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花の歌、剣の帰還 作者:天谷あきの

第二章 アスタ

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アスタ(1)

 【アスタ】にはお客が多い。
 そしてそのまま居着いてしまう者も少なくない。それが【契約の民】もしくは黒髪の娘なら、ほぼ例外なくそうなる。だから、【アスタ】を訪れた客は全員、既にいる娘たちの厳しい目にさらされる。それが若い娘ならなおさらだ。

 そこは一種の楽園のようなものだった。異なる環境で、異なる家柄で、異なる血筋で育ってきた者たち、普通ならば決して交わることがなかったはずのさまざまな人間が、外の身分とは全くかかわりなしに、同じ立場で同じ仕事をして生活している。世界中探しても、こんな場所は他にはないだろう。

 ここでなら大っぴらに髪を出して外を歩くことが出来る。華やかな大通りや芝居や演奏会や、豪勢な食事や異性をも交えた舞踏会といった、華々しいすべてのものとは無縁だったけれど、それでも、ここにいる娘たちは生活を楽しんでいた。周りは同じ年頃の、同じ境遇の娘ばかりだ。貴族も、富豪の家の出もいたが、【アスタ】で一番偉いロギオン=ジルベルトが一番質素な生活をしているということもあって、ほとんどみんな一週間もあればこの生活水準を受け入れる。ここでは家柄の力や身分など何の役にも立たないので、身分の差を気にして特定の子と交わらなかったりしたら、周囲全体から孤立してしまう。何よりここを追い出されたら命が危険だという危機感は輪を作り出すのに大いに効果があった。連帯感は友情を生み、この楽園をいつまでも守ろうという気持ちを育てる。だからこそ、新参者を見る目は厳しい。異端分子が紛れ込むと、生活がかき乱される。厳しい目は新参者のあらゆる要素にむけられる。外見や所作、ふるまい、話し方、視線の配り方、そして同行者――

「変な子だわ。動物飼うのはいいとして、でもどうして鴉なのよ」
「それに背が低いわねえ。アルガスとガルテに挟まれてると、なんか子どもみたいじゃないの」
「なんだか風変わりな子だわよね。十五、六歳ってところなのかな。この辺りじゃ見ない肌の色。どこの出身なんだろ」
「肌の色どころか、顔立ちもだわよ。目尻が吊り上がってて、口は小さいけど鼻は低めだし、なんだか平坦な顔」
「同行者ってあの鴉だけなの? このご時勢にこんな場所を一人で旅してたってわけ? 油断ならない感じだわ」

 茂みの陰で、小声ながらも容赦のない鋭さで交わされる批評を、ビアンカは面白く聞いていた。目はもちろん新しく到着した客人を見ている。みんなはああ言うけど結構綺麗な子だわよね、と頭の中だけで考えた。美醜というのは一つ一つの要素だけで決まるものではない、とビアンカは思っている。全体的な釣り合いで決まるのだ。当代一の美姫と言われたシルヴィア姫だって、鼻はそれほど高くない、と言われている。

 みんなが意地悪く粗探しをする理由は、ほとんどすべて、傍らにいた【用心棒】殿のためだろう。
 アルガス=グウェリンはビアンカの好みからは外れているので、ビアンカは平静だった。さりとて周囲の友達を軽蔑するような気持ちももちろんなかった。【アスタ】にはとにかく娯楽がないのだ。狭い世界だし、一歩でも外へ出たら王に捕らえられるかもしれないという圧力は大変なものだ。この重圧を感じつつも、それでも人生を楽しもうとするなら、色恋沙汰が一番だ。

 友達で、アルガス=グウェリンに憧れている子は多い。けれど本気で恋している子はいないだろうと思う。それは芝居を演ずる役者への思慕にとてもよく似ている。アルガスが好きなのではなく、自分の中で思い描いた『アルガス』が好きなのだ。ビアンカだって似たようなものだ。彼女も、新入りを連れてきたのがデクターだったなら、他の子たちの手前、新入りに厳しい批評を浴びせたに違いない。

