

「残念だが護衛の報酬を取れるほどの体力がまだない。この体たらくで護衛を名乗るのは流れ者の恥だ」
「……だが」
「無報酬で結構です。どうせすることは同じなんだ。それに姫には一生かかっても返せないほどの借りが出来まして。案内人の報酬だって本当は受け取れない。それなのにニーナ姫からも多額の金を積まれました。どう断ろうかと思案中ですが」
「そうか」

 イーシャットは焚き火の上に土をかけた。どうせすることは同じ、と言った。ならば金を受け取らないのは、流れ者の矜恃というものなのだろう。
 アルガスは、イーシャットが引き下がったので安堵したようだった。

「あなたはエルギン王子の諜報担当だと思っていましたが――」
「そうさ。だから今の話は他言無用だ」

 どうやら姫を取り巻くややこしい状況にもいくらか知識があるらしい。イーシャットは土の上から焚き火を踏み消し、耳を澄ませて水音を聞いた。

「本当に面倒くせえ小娘だ。そそっかしくて薄ぼんやりで、妙に鋭いかと思やとことん鈍く、朴念仁で頓珍漢でその上強情と来てやがる。だがまあニーナ同様、俺の妹みてえなもんなんだよ」
「承りました」

 アルガスの低い返答を、茂みの音がかき消した。戻ってきた姫は鉄板と器を背嚢に戻して、背嚢を担ぎ上げた。

「お待たせ。イーシャット、馬は?」
「街道沿いにつないでる。よし、行くぞ。エスメラルダでゆっくり寝ようと思って徹夜なんだ俺は。早く済ませて寝たい」
「そう」

 先に立って歩き出すと、アルガスと姫が馬の手綱を引いて、黙って後をついてきた。不思議な鴉は姫の肩の上でずっと沈黙していたが、冷たい声で言った。

『そう、つまりこういうことね。アイオリーナが魔物に捕らえられれば、叔父様ももはや王に味方しなくなるわね。エルヴェントラにとっては願ってもない事態だこと』

 姫はため息をついた。

「イーシャットはエルヴェントラが嫌いなんだ。でもエルヴェントラだって、まさかそこまでするわけないよ」
『あなたをひとりで放り出すような人だもの。おじ様への警告を遅らせるようなことくらいはしそうだわ』
「……すっかり嫌われちゃったんだ、エルヴェントラ」
『あなたはどうして怒らないの』

 鴉の声が急に切実な色をはらんだ。イーシャットはあえて口を挟まずに黙っていた。
 シルヴィア=ラインスタークの生存は、ラインディアでも既に、絶望視されている。だが実際にその意志を宿した鴉を目の当たりにすると、重苦しい気分が胸に満ちた。
 彼女の意識はここにいる。
 では体はどこにあるのだろう。
 なぜ彼女の意志を宿した鴉が、姫のそばにいるのだろう、と疑問が湧いたが、それはひとまず置くとして――

『どうしてあなたがひとりで出かけなきゃならないの。グウェリンさんが案内人につかなければ本当にひとりで行くところだったじゃないの。エルヴェントラはどうして無理にでもあなたに護衛をつけないの。ニーナが怒っていたわ。マスタードラを寄越しなさいって、すごい剣幕だったのよ。あなたがどうしてそう言わないの』
「……エルヴェントラは一番いいと思う方法を採ってるだけ」

 姫の返答は静かだった。

「そしてあたしも」
『一番いい方法? ひとりで出かけることが? エルヴェントラはそうでしょうよ、そう思ったっておかしくない。でもあなたは――』
「あのね、シルヴィア。あたしが大勢の人を連れて歩くと目立つでしょう。よけいに危険なんだよ。王に、神官兵や王子の兵を動かしたって知られたら格好の口実になる。イーシャットは忙しい。マスタードラはエルギンのそばを離れられない。今年はニーナが巡幸できなかったから、神官のうち力の強い人たちは国中に散らばってるの、ニーナの代わりにね。だからあたしに護衛を割いてる余裕はない」
『流れ者を雇えばいいじゃない』
「ついこないだまで、あたしは流れ者をあんまり知らなかった。だから思い至らなかった」
『今は――』
「……シルヴィア。護衛がどういう存在か、温泉行きでよくわかったんじゃないの?」

