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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

第九章 再会

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再会(10)

「初めまして」

 言うと、舞の目の前までやってきた銀狼は、ふんふんふん、と舞の匂いを嗅いだ。それから舞を見上げて、つくづくと見た。

『変わってるな、お前。完全体だ。初めて見た。どうして生きていられるんだ?』
「……は?」
『現エスティエルティナか。そのせいか? そんな話は聞いたことがないが……まあいい。名は?』

 一人で完結しないでほしいものだ、と舞は思った。完全体? 初めて見た? どうして、

「どうして生きていられるんだ、ってのはどういう意味だ?」

 フェリスタが訊ねたが、銀狼は見事に、つーん、といいたげに横を向いた。

『男に話す気はない』
「……聞いてたとおりの女好きか、このエロ狼」
『違う。女好きじゃなくて男が嫌いなんだ。出来損ないが』
「なんだと?」
『自分の劣化版を見るようで嫌なんだ。言っておくが人魚は逆だ。男好きじゃなくて女嫌いだ。女は自分たちだけでいいと思うのが人魚だ。あのくそいまいましい人魚どもが』
「なんかな、銀狼が今までクレイン=アルベルトを放っておいたのはな、あの王宮を、人魚が、人間をそそのかして建てさせたからなんだと」

 ヴェガスタが言った。グリーンリも頷いた。
『既に俺たちの長が、人間に話しに行ったはずだ。今聖地にいる人間……次にあの建物に住むことになる、長と同じような立場に座ることになる若者に、話は付けてあるはずだ。あの建物を崩すようにとな』
「杭を?」フェリスタが勢い込んで言った。「杭だろ? 杭を抜くんだろ、そうすりゃあ、王宮は崩れるんだよな。がらがらってよ」
『崩し方など俺は知らん』グリーンリは素っ気ない口調で言った。『だが、あの建物を崩すのは人間の義務だ。あの建物が俺達を封じる。あの建物が魔物を守っている。あれさえなければとっくに始末していた。まったく人魚というものは、見境がなくてはた迷惑だ。その手先となって唯々諾々と建物を建てた人間もまた、恥を知るべきだ』
「へええええー、じゃあ、あの王宮のそばじゃあお前はただの犬ってわけだ」

 とフェリスタが言い、グリーンリは歯を剥き出して唸った。

『犬って言うな!』
「お、やるか? このクソ犬。やーい犬、いーぬーいーぬー。お前なんかただのでっかい犬じゃねえか。何が自分の劣化版だ、恥を知るべきだ、だ。バカにしやがって」

 ぐるるるる、と不穏な唸り声を喉から漏らす銀狼のかたわらで、ヴェガスタが言った。

「まあ同感だがな、フェリスタ、こいつはケガしてんだ。喧嘩すんならほどほどにな」
『人間ごとき捻りつぶすのにこの程度の傷など関係ない』
「おお、言うじゃねえかこのバカ犬が。お前なんかどこぞの女主人がやってる宿屋の軒下で、男の客だけ撃退して女客にだけ尻尾を振って、ご褒美に骨でももらってんのがお似合いだ」

 グリーンリの毛皮に若草色の紋章が浮かび上がった。ニーナやデクターが持っているものとそっくりの、美しい紋章は、今やひどく猛々しい気配をはらんでいる。舞は慌てた。

「ちょっと、ふたりとも」
『これ程の侮辱を受けたのは初めてだ……!』
「俺も初めてだぜ、まさか誰かの劣化版だなんて言われる日が来るとはよ」
「いやあの、でも、えーと、喧嘩してる場合じゃないよね? グリーンリが先にひどいこと言ったけど、でもフェリスタも結構すごいこと言ったし、これでおあいこにしない? ここで大騒ぎしたら王に気づかれるかもしれないし。ね、あたしは、舞って言います。よろしく」

