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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

第五章 家路

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家路(1)

      残り十五日

 夢も見ずに眠った。
 目を覚ますと、昨夜二人が出て行った隠し扉のある方から、細い光の筋が射していた。昨夜は見えなかったから、多分、舞が目を覚ました時のために、アルガスが細く開けてくれているのだろう。

 よく眠ったので、頭のうずきも身体の疲労もすっかり取れて、とても気分がよかった。舞はまだ横たわったまま、割れ目のような、鋭い剣のような、その細い細い光を見つめて思案した。

 これからエスメラルダに帰る、ということ。そしてアルガスを連れて行かなければならない、ということについて。

 アルガス。アルガス=グウェリン。彼は一体、どういう人間なのだろう。
 昨夜は疲れ過ぎていて、抵抗する余裕がなかった。

 ――でも。
 やっぱりずっと一緒にいなければならない以上、納得の行く答えを提示してもらわなければならない。せめてヴィード=グウェリンという人が誰なのかを知ってからじゃないと、安心して一緒にいられない。
【最後の娘】としての舞を知っていたのは、まあ、許容できる。けれど【魔物の娘】としての舞を知っているのは、おかしい。どう考えても。それは許容できることではない。

 あの夜あそこにいたか。その後続いた『狩り』に加わったか。【魔物の娘】の顔を知るには、そのふたつの方法しかないのだ。
 聞けばいいことなのだ。だって悪い人ではない、はず、だ。聞いたら教えてくれる。はずだ。

「……よし」

 呟いて、勢いをつけて、起き上がった。気力も体力も戻っていたから、もうあの傷ついた目にも立ち向かうことができるだろう。自分が大切なことを忘れているのではないかという恐怖にも、向き合うことができるだろう。忘れているのなら、思い出せばいいことだ。

 いい思い出ではないけれど。
 ――けれど。

「……起きたか?」

 舞の気配に気づいたか、アルガスが隙間の向こうから声をかけてきた。その声がわずかに嗄れていて、舞は急速に勇気がしぼむのを感じた。扉の前で寝ると言っていた。よく眠っていないんじゃないだろうか。昨日寝る前に思い返したアルガスの『好意』のもろもろが、頭の中をぐるぐる回った。おまけにアルベルトから助けてもらったことも、まだ礼を言っていないことも、痙攣の時に抱き締められたことも、その後眠ってしまったことも、脳裏に一挙に押し寄せてくる。

「……ううう……」
「どうした。具合悪いのか」
「ダイジョウブ、デス」

 なんとか平静な声を出そうと思ったのに、答えた声は我ながら堅い。こちらが暗くて助かった。今自分はどんな顔をしているのか、想像するのも難しい。

「……どうした?」

 隙間が広がった。舞はまぶしさに顔をしかめた。
 問いただすにしろ、あの傷ついた目をもう一度見るにしろ、順序というものがある、と思った。まずお礼を言おう。何を今更、と思われても、きちんと言うまで次には進めない。意を決して足早に隙間にたどり着くと、アルガスが身を引いて舞を通した。朝日が舞を包み込んだ。まぶしい光が盛大に目に流れ込み、しばし瞬きに専念した。

 まだ朝は早いようだった。いつもより遅くまで寝たようだが、それでも、マーシャが朝食を供する刻限よりは早いようだ。寝過ぎなかったことに安堵していると、アルガスが言った。

