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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

後日談 ラク・ルダ観光

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ラク・ルダ観光(3)

 人の流れに沿って歩き出すと、初めの屋台が見えてきた。肉饅頭の幟が立っている。

「肉饅頭、ひとつ目」

 口に出すとアルガスが言った。

「なんだそれは?」
「さっき木戸のところにいた人が教えてくれたんだよ。肉饅頭の屋台は四つ目のが一番美味しいんだって」
「そうなのか。あなたは本当に運のいい人だな」

 確かにと、舞は思った。教えてもらえたのは本当に運がいい。
 でもリゲンという人は、あのバートという少年を大事にしているようだ。バートが案内した相手だから親切にしてくれたのだと考えれば、運がいいのは自分ではなくてアルガスではないだろうか。

「あ、汁麺もあるんだね。ここ涼しいから、熱いの食べたらおいしいだろうな。ええっとここは焼き物の屋台なのかな。包み焼き、包み揚げ、叩き餅……あの平べったいお餅、先にもまだあるかなあ。どれも美味しそうだね」
「瀧、見てるか?」

 アルガスがおかしそうに訊ね、舞は慌てて瀧に目を向けた。

「見てるよ。すごいねー。何で水、なくならないんだろうね」

 アルガスは喉を鳴らすような音を立ててひとしきり笑った。最近あまり笑いを堪えなくなった、と思って、舞は嬉しくなった。本当にどうして堪えるんだろうとつねづね思っていたので、これは本当に嬉しいことだ。いつか大爆笑させてやりたい。

「ラク・ルダの名物って肉饅頭なんだよね」
「そうだが、全体的に食べ物の旨いところで有名だな」

 アルガスは長い間流れ者としていろいろな土地を歩き回っていたから、舞よりもずっといろんな土地に詳しかった。フィガスタに依頼されて、王妃のためにお伽話などを集めてもいたから、故事や逸話などにも詳しく、聞けば話してくれるその説明は、下手な案内人を雇うよりよほど面白かった。昨日連れて行かれたラク・ルダの史跡巡りだって、アルガスに説明してもらった方がよっぽど面白いと思うところも多かった。ただ彼が案内人に劣るところがあるとすれば、

「ガスのおすすめは?」
「……有名なだけあってどれも高いんだ」

 名物などをあまり口にしていないという点である。これは仕方がない。


 しばらく歩いたころ、肉饅頭の屋台の四番目にたどり着き、舞は勇んで屋台に向かった。

 四番目の屋台はこぢんまりとして、質素だった。他の屋台に比べて客がいないのは、きっと、並べられている肉饅頭が他の屋台に比べて半分以下の小ささであり、おまけに金額が変わらないからだろう。客のいない屋台で、店主はやや所在無げにしていた。頑固そうな顔をした、ごつごつした岩のような店主は、舞がふたつ求めると、ぶすっとした顔のまま、黙ってまんじゅうを差し出した。見た感じ、小さくて表面がしっかりしていて、ふんわり感が足りない気がする。けれど受け取ると指が沈むほど柔らかかった。屋台の前から離れて早速かぶりついたふたりは、顔を見合わせて、

「……」
「……」
「……」
「……」
「すいません、あと四つ」

 飲み込むや否や屋台の前に逆戻りした。ふんわりとして、包まれた具があまりに汁気たっぷりで、あつあつで、この大きさでしか作れない理由が良く分かった。これ以上大きくすると食べた時に汁があふれてしまう。

 木戸のところでこの店を教えてくれたリゲンという男に心底感謝した。知らなかったら素通りしていただろう。

 店主は、今度は竹の皮に包んでくれた。開いて見るとふたつおまけされていた。仏頂面の割に、嬉しかったのかもしれない。そこここに木の長椅子も置かれているのだが、空いてる椅子を探す間も惜しく立ったままそれを食べた。あっと言う間に食べ終えてまた戻ると、店主はついにいかつい顔をほころばせた。

「どうせなら店の横で食ってくれねえか。宣伝になるからよ」

 また四つ買って、気づくと、なるほど、周囲の観光客達がこの屋台に群がり始めていた。あまりにとりどりの屋台が出ているから、買った者の反応を確かめようと、周囲に注目している人が結構いる。なるほど、こうしておいしい店を探すのか。参考になった、と思う。
 店主は今度もひとつおまけしてくれ、声をひそめて舞に言った。

「ひとつは食わないで、あの木のいすの、目の前の屋台に持ってって見せな。汁麺の幟がたってるとこだ。この肉饅頭売ってる男の紹介だって言えば、特別な汁麺食わせてくれっから」
「ありがとうございます!」

