43 波乱の幕開け
孤児院の敷地で意識を失って倒れていた少女を見つけた俺は、彼女を孤児院のベッドへと寝かせる。
やがて目が覚めたその少女の口から語られたのは、正直聞きたくなかった類の話であった。
「どうしてあんな所に倒れていたんだ?」
「それは……」
少女が視線を彷徨わせて、回答に困るような素振りを見せる。
「いや、すまない。ちょっと性急に過ぎたな。まずは互いに自己紹介をしようか。俺はコウヤ。この街で商人みたいな事をやっている」
「私の名前は、エイミー。種族はヴァンパイアよ。コウヤ、助けて貰ったこと感謝するわ」
「見つけたのは別の子達だ。その子らに後で礼を言っておくといい」
「分かったわ」
ヴァンパイアとは、魔族というカテゴリーの中に存在する1種族だ。
東にある魔王国ビフレストの王族も確か、同じ種族だったはずだ。
あの国は住民の大半が魔族であり、ヒューマン中心の他3国とは政治形態などが大きく異なる。
「しかしヴァンパイアとなると、君はビフレストの住民なのか? それが何故この街に?」
アルストロメリアの街は、国の中心からやや南東の位置にある為、魔王国ビフレストとの国境はどちらかと言えば近いと言える。
だが、それでもそれなりに距離があるし、ビフレストの住民はそもそも他国にほとんど出たがらない。
実際俺もこの街で魔族だとをハッキリと認識したのは、エイミーが初めてだ。
まあ魔族と言っても、エイミーのようなヴァンパイアなどのように外見はヒューマンと変わらない種族もいる為、俺が認識していないだけの可能性が高いが。
ヒューマンと魔族では明らかに魔力の質が異なるらしいのだが、今の俺は魔力が馬鹿みたいに多すぎて、他人の魔力に対して鈍感になっている為、かなり意識しないとその違いを感じ取るのは難しい。
「……それを答える前に、一つだけ確認させて貰っていいかしら?」
「ん? 何をだ?」
これは言うまでも無い事だが、俺がこの少女と出会ったのはこれが初めてだ。
肩に掛かる程の長さのサラサラの銀髪に整った造形の顔立ち。
これ程印象的ならば、もし会った事があれば記憶に残らない筈がない。
にも関わらず、俺の事を知っているような口ぶりでそう言う少女の態度を訝しむ。
「あなた、勇者よね?」
その言葉に俺の心臓がドクンと跳ねる。
心当たりは多いにあった。
というか女神様に俺は勇者としてこの国に送り込まれたのだ。
もっともそれはきっぱりと断ったはずだが……。
「ふむ、俺には何の話かさっぱり――」
「――隠しても分かるわ。私は他の勇者を見た事があるし、何よりあなたの魔力の質は、この世界の人間とは明らかに異なるもの」
ふむ。量の異常さについては、自覚があったが、質も違うのか……。
エイミーの瞳には、確信の色が鮮明に浮かんでいる。
俺の口下手ぶりでは、ごまかすのは難しそうだ。
「まあ勇者に近い存在だと、言えなくもないかもしれないな……」
俺自身はその事実を認めるつもりは無いので、無駄な足掻きだと思いつつもそう答える。
「……どういうこと?」
「一応勇者としてこの国に送り込まれはしたが、俺自身はその事実を認めてはいない」
「ふぅん。まあいいわ。ともかく、あなたが女神ステラシオンが遣わした人間なのは間違いないわけね」
「まあそうなるな。で、それを確認して一体どうしたいんだ?」
エイミーから敵意や悪意の類は特に感じられない。
勇者抹殺の為の暗殺者という線は無さそうだ。
「私はね、魔王国からの密偵として、ルーシェリア帝国の王都アステリアに潜入していたの。ねぇ、帝国に召喚された3勇者の話は知っている?」
「まあ、そんな奴らがいるらしいって話は、女神様から聞いた気がするな……」
女神様――ステラシオンが何やらごちゃごちゃ言っていた記憶があるが、正直あまり覚えてはいない。
「確かステラシオンの姉であるステラルーシェとかいう女神が、召喚した連中とか言っていたような……」
「その通りよ。私も調査している内にその事実を知ったわ。そして今、彼らの力を利用してルーシェリア帝国が大陸制覇に乗り出すべく、動き出そうとしているのよ」
そう言えば、そんな話も聞いた記憶がある。
同時に俺にそれを食い止めて欲しい、みたいな事を女神様が言っていたのを思い出す。
「その勇者たちってのは、そんなにヤバい能力を持っているのか?」
たしか彼らも俺同様にステラルーシェからギフトを授けられていた筈だ。
