51A 勇者ナギサ
今回の話も別視点です。
僕の名前は、瀬川渚。
日本生まれ、日本育ちの高校生だ。
もっとも純粋な日本人かと訊かれると、答えに窮してしまう。
というのも僕の容姿は、一言で表すと金髪碧眼という類のモノであり、日本人らしいとは言い難いモノだからだ。
父も母も黒髪黒眼の純日本人風の容姿にも関わらず、なぜか僕だけが違う。
どうも、父方・母方それぞれの先祖に異国の血が混じっており、それが偶々色濃く出たのではないかという話だ。
その上、僕の顔立ちは中性的な造形をしているらしく、ナギサという男女の区別が付き辛い名前も影響し、女性と間違われる事も度々あった。
そのせいか男友達はロクに出来ず、女性からは容姿についてのやっかみの視線を浴びせられ、気が付けば僕は孤立していた。
そんな自身の現状に、いい加減に嫌気が差していたそんなある日の事だ。
僕は交通事故に遭った。
いや、より正確にいえば、今まさにトラックに轢かれようという寸前に、僕は眩い光に包まれ、気が付けば見知らぬ空間にいた。
そして今、そんな僕の前に、長い蒼髪をなびかせた麗しい女性が立っていた。
その左右で色彩の異なる瞳や、全身から漂う神秘的な雰囲気は、まさに女神と見紛う姿だった。
「あの……。ここはどこなんでしょうか?」
僕はそのあまりに美しい姿に気後れを感じつつも、目の前の女性へと尋ねる。
すると彼女は、華やかな笑顔を僕へと向けてきた。
その瞬間、思わずドクンと心臓が跳ねるのを僕は感じた。
「ようこそ、セガワナギサ様。ここは世界の狭間です」
どうして、僕の名前を知っているのだろう?
そう疑問に思いつつ、僕は呟く。
「あなたは一体……?」
「私は女神ステラルーシェと申します」
「女神?」
女神のような姿だとは思ったが、本当に女神様だとは……。
ただ、あのような優し気で神々しい笑みを見せられたせいか、不思議とその言葉を疑う気持ちは僕の中には存在しなかった。
むしろ、あれほどの美しさを前にしては、人間だと言われた方が逆に疑いを抱いたかもしれないくらいだ。
「実はナギサ様にお願いしたい事があるのです」
女神様がそう言って語り始めた話は、僕にとっても好都合だった。
纏めてしまえば異世界に勇者として出向き、女神様が管理する地域にある国を救って欲しいといった内容だ。
日本にはもう戻れないそうだが、女神様が助けてくれなければ僕はあのままトラックに轢かれて死んでいたみたいだし、日本での鬱屈とした生活にも大して未練は無い。
女神様が僕に与えてくれるという勇者としての能力は、非常に魅力的なモノであったし、それ以上に魅力的な女神様からの立ってのお願いだ。
僕の中に断る選択肢など存在しなかった。
「任せて下さい、女神様! 僕、頑張ります!」
僕は女神様の御心に沿えるよう、そうハキハキと答える。
……気が付けば、僕の心は女神様の虜になっていたのだった。
こうして僕は、異世界アムパトリに存在する星々の一つの中に存在する聖大陸イデアテューア、その北西に位置するルーシェリア帝国へと向かう事になったのだった。
◆
異世界アムパトリへとやって来た僕が降り立ったのは、ルーシェリア帝国の中心である帝都アステリア、その郊外にひっそりと佇む古い教会だった。
「まさか、これは……」
「信託は本当だったのか……?」
古びた聖堂の中心に立っている僕を取り囲んだ老若様々な男たちが、口々にそんな事を呟いていた。
そんな彼らに対し、僕は女神様に教わった通りの言葉を宣言する。
「敬虔なる信徒達よ! 僕は女神ステラルーシェ様より遣われし勇者ナギサだ!」
その言葉の効果は劇的だったようで、男たちから歓声が上がる。
「おお! 信託は本当じゃった!」
「女神様は我らを見捨ててはいなかったのだ!」
「勇者様、万歳!」
伝わってくる異様な熱気に思わずたじろいでしまうが、彼らはそんな事など気にした様子もない。
このような騒がしい雰囲気が苦手な僕は、只々辟易するのだった。
こうして勇者として迎え入れられた僕は、その後ルーシェリア帝国の皇帝アヒムと謁見する事になった。
城に連れてこられた僕を出迎えてくれたのは、僕と同じ年頃の見目麗しい少女だった。
「勇者ナギサ様ですね。始めまして、わたくしは皇女リーゼと申します」
海のように深い蒼髪の内側に、儚げな笑みを浮かべている。その姿がどこか女神様と重なるように僕には見えた。
そんなリーゼを前にして、僕は心臓の鼓動が若干早くなるのを感じる。