 姫の声はさらに静かになった。シルヴィア=ラインスタークは沈黙した。

「あなたにこんなことを言うのは酷だけど。ビアンカが助かったのはガスがああしてくれたからだよ。マスタードラはエルギンだけの護衛だもの。危なくなったら、どんな速度で走っていてもビアンカを放り出した。本当にいざとなればたぶんミネアも」

 イーシャットは思わず振り返った。

「おいおい。なんだか不穏な話だな」
「不穏だったんだ。本当に。道々話すよ、イーシャット」

 答えた姫の表情は、ひどく獰猛な色をたたえていて、イーシャットは口笛を吹きたくなった。こういう表情は滅多にしないが、いざ見せると凄みを増して、十歳も年下だと思えなくなる。

「護衛はそういうものなんだ。だからエルギンとかニーナとか、エルヴェントラとかね、そういう人たちにだけつけばいいものなんじゃないかって……」
『あなたはそう思うのね』

 シルヴィアの声はひどく悲しそうだった。

『自分には護衛がつく価値がないって、思っているのね』
「……なんだかそう言われるとすごい卑屈な人みたい……嫌だな……」

 街道に出た。イーシャットはつないであった馬を放してまたがった。首筋を手で叩いて、お前ももうすぐ休めるはずだったのになあ、と思っていると、

『価値って、何なのかしらね』

 シルヴィアが再び口を開いた。

『それは誰が決めるのかしらね。身分とか生まれとか育ちとか、そういうことで決まるのかしら。エルギン王子は護衛やビアンカを置き去りにして逃げてもしょうがないのに、あなたはいけないの、どうして?』
「身分……は……関係ない。エルギンは王位を一番穏当な手段で継げる人だから。ニーナはそれこそ巡幸して世界を整えられる唯一の人だし……」
『エルヴェントラは?』
「……ええと」
『ふふ。わかってるわ。あなたはだだをこねてるだけよ』

 シルヴィアの声はあんまり優しくて、一瞬、言葉の内容がわからなかった。姫もそうだったようで、きょとんとした。

「……だだ?」
『単に、嫌なだけなのよ。誰かが自分のせいで命を落としたりすることが。もう一度あんな思いをするくらいなら、自分が死んだ方がずっとマシだって思っているのよ。そうでしょう? でも客観的に見てご覧なさい。あなたは同盟の呼びかけ人で、【最初の娘】の代理人で、エスメラルダにいる間中エルヴェントラがそばから放さないほどの仕事を抱えてる。あなたに会いたい人が国中から押しかけて来てたみたいじゃない。その上ティファ・ルダのたったひとりの生き残りよ。護衛がついて何が悪いの? 【最後の娘】、私はあなたの呪いを解きたい』

「……呪い?」

『護衛は危険なお仕事ね。でもその分見返りは大きいわ。だからそのお仕事を勤める人がいるのよ。そうやって生計を立てている人がいるのよ。グウェリンさん、そうでしょう?』

「そうですね」

『ねえ姫、あなたみたいに護衛を拒んでいる人ばかりだったら、お仕事をしたい人は困るわねえ。案内人の方が護衛より安いそうだから、グウェリンさんだって、今回は稼ぎ損ねているわけだわ。あなたがだだをこねるせいで』