俺が貰ったギフトの中にも、悪用すればかなりヤバい事が出来そうな能力がいくつかある。
その勇者たちが貰ったギフトの種類次第では、結構面倒なことになりそうだ。
「……具体的な能力が何かまでは、まだ調査出来ていないわ。ただ一つ言えるのは、あの性悪女神を通じて召喚されたっていうだけで、ロクでもない連中なのは間違いないってことよ。そして現在のルーシェリア帝国は、その勇者たちを中心に纏まりつつあるわ。反対派は既に一掃されて、ね」
エイミーの口振りから察するに、女神ステラルーシェも性格が悪そうだ。
姉妹揃ってロクでもない連中だな。
「話が逸れたわね……。私がお願いしたいのは、同じ勇者であるあなたに、連中を倒して欲しいってことよ。彼らを止めないと、このままだと大陸中が大混乱に陥るわ」
「だが断る」
「……即答したわね。ちなみにどうしてか理由を聞いてもいい?」
俺の答えに若干たじろぎつつも、尚もエイミーは俺に詰め寄る。
「いやだって、……面倒じゃん?」
「面倒って、あなたねぇ……。ほっとけば奴らはまずこの国を……。いえ、こんな話をしても、あなたには通じ無さそうね」
「理解が早くて助かるよ」
国の存亡については、まずこの国の上層部が考えて対策すべき事だ。
いよいよヤバいとなれば、俺も出方を考えるが、現状ではまだ動くつもりは無い。
「そうね……。だったら私の身体を好きにしてもいいっていうのはどう? こう見えても、私はまだ処女よ?」
わざわざ付け足さなくても、別にビッチには見えないから安心してくれ。
「うぅむ……。魅力的な提案だが、残念ながら却下だな。まあ、そのなんだ、そう言うのは、その、お互い好き合ってないとな……」
言いつつも何だか気恥ずかしくなってくる。
こんな事言わせんなよ!
内心で俺はそんな身勝手な文句を、エイミーにぶつける。
「意外に純情なのね……。お金で動くタイプでも無さそうだし……」
それはちょっと俺を買い被りすぎだな。
金が無い状況なら、俺はきっと容易に釣られたと思う。
まあ今は金に困ってないから、間違いって訳でもないけどな。
「そうね、この世界に来たばかりなんだったら、情報が欲しいんじゃない? これでも私結構物知りなのよ。例えばそうね、あなたと同じ転生者の話とか……」
「ふむぅ。確かに興味はあるな。だが、それだけじゃ――」
「そう言えば、少し前に会った転生者の人、歳こそ大分上だけど、なんだかあなたと雰囲気が似ていた気がするわね。名前も似たような響きだし。たしか、ビャクヤって――」
ビャクヤだと!?
どうしてあのくそ爺の名前が出てくる!
「エイミー! その話、詳しく聞かせてくれ!」
思わず食いついてしまった俺に対し、エイミーがニヤリと笑みを形作る。
「へぇ。この情報には、どうやらあなたを動かせるだけの価値があるみたいね」
くそっ、失敗した。
馬鹿か俺は……。
「で、どうする? その転生者の詳しい情報が知りたいなら、まず私に協力して頂戴。ちなみに言っておくけど、あのビャクヤって転生者の事、この国の人はまず誰も知らないわよ。どうも人里から隠れて暮らしてるみたいだしね」
多分それは本当だろう。あの爺が表立って行動していれば、間違いなくすぐにその噂は広まる。
それぐらいに目立つ人間なのだ、あの爺は。
もっともそれは、その転生者が本当に俺の知っている爺なのだとすればの話だが。
ただ、俺はなんとなくだがそれが本物の爺だろうと考えていた。
根拠は、ハッキリとは言えないのだが……。
「はぁ、分かったよ。とりあえず、前向きに協力する方向で動くことにするよ。ただ、勇者とやらを倒す確約は出来ない」
俺はその勇者3人の、人となりを知らない。
そんな相手をいきなり殺す約束などは、流石に出来ないのだ。
「いいわよ。勇者たちが話の通じる相手なら、それに越したことは無い訳だし、特に依存は無いわ」
「で、具体的なプランは考えてあるのか? 流石に一人で隣国まで乗り込んで暗殺、なんて真似はお断りだぞ?」
「ええ、勿論。まずは――」
エイミーがそう言いかけた所で、それを遮る声が聞こえてくる。
「コ、コウヤ様! ひ、人が倒れていますっ!」
フィナが、朝と同じ様な台詞を叫んでいた。
「またか……」
1日で2人も行き倒れなんて、どういう偶然だ。
などと内心で思いつつも、エイミーにベッドで休んでいるように指示を出す。
それからフィナの案内にしたがい、倒れている人の元へと俺は向かったのだった。