「早起きだな。もっと寝ていてもよかったのに。どうせ今日は日が暮れるまで動けないんだから」
「ううん、もう充分」

 舞は両手でぱちぱちと頬を叩き、
 勇気が尽きる前に振り返って、
 勢いよく頭を下げた。

「昨日はありがとう。たっ、……助けてくれて」
「……」

 アルガスは呆気に取られたようだった。やっぱり、何を今更、と思っているのかもしれない。舞は頭を戻してアルガスを見上げた。灰色の目を見上げる。

「あの、昨日言おうと思ったんだけど、なんか言えなくて、ええと……ごめんなさい」
「ああ……いや」

 アルガスはくしゃっと顔を歪めた。
 舞は驚いた。
 笑った。

「もう、すっかりいいのか」
「……あ、う、ん。おかげさまで」
「朝食がもうすぐできるはずだ。もらって来よう。少し待っていてくれ」
「え、待……」

 声をあげたのに、アルガスは足早に衝立を回って行ってしまった。
 舞は手を上げかけたまま、あああ、と嘆息した。

 ――言えませんでした。

 勇気が萎えて来る。本来なら説明されるほどの事ではないのかもしれない、自分が思い出せば済むことなのかもしれない、顔を見た瞬間に思い出さなければならなかったのかもしれない、という不安が再び兆して来る。アルガスが危険をもたらす存在じゃないと分かっていれば充分じゃないか、と言い始める気弱な自分に、舞は言い聞かせる。忘れているにしても、聞かなければ。疑問を解消しなければ、先に進めない。どうしても。

 床に毛布が落ちている。拾って無意識のうちに畳みながら、舞は衝立の向こうの気配を探る。誰もいない、と確信を得てから、向こう側をのぞき込んだ。

 広々とした部屋だった。ゴテゴテした装飾はないが、上品な調度品がほどよい場所におかれて、居心地のいい空間を作り上げていた。天蓋つきの、大きな寝台がある。窓辺に執務机もある。巨大な木をていねいに削って作られたそれはだいぶ古いもののようで、濡れたような光沢を放っていた。舞は毛布を抱えたまま呆然とその部屋を見回した。アンヌ王妃の執務室を見たときには、やはり緊張していたのか、こんな感慨は沸き上がって来なかったが――王族の部屋なのだ、と強く意識した。強国アナカルシスの、王位継承者の部屋なのだ。

 ひとつの壁が本棚になっていた。すべて手作りの本がずらりと並べられた、その壁一枚に圧倒された。ここは個人の、ひとりの若者の部屋に過ぎないというのに、エスメラルダの学問所に匹敵するほどの量の本がある。学問所の人たちは今四方に手を広げてさまざまな本を集めているが、ティファ・ルダの陥落で失われた本はあまりに多い。この本棚を見たらみんな、涎を垂らすに違いない。

 王宮にはここ以上に本があるのだろうか。

 ニーナだって、と舞は思った。本物の王女なのに、住んでいる部屋の広さも家具も、ここの足元にも及ばない。国力の違いをまざまざと見せつけられて気後れがした。王子でこれなら、王は一体どんな部屋に住んでいるというのだろう。

 大きく切られた窓が開け放たれて、朝日をふんだんに取り入れている。澄んだ冷たい空気も流れ込んできている。毛布を寝台に置き、衝立を回って、部屋のすみに設えられた水瓶に歩み寄った。洗面器がおいてある。使用済みの水を捨てる瓶も。とろりとしたせっけんも、清潔な拭布もある。王子の部屋がなんだ、と思った。遠慮なんかするものか。顔を洗うことにした。腕まくりをした。鏡には顔色のいい自分の顔が写っていた。

「……あれ」

 それで舞は気づいた。
 自分の首元、昨夜アルベルトが吸った場所に、赤黒いような小さなアザがある。
 アザの中に傷も見える。でもそれを差し引けば、ビアンカの首にあったアザとそっくりだ。舞は鏡をのぞき込み、あざに触れた。傷はかすかに痛んだが、あざには痛みはない。それはまるで刻印のようで、あの感触が唐突に、押し寄せた。含み笑いが聞こえた。鳥肌が、立っていますね――

 背筋が粟立った。窓から差し込む朝日が色あせたように思えた。舞は手を握り締め、次いで、柄杓を取り上げて勢いよく洗面器に水を注いだ。冷たい水がはねる。充分注ぐと今度は身をかがめて、冷たい清涼な水を顔に叩きつけた。拭布を濡らして、首元をはだけてごしごし擦った。服の中にも手を入れて、痛みが起こるほどに念入りに、昨夜の感触を抉るように擦る。首筋も体も真っ赤になるほど擦って、ようやくほっとして、再び顔を洗った。
 負けるもんか、と思った。



