34 アルストロメリア防衛戦
魔の森で突如発生した、ユニークモンスター"シャドウウルフ"とそれに率いられた魔物の群れを倒すべく、討伐隊がアルストロメリアの街から出発した。
その様子を俺は街の南門側に敷かれた防衛戦の後方で見守っていた。
冒険者の中でも底辺の存在であるノービスランクの俺には、大した役割は与えられていない。
前線で戦う冒険者の補助が主な仕事だ。
まあ今回の依頼に何か騙し打ちを受けたような気分を感じており、正直やる気が無かったので好都合とも言える。
「おい、魔物の群れがこっちにやって来たぞ!」
それから程なくして、魔物の一群がこちらへと向かってきた。
シャドウウルフらしき巨体は見当たらないので、群れの本隊ではないようだが、それでもこちらの冒険者よりも数が多い。
大丈夫か?
などと、他人事のように戦いの様子を見守っていたが、その心配はどうやら杞憂だったらしい。
防衛戦の先頭に立った冒険者たちが、魔物の群れをガンガン蹴散らしている。
その中心となっているのは、間違いなくブルーローズの面々だった。
どうやら彼女達は、俺の依頼を受ける前からビショップランク昇格目前だったらしく、つい先日昇格試験を突破し全員がビショップランクになったそうだ。
元々兼ね備えていた実力に加え、実験ついでに飲んでもらった栄養ドリンクによる力の上乗せもあり、彼らはルークランク冒険者にも劣らない実力を手に入れたようだ。
この様子なら、俺の仕事も無さそうだ、などとゆったりと事態を見守っていたのだが、徐々に雲行きが怪しくなっていく。
というのも、魔物の数が一向に減らないのだ。
かなりの数の魔物を倒しているのは、ずっと観察していたのでまず間違いない。
にも関わらず周辺の転がっている魔物からの戦利品の数が妙に少ないのだ。
動物型やら鳥型やら、はたまたドラゴン型まで幅広い種類が存在するにも関わらず、奴らが魔物と一括りにされて呼ばれるのは、ある共通点が存在するからだ。
それは止めを刺すと死体が残らず、その変わりにドロップアイテムを落とすという特徴を持つという点だ。
逆に言えば、そう言った特徴を持つ存在のことを魔物と呼ぶ、と言い換えることも出来る。
死体が残らず、かと言ってドロップアイテムもなく、それでいて押し寄せる魔物の数は減らない。
これは一体どういう事なのか?
それに、討伐隊が出発してもう長い時間が経つ。
そろそろシャドウウルフ討伐の報告があってもいい頃なのだが……。
そう不可解に思っているうちに、気が付けば防衛線に変化が起きていた。
「くそっ! どうして数が減らない!」
「討伐隊はまだ戻らないのか!」
「グ、グスタフさんっ! 大丈夫っすか!」
「へっ、この程度。なんてこたぁないぜ!」
冒険者達の叫びがいくつも飛び交っている混沌の最中、ついに防衛戦の一部が押され始めたのだ。
もう何時間も戦闘を続けているのだ、疲労もかなりのモノだろう。
負傷者も増え始め、後方もかなり慌ただしくなってきた。
負傷者の治療などを手伝いつつ、俺は考える。
悩んだ末、女神様に貰ったギフトの一つ〈千里把握〉の力を使うことにした。
このギフトの効果は、千里以内の範囲の状況を、魔力や温度など様々な観点から探ることが出来る。
更に特定の場所の様子を、ビデオカメラで撮影したように脳内モニターに映し出すことも可能だ。
しかし、この能力を発動するに辺り、ある問題が存在した。
実の所、現在の俺は所持しているギフトの多くを使えない状態にある。
より正確に言えば、使えない訳ではなく、マトモに扱えないというべきか。
その原因は〈超魔力〉のギフトにある。
このギフト、その名の通り俺の魔力をアホみたいに増やしてくれる効果があるのだが、そのあまりに膨大な量のせいで、魔力の制御が難しくなってしまったのだ。
魔力の出力制御というのは、どうしてもその本人の持つ魔力量に引っ張られる。
例えば、千の魔力を持つ魔導師ならば、百の魔力を使う魔法を特に苦も無く発動できるが、十万の魔力を持つ魔導師の場合、百の魔力を使う魔法を使おうとしても、二百の魔力が引き出されるといった具合だ。
俺の場合はそれに加えて更に〈魔力節約術〉というギフトまで所持していたので、更に大変なことになった。
このギフト、言ってしまえば百の魔力を使う魔法を十の魔力で発動できるという便利な代物だが、その分だけ、余計に細かい魔力の制御が必要となってしまう。
そんな訳で現在の俺は、魔力を必要とするギフトを実質使えない状況にあるのだ。
そして〈千里把握〉もまた魔力を必要とするギフトの一つだ。
だが現状を鑑みるに、この能力でシャドウウルフ討伐隊の状況を探るのは急務だと言えた。
こっそりと戦場から抜け出し、物陰へと姿を隠す。
「〈千里把握〉」
