38 新・孤児院のお披露目
ブランニュイ事務所と斉藤さんの力を借りて、ついに孤児院の新建屋が完成した。
その外観についてフィナに微妙な反応を示されたのが若干悔しかった俺は、彼女に対しその凄さを喧伝すべく、内部の案内をすることにした。
一応、中の安全確認も兼ねているので、まずは2人でだ。
「うわぁ、中はピカピカですねっ」
フィナの言葉通り、真新しい床や壁は輝いて見える。
まあ新築だし、それは当然の事ではあるのだが。
「とりあえず1階からだな。まずは食堂の方でも見てみるか」
とはいえ、まだテーブルなどの手配がされていないため、何もない広い空間がそこにはあった。
だが、奥には俺が力を注いだキッチンが存在している。
「ここが食堂ですか? わぁ、キッチンが凄く広いですねっ!」
そうだろう。そうだろう。
「フィナ、ちょっとこのレバーを上にあげてみてくれ」
蛇口のレバー部分を俺が指で示す。
フィナが首を傾げながら俺の言った通りにする。
「わ、わぁ! 凄いです、コウヤ様! 水が出てきました! ……あれ、これどうやって止めるんですか!?」
「レバーを元に戻せばいいよ」
「あ、止まりました。凄いですねー。こんなの始めて見ましたよっ」
フィナが蛇口から水を出したり止めたりを繰り返しながら、はしゃいでいる。
苦労して水道を設置した甲斐があったというモノだ。
これまで水の調達手段は、近くの古びた井戸から汲むか、ネット通販でペットボトルを購入するか、魔法で生み出すかのいずれかだった。
井戸から水を汲むのは大変だし、それ以外の方法は俺がいないと無理だ。
しかしこの新建屋には水道を設置したことで、その問題をある程度解消することが出来た。
ちなみに水の供給源は、屋上に設置した大型貯水タンクだ。水源には雨水を浄水して利用している。
雨量の情報がハッキリしなかった為、水が足りなくなる可能性もあるが、そこは俺が魔法で補給する予定だ。
後々には、井戸から水を引くように改造する予定もある。
それから更に俺はこのシステムキッチンの凄さをフィナに語ったのだが、そちらは余りピンと来なかったらしい。
まあ良く考えれば、収納がどうとか、作業性がどうとか言われても、実際に扱ってみないと良く分からないよな。
「じゃあ次は大浴場だ!」
気を取り直して次は、フィナを大浴場へと案内する事にした。
そこにはタイル張りの広い空間が広がっており、その奥には巨大な浴槽が存在した。
「わぁ、なんだかお風呂屋さんみたいに広いですね!」
孤児院にお風呂を設置するまでは、良く街の中心街にある公衆浴場へと出向き汗を流していた。
ただ広さこそそう変わらないが、あそこは利用客が多いこともあり、ゆっくりとお湯に浸かる事は出来なかった。
「ここなら、湯船にゆっくり浸かることも出来るぞ?」
「ホントですか!? 凄く気持ちよさそう……」
足を延ばしのんびりとお湯に浸かる自分の姿でも想像したのか、フィナは恍惚とした表情を浮かべている。
まだまだ自慢したいことは沢山あったが、一応本題は建物内部のチェックだ。
次の場所へと向かうことにする。
リビングやトレーニングルームなどは、まだ家具を搬入していないため、不具合がないかだけのチェックをして今度は上の階へと向かう。
2階は男性用、3階は女性用の居住スペースだ。
客間用の一人部屋がいくつかある以外は、2人部屋ばかりがズラッと並んでいる。
孤児全員分の個室を準備することも可能だったのだが、あまり贅沢をさせ過ぎるのも教育に良くないと考えこのようになった。
空き部屋はかなり多めに準備したので、今後孤児院の人数が増えても、ある程度は対応可能だ。
「綺麗な部屋ばかりですねっ。孤児院の皆はここに住むんですか?」
「……フィナ、明日からお前もここで皆と一緒に暮らすんだ」
これまでは、俺とフィナはいつも隣り合わせの布団で寝ていた。
この新建屋には、俺用の部屋も勿論準備してある。
なので今まで同様、フィナはそこで俺と一緒に暮らすのだと思っていたのだろう。
「えっ、コウヤ様……。それはどういう……?」
俺の言葉にフィナが目をパチクリとさせている。
「ティアナたちから聞いたよ。3人は冒険者に成るんだってな」
ファレノ商会との取引の際に、フィナ達はブルーローズの面々とかなり親しくなったようだ。
どうやら色々と話を聞いて、ティアナ達、孤児院の年長組の3人は、冒険者を目指すことにしたらしい。
冒険者という危険な職業に就く事に対して、思う事が無い訳でもないが、折角自立しようとしている彼らの邪魔をする権利は俺には無い。
既にブルーローズの面々から、護衛の空き時間などに指導を受けているそうだ。
彼らもつくづく御人好しな連中だなと思う。お礼にまた何か御馳走でもしないとな。
「で、フィナ、お前はどうするんだ?」
ブルーローズの面々と同じ様に接していたフィナもまた、彼らと同じ考えに至っても別におかしな話ではない。
事実、年長組の3人から聞いた話だと、フィナも冒険者という職業にかなり興味を示していたらしい。
「わたしはコウヤ様の奴隷ですから……」
「それは理由にはならない。明日からはフィナは奴隷じゃなくなるんだからな」
魔法具である首輪の取り外しに、それなりの料金を取られるが、今の俺の懐事情を考えれば痛くもなんともない額だ。
ファレノ商会との取引を出来る人間が居なくなるのは少々痛いが、人を別に雇うなり、孤児院の子供たちを教育するなり、方法はいくらでもある。
そもそも、もっと以前からフィナには奴隷解放の打診はしていたのだ。ただ、フィナに強硬に拒まれていただけで。
「コウヤ様……、わたしを捨てるのですか……?」
瞳を潤ませながらフィナが俺を見つめてくる。
「別にそんな意味じゃない。ただ、やりたいことが見つかったのなら、それをやって欲しいと思っただけだよ」
「わたしの一番やりたい事は、コウヤ様の傍で働くことですっ!」
フィナが間髪入れずそう叫ぶ。
彼女が俺に対し、こんな強い言葉を吐いたのは初めてかもしれない。
「……そうか、ありがとう。その気持ちは凄く嬉しい。ただそれでも、明日奴隷から解放するのは決定事項だ」
身勝手なことだと思うが、やはり元日本人である俺には、奴隷なんていう制度には馴染めなかった。
それに最近のフィナは栄養が足りたせいもあってか、ぐんぐん成長してきている。
そんな彼女に首輪をつけて侍らせるなんて、俺の精神に色々な意味でダメージが大きかったのだ。
とはいえ、一度買った責任は果たすつもりだ。フィナが自立できるようになるまで、きちんと面倒は見る。
「そんな……」
フィナが表情が絶望色に染まっているが、俺は心を鬼にして言葉紡ぐ。
「フィナ、一度じっくり考えてくれ。奴隷で無くなった後に自分が何をやりたいのかを。……なるべく俺も手伝うつもりだ」
その後、各部屋のチェックを済ませ、新建屋を後にする。
その間、俺とフィナの間には静寂が横たわっていた。