44 第2皇子
「コウヤ様、こっちです!」
フィナに案内されたのは、孤児院の敷地の外れだった。
どうやら以前にエイミーが倒れていた場所とほぼ同じ位置のようだった。
……この草むら、人が行き倒れやすいオーラか何か、出てるのか?
などと、あほな事を考えつつも、倒れている人物の様子を確認する。
今度はどうやら若い男性のようだ。
パッと見た感じ、多分俺とそう変わらない歳に見える。
全身のあちこちが裂けてボロボロになっている為分かりづらいが、服装自体はかなり上等な代物であり、どうやらかなり身分の高い人物だと推測できる。
……厄介事の匂いがプンプン漂ってくるぜ。
エイミーの件だけでも面倒なのに、これ以上余計な厄介事を抱えたくは無い。
いっそ見なかった事にして帰りたかったが、隣にいるフィナの手前それも難しい。
青年がちゃんと呼吸をしているのを確認した俺は、渋々ながらも孤児院へと運び込むことにする。
幸いにも、その青年はベッドに運び込んだ後、程なくして目を覚ました。
「こ、ここはどこだい……?」
耳を覆い隠す程の金髪を右腕でかき上げながら、青年がそう呟く。
その仕草が妙に様になっており、その事に理不尽とも言える苛立ちを俺は感じた。
「ここはアルストロメリアの街の孤児院だ」
「……アルストロメリア? そうか僕は……」
俺の答えに対し、何やら思案気な表情を浮かべる青年。
「目覚めたばかりで悪いが、何があったのか事情を聞かせてくれないか?」
正直、嫌な予感がするので、余り気乗りしないのだが、かと言って放置する訳にもいかない。
「ああ、そうだね……。まずは名乗らせて貰おうか。僕の名は、トラバント。トラバント・ステラシオンだ」
「ステラシオン!? あなたまさか王族の?」
俺が言葉を発する前に、隣のベッドで寝ていたエイミーがそう声を上げる。
「……これは驚いた。こんなところに君のような麗しい少女がいるとは……。お嬢さん、お名前は?」
トラバントが、エイミーへと顔を向けたまま、感動したように打ち震えている。
「……私の名はエイミーよ。それよりも、あなたは教国の第2皇子であっている?」
「ああ、そうだね。僕は正真正銘、神聖教国ステラシオンの第2皇子、トラバント・ステラシオンさ」
……どうやら俺の嫌な予感は見事に的中してしまったようだ。
何がどうなったら、王族なんてものが出てくる?
その下の貴族にすら俺はまだ会ったがないんだぞ?
「……で、その第2皇子様とやらが、どうしてあんな所で行き倒れていたんだ?」
「それには色々と事情があってね……。あんまり楽しい話じゃないけれど、それでも聞くかい?」
いや別に聞きたくはないんだが、隣のエイミーが「続きを早く!」と言わんかばりの鋭い視線を、さっきからこちらに送ってきているのだ。
「……ああ。聞かせてくれ」
「王都でクーデターが起きた話は知っているかな?」
「いや、初耳だ」
「じゃあ話はそこからだね」
トラバントの話によると、教会の幹部である枢機卿たちが、クーデターを起こしたのだそうだ。
枢機卿たちは、何をどうやったのか王城の守りたる近衛兵たちの半数以上の人員を掌握しており、国王を含む王族たちは為す術もなく捕らわれたそうだ。
そんな中で唯一トラバントだけが、追手を振り切りこの街まで命からがら逃げてきたそうだ。
「なるほど、それで王都の警戒が妙に厳重だったわけね……」
エイミーはルーシェリア帝国から逃げだした際、王都に一旦隠れる予定だったそうなのだが、封鎖されていた為にそれを断念し、この街へと向かったそうだ。追手を撒くのに時間を食った上に、予定よりも長い距離を移動する事になったせいで途中で食料が尽き、結果行き倒れることになったらしい。