 アルガスが戻って来た時には、なんとか平静を取り戻していた。ぴかぴかになった顔をていねいに拭っていると、衝立の向こうからいい匂いが押し寄せて来た。それで空腹なのに気づいて、鏡の中の青ざめた顔を、無理やり笑みの形にした。よし、綺麗になった。アザはすぐには消えないが、防寒用の襟巻きをぐるぐる巻けば隠せるはずだ。今はとりあえず髪で隠して、アルガスの方へ行った。

 来客用の卓の上に、色とりどりの食事が並べられていた。お茶があるのを見て嬉しくなった。焼きたてのパンがこんもりと柔らかな山を作り、チーズ入りのふんわりしたいり卵が芳香を放っていた。小さな壷にはたっぷりとなめらかなバターが入れられており、ひきわり玉蜀黍とベーコンとタマネギをこんがり炒めたものと、つやつやしたトマトのサラダ、厚切りのハムと、青菜と蕪のミルクスープ、木の実がどっさり入った焼き菓子もあった。舞はぞくぞくした。

 食事を並べ終えたアルガスが訊ねた。

「食欲は?」
「飢え死にしそう」

 答えるとアルガスは頷いた。

「お代わりももらって来られる。王子がデボラに話をつけてくれたので」
「食べていいの?」
「もちろん」
「どう見ても一人分じゃないよね。お茶の器、もう一つある? ほら、どうぞ、一緒に食べて。給仕されるの慣れてないんだ。居心地が悪い」

 パンを取って半分に割り、片方を差し出すと、アルガスは驚いたようにパンを見た。
 舞は待った。
 こちらの人には受け入れ難い習慣だということは知っている。旅先ならばともかく、こういう場所では、主賓がまず食べて、残りをもてなす側が食べる、というのが一般的な風習なのだ。

「しかし」
「お願い。一人で食べるの嫌いなの」

 アルガスはそれでも一瞬迷ったが、ようやく受け取って向かいに座った。舞は両手を合わせた。

「いただきます」

 そして食事にとりかかった。
 ふたりはしばらく無言で食べた。初めのうち、アルガスは遠慮していたようだが、舞が睨むと本気を出すことにしたようだ。あっと言う間に三人分はありそうだった食べ物の山が消えて、アルガスが無言でお代わりを取りに行った。呆れられただろうかと、お茶を飲んで待ちながら、舞は考えた。マーシャにもいつも叱られたものだ。【最後の娘】になったからには、給仕されるのにも慣れないとダメですよ、と、一緒に食べてとねだるたびに言われた。水夫達も初めは口々にそう言った。けれど舞が強情に譲らなかったので、みんなそのうち諦めて、お相伴してくれるようになった。だから、アルガスにも慣れてもらおう、と舞は思うことにした。幼い頃の習慣はなかなか抜けないものだ。舞の家は家族全員が揃わないと食事の始まらない家だった。誰かが立ったまま自分の食事を見守っているなんて状況、いつまで経っても慣れることができない。今でも、ごく限られた場を除いては、どうしても譲れない。こちらの人はみんな、【最後の娘】ともあろうものが、と呆れるけれど。

 お代わりを満載した皿を抱えて戻ったアルガスは、しかしどちらかと言えば面白がっているようだった。

「デボラが張り切ってるぞ」
 茶を注ぎながら言った。
「ヴェガスタとフィガスタが、牢から逃げた誰かを追って朝食も食べずに出かけたそうだ。その分も取り分けて、弁当にしてくれるらしい」
「牢から……」

 舞はうなずいて、お代わりに手を伸ばした。デボラは舞がここにいることを知っているのだろうか。薄々察してはいるのだろう。だから茶の器がふたつある。

 しばらく黙って食事を続けたが、さすがにふたりとも、勢いは落ちていた。舞は詰め込むのをやめてゆっくりもぐもぐと噛み、味わい、飲み込み、牢から、と呟いた。アルガスが顔を上げた。

