37 新・孤児院完成
シャドウウルフの1件で俄かに騒がしかったアルストロメリアの街も、大分落ち着きを取り戻しつつあった。
あの日以降、俺は冒険者として活動することも無く、日々、孤児院の新建屋を建築する為の活動を続けていた。
既に斉藤さんと何度もメールやネット通話を通じてやり取りを繰り返し、俺の理想とする孤児院像を伝えていた。
と同時に、それを実際に建設する為に必要な情報各種を集めそれを連絡していた。
それらやり取りを通じ、新しい孤児院の設計がつい先日ようやく固まったのだ。
俺の当初の予定としては、古い孤児院を一度取り壊してから建て替える予定だったのだが、
「それだけ土地が余っているのでしたら、わざわざ取り壊さずとも、空いた場所に新しく建てればいいのでは?」
斉藤さんの言う通り、孤児院の敷地にはもう2つ3つ建屋を建てれるだけの余裕が存在した。
特に否定する理由も無かったので、斉藤さんの提案に乗ることにした。
仮に古い建屋を取り壊した上に新しい建屋を建てる場合、その地盤の調査や新建屋建築までの孤児達の住む場所の確保など、問題も多かったので助かったと言える。
それに取り壊してからの建築だと、手間が増える為、工期が大分伸びただろうしな。
それからは、日本での建築資材調達の準備が整うまでの間、必要な基礎工事を進めていた。
「メールで指示したサイズの穴を出来るだけ正確に掘って下さい。ここでの誤差が大きいと後の作業に影響が出ますので、慎重にお願いしますね」
建屋の基礎についてだが、事前に指示されたサイズの穴を土魔法を使い掘っていた。
ここが一番肝心な所らしく、何度も確認を繰り返しつつ慎重に作業を進めて行った。
それと同時に念のために現場の写真や動画などを送り、斉藤さんにチェックして貰っていた。
それらの作業に1月ほど費やしただろうか、斉藤さんの方からも建築資材の準備が完了したという連絡があり、ついに新建屋の建築を行うことになった。
当日の作業の流れは、こんな感じだ。
まず日本で予め造られた基礎を、いくつかのブロックに分けて配管などと纏めて俺が掘った穴へと転送するそうだ。
ブロックの接続などのチェックを挟みつつ、基礎が完成すれば次は建屋だ。
建屋部分もやり方は基礎とそう変わらない。
建屋自体をいくつかのブロック毎に分けて事前に造っておき、それを適切な配置に転送して建物として組み上げるそうだ。
「組み上げる途中でズレたりする心配はないんですか?」
「その辺はそちらにもチェックをお願いしますが、そう心配する必要はありませんよ。慣れればクレーンで組み立てるより簡単なくらいです」
ど素人の俺には良く分からないが、そんなモノなのだろうか?
というか口ぶりからするに、本当に異世界での建築に慣れているようだ。
……一体どこでそんな経験を積んだんだろうな?
そして、迎えた当日の朝。
俺はヘッドセットをスマホに差し込み、斉藤さんとのネット通話を繋ぎっぱなしにしている。
斉藤さんに言われるままに準備を進め、今日という日を迎えたのだが、果たして本当に建てることが出来るのか?
今更ながらに不安が胸の内から湧き上がってくる。
「まずは深呼吸をどうぞ。そんなに難しい指示は出しませんから、リラックスして下さい」
俺のそんな内心を見抜いたのか、俺を安心させるよう斉藤さんがそう言う。
「南宮さんにお願いするのは、作業がちゃんと進捗しているかの確認だけです。なので基本は、現場の映像を送ってくれるだけで結構です。必要があれば別途指示を出しますから」
「……了解です」
斉藤さんの言葉を聞いて、緊張が大分解けてきた。
そして斉藤さんが言った言葉も、俺を安心させる為の虚言ではなく、単なる事実だったことが分かった。
「……ふむ。基礎の方は問題無さそうですね。計算通りです」
僅か2時間足らずで基礎の工事は終わり、続いて建屋の工事へと移った。
組み上げられた基礎の上に、次々とブロックが積み上がっていく。
何より驚いたことが、積み上がる際にほとんど音が発生しないことだ。
各ブロックの転送位置に3次元座標でのズレが、ほぼ無いらしい。
途中何度かブロック間のズレがないかのチェックを挟みつつ、結局僅か3時間程で建屋も完成した。
予想よりかなり早い仕上がりに、正直俺は驚きを隠せないでいた。
「ふふ。我々も中々やるものでしょう? 今後もブランニュイ設計事務所を宜しくお願いしますね」
斉藤さんにしては珍しい感情の籠った声でそう言う。
「ええ。本当にびっくりしました。設計事務所なのに、資材の調達から実際の建築工事までやっていることも含めて」
「……まあうちも色々あるんですよ」
そんな感じで、孤児院の新建屋はあっさりと完成した。
まあ準備はかなりの手間が掛かっているので、簡単にとは言えないが。
「コウヤ様、もしかして、もう完成したのですか?」
遠くから様子を窺っていたのだろう。
完成から程なくして、フィナがこちらへとやって来た。
「どうだ、フィナ。これが新孤児院だ! 凄いだろう!」
「そ、そうですね……。さ、流石です、コウヤ様!」
フィナが若干引き攣った顔で、そう褒めてくれる。
俺のすることは大抵曇りない笑顔で褒め称えてくれるフィナにしては珍しい態度だ。
まあフィナの言いたいことは、俺にも分かってはいるのだ。
正直この新孤児院、内部の機能性にばかりこだわった結果、見た目のデザインがイマイチなのだ。
いやもっと端的にいうと、単純にダサい。
真っ白な壁に、四角の箱型の建物は、この世界の建物の常識的な形状からすれば明らかに浮いているのだ。
だがそれでも、俺は機能性に拘ったのだ。
後悔はしていない。していないのだ。