挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

番外編 養父の剣を取り戻せ!

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

232/251

地下街(4)

 それでデクターはその後幾度か、フェリスタに恨み事を言われるはめになった。お前が余計なこと言うから、一番初めを見逃したじゃねえか、と。

 剣での果たし合いなどろくに見たこともなかった、デクターの目でさえ、その動きを追うことができた。だから速すぎる動きではなかったのだろう。滑るようなというより、流れるような動きだった。対峙しているふたりが剣を構えた、その真っ只中へ飛び込んでからは、相手のふたりだけが動きを止めたように思えた。

 空気の流れ方が、アルガスの回りだけ、違っているように、
 アルガスと対峙する敵ふたりと周囲を取り囲む自分を含めた全ての人間が、重い、淀んだ時間の流れに囚われていて、アルガスだけが、そのすべてのくびきから解き放たれて自由に動き回っているように、

 思えた。

 血しぶきが飛んだ。うめき声さえ聞こえなかった。金髪が驚愕を顔に張り付かせたまま仰向けに倒れ、がっしりした男の剣の上をこん棒が滑る。木屑が飛んだのさえはっきり見えた。こん棒は、男は確かに弾いたはずなのに、その剣の内側へ滑り込んだ。男の首筋にこん棒が叩きつけられて、次の瞬間には、跳ね返って来たこん棒の柄が男のみぞおちに飛び込んでいた。何か透明な液体が飛んで、男がうずくまった。よろめきながらも起き上がった金髪が、アルガスの背後で剣を構えたが、振り向き様に振るわれたこん棒が、金髪の脇腹へ突き刺さった。金髪が白目を剥いた。がっしりした男はうずくまって、もう微動だにしない。それでもアルガスの動きは止まらなかった、血しぶきがまたぱっと散った、ふたりがもう戦えないことなど頓着しないというかのように、まるでこん棒が自分の意志で敵を叩きのめそうとしているようだ――

「俺はヴィード=グウェリンの養子じゃない!」

 静寂の中に、初めて聞く男の声が割り込んだ。低くはないが、深みのある声だった。アルガスがこん棒を、金髪の脳天にたたき込む寸前で、その動きを止めた。底知れぬ闇を湛えた瞳が揺らぎ、デクターは、ガクスタが石柱から立ち上がっていたのを知った。

「……って言ってるぜ、そいつら」

 金髪が崩折れた。アルガスは瞬きをした。我に返った。今まで立っていた敵がもう動かないのが信じられない、というようにまじまじと見て、その少女じみた整った横顔に、出会ってから初めて、動揺が走ったのをデクターは見た。

「……申し訳ない。聞こえなかった」

 当然だ。言ってないのだ。言えなかった、が正しいのだが。アルガスがこん棒をおろした。そのこん棒には血がついていた。アルガスもそれを見て、複雑な表情を見せた。悔やむような、哀しむような、表情だった。

 デクターは、長い間つめていた息を吐いて、野放しだ、と頭のどこかで考えた。
 ヴィード=グウェリンがアルガスを、アルガスだけを、養子にした理由が、今良く分かった。
 何も教えなかったのも当然だ。
 ヴィードはきっと、弟子を取ったつもりはなかったのだ。

「お前の養父はさ。――それが誰にせよ」

 ガクスタは淡々と言う。

「お前に自分の力を制御する方法を遺さずに死んだのが、心残りだろうな」

 アルガスはうつむいた。全くそのとおりだ、とデクターは考えた。本当にそうだ。ヴィード=グウェリンが真剣を渡さなかったのも、何も教えなかったのも、当然だったのだ。アルガスには、誰かに教わる剣技なんか、恐らく邪魔にしかならない。型に嵌めればそれだけ歪めることになるだろう。ヴィードは多分、かつての自分と同じものをアルガスに見たのだ。ルウェリン家は神官の家だった。ヴィードは道場に通うことも許されなかった。そう、彼に剣を教えた人間は誰もいない。子ども時代には、剣すら、手に入れていなかったはずだ。

 なんて不幸な男だったのだろうと、デクターは初めて思った。
 アルガスのような才能をヴィードが持っていたなら。そしてそれを制御するすべを誰も教えてくれず、それどころか、邪魔にされ、持っていることが悪いかのように虐げられたら。

 それはもう、自分の力を持て余すしかなかっただろう。無視するにはあまりに強大な力だ。だから若いころ、彼は荒れるしかなかった。ラク・ルダのような場所、神官としての力だけを重視される場所、それもよりによって神官などの家に生まれたのが、そもそも間違いだったのだ。

