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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

番外編 養父の剣を取り戻せ!

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地下街(2)

 レイデスからアナカルディアまでは馬で三日の距離だと聞いていた。ふたりはそこを一週間かけて、デリクの言った場所の近くまでたどり着いていた。石柱がごろごろ倒れている。かつてこの辺りにあった、壮麗なルファルファ神殿の名残らしい。デリクは場所の見当をつけたら夜まで待て、と言った。そうすれば当たりか外れかわかるからと。ところがアルガスは、デクターが初めに見つけたその場所は素通りした。まだ午前なのに。

「ここは違うのか?」

 慌てて追いかけると、違う、という返事だった。

「なんでわかるんだよ」
「勘です」

 えー。
 むっとしたデクターに、アルガスは振り返って説明した。

「地下街というからには地下に空洞があるはずです」
「ここ、ないのか?」
「ないですね」

 じゃあ掘ってみろ、と言いたくてたまらなかった。が、それは言わずに黙って後をついて行った。初めて出会った時、近くに水場があると言い、その言葉のとおり、確かに水場があった。そういう勘にかけてはアルガスは獣並みだと、もうわかっていたからだ。

 そこから数刻歩いた、昼食時のことだった。

 前方から、ひとりの、背の高い男が歩いて来ているのが見えて来た。
 それはもじゃもじゃの頭髪をした、目の吊り上がった凶悪な顔立ちの若者だった。草原の民だと、すぐにわかった。大きな背嚢をしょい、よどみない足取りでのしのしと歩いてくる。草原の民は外見では年齢を判断しづらいのだが、良くみるとまだ若いようだ。もしかしたらデクターよりも年下だろう。双眸は黒々とし、頭髪は鳥が卵を産めそうなもじゃもじゃ具合だ。流れ者だろう。からまれるのではないかと身構えた時、その若者がふたりを見て、にやり、と笑った。彼としてはにっこり笑ったつもりかもしれないが、いかんせん顔の作りが凶悪すぎる。

「よう。地下街の場所、誰かに聞いたか」

 アルガスは黙って頭を下げた。うなずいたようにも、会釈をしたようにも見えた。顔見知り、なのだろうか。若者はデクターを見て、またにやりと笑った。

「そっちは新顔だな。悪い時に来たな、お前ら。地下街は今ちょっと取り込み中で、数日経たねえと落ち着かねえぜ」
「取り込み中?」
「まあ、立ち話もなんだろうよ」

 彼はその辺に倒れていた石柱に歩み寄ると、背嚢を降ろして座った。そのまま火を起こす準備を始めた。見ると太陽はちょうど真上にあり、昼飯時である。ずっと歩いて来たから腹も減っていて、アルガスも知り合いらしいしと、デクターはそのそばへ行った。水と練り粉を取り出して差し出すと、若者は喜んで取った。アルガスは干し肉を渡した。代わりに若者は湯を沸かして、風変わりな味の茶をふるまってくれて、びっくりするほど堅いパンをくれた。
 一段落すると、彼は話し出した。

「気の毒だがな、地下街に行くのは、数日待った方がいいぜ」

 顔の割に、気のいい男のようだった。デリクの言っていた、評判のいい方の流れ者らしい。滅多にいないようなのに、運がいい、と思う。食事をしながら、いろいろ教えてくれるつもりらしく、ふたりはありがたくそれを拝聴した。

「馬鹿馬鹿しい騒ぎが持ち上がってさ。俺ぁ付き合いきれねえから出てきちまった。お前らも一度レイデスかどっかに戻って、出直した方がいいぜ。ガクスタも気の毒な話でよ」

 ガクスタというのは門番だ、と若者は言った。

「地下街で一番偉いふたりがな、交替で門番を務めてるんだ。もうひとりはベルスタって言う。だが片づけるまでは門番も立てねえだろうから、行っても入れねえんだよ。それに入れてもあの混乱じゃあ、お前らのこと気にかけられる流れ者もいねえだろうしよ。地下街の場所、どこで知ったんだ?」
「デリク、という男に聞いたんだ」

