32 孤児院再建計画
孤児院を買い取ってからずっと、俺はある事を目的に裏でチマチマと行動を続けていた。
その目的とは、孤児院の建て替えだ。
孤児院の建物は老朽がかなり進んでおり、その為実際に補修作業をやったりもした。
だがそれも所詮は素人のやること、いずれはプロの手を借りて本格的な改築もしくは建て替えが必要なのは明白だった。
「なぁ、もしここを建て替えるとしたら、何が欲しい?」
俺は孤児院の子供たちにそう尋ねる。
「うーん。……今で十分だよ? 寒くないし、フワフワのお布団もあるし……」
元が元だけに子供たちには、特別に希望はないらしい。
こんな健気な姿を見ていると、現状に不満を抱いている自分が少し恥ずかしくなってくる。
だが、俺はこの方針を曲げるつもりはない!
「コウヤ様。お気持ちは嬉しいのですが、そこまでしていただく訳には……」
「いや。一応ここはもう俺の家だ。そして俺が建て替えたいって思っているだけだから、気にしなくていいよ」
そうなのだ。
やはり現代日本人の感覚として、この建物は少々ボロボロに過ぎる。
何かあればすぐに崩れそうな脆さも、俺に建て替えを急がせる要因となっている。
そう言う訳で、当初はアルに職人を紹介してもらい、建て替えを依頼するつもりでいた。
だが俺は前世でも元高校生であり、建物の建て替えに関する知識などは皆無と言ってもいい。
正直、自身の脳内イメージを、この世界の職人に伝えるだけのプレゼン能力が、俺にはあるとは思えなかった。
そこで俺は考えたのだ。
どこかの会社に依頼して、俺のイメージを形にして貰おうと。
ついでに図面も引いて貰えば、一石二鳥なのではないかと。
それからの俺は思いつくまま、大小いくつかの設計事務所に依頼のメールを送る。
半数ほどはそもそも返信もなく、残り半数も異世界のことを隠しつつ詳しい事情を説明すると、すぐに連絡は途絶えた。
まあ後になって思い返せば、それも当然な話だった。
素性も良く分からない人間から、施工場所も不明な建物の設計図を書いてくれと言われても、そりゃ断られる。
きっと悪戯か何かだと思われたのだろう。
それからもいくつかの事務所に、依頼のメールを送り続けるが、いい返事は来ない。
諦めかけていたそんな時だった。
ブランニュイ設計事務所という会社から、一通のメールが届いた。
そのメールにはこんな一文があった。
『あなたの御祖父様であらせられる南宮白夜様には、大変お世話になっておりました。つきましては、お孫さんである虹夜様にもご協力差し上げたく存じます』
このメールが届いたのは、俺が祖父とネット通販の関連について気付いた直後だったので、タイミング的にも非常に怪しさを感じる。
それに祖父の知り合いというのは、どうもイマイチ気乗りがしない。
とはいえ、色よい返事を貰えた唯一の会社だったので、とりあえず条件などについて詳しく話を聞いてみることにする。
その結果に、俺は驚きを隠せなかった。
なんと俺が今現在、異世界アムパトリにいる事を知っていたのだ。
それから、メールでのやり取りだけは埒が明かないことを理由に、ネット回線を通じた通話にて詳細を詰めることなった。
世界間で通話をできる事にも俺は驚いたが、良く考えればネットが自由に使えているのがそもそもオカシイのだ。
それ以上はあまり深く考えないことにする。
「初めまして、南宮虹夜さんですね?」
Mitsturinで購入したばかりの新品のヘッドセットから聞こえてきたのは、穏やかな口調の男性の声だった。
「あ、はい。そうです斉藤さん」
「無事に通話できるようですね。では早速ですが――」
「その前に一ついいでしょうか? 斉藤さんは、どうして俺が異世界にいる事を知っていたんですか?」
「それは秘密です」
にべもなくあっさりと断言される。
「で、では質問を変えます。祖父とはどういう関係なのでしょうか?」
「それも秘密です」
取り付く島もないとは、この事だろう。
その後も言葉を変えつつ、いくつか質問を重ねたが、全て黙秘されてしまった。
「もう質問は宜しいですかね? では依頼についての話に移りましょうか」
話を聞き出すことを俺は一旦諦め、頭を切り替えることにする。
俺は斉藤さんに対し、孤児院を俺の脳内イメージ通りに建て替える為に、必要な図面を書いて欲しい旨を伝えた。
「なるほど、話は大体分かりました。実は似たような事例を以前に受け持ったことがあります。それでですね、もし南宮さんが宜しければですが、こちらで資材の調達についても手配することが可能です。勿論その分の代金は頂きますが……」
斉藤さんの口から出たその言葉は、俺に大きな衝撃を与えた。
「もしかして、斉藤さん。運送会社のシロイヌナハトと連絡が取れるんですか?」
「ええ。そちらを通じて資材をお送りすることになります」
「良ければシロイヌナハトという会社について詳しく――」
「ダメです」
やはりダメか。
とはいえ、これでシロイヌナハトの異常性がより明白となった訳だ。
いまはそれが分かっただけでも良しとしよう。
「それでどうしますか? 資材の調達もこちらでやりますか?」
「是非お願いします!」
即座に頷いたのも仕方がない話だ。
良く知らない異世界の資材と、日本製の資材では俺の中での信頼性に大きな差がある。
それに日本で設計、異世界で資材を調達という場合、資材加工の面でどうしても問題が出てくる。
使える資材の幅が、異世界の加工技術力による制約を受ける以上、それに合わせた設計が必要なのだ。
だが、日本で設計と資材調達を一括で行えるのなら、そう言った制約もなく、より自由な設計が可能となる。
「分かりました。そのようにしましょう。では次に、どのような建物の設計を依頼するのかについてお聞きします。まずは簡単なイメージで構いませんので教えて下さい」
今度は実際の建物についての話に移る。
俺は脳内で描いたイメージについて、語っていく。
正直自分でも不明瞭な話だと思ったが、斉藤さんは根気強く俺から情報を汲み取ってくれた。
「大体分かりました。この話を元に、一度こちらでザっととした全体図を作ってメールしますので、それを見ながら詳細を詰めましょうか」
「了解です」
「それと施工場所の地盤情報など、設計に必要な情報を纏めたシートをお送りしますので、そちらに記入をお願いします。何か分からないことがありましたら、メールでお尋ね下さい」
こんな感じで、斉藤さんとの初めての打ち合わせは終わった。
正直、俺自身が考えていた以上に、建物を建てるというのは大変なことで自身の甘さを痛感させられた。
だが斉藤さんが凄く出来そうな感じの人だったので、彼に任せれば計画は上手く進みそうだ。
それからも斉藤さんと何度もやり取りを繰り返しながら、徐々に孤児院再建計画は、きちんとした形を成していった。