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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

第五章 家路

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エリカ

 ティファ・ルダの生き残り。

 その情報があったので、そこから攻めてみることにした。

 ティファ・ルダは、小さいが歴史のある国だった。七年前の制圧までは、アナカルシス文化圏ではあったけれど、一国の体裁を保っていた。長年学問の国として歴史に名を残し、水や風と契約を交わし意のままに操るという技術も、ここで確立されたものだ。【契約の民】を多く輩出した――それはつまり、医師を輩出すると言うことでもあった。平和で穏やかで、アナカルシス中から留学生を受け入れ、皆に愛された国だった。

 ここを王が滅ぼせば、立派な“暴君”の業績となる。

 そう考えた当時のことを思い出しながら、フレデリカは分身を――もちろん――作りだし、ティファ・ルダへ向かわせた。クレインの意見など知ったことか、という気持ちだった。頑なに分身を作らないで居て、ああも痛めつけられて、それでも自分で【最後の娘】を襲いに行った愚か者の意見など、取るに足らない。



 ティファ・ルダに残っているのは、地名だけだ。
 集落も人もない。ティファ・ルダで虐殺が行われたあと、第一将軍ヒルヴェリン=ラインスタークとその指揮するラインディア兵たちによって、ティファ・ルダの事後処理が行われた。全ての死体を検め、戸籍簿と照らし合わせ、埋葬するという大仕事だった。ただ王の手前、盛大な葬儀を行うことなどできるはずがなかった。立派な墓を建てることもできなかった。ティファ・ルダの人々の墓は集落の外れ、元々墓地として使われていた土地に、ひっそりと作られた。墓守も居ず、命日に訪れる人も――表向きは――居ない。

 しかし手入れはされていた。その場所に来て、フレデリカは初めてそれを知った。
 恐らくは第一将軍の息のかかった者が定期的に通っているのだろう。その墓地は森の中にあるが、未だに森に埋もれていない。こんもりした大きな丘はきちんと草を刈られ、色とりどりの花々が咲き乱れる、花園のようになっている。

 ローラという名の花が目立つ。フレデリカはそれに気づいて嗤った。第一将軍は人の心の機微に疎い、実直で厳格な軍人肌の男だが、その息のかかった墓守は、ずいぶん情緒的な性格らしい。

 ローラという女は、ティファ・ルダの領主の妻だった。独身時代の名はローラ=シェイテル。遠いラク・ルダという国の出身だが、魔力の素養に恵まれていて、彫師の資格を取るべく十代の後半をティファ・ルダで過ごした。その時にディオノスに見初められ、求婚されたらしい。留学を終え一度は実家に戻ったものの、結局はディオノスの求婚を受け、ここへ嫁いできた。彫師としても優秀で、ディオノスの妻女として、彫師を束ねる長の職に就いた、と、ティファ・ルダの年鑑には記されている。

 運の悪い女だった。ディオノスの求婚など受けなければ死なずに済んだ。シェイテルと言えばラク=ルダでも由緒正しい家柄だ。その後の【契約の民】狩りからも、シェイテル家なら匿いとおすことができただろうし、何不自由ない人生を過ごせたはずだったのに。

『くく』

 嗤って、さて、と首を傾げる。来てみたはいいものの、その後どうすべきだろうか。
 王宮の書物庫で見た、ティファ・ルダ年鑑に思いを馳せる。ディオノス=ル・セルデス=ティファ・ルダと、ローラの間には、嫡子はいなかった。ローラは最期まで子宝に恵まれなかったのだ。しかしふたりはティファ・ルダ滅亡より三年前――今からちょうど十年前――に子供を養女に迎えている。マイラ=アルテナという名が付けられたその養女には、ティファ・ルダの継承権は認められなかった、と、年鑑には詳しく書かれていた。どこの馬の骨とも知れない子供を養子に迎えるにあたり、ローラは、マイラにはティファ・ルダの継承権もシェイテル家の財産も受け継がせない、と、一筆書かされることになった。ティファ・ルダの重鎮にとっては当然のことだろう。アルテナという名字をわざわざ付けられた辺りに、その辺の事情が透けて見える。

 間違いない。マイラ=アルテナが、“流れ星”だ。十年前にルファ・ルダの上空を飛んで雪山の向こうに消えた――だいぶ距離は離れているが、方角としては合っている。

 しかし、年鑑に書かれている、ローラの養女はひとりだ。

 “流れ星”を目撃した人間の証言を信用するなら、“流れ星”はもう一人いたはずだ。――今、どこにいるのだろう?

 年鑑にも、ティファ・ルダの戸籍簿にも、埋葬録にも、それらしい名は見当たらなかった。落ちてくる途中で分かれて違うところに落ちたのだろうか。フレデリカは考えながらゆっくりと墓地を歩いた。花の咲き乱れるこの場所に、霊魂は残っているのだろうか。ふと、そんなことを考えた。

 フレデリカの生まれ育った文化でも、霊魂という存在は語られている。生き物は肉体を失うと霊魂だけの存在となって彷徨うことになる、と、養い親は語った。大半は女神に導かれるままにアシュヴィティアの崇高な懐へ誘われる。しかし強い感情を残した魂は、その場に留まり、惑う。その魂の、恨みや憎しみの情が、空間に歪みを起こし、嵐を呼ぶ――と。

 ティファ・ルダでは大勢の人間たちが、憎しみの中で虐殺された。
 それならこの場にも、霊魂が未だに惑っていても良さそうなものだ。何とかしてその霊魂に話を聞けないだろうか。そんな児戯じみたことを考えていると――ふと。

 小さな墓に、目が留まった。

 そこは既に、墓地の外れだった。この墓地はその性質上、見ただけで二種類の墓があるとわかる。ひとつは、さっきフレデリカが見てきた、第一将軍とその兵たちによる墓だ。虐殺の犠牲者たちを一時期に大量に埋葬したために、その墓は丘のようになってこんもりとふくれている。
 そしてもうひとつは、長い歴史を持つティファ・ルダの営みの中で、自然に亡くなっていった人たちの墓だ。住民たちの手によって丁寧に埋葬された痕跡が見られ、きちんとした墓の体裁を取っている。そちらも草と花に覆われていたが、木や石で作られた墓標は未だに残っている。

 その外れにある、小さな墓だ。
 丁重に葬られたらしい。どうやら子供の墓だ。幸運なことにその墓標は石だった。苔むした石の表面をこすって文字を露出させ、読むと、埋葬日は十年前だ。夏。

 ちょうど、フレデリカの“本体”が、王妃アンヌによって襲撃され、焼き殺された、あの忌まわしい夏と同時期。

 墓に刻まれた名は、エリカ――と、読める。

『エリカ……?』

 あまり聞いた覚えのない名だ。この辺りでそんな名を持つ人間などいるだろうか。



 フレデリカはその墓の前できちんと座った。
 この墓の下に眠っている人間は誰だろう。子供。亡くなったのは十年前の夏。聞き慣れない名。


 行方の知れない、流れ星の片割れ。


 ぞくり。
 直感が、毛皮をざわめかせる。フレデリカは顔を歪めた。

 面白くなってきた――と、思った。
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