 ――でも風変わりなのは間違いない。

 ビアンカは新入りの肩に乗る、真っ黒な鴉をじっと見た。ビアンカの感覚は鴉の外見は醜悪だと捉えていたが、それでも賢そうな鳥だ、とは思った。そしておとなしい。新入りの肩でさっきからずっと、お行儀よくしている。鳴き声ひとつあげようとしない。まるで縫いぐるみか置物のようだ。

 ――でもなんでよりによって鴉なんだろ。

 鷹とか鷲とかならまだ分かる。狩りに使うという話を聞いたことがある。鳩ならばもっと分かる。通信手段として広く使われているからだ。でも彼女がつれているのは鴉だ。見た瞬間に、多分ほとんどの人間が、嫌悪感を抱くのではないだろうか。

 ――しかも宝石つけてる。変なの。

 そう、その鴉は、革紐でしっかり結わえられた、親指の先程の大きさの、水晶みたいな宝石を首にかけているのだ。

 ――盗まれないようにという用心かしら。でもそれなら、隠しておいた方がもっといいのに。

 持ち前の好奇心を刺激される。どうしようもなくうずうずする。

「ロギオンさんはどういう判断を下すかしら」

 傍らで友達が言った。新入りは今ちょうど、村長の家に入って行くところだった。追い出してくれるのを期待しているような声音だったが、ビアンカは同意してはあげなかった。

「受け入れるに決まってるわ」
「うん、――そりゃそうなんだけどさ」

 彼女はビアンカが新入りを排除する気持ちになっていないことを察して、唇をとがらせた。

「なによもう、一人だけ涼しい顔しちゃってさ。あの子連れてきたのがデクターだったら良かったのに」
「うふ。ようやく秋がきたよー、待ってました秋よー、早く来ないかなデクター」

 歌うような抑揚をつけて言うと、そこに集まった娘たちがいっせいに笑った。

「はいはいビアンカ、夏中まだかなまだかなって指折り数えてたもんね。朝起きるたびに暑さに一喜一憂してさ、悪いけど聞き飽きたよ」
「この子最近お化粧してるのよね。夏中化粧どころか髪梳きだってサボってたくせに」
「ふふん、当たり前じゃない。もういつ来てもおかしくないんだからさ」

 最近は毎朝毎晩百回ずつくしけずっている縮れた黒髪をふわりとかき上げてやると、友人たちはさらに乗ってきた。

「ビアンカの趣味だからいいんだけどさ、でもあたしにはデクターってちょっと子供っぽすぎるのよね」
「そーそーそ、やっぱりアルガスくらい陰がないとね。左手の傷とかさー、いかにもって感じでさー」
「えーだってアルガスって全然喋らないんだもん。何考えてるかわかんなくって嫌なの。アルガスよりはガルテの方が好きよ」
「えええー!」

 さらに煽ってやると狙いどおり、そこにいる全員が食いついてきた。きゃあきゃあわあわあと口々に騒ぐ声を聞き流し、ビアンカは新入りの、鴉を連れた少女のことを思った。洗濯が済んだらおしゃべりしに行こうと決めた。友人たちが彼女への悪感情をお互いに育てあうのを、とりあえずはやめたことに満足して、彼女を受け入れて閉まったままの、村長の家を眺めた。
 ロギオンが新入りを拒むわけはないのだ。時間はたっぷりある。


   *


「女って、やつは……」

 思わずと言った風に、ガルテが呟いた。アルガスは何も聞いてない聞いてない俺は何も聞いてないんだ、と自分に言い聞かせるように目を閉じて沈黙していて、エルティナは先程から苦しげな顔をしていた。どうやらくすくす笑いを必死でかみ殺しているようだ。

