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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

第九章 再会

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間話5-10 エルギン=スメルダ・アナカルシス(10)

 姫からの手紙が届いたのは、次の日の夕暮れだった。

 通信舎の担当者は、前回のことに非常に責任を感じており、今度は届くや否や即座にエルヴェントラへ届けた。ニーナ宛の手紙もあった。ニーナはそれをざっと一瞥した後、ビアンカにも見せてくれた。ビアンカが読む間に、気掛かりそうに言った。

「字が乱れてるわ。何かあったのかも」
「……姫はまだ、ニーナの孵化が成功したことさえ知らないのね」

 読み終えて、ビアンカは眉をひそめた。手紙の文面は淡々としていたが、それでも。

 ――王妃をお迎えできました。もうすぐ帰ります。
 ――孵化はどうなりましたか。今頃は、もう、元気ですか。
 ――早く、会いたいです。

 なんだか、それが却って、悲痛に感じられて、胸が痛んだ。字が乱れているかどうかは良く分からなかった。でも、出かける寸前の、蒼白な顔を思い出した。どんなに心配してるだろう。

 姫が出かけて、あっと言う間に二十日近くが過ぎている。この二十日の間に、本当に事態は目まぐるしく変わった。ニーナはビアンカの言葉に頷いたが、すぐ心配そうな表情を消した。声も明るくなった。

「でももう、すぐそこまで帰ってきてる。馬車だから、そうね、三、四日ってところかな。たぶん、エルギンもエルヴェントラも、舞の帰宅に戴冠式を合わせるはずよ。いよいよ大詰めね」
「行くわ」

 ビアンカはニーナに手紙を返して、深呼吸をした。珍しく静かに座っていたオーレリアが立ち上がった。見上げると、オーレリアは顔をしかめた。

「出入り禁止にされた身で、【アスタ】のことに首を突っ込むのは気が引けるんだけどさ。忘れないで。あたしまだあんたの護衛なのよ。ヘスタの前にひとりで行かせるわけにはいかないわ」
「あたしも一緒に行くわ」とニーナが言った。「邪魔しないようにするけど、あたしが一緒に行けば、デクターも一緒に行ける。デクターだって【アスタ】と関わっていたんだから、状況を見ておきたいでしょ」
「ありがたいな」

 デクターが言い、ニッと笑った。その笑顔を見て、ビアンカはなんだかほっとした。

「そう……じゃあお願いします。ちょうど夕方だから、デリクもきっとこっちへ向かってるはずよ。途中で捕まえて、それでそれで……」

 言ってビアンカは、胃を押さえた。なんだかきりきりする。
 これからヘスタを取っ捕まえる。それはいい。だって野放しにするわけにはいかない。
 けれど、捕まえて、それからどうするのだ? 牢屋に入れる? まあそうだ。初めは。それで色んなことを聞き出して、それで――

 その後は?
 どうするんだろう。

 自由の身には一生、させられない。ロギオンを捕まえさせたのだ。ビアンカには絶対許せない。けれどだからといって、処刑まで――

 処刑。きりきりと胃が痛んだ。そうだ、処刑だ。処刑というのはつまり殺すということで、たぶんそうなるだろう。そうしなきゃ色々と収まらない。ずっと捕まえていたって仕方がない。ヘスタが今までしてきたことを考えれば、それが順当というものだ。でも、……でも。

 ということは、あたしはこれから、ヘスタを殺しに行くということになるのだろうか。

 直接手を下すことはできないだろう。剣もろくに使えない自分の手では返り討ちにあうのが落ちだし、デリクとオーレリアがそれを許しはしないだろう。でも自分の手を使わないで、でもヘスタを殺すということは、自分の手を使うよりもっと、罪深い気がする――

「大丈夫よ、ビアンカ。怖くないわ。ヘスタをふん捕まえていろいろ聞き出すなんて、ああ、楽しそう。うきうきしちゃう。早く行きましょ」

 オーレリアが楽しげに言った。ビアンカを勇気づけてくれているというより、たぶん、本当に楽しみなのだ。ビアンカはぷしゅ、と張り詰めていた空気が抜けるような気分を味わった。そんなに深刻に考えることではないのかもしれない。

