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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

間話1 オーレリア=カレン=マクニス

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オーレリア・カレン・マクニス(6)

    *

 夜が来て、朝が来て、昼が近くなって、エルティナはようやく止まった。

 既に気持ちを切り替えたのか、町の中とは全く違った雰囲気をまとい、それまでほとんど喋らなかった。あたしが追いついて、野党を追い払ってくれたことへの礼を述べ、あたしの無事を確認してからは、それこそ一言も話していない。

 あたしも黙って後を追っていた。護衛へと気持ちを切り替えていたからだ。エルティナの背中を見つめつつ、周囲に気を配っていたので、お喋りなんかする暇がなかった。人の気配がないか、人外のものが潜んでいる様子はないか。ここへ来るまで隠れて護衛していたときに比べれば、格段のやりやすさだった。何しろ自分の気配を隠す必要がないので。つくづく、鳩の町で身分を明かして良かったと思う。

「今日は手紙書かないの?」

 訊ねると、寝支度をしていたエルティナが頷いた。

「必要な手紙は全部書いたから」
「家族に安否を知らせたりしないの?」
「それもこないだ出したから」
「……そ」

 それとなく水を向けてみたのに、エルティナはなかなか乗ってこない。本当に、町にいるときとは別人のように無愛想になってしまった。つまらない。まあ、ずっと走り詰めで、用足し以外は止まらなかったし、食事も馬の上だったから、やっぱり疲れてるのかも知れないけど。

 どうしてそんなに急ぐのか、聞きたかったが、それは憚られた。何しろ相手は【最後の娘】だ。話せることばかりではないだろうし、あたしだって必要以上のことは知りたくない。

 あ、そうだ。必要なことと言えば。

「ねえあんた、何かお守りみたいなの、持ってる?」

 二日酔いによる気分の悪さが遠のいてから気づいたことを、思い出した。寝る前のひとときに、お喋りくらいはいいだろう。これは護衛として、知っておいた方がいい情報であることだし。

「体質じゃあないと思うのよねえ。お風呂では感じなかったし」

 もぞもぞと毛布にくるまっていたエルティナが、こちらを見た。芋虫みたいな体勢だ。

「お守り?」
「うん。……あのね。これを言ったからって油断しないでは欲しいんだけどね。あたしだって魔物にそれほど詳しいわけじゃないしさ。あのアルガスが心配してるんだから、あんたが魔物に狙われてる――っていうか、狙われてもおかしくない状況だってのは、確かだと思うのね。でもアルガスにちょっとでも素養があったら、そんなに心配しなくていい状態だってのも、わかったんじゃないかと思うんだ。あの子、そう言う素養が全然ないから」
「……」

 エルティナは黙っている。でも興味がないわけじゃないようなので、あたしは続けた。

「今の状態で、魔物があんたをどうこうするってことはないと思うわ」
「え……?」

 エルティナが体を起こした。

「そうなの?」
「そ。だからそんなに張りつめなくて大丈夫。でも油断はしちゃ駄目よ、言ったでしょ、あたしもそれほど詳しいわけじゃないんだからね。でもあたしが魔物を撃退できるなら、あんたも出来るというか……魔物はたぶん、あんたに近寄るのはすごく嫌がるんじゃないかな。心当たりはないの? 何か特別なもの、普通の人が持っていないようなもの、持ってるんじゃないの? 肌身離さず」
「……」

 エルティナはしばらく考え、ややして、胸元をつかんだ。
 視線でうながすと、彼女はしばらく迷ったが、首元から革ひもを引っ張り出した。それには、小さな小さな、小指の先くらいの大きさの、剣がついている。

「エスティエルティナ……!」

 あたしは声を上げた。声が上ずってしまった。当たり前だ。
 ルファルファ神の神器のひとつが、目の前にあったのだ。

「ち、小さいのねえ」
「縮めてるんです」
「え、そんなことも出来るの?」
「命の宿らないものならどんなものでも縮められる方法を教えてもらったので、これも。肌身離さず持っていたいけど、あたしみたいな娘が剣を持ち歩いてると目立つので」

 その方法とやらに大変興味はあったが、それは後回しにするとして。
 あたしはごくりと唾を飲んで、エルティナの持つそれを注視した。あああ、見たのは初めてだけれど、今まで何度も何度も絵画で見てきた憧れの宝物が。