「僕も似たような感じだね。着の身着のまま逃げ出して来たから、食料なんて持ち出せる訳もなく、このザマさ」
トラバントが顔を竦めつつそう言うが、その直後にギュルウッと腹の虫が二重奏を奏でた。
「……2人共、どうやらお腹が減っているようだな。まずは食事にしようか」
俺たちは3人連れ立って食堂へと移動することにした。
◆
「へぇ、広いし、綺麗な所ね」
「全くだね……。調度品なども、シンプルなデザインながら、明らかな質の良さが見て取れる。……本当にここは孤児院なのかい?」
「ああ。正確に言えば、孤児院兼俺の家だがな」
忘れがちだが、ここは俺の家でもあるのだ。
もともとその為に購入した訳だしな。
「まあそこで座って待っててくれ。適当に料理を作ってくるから。……言っとくが、王族向けの上品な料理は期待するなよ?」
ファーストコンタクトがアレだった為、皇子であるトラバントに対して、ぞんざいな対応になっている気がするが、本人が何も言ってこない以上、気にはすまい。
「ああ今は、この煩いのを黙らせることが出来れば、我儘は言わないさ」
トラバントが自身の腹を指差しつつ、そう笑う。
「私も粗食には慣れてるから、気遣いは無用よ」
エイミーの方も特に問題なさそうなので、俺は調理に移ることにする。
今回作るのは、冷凍うどんをレンジで解凍したものを、ほうれん草と卵と豚肉と一緒に炒めた俺の得意料理だ。
味付けには、中華系の万能調味料とめんつゆを用いる。
うどんベースなので比較的消化にもいいし、冷蔵庫にある材料だけで作れるので、丁度良かったのだ。
簡単に作れるので、時間が無い時などにたまに作っている。
「ほら、出来たぞ」
俺は、出来上がった料理を皿へと適当に盛り付けて、2人へと配る。
「ふーむ……。この白くて長いものは、一体何だい?」
「初めて見る食べ物ね……」
「まあ、見た目はちょっと変わっているかもだが、別に不味くはないと思うぞ?」
特に調べた訳ではないが、うどんはこの世界には無さそうな感じなので、彼らが驚くのも無理はないかもしれない。
仕方なしに俺は毒見代わりに、自分の皿の料理を食べて見せる。
「……お腹の減りも限界だし、頂くとするわ」
俺のその様子を見てか、続いてエイミーも料理へと口を付ける。
「へぇ……。美味しいわね、これ? もっちりとした食感がちょっと癖になりそうだわ」
一口食べてそう言った後、美味しそうに食事を続けるエイミーを見て、トラバントも興味が湧いたらしく食事に手をつける。
「ふむ……。これは凄い料理だね。いくつものスパイスの味が複雑に絡み合い、絶妙な味わいを引き出している。これは長い試行錯誤の果てに辿り着ける至高の味だ。一体どうやってこの短時間で、これ程の味を練り上げたんだい?」
トラバントが一口食べた後、感動も露わにそのような事を尋ねてくる。
……出来合いの調味料を使用しただけなんて、とてもじゃないが言えない雰囲気だ。
この世界では、いくつものスパイスを配合した、複雑な味わいの調味料などまだ市場には出回ってはいない。
大陸中から色々な種類の調味料を掻き集めて、研究すれば再現出来なくもないのだろうが、本来、極短時間で作り上げれるような味ではないのだ。
そう考えると、トラバントが驚くのも無理はないのかも知れない。
「まあ、そこは秘伝の技という事で」
馬鹿正直に答えて、更なる疑問の声を呼ぶのも面倒なので、適当に流しておくことにする。
「むぅぅ。まあ、そうだろうね。秘伝の味の秘密を聞き出すような真似をして悪かったよ」
「別に気にしちゃいないさ。……そろそろ、お腹も一杯になったようだし、話の続きに戻ろうか」
腹の虫も静かになり、2人もようやく一息つけたようだ。
そうして、改めて俺はトラバントの事情を聞くことになった。