「昨日はちょっと残念だったわ、デリクったらあっさり吐くんだもの」

 デリクが素直に吐かなかったらどうなっていたんだろう。デクターはげんなりした顔をした。

「まあ……ほどほどに」
「それあたしに言ってんの? このあたしに?」
「……僕が間違ってた。はは。まあ相手はティファ・ルダの名を騙って【アスタ】に入り込んでロギオンを殺した極悪人だ。遠慮なんかしないでいいよ」

 デクターは、そう言った。それはオーレリアへ向けられていたが、でも本当は、ビアンカに言ってくれているのだとすぐに分かった。そうだ。ビアンカは深呼吸した。そうなのだ。

 捕まえた後のことは捕まえてから考えればいい。
 今はできることを精一杯やることだけ、考えよう。

「落ち着いたら、あたし、剣を習おうかな。姫もニーナも、自分の身は自分で守れるんだもん」

 家を出て、歩きだしながら言うと、デクターが唸った。

「必要ないと思うけど」
「あたしは必要だと思うの。こないだアルガスがケガしたときにだって、剣の持ち方さえ知らなくてすっごく悔しかった」
「いいんじゃない? 暇になったらデリクに頼んだら?」

 ニーナが同意してくれ、オーレリアが首を傾げた。

「そーねえ……でもそういう理由でなら、ちょっと危ういかなという気がするわ。あたし前回の護衛の間にさ、エルティナの腕をちょっと見たんだけど、あれはなかなかだったわ。体が小さいのはそれだけで不利なもんなんだけど、それを補ってお釣りがくるほど動きが速いの。見た目があんなだし、相手も油断する、足もなかなか速いしね。だからまあ、一人旅してもそれほど心配いらないかな、とは思った。でもねビアンカ、あの子、マスタードラというアナカルシス全土で一二を争うほど有名な剣豪に、冬の間だけとは言えみっちりしごかれてんの。七年も。多分普段から自分で鍛練もしてると思う、あたしの腕を見て教えを乞おうという気持ちもあった。それでもね、あたしはあの子に、五人の兵を相手に立ち向かえると、太鼓判を押す気にはなれないわ。あたしなら、三人以上になったら不意を突いて逃げろと教える。マスタードラも多分そう教えてる。あの子の剣は敵を倒すんじゃなくて身を守るためにある。あの子もそれは、わかってるはず」

「そう……なの?」

 そんなもんなの? というのが、ビアンカの正直な気持ちだった。姫はひとり旅をしていたし、ウルクディアで大勢の兵に追っかけ回されても逃げ延びたのだから、自分より遙かに腕が立つ、はずだ。なのにその程度なのか。

「ビアンカ、もしこれから毎日毎日素振りを百回から二百回して、アルガスとかデリクとか、そういう人間に剣を教わるとしても、少なくとも三年は自分ひとりで自分の身を守れるなんて思わない方がいいし、その後も一生、エルティナみたいに、自分の身を守るためにだけ、逃げ道を開くためにだけ、剣をもとうと思いなさい。誰かと真剣に戦って勝とうなんて、金輪際思わないことよ」

 なかなか厳しい意見だった。ビアンカは黙って、頷いた。不承不承だったが。
 オーレリアは笑った。

「あたしには炎がある。デクターだってね、ビアンカ、剣の腕はたいしたことないのよ。その腕だけで世間を渡って行ける、その腕だけで生業を立てることができる人間というのは、滅多にいないの。マスタードラや、アルガスみたいなのは特別なの。何百人もの賊の前にひとりで立ちはだかって、しばらくの間生きていられるなんて人間は、本当にごくごくわずかなの。あの子は幸い人が良すぎて、あたしのこと殺そうとまでは思わないでくれてるけど、もし本気でそう思われたらあたしは立ち向かおうとは思わないわ。腕が違いすぎる。炎があっても無理だわ、死にものぐるいで逃げるしかない。ああいうのは別格というか、デクターやニーナの【四ツ葉】みたいなもんなのよ。どれだけ希少か分かるでしょう。
 ところがねえ、あんたみたいに若い内だと、少し上達すると魔が差すもんなの。世間にはあんな怪物がいるというのに、自分の腕を問いたくなる。その辺のごろつきをたたきのめしてみたくなる。自分で探しに行く気はなくても、誰かに理不尽な言葉をかけられたり、理不尽な仕打ちを受けたりした時に、剣を握りたくなる。いざその時に、自分に問えるくらいの覚悟がなくちゃ、そもそも剣なんか習うもんじゃないわ」