俺がギフトの力を発動した瞬間、強烈な痛みが頭を駆け巡る。
「くっ、どこだっ……。見つけた!」
痛みに耐えながら、魔力を探るとすぐにシャドウウルフの居場所を見つけることが出来た。
すぐさま、その付近の様子を脳内モニターへと映し出す。
「これはっ」
そこには、黒い巨躯の狼を取り囲むルークランク冒険者たちの姿があった。
だが、彼らは攻めきれずにいた。
その理由は明白だ。
見ればシャドウウルフの影から次々と魔物が這い出してきている。
そいつらに進路を阻まれ、冒険者たちは攻めきれずにいるのだ。
「こんな能力、偵察隊からの報告では無かったはずだが……」
こんな凶悪な能力を相手が持っているのを知らずに、対策無しで挑めば苦戦するのも無理はない。
同時に、こちらに魔物が無尽蔵に押し寄せている理由も判明した訳だ。
露払いの役割を任された騎士団もかなり奮戦しているようだが、それでもそれなりの数がその防衛戦を抜けている。
これではいつまで経っても、街に押し寄せる魔物の数が減らない訳だ。
痛みを堪えつつ戦場の様子を見守るが、どうにも状況が好転する兆しが見えない。
「面倒だが、やるしかないか……」
ここで派手に動けば、冒険者ギルドから本格的に目を付けられそうだが、かと言ってこの状況を黙って見過ごすのもそれはそれで寝覚めが悪くなりそうだ。
俺はこの手でシャドウウルフを倒す覚悟を決める。
〈千里把握〉を解除し、目前の戦場へと視線を戻すと、さっきよりも負傷者の数が増していた。
中には放置すれば、そのまま死にかねない重傷者の姿もチラホラ見受けられる。
「まだ表に出すつもりは無かったんだがな……」
俺はスマホを手に、ネット通販サイトへと接続する。
そして、軟膏を大量注文した。これらは以前にフィナの治療で使ったモノだ。
負傷者の治療に大いに役立つだろう。
ついでに変装用としてマスクとサングラスを注文し、それを身に付けて素顔を隠す。
「おい、この薬品を負傷者に使ってやれ! 良く効く魔法薬だ!」
物陰から飛び出した俺は、そう言って手近な冒険者へと軟膏の詰まった段ボール箱を押し付けると、すぐさま魔法を発動する。
「浮遊」
俺の身体がゆっくりと上空へと浮かび上がる。
風と闇、2つの属性の複合魔法だ。
魔力の制御が甘いせいかフラフラと揺れて安定しないが、今は気にしてはいられない。
俺は防衛戦の後方の敵の一団へと視線を向ける。
数をある程度削ってやらないと、持ちそうにないからな……。
俺は右手を前へと突き出し、魔法を発動する。
「焼き払え! 火炎奔流!」
俺の右手の先から、巨大な炎の渦が放たれる。
以前、デポトワール商会で対峙した魔導師ソンブルが使っていた魔法だ。
だが、俺の放ったそれは威力が全く異なっていた。
巨大な炎の渦が魔物の一団を包み込むと、そのままそこら一帯がマグマ溜りへと変化してしまった。
当然その辺りにいた魔物は、消し炭だ。
「これでも手加減したつもりだったんだが……」
勿論、気を遣って大分離れた位置に放ったので、味方には被害は出ていない。
それでも十分良い援護になったはずだ。
「あー! 何してるの! コ――むぐぅ」
ディジーが俺の姿に気付き、声を上げようとしてシアンに口を抑えられているのが見えた。
熟練の魔導師は魔力の質から、相手の正体が分かると聞いたことがある。
マスクとサングラスを身に付けていたにも関わらず、あっさりとディジーには正体がバレてしまったようだ。
姿を隠しているのは分かるだろうに、名前を叫ぼうとするなよ、まったく……。
止めてくれたシアンには感謝しないとな。
魔物と対峙していたはずの、他の冒険者たちからも視線が集まっているのを感じる。
さっさとここを去った方が良さそうだ。
「飛行!」
浮遊の魔法と同じく、風と闇、2つの属性の複合魔法だ。使用難易度はこちらの方がより高い。
魔法の発動と同時に、俺の身体がジェット噴射の様に勢い良く大空を駆けてゆく。
「ぐぅぅぅっ」
転生前の俺なら容易く扱えていた魔法だが、本来はかなり魔力制御が難しい魔法だ。
俺は姿勢制御に苦戦して、ジグザグの軌道を描きつつも、なんとかシャドウウルフの元へと飛翔する。
「見えたっ!」
シャドウウルフの巨体を視界に収めた俺は、1直線にそちらへと向かう。
「はぁぁ!」
高速の飛翔の勢いを乗せて、そのまま思いっきりシャドウウルフの巨体を拳でぶん殴る。
〈肉体超強化〉のギフトの御蔭か、殴った拳は然程痛まない。
だがシャドウウルフの方も、多少吹き飛びはしたものの、傷は浅いようだ。
「な、なんだっ!?」
突然の俺の飛来に、冒険者たちが目をパチクリとさせているが、気にはすまい。
さっさとコイツを倒して、孤児院へと戻り残った仕事の続きをするという使命が俺にはあるのだ。