「なんだ?」
「食事時にだす話題じゃないって、分かってるんだけど……ごめん。あなたは魔物に詳しいって、聞いた。それは本当?」
「俺が? 詳しい? 誰が言った?」
「ヴェガスタとフィガスタが」
「ああ。違う、魔物について調べている、という程度だ」
「そう。うん、そう聞いたのかも。じゃあ、魔物はあんな風に急に消えたりするものかどうか、知ってる?」

 アルガスは食べるのをやめた。しばらく考えて、慎重に答えた。

「聞いたことはある。眉唾だと思っていたが」
「そう。あたしは知らなかった。ファーナはあんな風に移動したりはしなかったから」
「ファーナ?」
「七年前にあたしを助けた魔物の名前。今王宮前にいる」

 アルガスは沈黙した。舞は指先で卓をつつく。

「疑問点がいくつか。いい?」
「ああ」
「魔物はいつでも好きな時に、好きな場所に、消えたり現れたりできるのかな?」
「それは違うだろう。そうなら俺は間に合わなかったはずだ」
「そう。あの時言ってた、『まだ時間がある――』」

 ――少し楽しんでも良さそうですね。
 ぞくりと背中が粟立ったが、舞は気づかなかったふりをした。

「時間、って何かな。あ――ウルクディアでも窓から逃げたね、そう言えば」
「そうだな。そんなことができるなら、あそこで消えていても良かったはずだ」
「それにどうして、昨日、あの時間、あんな場所に、あたしがいるって知ったのか。好きな時に好きな場所に現れるということができないとするなら、あの時、牢に来られたのはなぜなのか――」

 間諜の存在を、舞は再び意識した。
 アルガスが頷いた。

「そして【アスタ】にも来た。ビアンカを」
「そう……それからシルヴィアを」
「シルヴィア姫を?」
「追い払った……って、言った……」

 アルガスの視線を感じたが、舞は口元に手を当てて、今頭をよぎったことについて考えた。アルガスは黙って待っていた。ややして舞は、口を開いた。

「昨日ね。牢で言った。やはりあの鴉が護っていたのか、【アスタ】で追い払って正解だった、シルヴィア姫は死んでもやはり気高かった、って」
「シルヴィア姫……あの鴉には、本当にシルヴィア姫の意識が入っていたのか。確かに、人間の気配だとは思ったが」
「それだ」

 舞はアルガスに指を向けた。

「あなたは【アスタ】に入る前にあたしとシルヴィアの会話を聞いてたから、そう思ったんだよね。そう、あの鴉にはシルヴィアの意識が宿ってる。でもアルベルトは? どうして知ったんだろう? いつ? どこで?」
「初めから知っていたんじゃないのか。魔物にはそう言うことがわかりそうな気がするが」
「違う。初めは知らなかった。ウルクディアで普通の鴉だと思って蹴ったんだ」
「蹴った?」
「あたしにはすごく綺麗な女の子に見えた。だから蹴ったアルベルトのことをなんてひどい奴だろうって思った。でもアルベルトは、蹴ったところを誰かに見られたって気づいたはずなのに、別に気にも留めなかったよ。あの時はただの鴉だと思ってたんだと思う。そもそもシルヴィアだってわかったなら蹴ったりしないで、捕まえようとしたんじゃないかな」
「そうか。それが【アスタ】で」
「シルヴィアだって知って、追い払ったって」
「どうやって?」
「あたしが……」

 舞は顔をしかめた。思い出すだけで胸を締め付けられるような気がする。口に出すのはひどく辛いことだった。

「あたしが【魔物の娘】だって、教えたんだ、たぶん」
「……そうか」
「早く言っておけば良かったんだけど。うん。で、それはそれとして」

 舞は咳払いをした。アルガスは気づかないふりをした。

「アルベルトがそれを知ったのはいつか。どうやってか」
「【アスタ】で誰かに話したのか?」
「ビアンカに……待って。ううん。ちゃんとシルヴィアだって言ったのは、あの後だから違う。ええと……ビアンカに、行った日の昼に、そう、人間の女の子の意識が宿る鴉で、名前はルヴィだって、言った。もしクレインが聞いていたなら、推測するのは難しくないかも知れないけど……でも他には誰もいなかった。明るかったから人影があれば気づいたと思うし、小川のほとりだったし、声の届く範囲には誰もいなかった。絶対に」
「その時以外に、ビアンカの他に、誰にも言わなかったのか?」
「言わなかった。同室の子も、人間の意識が宿ってるなんて思ってないはず」
「それなら、その時しかないな。とすれば何か……」