 今度は姫が沈黙した。イーシャットは気づかれないように頬を緩めた。

『でもとにかく、あなたは自分の命を粗末にしたりはしないわね。行かなければならないところに行っているだけ。むやみに危険を求めたりはしない。エルヴェントラの思惑とはそこが違う。それだけ分かっていれば私は充分だわ。そして今はあなたのご好意におすがりするしかない立場ですもの、危険な場所へ赴くことを咎める権利も気持ちも私にはないわ。なんて身勝手なのかしら、私――。
 エスメラルダを出た時は、アナカルディアに行く気だったんでしょう。エルヴェントラもそう思ったからあなたを出したんでしょう。そして今も、アイオリーナが危険だと思うから、エスメラルダに戻らずに、エルヴェントラに止められる前に、このままラインディアに行ってくださるんでしょう、【最後の娘】。あなたのような方がエスメラルダにいてくださって良かった。どうか――お願いします』
「……」

 姫はしばらく沈黙して、
 うなずいた。

「はい。……でもエルヴェントラも、きっとそうしたよ。シルヴィア」

 どうだかな、とイーシャットは思う。けれどシルヴィアは、優しい声で言った。

『あなたがそういうのなら、きっとそうね』



     *



 野宿した場所から分岐点までは半日かかった。
 集落が見えて来た時には午後も遅くなっていた。
 舞はエスメラルダでの出来事をおおむね話し終えていた。マスタードラとスヴェンがケガ人とシルヴィアとビアンカを脅して(?)いたことを除いては。

 アルガスが大ケガをして、ウルスラがそれを跡形もなく治したというくだりで、イーシャットはやや目をすがめるようにして舞を見た。

「跡形もなく治した……昨日の朝までは歩けもしなかったって? どうりで顔色が悪いわけだ」
「そう。それがこのとおり。まだちょっと信じられない」
「……へええ」

 黒光りする目が舞を、なにか確かめるように一瞥して行った。舞はその目を捉えた。

「エルギンが変なこと言ってた。自分も経験したから信じるって」
「……へえええ」
「十年前の医師のこと。イーシャットは何か知ってるよね」
「……」

 イーシャットはため息をつき、観念したように言った。

「ああ」
「会ったんだ」
「ああ」
「どんな人だった?」
「医師がか? あの子は……髪が長かったな。亜麻色、ってのか。ニーナと同じ色だった。あっちは、真っすぐだったけどな。瞳は灰色だった。結構かわいい子だったぜ。今のお前よか、少し年下くらいだったんじゃねえか」
「そんな若いの? 医師なのに?」
「男はあの時の俺と同い年くらいだったな」

 舞は瞬きをした。

「男?」
「俺は医師の方はあんまり知らねえんだよ。俺が関わったのは男の方だ。名前はフェルド、とか言ってたか。ほら、荷物を小さく縮めて持ち運ぶ方法。俺がお前に教えたろ。便利だよなあ、あれ」
「……う、ん」
「俺はフェルドからそれを教わったんだ。……ほれ。余計な話に脱線してる暇はねえ、もうすぐ集落だ。かつら……似合わねえなあ、お前」
「ほっといて」

 舞はかつらの上から帽子を目深にかぶることにした。視界に陰がさし、その中で、
 ――医師は本当にいたんだ。
 呻いた。いたばかりじゃない。医師ばかりじゃなく、男まで。
 十年前にイーシャットと同い年くらいだったといえば、今の舞と同い年くらいだった、ということになる……
 けれど、本当に、脱線している暇は無かった。イーシャットが昨日、ここを通った時には、ラインディアの兵はもう見当たらなかったと言っていたが、何があるかわからない。クレインがまだいるかもしれない。舞は森の陰に隠れることになり、イーシャットがひとり、集落に話を聞きに行くことになった。

『姫、帽子を取って』

 ずっと沈黙していたシルヴィアは、イーシャットの姿が消えるとすぐに、馬の頭に移動して舞を振り返った。言われるままに帽子を取ると、

『昨日は上手にできたのね。誰かにやってもらったの?』
「何を?」
『髪を結っていたでしょ。とっても良く似合っていたわ。ずっとああすればいいのに』

 何の話だろう。舞は一瞬、きょとんとした。そしてすぐに合点した。シルヴィアはアイオリーナ姫のことが心配でたまらないはずだ。それを何とか紛らわせようとしているのだろう。
 だから合わせることにした。