 外の喧噪とは裏腹に、家の中は静かだった。
 そこは村長の家だという。シルヴィアの感性から言えば、家というより小屋に近い。村長という肩書の者が住むには驚くほど小さい建物だった。何しろひと間しかない。玄関、と言うにはあまりに素っ気ない戸を開けると中が丸見えだ。調度品も簡素、というか、ほとんど無い。壁は剥き出しで、窓辺には花どころか日よけすらなく、ある物と言えば大きな机と椅子と、来客用の長椅子だけだ。

 村長はロギオンという初老の男だった。髪には白髪が混じって、顔はしわ深い。若いころは吊り上がっていたに違いない細い目は、今ではしわによって奥に隠され、全体的に柔和な印象だ。

 中には三人と、ロギオンと、ロギオンの背後に控えた秘書らしい男がいたが、外の喧噪がすさまじく、皆毒気を抜かれた格好だった。特に名を出されているガルテとアルガスはいたたまれないだろう。

「中に筒抜けだって、教えてやった方がいいんじゃないですかね」

 苦笑しているロギオンに、ガルテが呻く。ロギオンは笑って首を振る。

「エルティナさん。どうかお気を悪くなさいませんよう。あの子達に悪気はないのでね」
「……はい」

 エルティナはなんとか平静な声を絞り出したが、語尾は明らかに笑っている。そこでさらに外の喧噪が「ええええーだってだってジェスタってー!」高まったので、ロギオンも笑った。喧噪が少し静まるのを待ってから、

「ガルテ、言っても無駄だ、というか。ビアンカは中に聞こえてることも分かっているだろうよ」
「そうだろうなあ……だからここに住みたくないんだ俺は……」
「しかしもうウルクディアには住めまい。無事に戻って来られてよかった、ガルテ。グウェリン、いつもありがとう」
「いえ」
「ガルテ、君の住まいは用意してある。手狭だが勘弁してくれ。ヘスタ、頼む」

 言葉に従って、今まで背後に控えていた、ロギオンよりさらに年上らしい、灰色の髪の男が進み出た。目が細く、ひょろりと背が高く、いかにも有能そうだ。

「ご案内いたしましょう。こちらへ。グウェリン、報酬は既に用意してあるから――」
「じゃあなエルティナ」

 ガルテはそう言い、アルガスは頷くようなしぐさを残し、ヘスタに連れられて戸口に向かった。しかし、戸を開ける寸前にヘスタが言った。
「さて、覚悟はいいかな」
「……頑張ります」
「夜が更けてあいつらが寝静まるまでここにいたいぜ俺……」

 ガルテの呻きには頓着せず、ヘスタが戸を開ける。一瞬の静寂の後、黄色い悲鳴と駆け散る足音が盛大にわき上がる。みんな一目散に逃げていったが、その中に一人だけ、中にちらりと視線を投げた娘がいた。縮れた黒髪が印象的な、目がくりくりした可愛い子だ。

 彼女はエルティナを見、一瞬、目をぱちりと閉じた。ウィンクのつもりだろう。エルティナの口元に笑みが上った。
 三人が出て扉が閉まり、静寂が落ちた小屋の中で、ロギオンが言った。

「エルティナさん、ここで居心地よく過ごそうと思うなら、ビアンカを頼るといい。――どの子かおわかりでしょうな? あとで引き合わせましょう」
「ありがとうございます」

 エルティナがにっこりと笑い、ロギオンも笑って、頷き――
 そして居住まいを正した。笑みが消え、しわ深い顔が威厳を含んだ。シルヴィアも思わず居住まいを正してしまった。これから真面目な話が始まるのだと、宣言されたような気がした。

「ようこそいらっしゃいました」

 ロギオンは立ち上がった。そして机を回ってエルティナの前に立ち、深々と礼をした。エルティナは軽く膝を曲げて受けた。

「歓迎を、そして感謝をいたします。わざわざのお越しを賜り、光栄でございます。道中困難なことはございませんでしたか。この辺りの土地、我らが故郷がどのような状況にあるか、ご覧いただけましたでしょうか」