「まあとにかく、ヴィード=グウェリンが選びそうな子どもだってのはわかった」

 ガクスタが言った。今まで高みの見物を決め込んでいたのに、ようやく前に出る気になったようだ。ベルスタは代わりに一歩下がって、ガクスタの背後を支えているように見える。

「だが、今のままじゃ地下街には入れてやれねえな。――剣を捜してきな」
「剣を?」

 優男が声を上げた。養子候補で、まだ残っているのはアルガスと彼だけだった。

「剣ならここにある」
「ふざけんな」

 ガクスタは一転、優男を睨み付けた。

「本物の剣を持って来な。それが違うってのはわかってる。黙ってて悪かったな。俺は昔、本物を見たことがあるんだよ。――いいか、養子なら、本物の紋章の形も覚えてるな? じゃあこうすっか。な。本物の剣を持ってきた方が本物だ。アルガス=グウェリンって名で、地下街に入れてやる」

 あの優男も、アルガス=グウェリンという名を名乗っていたんだ。デクターがぼんやり考えた時、フェリスタが腕を組んで鼻を鳴らした。ガクスタがフェリスタを振り返って、苦笑した。

「しょうがねえだろうが。聞き分けろ」
「あーあー、本当にしょうがねえ。ったく、馬鹿馬鹿しい話だぜ」

 フェリスタはいまいましそうに言って、まだ外に出したままだった、『全財産』が入っている革袋をこれ見よがしに掲げた。そのままずかずかと黒板の方へ歩いて行った。多分賭けの交渉に行ったのだろう。アルガスはガクスタに、ひとつ礼をした。そしてきびすを返した。周囲を取り囲んでいた人垣が彼を通すためにざっと開いた。デクターはしばらく考えていた。自分はどうするべきなのかを。

 アルガスの背は一度も振り返らずにレイデスの方へ歩いて行った。
 優男は仕方ない、という風に肩をすくめて、アナカルディアの方へ行った。

 デクターは、追いかけた。フェリスタをだ。賭けの交渉を済ませたフェリスタは、そのまま人垣を離れて歩きだしている。デクターは人込みを抜け、その背に声をかけた。

「なあ! フェリスタ! ちょっと待ってくれ!」

 フェリスタは、驚いたように振り返った。

「――なんだよ。俺追いかけてどうすんだ」
「本物の剣の行方、知らないか。知ってる奴に心当たり、ないか? 何でもいいんだ。教えてくれ、頼む」

 フェリスタは、まじまじとデクターを見た。

「……手伝う気か?」
「あいつには剣が必要だ」
「どうかねえ。今のあいつに真剣持たせるなんざ、危険でしょうがねえじゃん」

 確かに。確かに、そうなのかもしれない。
 でも違う。それがヴィード=グウェリンの遺した剣なら、話が全然違うのだ。

「違う」言葉が勝手に、口から滑り出すようだった。「……持ってない方が危険なんだ。ガクスタもベルスタもすごい男だって言ったろ。俺もそう思った。あいつの腕をみんなに見せて、この先手出ししようなんて考える奴が出ないように、釘刺しとこうとして、それでわざわざ果たし合いなんかさせたんだろ」

 フェリスタはニヤリとした。

「ふうん、お坊ちゃんにしてはわかってんじゃん」
「でもさっきの見て、制御できないのを見て、それで本物の剣を捜せって言ったんだ。俺もそう思うんだ。あいつに必要なのはよりどころなんだよ。血のつながりもない、戸籍もない。記憶しかないんだ。女の子を捜してるらしい、その子が生きてれば、一番いいのかも知れない。でも多分、その子も――」
「……」
「だからせめて、養父の息子だった、って、より所がいるんだ。第一将軍のくれる戸籍や財産になんか、何の価値もないんだ。養父のくれた戸籍じゃないからだ! せめて剣くらいなきゃ……なんて言うのかな、もう」

 頭をかきむしりたくなった。フェリスタは黙って待っている。

「……ヴィード=グウェリンがあいつを拾った、自分みたいな目に遭わないで済むように、制御する方法を教えてやろうとしたんだ。だから、なんていうか、ヴィードと同じなんだよ。人間そっくりの獣みたいな奴なんだ。養父があいつに人間の振りをするやり方を教えたんだと思う。でもそれをちゃんと教える前に死んだんだ。今も何とか人間としてやっていこうとしてる。でも理由が、わからないんだ。養父もいない、もう誰もいないのに、なんで人間らしくしなきゃいけないのか、わからないんだよ、たぶん。だからより所がいるんだ。養父の息子だったんだって言う、確かな証拠、みたいなものが」

 フェリスタは首をかしげた。

「付き合い長えのか」
「つい先日会ったばかりだ。……でも恩人なんだよ」
「恩人?」
「俺が死にかけてた時に助けてくれた」
「人を助ける余裕がありそうには見えねえがな」

