46 アルの立場
俺が助けを求める声に応じて現場へと辿り着くと、そこには小さな犬を抱えて立ち竦むフィナの姿があった。
どうやら今回倒れていたのは人では無かったらしい。
まあ流石に、同じ日に3度も同じ場所に人が行き倒れるなんてことは無いよな。
「コウヤ様……。この子が草むらに倒れてて……。わたし、一体どうしたら……」
「ふむ、ちょっと見せてみろ」
そうやって俺は、犬へと顔を寄せる。
黒と銀の混じった美しい毛並みをしていおり、顔立ちは日本で以前に見た事があるミニチュアダックスフンドとよく似ていた。
……呼吸はちゃんとしているようだが、どうもかなりぐったりとしている。
「……なんだか痩せ細ってるし、単にお腹が減ってるだけじゃないのか? とりあえずウチに連れて帰ってから、ご飯を食べさせてみよう」
本来ならば、こうやって動物を安易に連れ帰るのは良くないのだろう。
だが、フィナが物凄く心配そうな眼で子犬を見つめていた為、そこに置いていけなんてとてもじゃないが言えなかったのだ。
……ふっ、情けない男だと笑うなら、笑うがいいさ……。ううっ。
その後、犬を孤児院へと連れ帰り、ネット通販で購入したペットフードを与えた。
すると、さっきまでぐったりしていた姿が嘘のように、ペットフードを貪り食ったかと思うと、そのまま犬はすやすやと寝入ってしまった。
ったく、人騒がせな奴め……。
これは後日の話だが、フィナや孤児院の子供たちに熱烈な説得を受け、彼らがきちんと面倒を見る事を条件に、結局その犬を孤児院で飼うことになったのだった。
◆
犬が眠ったのを確認してから、俺は最初の予定通りアルに会いに向かった。
「やぁ、コウヤか。こんな時間にどうしたんだい?」
アルの眼の下にはくまがくっきりと浮かび上がっている。
大分お疲れのようだ。
こんな状態のアルに、頼みごとをするのもちょっと気が引けるが、他に宛てがある訳でもない。
「すまないが、俺と一緒に来てくれないか? 会わせた奴がいるんだ」
「悪いけど、今は忙しくてね。……また今度にしてくれないかな?」
まあ、そう言われるのは予想していた。
俺はアルの傍へとソソソと近づき、周囲に漏れないよう彼の耳元で囁く。
「第2皇子が来ている」
「コウヤ……。どうして君はこう……」
俺の囁きに対し、アルは一瞬目を見開いた後、呆れた表情でそう呟いた。
「はぁ、分かったよ。案内してくれ」
◆
「エイミー嬢。なんて可憐なんだ。僕がこの動乱を収めた暁には、是非僕の妻となって欲しい」
「はぁ……。こんな時に一体何を言っているの、あなたは?」
アルを連れて戻ってきた孤児院では、なぜかトラバントがエイミーを口説いているという不思議な現場に出くわしてしまった。
「……おいおい。何をしているんだよ、皇子様……」
「なに、これほどに魅力的な女性と出会えた奇跡。それを活かさぬ方が男が廃るというモノだろう?」
「……この色ボケ皇子はほっといていいわ。それよりもコウヤ、後ろの人を紹介して頂戴?」
後ろを見れば、アルが一層疲れた表情をしている。
忙しい中わざわざ出向いてきたら、いきなり妙な現場を見せられてしまったのだ、仕方がない。
「ああ、そうだな。名はアルメヒ・ファレノ。ファレノ商会の長だ」
「ん? どうも見覚えがある顔だね?」
俺の紹介に対し、ずっとエイミーに向けていた視線をようやく動かしたと思ったら、トラバントが突然妙な事を言い出す。
「……まさか、覚えていらっしゃるとは」
「……どういうことだ?」
なんで皇子様と、商会の長が顔見知りなんだ?
「そこの彼は僕の記憶が確かなら、この街の領主の弟君だったはずだよ」
はぁ? アルは商人のはずだが、どういう事だ?
「その通りです、トラバント殿下。ですが、今の私は貴族の身分を捨てた身、どうか一商人としてお扱い下さい」
「アルって、貴族だったのか?」
妙に顔が広くて、権力を持ってるかと思えば、まさか領主の弟とは。
正直驚いたが、同時に得心もいった。
「元だよ、コウヤ。言った通り、今の僕は一介の商人さ」
「コウヤは、彼の立場を知らずに連れて来たようだが、結果としては大正解だったようだね。彼なら領主である兄とも楽にコンタクトを取れるだろう」
「……兄の助力を必要とされているのですか、殿下? そもそも、どうしてこのような場所に……」
「それはね―ー」
トラバントがアルに対して、以前俺達も聞いた彼の抱える事情を語る。
「なるほど。クーデターの件は承知しておりましたが、詳細が分からず兄も対応に困っていた所だったのです」
直前にシャドウウルフ襲撃という事件があったのも影響し、アルの兄である領主も、下手に動きかねていたそうだ。
「……それで、君の兄君は僕に力を貸してくれそうかな?」
「……兄に直接訊いてみなければ、ハッキリとはお答えできません。ですが、私見を述べさせて頂くなら恐らく大丈夫かと。兄は元々国王派の重鎮ですし、魔王国との付き合いも深いので、殿下の意向を無視することはまず無いかと」
「ふむ。ならば兄君との会談の用意を頼めるかな?」
「……畏まりました。お引き受けしましょう」
こうして俺達はアルの兄にしてこの街の領主である人物と対面することになった。