 答えると若者は、目を真ん丸にして驚いた。

「デリクにかあ!?」
「知り合いなのか?」
「いや知り合いってわけじゃねえが、すげえ有名な男だぜ。へえー、そりゃいいや。門番にもそれ言えば、目ぇかけてくれると思うぜ。運が良かったな。おっと――俺ぁフェリスタってんだ」

 彼はようやく名乗り、デクターも名乗っていなかったことを思い出した。

「俺、デクター。デクター=カーンだ」
「カーン?」フェリスタはおもしろそうな顔をした。「ラク・ルダのか、もしかして」
「そ……そう」
「お坊ちゃまじゃねえかよ。ふうん」

 お坊ちゃまが戸籍を焼いたことについては、いいとも悪いとも言わなかった。で、とアルガスに視線を移した。

「お前は?」
「アルガス=グウェリン」

 それは劇的な変化だった。
 アルガスが名乗るや否や、フェリスタの態度が変わったのだ。沈黙し、アルガスをみたその目からは、先程までの友好的な色が消え失せていた。ふうん、と言った声を聞いて、デクターは驚いた。軽蔑した、というような声音だった。

「ふうん。お前もあいつらと同じなのかよ」

 デクターは呆気に取られていた。フェリスタの豹変が、信じられなかった。
 すぐに思ったのは、ヴィード=グウェリンの評判の悪さだ。養父の悪事は流れ者にまで轟き渡っていて、そのせいなのではないかと。

 でもそれにしてはおかしなことを言った。フェリスタはもう用はないとばかりに荷造りを始めようとし、アルガスは、驚いたようだが、むっとしたのだろう、理由を問うこともせずフェリスタを睨んでいる。デクターは慌てて、声を上げた。

「ま、待ってくれよ。なんだよ、あいつらと同じ、って? 他にも、」

 頭を働かせた。グウェリン、と名乗った途端に豹変した、あいつらと同じ、ということは。

「……他にも、グウェリン、って名乗ってる奴がいるのか?」

 それも、複数。
 なぜだ、と思わずにはいられない。フェリスタはまだ手をとめず、ふん、と鼻を鳴らした。

「とぼけるなよ。財産欲しくてのこのこ顔出しに来たんだろ。もう五人くれえは集まってる、今さら行っても……」

 フェリスタは顔を上げて、つくづくとアルガスを見た。馬鹿にしたような視線だった。

「でもこいつが騙んのか? お前の方がマシなんじゃねえの。ヴィードの養子が女だなんて聞いたことないぜ」

 アルガスが怒気をはらんだ。瞳の藍が濃くなったような気がした。フェリスタが目を細め、デクターは慌てて口を出した。

「いやこいつ、男」
「! ! ! ! ! 嘘だろ!?」
「いや、本当に」
「! ! ! ! !」
「……驚き過ぎだ」

 アルガスが地響きのような声を出し、デクターは更に慌てた。

「間違いないって。本当なんだよ。名前だって本名なんだ」

 フェリスタはアルガスが殴りかかる前に、一応信じることにしたようだ。まじまじとアルガスをみて、呻いた。

「本当かよ……大損だぜ……」

 賭けてたのか。
 アルガスが更に怒気をはらんだが、その前にフェリスタが言った。気を取り直したように。

「でも年齢も、ちっと若すぎんだろう」
「それが十六なんだって。……てか騙る気ならもうちょっとそれらしいの連れてくるだろ、普通」
「まあそっか……?」
「養父に財産なんかない」

 アルガスがようやく言って、フェリスタは彼に向き直った。

「……知らねえの? 本当に? 本当に知らねえで、地下街まで……なんで今日なんだよ。この日に来るから悪ぃんだよ、誤解もするだろ」

 今日。
 フェリスタは先程、馬鹿馬鹿しい騒ぎで地下街は取り込み中だと言った。デクターは身を乗り出した。

「なあ頼むよ、教えてくれ。地下街に入れないと困るんだよ。財産ってなんだ? なんでヴィード=グウェリンの養子なんて、誰かが騙ったりするんだよ。利点なんかないだろうに」