 舞は強引に話を変えた。フェリスタもグリーンリもまだ睨み合っている。

「銀狼って人前に姿を見せたがらないって思ってたけど、あなたはどうしてここに?」
『……』

 グリーンリはまだしばらくフェリスタを睨んでいたが、

『……不可抗力だ』
「女の問いにはほいほい――」
「フェリスタ!」

 舞が叫ぶとフェリスタはそっぽを向いて黙った。舞の叫びが悲鳴じみていたからかもしれない。グリーンリはまたつくづくとフェリスタを睨み、低く唸った。

『フェリスタか。他の人間と区別したぞ。次にマイのいないところで会う日が楽しみだ』
「俺も楽しみだぜ。娘っ子の前でたたきのめすのだけは勘弁してやらあ」
『人間ごときが俺に勝てると本気で思っているのか』
「おお、犬ごときがどんだけやれるかとくと確かめてやるぜ」
『口の減らない男だな』
「お前もな」
『ふふふ』
「ひひひ」
「あああ……」

 舞はため息をついた。もしかしたらこのひとりと一頭は似た者同士なのではないだろうか。類は友を呼ぶ、ではなく、同族相憐れむ、でもなく、同類嫌悪。これだ。
 もしかして、心ゆくまで殴り合ったら、親友同士になったりして。
 そうも思うが、その前にどれほどの凄惨な場面が繰り広げられるかと想像すると、やはりここではやめておいてもらおう、と思う。血の雨を降らせている余裕も浴びている余裕も今はない。

 王妃とアルガスが戻ってきた。王妃は手ぶらのようだった。何を持ってきたのだろうと舞はいぶかしんだ。アルガスは何を手伝ったのだろう。
 けれど聞けるような雰囲気ではなかった。舞が今まで見たこともないほど、アルガスは沈んだ顔をしていた。

「……ガス、どうしたの?」

 アルガスは舞を見た。

「何がだ?」
「えっと――」
「ふたりとも、随分仲がいいのね」

 王妃の言葉に、まだ言い合っていたフェリスタとグリーンリは、ぴたりと言い合いをやめた。やっぱり良く似てるかも、と思った。でも舞はまだアルガスを見ていた。これも燭台の小さな明かりのせいだろうか? 口調は平然として普段と変わらないのに、何かひどく哀しそうに見える。けれど、何が、と聞かれてしまっては、それ以上聞けなかった。

「今度娘っ子がいないところで血の雨を降らせあうんだとよ」

 ヴェガスタが言った。アンヌは微笑んだ。

「まあそう。それは構わないけれど、周辺の住民を避難させてからにして頂戴。お待たせしました、【最後の娘】。参りましょう」
「……はい」

 舞は頷いた。アルガスが無言で先に立って、隠し部屋の中へ入って行った。やはり、地下牢から舞を運んだ、あのくねくねした通路を通っていくのだろう。王妃とヴェガスタを先に通し、舞はフェリスタとグリーンリの間に自分が入ることにした。ほどなく始まったくねくねした通路を通りながら、ヴェガスタと王妃が話し合うのが聞こえた。まあこんな道もあったのね、隠し部屋にも驚いたぜ俺は、と言い合うふたりはとても平然としていて、舞は気のせいだと思うことにした。

 アルガスが哀しそうなのはきっと気のせいだ。燭台の明かりのせいだ。外に出ればきっと元に戻っているに違いない。

 でも胸がざわざわしていた。フェリスタとグリーンリが低く低く毒づき合うのを聞きながら、舞は胸のざわめきをなんとか忘れようとした。でも勝手に浮かんできてしまう。

 シンディを実家へ返した、と言われた時の、アルガスの様子。シンディはいつ外に出たのだろう。アルガスはシンディを良く知っていた。王妃はアルガスに手伝って、と言って――
 戻ってきたらとても哀しそうな顔をしていて――

 ――エスメラルダに行きたい。

 シンディの、熱っぽい声が聞こえた。

 ――エルギン王子の治める平和な国に行きたいの。何の心配もなく、暮らせるようになりたいの。アンヌ様とデボラと、カーディス様と一緒に。だからあなたに恩を売りたい。

 行きたいって、言っていた。
 あんなに、行きたがっていたのに。
 一瞬だけ足が止まった。グリーンリが舞の背中に鼻をぶつけた。

『急に止まるな』
「……ごめん」

 舞は足を速めた。くねくねした真っ暗な階段を、踏み外さないように神経を集中した。考えないようにした。そんなことがあるわけない。シンディが、あのシンディが、舞が迎えに来る前に死んでしまったなんてこと。
 絶対あるわけ、ない――