「余裕なんかない。自分も飢え死に寸前だった。その最後の食料を俺に寄越したんだ。後からそれ知って、死にたいのかって聞いたら別に死にたくないって……それが、別に生きていたくもないって、聞こえたんだ。俺、悔しかった。楽しく幸せに生きてて、たらふく食ってて、いろいろ背負ったりしてない人間に助けられてりゃ、こんな責任感じなくて済んだんだ!」

 フェリスタは苦笑した。

「あー、なる程なあ。そりゃちっとわかるわ。じゃあ見返りに何を出す?」

 デクターは虚を突かれた。

「み……見返り?」
「情報買おうってんだろう?」
「ああそうか……」当然だ。そこまで助けてくれる義理なんかないだろう。「ええと、金なら、」
「カーン家っつうのはさ、ラク・ルダの豪商だろ。お坊ちゃま、なんで戸籍焼いたのかはおいとくとして、そんなら金なんかいらねえよ。お前が稼いだ金じゃねえだろ」
「……うう」

 痛いところを突かれた。全くだ。へそくりだってそういう意味では自分の金とはいいがたい。小遣いをちまちま貯めたというだけの話なのだから。

「なんかあんだろ? お前にできることならなんでもいい。なんか特技みてえなの、ねえのか」

 アルガスの言葉を思い出した。

 ――これなら売れる。それも高値で。

「……地図なら描ける。これなら売れるって言われた」
「地図う? そりゃ斬新だ。お坊ちゃんっぽい特技だな。ふうん。見せてみなよ」
「今は持ってない。あいつが持ってるんだ」

 フェリスタはつくづくとデクターをみて、呆れたように言った。

「先日会ったばかりって、言わなかったか?」
「そうだけど?」
「お前本当にお坊ちゃまだな。あいつが持ち逃げしたらどうすんだよ」
「……」

 考えもしなかった。

「そ、そんなことする奴じゃない」
「考えもしなかっただけだろ。まあいいや。とにかく地図が描けるわけな」
「教えてくれたら、この先ずっと、一生、依頼があればいつでも描くよ」

 フェリスタはにやりとした。

「そいつぁ豪儀だな。よし、売ってやらあ。紹介してやるぜ」
「紹介?」
「王妃の諜報担当。ヴィード=グウェリンの剣は王妃が用意したもんだ。だからその行方についても、なんらかの情報は得てるはずだ。あいつが知らなきゃ、悪ぃが俺にもお手上げだ」

 なんで王妃の諜報担当なんかと知り合いなんだろう。デクターはフェリスタの彫りの深い、凶悪な顔立ちをまじまじと見上げた。流れ者ではないのだろうか。若い割にガクスタやベルスタという、地下街を取りまとめている人間に目をかけられているようだし、このフェリスタという若者は、実はすごい相手なのかもしれない。

 ところがフェリスタはあっさりしたものだった。

「別にすごくねえよ。単に血筋だってだけだからな」
「……血筋、って?」

「草原の民ってのはややこしいもんなんだ。長とそれを支える一派は、王妃に庇護を与え、王妃のために働いてんだ。ガクスタやベルスタはそれを良しとせず、流れ者やってんのさ。そりゃそうだろう、なんでアナカルシスの王の妃なんかに、誇り高い草原の民が尻尾振らなきゃなんねえんだ? 俺も王妃のために働くなんて真っ平だからよ、こうして家を飛び出して流れ者やってるってわけだ。
 ……だが血筋はしょうがねえ。血ぃ抜いて入れ替えるわけにもいかねえからなあ。今の長ってのは俺の兄なんだ」

「兄……?」
「それで、草原の民ってのは、流れ者である以前に、草原の民なんだ。長の存在には流れ者だって敬意を払う。ガクスタやベルスタが気にかけてくれてんのは、それが俺だからじゃなくて、ただ単に、俺が長の家系だからだよ。恥だとは思ってるが、嫌がったってしょうがねえ。生まれつきだからよ」

 ――そうだろうか。
 デクターは内心、首をかしげた。
 ――血筋だというだけで、まだ若い、自分の息子のような年齢の子どもに、ああも目をかけるものだろうか。

「まあとにかく、おまえはあいつを追いかけな。んでレイデスの北に古びた礼拝堂があるからよ、その地下に連れて来い。そこに俺もつれてくから」

 デクターはうなずいて、頭を下げた。

「……わかった。ありがとう」
「礼は情報聞いてから言った方がいいぜ? 何の役にもたたねえかもしれねえだろうがよ」

 フェリスタは笑って、きびすを返した。デクターは南、レイデスの方へ足を向けた。アルガスの背は、もうどこにも見えない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