 ――どういう、こと?
 シルヴィアは戸惑った。ひどく。
 ロギオンは貴族に対する正式な礼を取ったわけではなかった。
 でも物腰が、あまりにも、慇懃だった。貴族の子女にというよりは、もっと上の――そう、おじ様にでも対するような恭しさ。

 そしてエルティナも、恐縮するでも萎縮するでもなく、平然とその恭しさを受け入れる。

「拝見しました。お聞きしていた以上に……」
「【契約の民】、そして黒髪の娘。王の迫害は苛烈で、確かにむごいことだ。しかしそれよりもさらに深刻なのは税の高さです。かつて国の宝石と謳われたウルクディアの惨状をご覧になりましたでしょう。人々はあえぎ、身をひそめ、闊歩するのは兵士ばかり」
「数年前までは大通りに立ち並ぶ屋台が有名で、国中からそれを目当てに訪れる客であふれたとか」
「それはあまりにも遠い栄光となり果てました。人々は屋台を出すどころか、自分が食べるにも事欠く有様。我らが窮状に手をさしのべてくださったエルギン王太子殿下に、どうか、くれぐれも――お伝えいただきたい」

 ロギオンは再び、深々と頭を下げる。

「【花】も、そして【花】を支える【大地】も、第一王位継承者と【最初の娘】の御手を、喜んで取らせていただきたい、と」
「ありがたいお言葉です。王太子も、そして我が主も、安堵し、喜びます」

 エルティナは微笑んだ。
 このやりとりは一体なんだろうと、シルヴィアは呆然と見つめていた。一体、ここにいるのはエルティナだろうか? 違う人ではないだろうか? この微笑みを見ていると、先ほどまでのエルティナとは思えない。何の話をしているのかさっぱりわからない。否、王太子、はわかる。微妙な立場であるとは言え、現在でも正式な第一王位継承者はエルギン=スメルダ・アナカルシスのことだ。でも【最初の娘】(エルカテルミナ)とは、一体誰のことを指すのだろう――?

 エルティナの微笑みがあまりにも完璧で、シルヴィアは肌が逆立つような感触を覚えた。エルティナは自分とは、全く違う世界の住人だと思っていたのに。

 エルティナが浮かべる微笑みは、シルヴィアにとって、とても馴染みのあるものだった。
 アイオリーナが、ヒルヴェリン=ラインスターク将軍の嫡出の娘が、貴族のお歴々を相手にするときに見せる、完璧な微笑。内面を覗かせず、定められた道筋をたどり、定められた役を完璧にこなすときに見せる、ものだ。

 考え続けるうちに、ぞくりとした。
 話の核が急にズシリと胃に落ちて来たような感触。

 王太子と、謎の【最初の娘】。この二人の使者として、エルティナは【アスタ】に来た。【アスタ】はエルギン王子たちと手を取ることを決めた。

 ――それは王を。
 王を――
 ――王を退位させ、エルギン王子が王位を継承するために……だろうか。

 シルヴィアはエルティナの横顔を盗み見た。胸にわき上がるのはやはり、愛しいおじ様のことだった。おじ様はこのことをご存じなのだろうかと思うと、胸を締め付けられるほど不安だった。おじ様は今でもエリオット王の、剣であり、盾だ。エルギン王太子殿下がもし起ったら、おじ様は――
 ロギオンの声が低くなった。

「今夜には我が【大地】が到着するはずです。正式な話は、かの人を交えて、明朝改めて」
「――」

 エルティナが瞬きをした。完璧だった仮面がわずかにはずれた。

「女性……ですか」
「そうです。エルティナ――【最後の娘】(エスティエルティナ)、貴女と気が合われると思いますよ」

 ロギオンは言って、悪戯っぽく付け加えた。

「さぞかし、ね」
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