「自分じゃできないし、帽子もかぶれないし、旅には向かないよ。でも似合ってた? それはよかった」

 アルガスには変な顔してじろじろ見られたけど、と拗ね気味に思う。ガルテとデリクにも散々けなされた。シルヴィアとニーナは優しいから似合うと言ってくれるだけだろう。シルヴィアは、首をかしげるように舞を見て、それから、指示を始めた。

『横の髪を一房取って。もっと少なく。……そう、こっち側もよ。それ以外の髪を束ねて、頭の上の方、もうちょっと右側……もっと。そうそこ。そこで結んでみて。そうそう。髪どめ持ってる? ああ、それでいいわ』
「そ、そう? 首がすうすうする」
『うなじ』
「……うなじがすうすうする」
『頭の真ん中で結ぶより、どちらか片側に寄せた方がいろいろ遊べておもしろいわ。かつらを留めるのに使ったピン、まだ余ってる? それで一番長い毛先をくるっと……そう、そうそう。くるっとさせて留めるの。もっと上がいいな。あら、いいじゃない。可愛い』
「そ、そう!? ……わーい」

 可愛い、なんて言われたのは初めてかもしれない。舞はむずむずした。アルガスの方を見る勇気はなかった。またじろじろ見られたら立ち直れない。

『かつらを外してからもやってご覧なさいね。簡単だったでしょう。ね、お化粧道具なんて持ってないんでしょうね? 残念だわ。でもこのご時勢にあんまり人目を引くのもどうかと思うし、やっぱり旅先だから、これくらいで我慢しておくべきだわねえ。つまらないの。昨日はウルスラさんたちを迎えるために、お化粧したの?』
「うん。そう。全部で三人がかりだった」
『あら、やっぱり自分でしたわけじゃないのね。滅多にしないの?』
「うん。巡幸で、イェルディアについたら歓迎の宴が開かれるからその時と、エスメラルダで、冬至の時に市が開かれるからそのとき。あと…………あと?」
『年に二度。貴重だことねえ』

 シルヴィアは笑った。

『冬至か。もうすぐね』
「そうだね。市はとってもにぎやかで楽しいよ。今年はどうするのかなって思ってたけど、エルギンもエルヴェントラも開く気らしい。今のところは、だけどね。こんな時だからなおさらだって。今年は無理でも、来年くらいには、あなたをお招きしたいな。アイオリーナ姫も一緒に」
『……いいわね』

 シルヴィアがそっと微笑んだのが分かった。その微笑みが少し悲しげなのを、舞は、アイオリーナ姫の身を案じるがゆえだと思った。

『でも、ねえ、気になっていたのよ』

 シルヴィアは話を変えた。

『昨日だってあなた脚衣だったわね。あの衣装も綺麗だったし、良く似合ったけど、ドレスは着ないの?』
「ドレス! 持ってないよ」
『……なんですって?』
「昨日着てたのが【最後の娘】の正装だもの。いつもあれだよ。動きやすいし」
『……』

 シルヴィアはつくづくと舞を見て、呻いた。

『早く聞いておくべきだったわ……』
「なんで?」
『なんでもないわ。いいの。あら、イーシャットさんが戻ってきたようね』

 シルヴィアは耳がいいな、と舞は思った。それは鴉の聴覚だからなのだろうか。しばらく耳を澄ませると、ようやく、蹄の音が聞こえてくる。音はゆるやかで、急いでいる様子はない。ややして森を回ってきたイーシャットは、とても眠そうな顔をしていた。

「あー、ねみ。気が抜けたぜ。魔物らしき人物はいねえって。お前らを取り逃してすぐ、アナカルディアの方へ戻ったらしい。病人っぽく馬車で出掛けたから住民が覚えてた。で、令嬢は六日前にここに来て、二日休んで、四日前の朝にラインディアの方へ出かけた。お前が正しかったな」
「四日前……馬車でラインディアまで、どれくらいかかるかな」
「地図見せろ。なんだ、まだお前が持ってんのか? グウェリンにわたしとけよ、どうせ逆さに見るのがおちなんだからよ」
「ぐぐぐ」