「自分に、問う?」

「この剣は本当に今必要なものか? 返り討ちにあっても後悔しないでいられるか? 相手を傷つけて後悔しないでいられるか? この侮辱を見過ごすことがどうしてもできないなら、いいわ、剣を握ればいい。でも、そうじゃないなら、侮辱を飲み込む方がずっといい。命の方が大事だから。自分と、相手の」

「……難しいのね」

「ふふ、だからねビアンカ、あんたみたいなのは、周りを利用する方がずっといいわよ。安全で効果的よ。幸いあんたの周りにはデリクという凄腕もいるし、デクターという【四ツ葉】もいる。そう、まさに今のように――ビアンカ、賭けてもいいわ、あんた昨日、デリクの名前を聞いたでしょう。地下街の元締めんとこつれて行くって言われたでしょう?」

 確かに言われた。

「なんでわかるの?」
「そりゃわかるわよ。だからさ、いいじゃない。あんたには剣の腕も自分を守る術もないけど、その代わり、庇護をくれた人間がいる。だからそれを使えばいいのよ。周りに頼んで、守ってもらえばいいの。危険なことはその人にしてもらえばいい。あんたはただ、その誰かに頼めばいい」
「……だからそれがね、あたしは嫌なの」
「あたしも嫌だわ。舞も嫌だと思うわよ。だからアルガスにも嫌がらせしたんだから」

 ニーナが口を挟み、オーレリアは顔をしかめた。

「何よ嫌がらせって……あんたたちふたりとも、三人ともか。まだガキなのよ。だからなんでも自分でしたい。全てを手に入れられると思ってる。今は無理でも、毎日鍛錬すれば何とかなる、いつかひとりでも大丈夫になれる、ヘスタみたいなのだって、自分ひとりで捕まえられるように、いつかはなれるって、思ってるでしょう。そう思うことは悪いことじゃない。そう思わなきゃ先へ進めないものね。でも、それは誤りなのよ――ニーナ、あんただって、もし【四ツ葉】を封じられて、自分の腕だけでよ。それができるようになるなんて夢は、持たない方がいい。それは夢物語に過ぎないから」

「そう……なのかしら」

「そうなの。ヘスタがもし、アルガスのような化け物だったらどうすんの? 挑んでみてダメでしたじゃ取り返しがつかないでしょう。だから人に頼れって言ってんの。どんな手を使ってでも自分の味方を増やせって。それにね、周りを利用する方が、自分の腕を磨くよりも、実はとっても難しいし、怖いことなの。勇気がいることなのよ」

 集落の中は長閑だった。というより、閑散としていた。ひとけのほとんどない整った町並みを、オーレリアの静かな声が流れていく。

「エルティナって草原の民の庇護と【アスタ】の用心棒と、アルガスと、デクター、黙ってるけどあんたもでしょう。それからフェリスタとグリスタと、フェリスタの選んだ流れ者ばっかり十人近くもの庇護を受けたんだって? そこまで来れば確かに元締めも動くわね、要請があれば。ねえビアンカ、それって怖いことじゃない? エルティナは、自分じゃ気づいてないかもしれないけど、すごい力を手に入れた。一個連隊にも匹敵する力よ、ほとんど全ての流れ者が彼女に与したも同然。それは【最後の娘】だからかしら? ティファ・ルダの生き残りだからかしら? そうじゃないわ。相手が流れ者だからね。つまり庇護を与えた流れ者たちは、彼女が気に入ったってことなの。この子のためなら力を貸してやろう、例え世間を敵に回しても守ってやろうって、思ったってこと。でもそれってさ、いつまで続くのかしらね」