 特別な汁麺ってどういうのだろう。楽しみだ。

 そちらの方へ向かいながら今度はゆっくり味わった。なんというか、至福のおいしさだった。皮はあくまでふんわりとし、それじたいがかすかに甘く、これだけでも充分おいしいのに、中に閉じ込められている肉汁は舌の奥に染みるような味だ。たけのこが入っているらしく、具の歯ごたえも楽しく、噛むと美味みがあふれ出て来る。周囲の雰囲気や涼しさも、このおいしさに一役買っている気がする。外の、夏の近い、暑くなり始めた空気の中では、おいしさは半減だろう。

「おいしいねえ……」
「なんでこんなに柔らかいんだろう」

 アルガスは感心しきった口調だった。店主が教えてくれた木のいすにたどり着く前に、ひとつを残して食べ切ってしまった。まだお腹がすいていた――肉饅頭が小ぶりで本当に良かった。あまりのおいしさに、肉饅頭だけで容量がなくなってしまうところだった。

「おっと」

 汁麺の屋台にむかいかけながら、舞は思わずつぶやいた。

「オーレリアに、花より団子だとか、滝見しながら肉饅頭を食べるに違いないとか言われたけど、それよりひどいね。滝見るの忘れてた」
「全くだな」

 ふたりは顔を見合わせて笑った。イェルディアでオーレリアに聞かれる時のために、しっかり滝も見ておかなければならない。

 ところが『特別な汁麺』というのが本当に特別だったので、滝に戻るにはそれからしばらくの時間が必要だった。ふたりでひとつを頼んだのに、お代わりをしに行く羽目になったほどだった。普通の人って最高だと、堪能しながら舞は思った。こんなにおいしいものを、好きなように好きなだけ食べられるなんて、なんていいんだろう。

 いつかぜひ、ニーナもただのニーナとして、ここに連れてこなければならない。

 汁麺と言っても、舞の想像していたような、細くて長いラーメンのようなものとはだいぶ違った。食器がお箸ではないから、長くてつるつるの麺に汁をかけては食べにくいのだろう。麺は太くて短く、マカロニのようなものだった。汁がたっぷりからまるように、切れ目やひねりが入れてあって、不思議な形をしている。噛むと弾力があって、麺の中から汁が滲み出るような気がした。汁はこってりとしていて、おまけに野菜がどっさり入っている。これもここの空気に合わせて作られたものらしく、食べるうちに体がだいぶ冷えていたのに気づいた。袖や首の透き間から入り込んだ滝の細かなしぶきに冷えていた体が、芯からじんわりと温まって来る。何が特別なのだろうと周りを覗いて見ると、具ではなくなんと汁の色が違った。お代わりをしに行った時に聞いてみると、特別の方は量が作れないので、特別な客にしか出さないのだという。そうなると普通の方も食べてみたいと思ったり、それならば普通のを先に食べて、特別のを後にすれば良かったと思ったりして、食べ歩きというものはなかなか難しい。

 それでも汁麺をひとつずつ食べ終わると、さすがに少し落ち着いた。滝をみる余裕も出てきて、舞は滝に見とれながら先に進んだ。奥に進むうちに、混雑も少しましになっているのに気づいた。先程の屋台の辺りで、多くが引き返しているらしい。

「端まで行ってみないのかな?」
「予定があるんじゃないか。端まで行くと半日がかりになる」

 答えを聞いて、ますます、昨日の案内を固辞して良かったと思った。昨日きていたら、この先まで行かせてもらえたかどうかわからない。


 確かに、そこは本当に広かった。もし人が誰もいないこの場所にひとりでいたなら、ひどく心細い気分になっただろう。

 アルガスはこの亀裂ができた理由として、良く語られる話まで知っていた。二種類教えてくれた。ひとつは滝の中に閉じ込められた恋人を救うために巨人が引き裂いたという伝説だったが、もうひとつには信憑性があった。これだけの量の水が落ち続けているので、この岩壁は長い年月の間に少しずつ削れているのだという。そしてこの亀裂を形作っている岩にはいろんな堅さの箇所があって、水が岩壁をえぐるにつれて堅い部分が露出してまず屋根のようになり、そこに沿って流れが生まれ、誘導されて内側に入り込んだしぶきが、下側の柔らかい岩をえぐり続けて、いつしかこんな亀裂を形作るに至ったのだと。

「大自然ってすごいねえ……」

 思わずつぶやくとアルガスは笑った。

「信じたのか? 俺は疑ってる。この足元の岩が堅い部分だから削れずに残っている、という説は分かるが、あんなに奥まで水が流れ込んで削るというのはちょっと無理があるんじゃないか。今はここが乾いていることへの説明もないし」