その後、謁見の前にいくつか彼女と会話を交わした僕は、気が付けば彼女に対し、かなりの好印象を抱いていた。
勿論、女神様に対するそれには遠く及ばないにせよ。
それからリーゼに先導されて、僕は謁見の間へと向かう事になった。
「ほう、其方が信託にあった勇者とやらか」
そんな声が奥の玉座から聞こえてくる。
そこには、左右に女性を侍らせた小太りの中年男性が存在した。
あんなのが皇帝なのか……。
その男がこちらへと向けてくるねっとりとした視線に、僕は嫌悪感を覚えずにはいられないかった。
「はい。ナギサと申します」
跪きながらそう答えつつ、横目で僕は周囲の様子を窺う。
この謁見の間にいるのは、僕と皇帝を除き、護衛の騎士を含めて皆女性ばかりだ。
……どれだけ女好きなのだろうか。
皇帝に対する嫌悪感が更に大きくなる。
と同時に、こんな人間が国のトップにいては、女神様の願いを果たせない事に気付く。
……そう考えた僕の行動は素早かった。
「騎士の皆さん! 黙って僕を見て下さい!」
僕は勢い良く立ち上がると、手を振って周囲の注目を集める。
「何をやっている、貴様!」
皇帝が僕の行動に対し、怒りの声をあげているが、そんなのは無視だ。
「ええい、こやつをひっ捕らえよ!」
皇帝がそう騎士達に命令を下すが、騎士達は誰一人動かない。
「ど、どうした!? 貴様ら、さっさと動かんか!」
皇帝がヒステリックな叫びを上げるが、誰一人として動きはしない。
「無駄ですよ。彼女達はもう僕の虜です」
女神様に頂いたギフトの一つ〈ルートテンプテーション〉を使用したのだ。
これは周囲の異性を魅了する事が出来る能力だ。
女性に対し苦手意識を持つ僕にとって、この能力は異世界で生きる為に非常に役立つ存在だ。
流石は女神様がくれた能力だと、僕は感謝の祈りを内心で捧げる。
このギフトの力によって既にこの場の人間は、皇帝を除き、全員が僕に魅了されている。
女性ばかりを傍に置く皇帝の好色さが仇となったのだ。
「さてと、皇帝陛下。あなたには死んで貰いますね」
僕は女神様に頂いたもう一つのギフト〈ファンタズマクリエイション〉を使う。
この能力は、僕の知識内に存在するあらゆる品を再現する力だ。
もっとも僕の知識に依存する為、想像力が足りなければ再現出来ないし、同時に複数の品を生み出す事は出来ない。
などなど制限は多いものの、応用力は非常に高く、こんな素晴らしい能力を与えてくれた女神様には感謝の言葉も無い。
僕はこの能力を使い、スタンガンを生み出した。
これを使い、外傷なくショック死させようと考えたのだ。
流石に表立って皇帝を殺すのはマズイ事くらい、僕も理解している。
「騎士の皆さん、ちゃんと抑えていてくださいね」
僕の言葉に従い、騎士達が皇帝の身体を床へと押し倒す。
「それっ」
スタンガンの出力を最大にし、皇帝の心臓目掛けて押し付ける。
「ぐへぇっ」
皇帝が体をビクンビクン震わせながら、そううめき声を上げる。
だがそんな声など無視して、ひたすら電流を浴びせ続ける。
「ぐぇぇぇっ……」
「あれっ? 中々シブトイですね」
皇帝はただうめき声を上げ続けるばかりで、中々死ぬ気配は無い。
スタンガンを落ち着けた先に、ただ焦げたような跡が出来るばかりだ。
「まったく、面倒をかけてくれますね。あっ、そうだ!」
僕はちょっとした妙案を思いつく。
今、手に持つスタンガンを消して、ナイフを新たに生み出す。
「よし、もう死んじゃって下さい!」
「ぐえっ」
ナイフを首元に突き刺すと、そこから血が噴き出し、すぐに皇帝は息絶えた。
「治癒」
血が滲んでいる傷口に、僕は治癒魔法を使用した。
殺した後に、傷口を塞いでしまえばいいと思ったのだ。
だが、僕の予想に反し、傷口には何の変化も無い。
あれ、なんで?
「ナギサ様。治癒魔法は、死人には効果はありません」
戸惑う僕の後ろから、そんな声が掛かる。
その声の主は、今さっき僕が殺した皇帝の娘であるリーゼであった。
一瞬、復讐でも考えているのか、と僕は身構えるが、〈ルートテンプテーション〉の力で魅了していることを思い出し、すぐに警戒を解く。
「リーゼ。これ、どうすればいいかな……?」
「ナギサ様、ご安心下さい。全てわたくしにお任せ下さい」
リーゼが僕を安心させるように、優し気な微笑みを向けてくる。
「ありがとう。頼んだよ、リーゼ」
その後、リーゼの言葉通り、皇帝アヒムの死は原因不明のショック死として扱われる事となり、この一件は闇に葬り去られたのだった。