 舞の頭を、あの黒い猫がよぎった。舞は驚いて、脳裏のその黒い影をじっと見つめた。
 そもそもあの猫は、どうしてあそこにいたのだろう。

「……あの、話はちょっと飛ぶんだけど。ガスは、どれくらいここにいるの? あの時【アスタ】を出て、真っすぐここに来たなら、もう二週間近くいる?」

 本当に飛んだな、と思ったかもしれないが、アルガスはうなずいた。

「ああ、ずっと王妃宮にいたわけじゃないが」
「ヴェガスタとフィガスタが生きてるって知ったのはいつ?」
「昨夜、あの窓辺で、あなたと一緒にいるのを見た時だ」

 舞は顔を上げた。

「それまで知らなかった? 全然?」
「ああ。船が沈んだと聞いたからな」
「王もそう、思っていたのかな」

 アルガスは少し考えた。

「……たぶん。知っていたなら、あなたがここに来ることも予測できたはずだ。兵の数を増やすなり、王妃宮に兵を配置するなり、手段を講じただろう」
「うん、そっか……そうだね。てことは、あの黒い猫は、あの船の上のもろもろを目撃していたけれど、それを王やアルベルトに伝えることはできなかった……でもなんで? シルヴィアが生きてるって盗み聞きできる何かがあったなら、ヴェガスタの方にそれを使った方が重要に決まってるのに……ああ、本当に混乱してきた。そもそも盗み聞きできる何かなんて存在するのかな? それにあたしたちがいたのは単なる小川のほとりだよ。そんなところに置くくらいなら、ロギオンの部屋に置いた方がいいに決まってるのに……ああでもあそこはビアンカのお気に入りの場所だって言ってたっけ……ああでも……」
「デクターに聞いてみよう」

 アルガスがなだめるように言った。

「デクターさんに?」
「【アスタ】に入る前に、ガルテが言っていたことを覚えているか? あの石を……何だったか」
「石? リルア石?」
「そう、それだ。リルア石を使って様々な道具を作れるようになるんじゃないか、という」

 舞は記憶を探って、すぐに頷いた。

「うん。テレビみたいなものもそのうち出来るのかなって思った」
「てれび?」
「ごめん、いいんだ。それで?」

「……デクターは既にいくつか作っている。本当に簡単なものだったが。詳しくは聞いていなかったんだが、多分あれがそうだ。七年前には、そういう研究を始めていた彫師が既にいたとも言っていた。ティファ・ルダに残った文献は王が密かに持ち帰ったそうだから、王宮で作っていてもおかしくはない」

 だから聞いてみよう、と言われて、舞は渋々頷いた。自分たちの会話を盗み聞かれていたかも知れないという懸念は不快と不安になってざわざわと胸を締め付けたが、今これ以上論議しても意味はない。材料が少なすぎるのだ。

 それにしても、またデクターという名が出てきた。
 ニーナを救うことができるかもしれない男。そして彫師で、舞に炎をくれるかもしれない男。更にリルア石に詳しくて、いろいろ教えてくれるかもしれない男――オーレリアは美少年だと言っていた。【アスタ】の誰かは、自分には子供っぽすぎると言っていた。ということはまだ若いのだろうか。けれど彫師だというなら、七年前に、せめて十代の後半に達していなければおかしいのではないだろうか。舞よりは少なくとも年上のはずだし、そんな人間に美少年なんて言うだろうか――

 まだ見ぬデクターという男に会いたくてたまらなくなってくる。

「デクターさんは今どこにいるんだろう……」
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