「さ、触ってもいいかな……?」
「いいですよ」
「え、待って。駄目よ。持ち逃げしたらどうするの」

 正直言って自信ない。しかもこんなに小さなものだ。あたしの狼狽に、エルティナは笑った。

「大丈夫。この子はあたしを選んだんですから。少々離れてもいつの間にか戻ってきます」

 すごい自信だ。思ったが、しかしエルティナは少々遠い目をした。

「逃げても逃げてもついてくるの。覚悟を決めて受け入れるって宣言するまで、一カ月くらい逃げ回ったのに、どこに逃げてもついてきたんです」

 あたしは呆気にとられた。「初めて聞いたわ……え、待って。エスティエルティナは持ち主を選ぶって伝承で言うけど、もしかして共鳴するとか光が射すとかじゃなくて、本当に飛んでくるの?」

「そう。もういいかなって振り向くとね、いるの」
「怖い!」

 それなら確かに、泥棒にも警戒しないで良さそうだ。

「じゃ……失礼して……」

 手を伸ばそうとしたが、エルティナが身振りで止めて、そして。
 彼女の手の中で、その小さな宝剣は、ぽん、というやけに可愛らしい音を立てて、元の大きさを取り戻した。あたしはさらに息をのんだ。一振りのその剣が、あんまり綺麗で。何の装飾もない鞘に収められていても、あまりの輝かしさに目眩がする。
 やばい。鞘を抜いたら失神するかも。

「【契約の民】はエスティエルティナを見るといつもそう言う顔をしますね」

 エルティナは不思議そうだった。

「あたしには普通の剣に見えるけど。見た目は、だけど。ニーナも……イーシャットは【契約の民】じゃないけど、それでもやっぱりまぶしそうな顔、します。それは貴女が言った『素養』とかと関係あるのかな? マスタードラはね、いい剣だけど普通の剣だって言います。自分の剣の方が使いやすいって。アルガスが見たらやっぱり普通の剣だと思うのかな」
「……」
「ルファ・ルダを滅ぼしたとき、エリオット王はたくさんのきらびやかな宝物を奪っていったけど、この剣だけは『つまらないから』と捨てたそうです。エリオット王にも素養はないってことかな」
「……」
「あの、大丈夫ですか」
「……あんたそりゃ、こんなの身につけてりゃ魔物も近寄れないわよ……」

 あたしは長々と嘆息して、ようやく、エルティナの手の中にあるエスティエルティナに手を伸ばした。指先が触れただけでぴりっと電流が走った気がした。
 ルファルファ神のご神体は森の中にある泉だという。泉の中には可憐な花が咲き乱れているという。その花々は永遠に枯れず、世界を整える歌を静かに歌い続けていると言われる。

 エスティエルティナはその花を護る剣だ。使う者を選び、いつまでもその者の傍らにあり、その者が死ねば泉に還ると伝説は言う。【最後の娘】が戦いに出るとき、【最初の娘】は泉のそばで水面を見ながら祈る。【最後の娘】が命を落とす瞬間を、剣が現れ出る瞬間を、恐れて恐れて――

 現在の【最初の娘】も……ルファ・ルダ最後の王女も、今頃泉を見つめているのだろうか。
 考えながら手に取ると、エルティナの体格にふさわしく、それは軽かった。刀身も短い。エスティエルティナは持つ者によって姿を変えるという伝説もあるが、本当かもしれない。
 あたしは、けれどずしりとしたその重みを楽しみながら、ゆっくりと言った。

「忠告と提案をひとつずつ。忠告の方は言うまでもないけど、エルティナ、この剣を絶対に放しちゃ駄目よ。これがある限り、魔物はあんたに手を出しづらい。出せない、とまでは言えないけれどね」
「はい」
「それから提案の方は」

 あたしはそうっと、鞘を払った。
 輝くような刀身がゆっくりと姿を見せる。
 今まで見たどの刀身とも、それは違っていた。普通の人の目には、おそらく何の変哲もない金属に見えるのだろう、たぶん。けれどあたしの目には見えた。たゆたう光を内包した、まるで液体のようななめらかさを持つ刀身が。間違いない。この刀はリルア石をたっぷり使って出来ている。あまりの美しさに泣きそうになる。ああ、ルファルファはまだここにいる。すべての母は、あたしたちを見捨てて闇に還ってはいない。

「あたしなら……この剣に、炎を宿らせることが出来るわ」
「そんなこと出来るんですか?」

 あたしはエルティナの方を見なかった。エスティエルティナの刀身から目を離せなかった。何て綺麗なんだろう。なんて純粋な意思だろう。この剣は護るためのものだ。花を、そして自分自身を。ほころびを正す者を。すべてのものをあるべき場所へ帰す者を。世界を抱く真の女王を。