「……いつま、で?」

「この先ずっと、彼女は流れ者たちに、その存在を問われ続けることになる。あー……ねえ、エリオット王って、昔は名君だったの。知ってた? 王が即位したときにはアナカルディアに大勢の国民が詰めかけて、万雷の拍手と歓呼を浴びせた。あたし子どもだったけど、良く覚えてるわ。それが今じゃどう? 全国民が王の交代を待ちわびてる。王は二十五年の治世の間に、少しずつ少しずつ、民の心が離れていくのを感じ続けたはずよ。それって、怖いことじゃない? もし自分がその立場になったらと思うと、ぞっとするわ。ビアンカ、あんたもそうよ。あんたのために戦ってくれようとする人間が今はいる。二年後もいるかしら。五年後は? 十年後は? 十年後にもしデリクがあんたを見限るとする――それはあんたのせいなの。守ってくれる人間がいなくなるというのは、あんたに守る価値がなくなったということ。それは紛れもなくあんたが過ごした十年間のせいなの。十年後にもしデリクがあんたのそばにいなかったら、デリクに守ってもらえる価値を持ち続けられなかった、あんたの十年が悪いということになる」

 オーレリアは言って、ビアンカの肩に手を回した。ぽんぽん、と、宥めるように叩いて、放した。

「腕がある人間というのは、何かの、誰かの、ために、それを使いたいと思っているのよ。何か崇高な目的のために、自分の力を役立てたいと、思っているの。ヴィード=グウェリンって、知ってる? アルガスの養父なんだけど、あたし実際知ってんのよね。一度会ったことがあるの。本当に小さな頃だけど。彼はアンヌ王妃のために草原の民のところへ乗り込み、イェルディアの海賊を改心させる手助けもした。更に最期が最期だからね、今じゃ剣の腕に加えて、なんだか、豪傑の鑑みたいにいわれちゃって、マスタードラもものすごい心酔ぶりだっていうけどさ……実物見たらがっかりすると思うわ……」

「僕もそう思う」

 ずっと黙っていたデクターが、口を挟んだ。

「実際会ったことはないけど、彼はラク・ルダの、それもシェイテル家の親族だったから、いろいろ噂は聞いてたし、それにガスからもいろいろ聞いてるからね。ガスは養父を好いてたみたいだけど、腕以外は尊敬はしてなかった。賭博だの酒だので本当に苦労をさせられたらしい。喧嘩っ早くて口が悪くて粗野で乱暴でその上横暴で、聞くだけでもなんかこう……あいつに女の子の格好させて、道ばたで見せ物にして金を稼ごうとしたことがあるんだって。ガスは隙をついて後頭部を蹴り倒して怒らせて、酒が回って倒れるまで追い回させたことがあるって言ってた。豪傑? 剣豪? って感じだよなあ」

「うわあ……マスタードラが聞いたら泣くわ……」

 ニーナが言い、オーレリアが笑った。

「あはは、そうそう。普段はまだマシなんだけど飲むと最低。すぐ酔っ払うくせにいつまで経っても潰れない。酒が自分の弱点だと自覚していながらやめる気が毛一筋ほどもない、剣以外には何の役にも立たない男。それが王妃と第一将軍のために働いたってだけで世間的には英雄になれたの。彼には目的が必要だった。それがないと自堕落に堕ちていくしかない男だった。王妃と将軍は彼に目的を与えて存在価値を与えた。ヴィード=グウェリンは王妃を護衛した、王妃のために働けたことを、たとえ口には出さなくても、本当に感謝していたと思うわよ」

 そう言うものなのか。ビアンカは理不尽さを感じた。
 どうしてそんな男に“類い希なる剣の才”があって、自分にはないのだろう。理不尽だ。
 オーレリアはビアンカの憤りには気づかぬ風で話を続ける。