 舞はむすっとした。せっかくすごいと思ったのに。

「じゃあなんでこんな亀裂ができたの?」
「さあ。ナルデ河はもともとここを通ってなかったという話は聞いたことがある。ある天変地異が起こった際に河も大きく蛇行して現在の流れとなったのだと。地図でみると、確かに、不自然なほど曲がってるんだ」
「……へえ!」
「だからここはもともと滝じゃなくて、ただの崖だった。天変地異で亀裂が走ったんだ、という説はどうだろう」
「すごいね! そっちの方がありそうだね!」
「だから簡単に信じないでくれ」

 アルガスはまた笑い出した。作り話だったのだろうか。からかわれているのかもしれないと思うと何だか嬉しくなった。
 他愛もない話をして笑えるというのは本当に気持ちのいいことだった。アルガスが今日はくつろいでいるようなのがとても嬉しかった。



 ゆっくり歩いて、午後も半ばに差しかかったころ、ようやく端に着いた。舞でも身をかがめなければならないほどの高さまで天井が狭まった辺りで、亀裂が終わっていた。滝はまだその先まで続いているようだ。なんて広い滝なんだろう。

「まだ先があるんだね。うーん、端っこが見たかったなあ」
「水量によっては見られることもあるらしい」

 アルガスが、滝ギリギリまで寄ってその先をのぞき込もうとしている舞の腕をつかまえてくれながら言った。

「え、そうなの?」
「今年は上流で良く雨が降ったんだろう」

 話していると、見回りの係の人が来た。にこにこしているが、注意しに来たらしい。

「気持ちはわかりますが、今年は本当に水量が豊富なんで、あんまり寄って万一滝に触ると体ごと持って行かれますよ。いくらお兄さんが捕まえてても、まともに引っ張られると人間の力じゃどうにもなりません」
「そうなんですか!」

 舞は慌てて奥に戻った。ここにずっと勤めているらしい係の人の言葉には重みがあった。

「何人も落ちたりしてるんですか」
「まー、目撃される限りでは年に二、三人ですね」
「そんなに!?」
「これでも良くなったんですよ。見回り強化して、それから、木戸のところで既に酔ってる人を締め出すようにしてから減ったんです。中で酒売るのもやめまして、持ち込んで飲んでる人に注意するようにして、それでもってようやくね」
「はあ……」
「端っこが見たければ、夏の盛りにまたいらっしゃい。秋の始めまでなら水量が減ってます。でも迫力が少し失せるんで、今年は運が良かったって言う人の方が多いんですよ」

 人の良さそうな係の人に礼をして、ふたりは引き返すことにした。顔や腕が滝のしぶきにかなり濡れている。体が冷える前にと汁椀を出している屋台に寄って、ぴりっとする味のおいしい汁を飲んで温まった。それから帰る道すがらに叩き餅というらしい香ばしいたれの塗られた餅を食べ、甘いものもいくつか食べ、普通の大きさの肉饅頭も食べてみて、最後にまたあのおじさんの店で肉饅頭を四つ買って(さらに二つおまけしてもらって)食べて、出口に近づくころには胃も心もはちきれそうに満足していた。オーレリアにちゃんと話せるくらい滝も堪能したし、夕飯も入らないくらいお腹も一杯だ。

 もう入ってくる人もいず、皆出口に向かう人ばかりだった。気づくと亀裂の中の闇が濃さを増していた。そこここで明かりが灯され、ぼんやりした明かりに照らし出された滝は、さらに違った風情をたたえて見取れそうになる。けれど奥の方で、日没までに出てください、と見回りの人が声を上げ始めている。屋台も店じまいを始めていて、その雰囲気に押されるように歩を進めざるを得なかった。

「おもしろかったね」

 うっとりと言うと、アルガスはうなずいた。

「ああ」
「世界のへそから戻ったら、また来ようね?」

 アルガスは舞を見て、もう一度、まじめにうなずいた。

「そうしよう」

 良かった。アルガスも楽しかったんだ。そう思って、舞はにっこりした。
 それにそう約束しておけば、後ろ髪を引かれる思いも少しましだ。
 ふたりはまた、あの裏口の方から出ようとした。出口が混雑しているようだったからだ。警戒したわけではない。まさかまだ待ってるなんて夢にも思わなかったのだ。
 けれど、

「お待ちしておりました」

 慇懃に声をかけられて、硬直した。裏口へそれる直前に、人だかりが割れて、そこに、昨日挨拶したばかりの、ウルズ=ルウェリンの顔があった。

 出口が混雑しているようだったのはこのせいだったのか。
 ため息を飲み込みながら舞は思った。
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