「ずっと、と言うわけにはいかないわね。この剣の輝きにもめげずに襲ってきた魔物を、一度撃退することが出来る、くらいかな。あたしはずっとあんたについていられない。あんたが目的地に着けばそれで終わり。でもこの剣に宿らせた炎は、この先もあんたを護ってくれるわ。それに魔物を一度撃退したら、すぐ誰か、炎の【契約の民】に、また炎を宿らせてもらえばいいのよ」
「……それは、助かります」
「そいえばあんた、お風呂ではずしてたわね。部屋においといたんでしょう。それから寝るときもはずしてたわね。枕元においといたの? 駄目よ。これからはずっと、四六時中、お風呂の中でも身につけてなさい」
「炎宿ってたら……」
「熱くないわよバカね。鞘に収めておけば平気。これほどの剣を収める鞘だもん、こっちもリルア石使ってるでしょうから。……で、どうする? 特別にただでやってあげるわ。魔物を相手にしなくて良さそうだし」
「お願いします」

 あたしはようやく剣から目を離し、エルティナを見た。エルティナが頷いたので、上着の釦をはずして胸をはだけさせた。あたしの胸に絡みつく若草色の紋章を見つめる。意識を集中すると、刺青がほどけた。絡み合っていた蔦がゆっくりと動いて、胸の前に掲げたエスティエルティナに絡みつく。
 エルティナは黙っている。この子にもそこそこ、【一ツ葉】程度の素養はありそうなのだが、やはり刺青を持っていないからか、あたしが何をしているのか見えないのだろう。

 ぽっ、と、刀身が赤く染まった。

 それは見えたのだろう。エルティナが息を止めたのがわかった。
 刀身はみるみる赤みを帯びて輝きを増し、あたしは炎を注ぎ込むのを止めて、刀身の輝きに見入った。見る内に刀身の奥でちらちらと踊る炎が見え、あたしは微笑んだ。これが魔物の体に食い込めば、炎の塊をぶつけるよりも効果がある。滅ぼすのは無理だろうが。

「はい」

 エルティナはおそるおそる剣を受け取った。指先で、ちょん、と刀身を触ってみたりしている。

「熱くない。温かいけど」
「ねえあんたの目にはその色は見えるの? 炎も?」

 訊ねるとエルティナは目をこらし、ややして、頷いた。

「赤い。あと、奥で何か燃えてる感じ」
「じゃあやっぱり素養があるのねあんたも。彫師を見つけたら、炎彫ってもらえば?」

 エルティナはあたしを見た。

「……その手が!」
「やーねえ、全然考えつかなかったの?」

 あたしも今思い浮かんだばっかりだけど。

「思いつかなかった。そっかあ、なるほどなあ。デクターさんに会えたら頼んでみよう」
「リルア石一回分売ってあげようかー。これは別料金だけど」
「……すっごく、高そうですね」

 エルティナは苦笑し、エスティエルティナを再び縮めると、大事そうに首元にしまった。それからあたしを見て、にっこりした。

「どうもありがとう、オーレリア=カレン=マクニス。とても心強いです」
「あ……ま、魔物が襲ってきそうにないって、わかったからって、あたしのこと撒いたりしちゃ駄目よ? いいわね?」

 少々慌てて言うと彼女は笑い出した。人なつっこい彼女が戻ってきたように思えて、何だか嬉しくなってしまう。エルティナはまだ笑いながら毛布に潜り込み、

「貴女に個人的な恨みを抱いている人が、これからも襲ってこなければいいんですけどね」
「げ」
「野党だなんて嘘ついて護衛相手に黙って処理してきたことは、今の炎で許してあげます」
「げげげ」
「結構綺麗な人でしたね、貴女ほどじゃないけど。でも可哀想に、あんな綺麗な人の顔をためらいなく蹴るなんてすごいな……どうして恨みを買ったのか知りたいけど……眠いのでまた明日……」

 本当に眠かったようで、すぐに寝息を立て始めてしまう。
 ばれてたのか。あたしはため息をついて、自分も寝具に潜り込んだ。
 恨みを買った理由は話しても構わない。けれど厳重に口止めしておかなければ。
 あたしを護衛につけたのが心底間違いだったと、アルガスに思われてはたまらない。
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