 前回と同じく、出口の少し前で、空気が湿り気を帯びた。そこから道は急に上りになった。出口は頭上にある。石畳に模した蓋で覆われている。アルガスはその蓋をまず剣の柄で一度だけ突いた。ややして、ごん、ごん、ごん、と三つの音が上から聞こえた。

 それから、ごごご、と音を立てて蓋が取り払われ、ニコルの明るい声がした。

「お帰りなさい。首尾はどうですか?」
「巧くいった」

 答えたアルガスの声は、やはり普段どおり、静かで穏やかだった。



 程なく全員が外に出た。そこにいたのはニコルとフィガスタとジェスだけだった。大勢だと目立つからなとフィガスタは言った。

「しかし拍子抜けするほど呆気なかったな」

 フェリスタが言い、舞もうなずいた。デボラが出た時には二十人からの兵が彼女を捕らえようとしたというのに。まあ彼女は門から堂々と出てしまったわけだけれど。王宮に入るのも簡単だった。門番もひとりしかいなかったようだし、なんだか、王妃宮だけでなく王宮の方も、人があまりいないような感じだった――
 舞の後ろから現れた銀狼を見て、ニコルが硬直した。ジェスは口笛を吹き、フィガスタは目を細めた。三人の反応を順繰りに見回して、グリーンリは、おもむろにそっぽを向いた。フェリスタが唸る。

「いいかげんにしろよくそ犬」
『王宮からもう出た。これ以上おまえたちに付き合ってやる義理はない』
「そもそも頼んでねえっつうんだよ。背後を守ってやるとか言いやがったが、お前だって、隠れ道を通って外に出られて助かったんじゃねえのかよ。あん中じゃただの犬っころだったんだもんなあ? 魔物ごときにやられて尻尾巻いて逃げ込んでたんだろうがよ、ええ?」

 どうしてこう口が減らないんだろう、この人は。
 舞はもはや感心してしまった。たぶん頭の回転が速いのだろう、こうも悪態が次から次へと滑り出るところをみると。顔はヴェガスタと似ているが、中身はフィガスタと似ているのかもしれない。

『ここなら俺の力ももう封じられてはいない。銀狼の力を試してみるか?』

 グリーンリが静かに言い、ふと、その雰囲気が変わった。グリーンリは舞の方を見ていず、若草色の紋章も浮かび上がってはいないのに、ぴりぴりと肌を刺す不穏な気配を確かに感じた。銀狼の体の中で力が沸騰するのが見えるようだった。ニコルがひっと息を飲み、フェリスタは嗤った。

「面白えじゃねえか……!」
「いいかげんになさい、ふたりとも」

 アンヌが割って入った。ふたりはそれでも、アンヌの体越しに睨み合った。

「どいてろよ、王妃さんよ」
『ケガをするぞ』
「あらそう? やれるものならやってご覧なさい。本当にもう、ふたりともヴェガスタの若い頃にそっくりだわ、このやんちゃ坊主ども」

 ――やっぱりヴェガスタにも似てるんだ。

 舞が感心するうちにもアンヌはグリーンリの頭をぺちんと叩き、振り返って、フェリスタの頭をぺちんと叩いた。痛くは無さそうだが、ふたりの毒気を抜くには十分だったようで、ふたりは奇妙に似通ったぽかんとした顔で頭に手(前足)を当てて抗議しようとした。

『「なにす――」』
「なにするんだじゃありません。今の状況がわかっているの? 喧嘩をしたいならどこかよその広々とした荒野を見つけて、そこで三日三晩でも好きなだけどつきあうといいわ。【最後の娘】のご迷惑にならないところでね! ほら、呆れていらっしゃるわよ」
「えっと」
「俺はこんなに血の気が多くはなかったぜ……?」