「まあそれは極端な例だけど、とにかく。エルティナにあんなに庇護が集まったのは、もちろん彼女自身が気に入られたということなんだけど、それに加えて、彼女が目的を持って行動しているからよ。その目的に賛同したということもあるの。彼女の役に立つということは、王を交代させるということだからね。一介の流れ者に過ぎず、腕をもてあますしかなかった自分が、彼女を助けることで、全国民の待ちわびた王の交代に一役買うことが出来る。一世一代の大仕事に挑むことができる。流れ者にとってはかなり魅力があることだと思うわ。それも評判のいい、腕が立つという評価も自覚もある人間にならば特に。
 でももし今後、王の交代が済み、彼女が目的を果たして――もしもよ、もしも。目的を喪失してやる気を失うか何かして、変節していくとするわ。現王のようにね。【最後の娘】の名をかさにきて理不尽な行動を起こすように、なったとする。そうしたら今彼女の周りにいる人間は落胆する、彼女から庇護を取り上げて離れていく、それどころか場合によっては、敵に回ることも考えられる。初めから期待されていなければ落胆も軽くて済むけれど、初めの好意が高ければ高いほど落胆も深いものだから。
 今まで認められていた相手に見限られるということは恐ろしいことよ。周りの力を自分の目的のために使うというのは、それを覚悟するということ。そうならないように、自分を律していかなければならない、ということよ。どんな落とし穴があるかわからない、自分では変わっていないつもりでも、どこかでひょんなことで、つまらないことで、足を踏み外さないとも限らない。自分の腕を磨くなら、自分に責任を持つだけで済む、でもこの場合は、庇護をくれた人間の数だけ、責任が増える。あたしがエルギン王子をすごいな、と思うのは、それを既に理解して、覚悟しているというところだわ。それも、十年前に、既にね」
「十年前に――」

 ニーナが呻き、オーレリアは微笑んだ。

「あんたが言ったのよ、ニーナ。エルギンはルファルファの泉に、お母様の快復を祈らなかった。立派な王になりたいと、祈った。それは誰のために? マスタードラと、イーシャット。それから、自分を応援してくれるエスメラルダの住民のために。彼らを巻き込まず、裏切らず、落胆させずに済むように。立派な、というのがついてるところがいいじゃない。生涯ずっと立派な王であり続ければ、彼らをがっかりさせずに済むものね。
 彼は生まれつき、王子だった。それも王位を継げそうもなく、それ以前に殺されてしまいそうな王子だった。それでも彼のために命を張る人間がふたりもいた。そしてお母様もね。だから彼は、そのふたりのために、お母様のために、立派な王にならなければならない。彼らの目的を、お母様の死の意味を、一生かけてずっと、作り続けなければならない。それが、彼らの働きに報いる一番のやり方だと、十年前に、既に知っていたのよ」
「……そうなのね」

 ニーナはため息をついた。

「真摯な祈りだったのね。あたしが思う以上に。だからお母様も、それを聞き届けたのかしら」
「さあ、どうかしらねえ。あたしは、ルファルファが願いを叶えるなんて、やっぱり方便だって思うわ。十年前に三人とエルティナがどこからともなくやってきたなんて話を聞いても、それは偶然だって思う。そうでなきゃ……」

 オーレリアが、唐突に言葉を切った。
 角を曲がって開けた視界の先に、デリクが歩いてくるのが見えた。
 それもひとりじゃない。ヘスタと一緒だった。ヘスタの隣で、デリクが目配せをして見せた。ビアンカは周囲を見まわしたい気持ちを堪えた。自分がここでおかしなそぶりをしては、ヘスタに勘づかれてしまうかもしれない。それにここにはオーレリアもデクターも、デリクもいる。もしも誰かおかしな人が潜んでいたなら、ヘスタを捕まえる前にそう知らせるはずだ。

「ビアンカ!」

 ヘスタがにっこりした。その笑顔を見て、ビアンカは胸が痛むのを感じた。
 嘘つき。――嘘つき。
 もう騙されなかった。この笑顔は嘘だと、今のビアンカにははっきりわかった。それで、ビアンカは、にっこりと笑って見せた。ヘスタになんの悪感情も持っていない、昨日までのビアンカと変わらない笑顔で。ヘスタに内心を押し殺して笑う術があるのなら、あたしにだって出来るはずだ、と思う。

「ヘスタ、ただいま」
「お揃いで。どうしたんだ?」

 ヘスタの笑顔の向こうで、警戒が蠢いたのが感じられた。ビアンカはにっこりして、ヘスタの前に立った。
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