 反論できなかった。イーシャットはよれよれの地図を広げて、しばらく眺めた。

「お前なら三日ってとこだが、あっちは正真正銘の令嬢だろ」
「どういう意味かな……」
「アナカルディアから五日で来て、ここで二日も休んでる。馬車に一日揺られるってのも、本物の令嬢には結構堪えるもんだ。本物の令嬢にはな」
「引っかかるなさっきから……」
「まあこっから、七日ってところだろうな。途中にほれ、アリエディアって街があるだろう。ここは雪山に通じる高台の街で、風光明媚で有名だ。貴族様たちの別荘地が多い、な? ディスタ家の別荘もあるに違いない。ここに立ち寄れば一日か二日は泊まるだろう。それも入れて七日だ。それなら……なんとか追いつけるかもな」

 舞は長いため息をついた。

「……ヒリエッタが本物の令嬢でよかったよ……」
「全くだ。それに、思ったんだが。ヒリエッタがアイオリーナ姫のそばにたどり着いても、すぐにどうにかするとは思えねえな。だってアイオリーナ姫に手を出したりしたら、第一将軍ももはや王に味方はしねえ。王にとっては一番拙い事態だ。だから保険のためなんじゃねえかと思う。もしくは全く、アイオリーナ姫に近づく気はねえのかもしれねえ。だろう?」
「ああ、そうか……」

 言われてみればそのとおりだ。そうだ、エルヴェントラが期待するようなことを、王がわざわざするはずがない。
 でも、と舞は思った。

 ――王にとってはまずい事態だけれど。
 ――クレイン=アルベルトにとってはどうなのだろう。

 ずっと引っかかっていた。牢の中でアルベルトは言ったのだ。

 ――あなたを手に入れれば、私の目的は達せられる。

 どういう意味なのか、本当にわからない。私の目的。私たちの目的、とか、主の目的、ではなく、私の目的、とはっきり言った。ウルクディアで会うまで、アルベルトも王も、舞の生存を知らなかったのに。

 エルギンも言っていた。どうして舞を狙うのか。ティファ・ルダがその理由なら、ビアンカだって狙っていいはずだ。
 それなのに。
 イーシャットは舞が顔を上げるまで黙ってじっと待っていた。舞は眉根を寄せ、顔を上げて、

「でも警告は必要だ。だよね」
「そうだな。行くなとは言ってねえよ。俺が言いてえのは、そこの集落で一晩ゆっくり休めってことだ。もう日暮れだ、いくらも行かねえうちに夜がくる。おまえは本当にそそっかしい。エスメラルダじゃ休む間もなかったようだし、昨日は野宿だ。それに夜に街道を移動するのは拙い。ラインディアの兵はあそこにゃもういないそうだが、近くにいることは確かなんだ。盗賊にでも間違われてみろ、面倒なことこの上ねえ」
「……そうだね……でも……」

 つぶやくと、シルヴィアが舞の目をのぞき込んだ。

『それがいいわ。そうしましょうよ。今のお話を聞いて少しホッとしたし。あなたはご存じないかもしれないけれど、令嬢って本当にひ弱なものなのよ。私なんて、馬に乗せてもらった時、ゆっくり進んでもらったのに四半刻でふらふら、ダンスを二曲踊っただけでへとへとになったもの』
「……それはひ弱過ぎやしねえかな……」

 舞は隣のアルガスの様子は見なかった。見なくても、わかっていた。イーシャットが事分けて勧める理由も。舞はうなずいた。

「うん、シルヴィアがそう言うなら、じゃあそうしよう。あたしも疲れたし、お風呂も入れるし。ガス、それでいいよね?」
「ああ」

 久しぶりに聞く声はしっかりしていた。舞はホッとして、馬を進めた。
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