 ヴェガスタが言い、フィガスタとアンヌがとても呆れた顔をした。

「覚えてねえのか。フェリスタなんて可愛いもんだぜ」
「都合の悪いことは忘れるなんて、良くできた頭だこと。そもそもフィグ、あなただって似たようなものよ。こちらも良くできた頭だことね、本当にもう、草原の民ときたらどいつもこいつも血の気が多くて、頭がいいくせにその良さを喧嘩を売って回ることにばかり使うんだから。さ、参りましょう、【最後の娘】。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。フェリスタ、あなたが先頭にお立ちなさい。これ以上いろんな方面に喧嘩を売らないよう見張っていますからね」

 フェリスタは逆らわなかった。ニコルが拍手でもしたそうな感嘆しきった顔付きでアンヌを見ていた。舞も同感だった。アンヌの言葉はとてもきびきびして、聞く者に逆らう気など起こさせないきっぱりとした響きがあった。アスタ元侯爵婦人に似ている、と舞は思った。こういうところは、やはり母娘だ。

 一行がぞろぞろと歩きだしても、グリーンリはついてこなかった。舞が振り返ると、銀狼は言った。

『魔物が出れば始末する。歪みを使わない限り、魔物がお前たちを追うことはない。エスティエルティナ、世界の中枢に至る者、その守りを大切にしろ。歪みはお前に毒だ』

 そこまで言うと、銀狼は尻尾をぱたりと一度だけ振り、跳躍した。ひと跳びで路地に入って見えなくなった。ケガをしているとヴェガスタが言ったが、そのケガを感じさせないほど力に満ちた動きだった。

 ――歪みはお前に、毒?

 舞はしばらく銀狼の消えた方を見つめて考えた。

 ――完全体、初めて見た、どうして生きていられるのか、って、言ってた。

 どういうことだろう。ラインディアのアイオリーナの自室で歪みをくぐってもなんともなかった。体の具合の悪いところなんて、どこにもないのに。


     *


 銀狼が姫に何か言ったようだ。銀狼が消えてから少しの間、姫は銀狼のいた方を見たまま動かなかった。フェリスタを先頭にした一行は少し離れた場所にいる。

 ニコルは周囲をうかがった。王都アナカルディアへ来たのは生まれて初めてだったのだが、友人やバーサに自慢したいと思えるような場所ではなかった。あまりに寂れて閑散として、ほとんど無人のように思えた。わずかに残っている人間がいたとしても、戸や窓を厳重に閉ざした家の中にもぐりこんで息をひそめているような感じがする。

 アルガスも残って姫を待っていた。アルガスは何も言わない。周囲を見回す様子もない。ニコルは身じろぎをこらえた。アルガスが何も言わないのはいつものことなのに、なんだか今は少しだけ様子が違う気がした。どこが違うと言われても、よく分からないのだが、なんだか、声をかけてはいけないような。邪魔しては、いけないような気がする。

 姫が振り返り、ニコルとアルガスを見て、駆け寄って来た。ごめん、と言われて、ほっとした。

「何か、言われたんですか? 銀狼に」

 訊ねると彼女は首をかしげた。

「あれ、聞こえなかった? 魔物が王宮の敷地から出たら始末するから心配するなって、言ってくれてたみたいだけど……」
「そうなんですか? 全然聞こえなかったな。ねえ?」

 問うと、アルガスも頷いて、ニコルはさらにほっとした。周囲を拒絶しているように思えたのは、どうやら気のせいだったらしい。三人は並んで歩きだした。王都の夜は深く、寒々しくてひどく静かで、一刻も早く出たくてたまらなかった。

 先を行く一行が近づいて来る。王妃という人はニコルの母とは全然違うが、思っていたよりも親しみやすい。ヴェガスタというのはフェリスタとフィガスタの兄らしく、こちらはもっと親しみやすい。そしてニコルは内心だけで首をひねった。もうひとり、姫が約束したという召使いはどうしたのだろう。