 フェリスタはじっとデクターを見た。
 それからアルガスに視線を移した。先程の軽蔑も反感もすっかり失せて、どうやら信じる気になったようだ。

「ある身分の高い人間が、ヴィード=グウェリンの養子の生存を知って、戸籍もやるし財産もやるから出てこいって、伝言残したんだよ」

 第一将軍だろうか、とデクターは思い、

「第一将軍だ。……成る程」

 アルガスが言った。
 フェリスタはまじまじとアルガスを見て、ため息をついた。

「騙るつもりならやめとけって言うところだが、本物なら、運が良かったな。地下街で誰か偽者が、ヴィード=グウェリンの養子だって認められちまったら、今後その名を取り戻すのにかなり苦労をしたろうぜ。でもよ、養子なら剣くらいもらってんだろう。騙ってる奴の中にはな、偽物ではあるが、紋章入りの剣を用意してる奴もいたぜ。その棒っきれじゃ……」
「剣を持つのは養父に禁じられてた。許すまで持つなと」
「ふうん。……なあ、ヴィード=グウェリンってのは、どんな男だ」
「飲んだくれのろくでなしだ」

 アルガスが即答して、フェリスタは爆笑した。あっけらかんとした、人柄のにじむような、底抜けに楽しそうな笑い声だった。しばらく苦しそうに笑って、手を振った。

「あーわかったわかった。賭が始まったら俺ぁお前に賭けるわ。性別の賭じゃ負けたわけだからな……なあお前本当に男? 養子にする代わりに男として生きろなんて、言われてねえか?」
「……、」
「と、とにかくー!」デクターは慌てて割って入った。「とにかく事情はわかった。ありがとう。助かった」

「礼にゃ及ばねえよ。ついでに忠告しといてやらあ。どうせ急ぐ用事もねえし、損は取り返さなきゃなんねえし、そこまで連れてってやる。さっきも言った、ガクスタとベルスタって男が、ふたりで采配を振るってるはずだ。いいか、この先ずっとな、このふたりだけは絶対に敵に回すんじゃねえぞ。地下街入って流れ者として上手くやって行こうと思うならだ。お前は……あんまそう思ってねえのかもしんねえけどさ」

 アルガスを見て、顔をしかめた。

「そんでも、お前みてえな見てくれの子どもが、地下街なんて荒くれの巣窟に踏み入ろうとするならな、その身を守るのは評判だけだ。誰かの名を騙ったなんて烙印を押されたら、それが本当じゃなくても、生涯明るいところになんか出られねえと思いな。アルガス=グウェリンという名で流れ者やっていきてえなら、ガクスタに認められるこった。そのためには、お前、さっき俺に見せたような態度は改めた方がいい。ガクスタはすげえ男だ。本物なら絶対味方してくれる。お前は信じてもらわねえでも構わねえって、思ってるかもしれねえが、無用な諍いなんか避けるに越したことはねえだろ、流れ者つったって、ひとりじゃ生きていけねえからさ。さっきだってこのお坊ちゃんが口出してくれたから良かったものの、お前ひとりだったらよ、信じろったって無理だったろうよ。なあ、この先地下街でさ、出した金額に見合った美味いもの、食いてえだろ。安心して寝てえだろ。ぼられたり騙されたりせずにまっとうな取引して、売春宿になんか売られたりしねえで、その腕を堂々と売り物にしてえだろう。な? ガクスタは信頼できる。あいつさえ味方につけりゃこの先安泰だ、そのためには説得するとか、本物だって証明して見せるとか、その程度の努力くれえはするべきだ」

 思いがけず、ちゃんとした助言だった。アルガスの心にも、届いたようだった。

「……まあ俺が最初に女みてえだとか、余計なこと言ったからだな。悪ぃ」

 その上謝りもした。若いが、ちゃんとした男のようだとデクターは思う。
 アルガスは表情を緩めて、頷いた。

「わかった。ありがとう」
「よしよし。じゃあ来な。四半刻くれえでつく」

 俺達は本当に運がいい、と思った。
 なんだか本当に、幸運に恵まれているようだ。
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