「王妃と護衛隊長と……あの、シンディって人はどうしたんですか?」

 訊ねると姫が、少しだけ早口で答えた。

「あの……実家に帰ったんだって。王妃が、危険だからって、帰したんだって」
「そうですか」

 残念な気がした。せっかく迎えに行ったのに。危険なのは分かるけれど、でも、その危険をおして、姫は迎えに行ったのに。

「約束したんですよね。姫は守ったのにな」

 呟きに、それほど深い意味があったわけではない。
 けれどそれは、姫にはとても重い言葉だったらしかった。彼女は一瞬息を詰め、それから、さらに早口で答えた。

「いいんだ」

 ニコルは思わず姫を見下ろした。
 泣き出しそうな声に聞こえた。

「元気でいてくれるだけで、充分なんだから」
「……」
「遅くなっちゃった、から」

 姫は顔を歪めた。

「もっと早く――」

 その視線が一瞬だけアルガスを見て、そして足元に落ちた。悔やむような、何か恐れるような、震える声が聞こえた。

「もっと早く来てたら、間に合ったのかな……?」
「もっと早く来るなんて、無理だった」

 アルガスの声が答えた。いつもどおりの、低く落ち着いた声だった。

「仕方がなかった。【最後の娘】の地位を保ったままウルクディアを出るには将軍を待つしかなかったし、刺客の存在を無視して出発するのは危険すぎた。その後は出来る限りの速度でここまで来た。これ以上早く来るなんてどう頑張っても無理だった」
「そうかな、」
「王妃にとって、ひいてはエルギン王子にとって、【最後の娘】が迎えに行くということが重要なんだろう。あなたはひとりしかいない。一度にいくつもは無理だ」
「……そうですよ」

 ニコルはようやく重い口を動かした。あんなことを言ったことを心底後悔していた。よく分からないが、自分はどうやら決定的なことを言ってしまったらしかった。ああ、時間を巻き戻すことができればいいのに。

「王妃はお迎えできたんですし、危険もなく出て来ることができたんですから。心配してたんです、俺、もちろん王宮内に入った姫たちもですけど、町中にいる俺達もいつ見つかるかって、ひやひやしちゃいました。でもこの辺、ほとんど無人みたいですよね。王に従う兵なんてもうほとんどいないってことなのかな」
「いや、油断は禁物だ」

 フィガスタが振り返って言った。一行との距離はだいぶ縮まっていた。彼は歩を緩めてニコルの隣に並んだ。

「まだ大勢いるはずだ。どこにも出てないはずだぜ。兵を動かせば目立つから、この辺りをうろついてる草原の民の目に止まらねえわけねえからな。王子が出立して以降、王の近衛はほとんどみんな王宮内に閉じこもってるはずだ」
「そうなんですか」

 ニコルの感性から言えば、この期に及んで王にまだ付き従う兵が、それほどの数いるとは思えなかった。第一将軍が王を見限り、王妃も今こうして姫の、つまりエルギン王子の手を取って、王のもとを去ろうとしている。まだ残るという兵たちを縛っているのは何だろう。忠誠だろうか? 王を慕っていると? けれど長年各地で残虐の限りを尽くした王を、未だに慕う兵などどれほどいるのだろう。慕う兵がもしいるとしても、その気持ちがニコルにはさっぱり理解できない。

 だからニコルは、今こうして自分たちに追っ手もかからず、無事に出立することができるのも、王に従う兵がないか、いても王妃を見逃すつもりなのだろうと思った。なんらかの事情で王のもとを去ることはできない兵でも、もう王のために働くつもりはないということだと。そして本当に追っ手はかからなかった。その後数日続いたエスメラルダへの旅路は、馬車を加えたということもあって速度もかなり手加減され、ニコルには快適とさえ言えるほどだった。銀狼が王宮を包囲しているからか魔物の襲撃も一度もなく、ニコルは、王が交代する日が、姫とアンヌ王妃がエスメラルダに近づくのと同じ早さで、刻一刻と近づいて来るのを感じた。
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