ひらがなの無限地獄
「くそ、めんどくせぇな。日本人なんだから国語なんて勉強しなくてもわかるよ。」
俺は、いい加減嫌になって、国語の本を机の上に放り投げた。
その瞬間、目の前がぐにゃりと歪み、めまいに襲われ、意識をなくした。
気が付いたときは、朝だった。
7時40分。
まずい、遅刻する!
バタバタと準備をして、家を出る。
出がけに見たテレビのテロップが、「力武文部科学大臣辞任お?!」
となってたのを見て、吹き出しそうになった。
テロップ間違ってやがる。
朝から笑わせるなよ。
高校行のバスに飛び乗る。
なんとか間に合った。
俺は、どさりと椅子に座り、ふぅーと息を吐く。
窓に頭をもたれて、わずか10分の乗車時間であったが、眠りたかった。
が、立っているサラリーマンの読んでいる新聞の見出しに目がいった。
「首相自おほ目ず確おろひも」
なんだこれ?
新聞が、ここまでひらがな間違えるか??
俺は、バスの次止まりますの呼び出しボタンを見た。
ランプのところには、「ぬね”つゆなゆち」と書いてある。
オカシイ。
どう考えても俺の知ってる日本語じゃない。
五十音がおかしくなってる。
漢字は大丈夫のようだ。
俺は、恐ろしくなって、カバンの中から国語の教科書を取り出した。
適当なページを開いてみる。
漢字のおかげで、なんとなくわかるものもあったが、ひらがなだけの文章だと皆目検討もつかない。
なんだ。これは一体。どうしたというんだ?
なんでこうなった?
俺は焦った。
わかんねぇ、よめねぇ、日本語なのに!!!!
学校へ着き、友人に「あ」の字を書いて「これなんて読む?」と聞いた。
友人は、きょとんとした顔で、「け」と発音した。
俺は、固まった。
友人も固まった。
「ご・・・ごめん。変なこと聞いて」
「う・・・うん。だいじょうぶか?」
「ああ・・。」
俺の寝ている間に、世界が変わってしまった。
俺は、必死でこの世界のひらがな五十音の表を作ってみた。
あ い う え お → さ も た は の
か き く け こ → お ね し あ り
さ し す せ そ → か み ち ら わ
た ち つ て と → ひ い ぬ す つ
な に ぬ ね の → せ ふ く う こ
は ひ ふ へ ほ → き よ と ま る
ま み む め も → ゆ そ へ ろ を
ら り る れ ろ → ほ な え む ん
や ゆ よ → こ れ や
わ を ん → け に め
こんな風に変わっていた。
俺は、必死で覚え直した。
テストも近いんだ。
問題がわからないんじゃどうしようもない。
焦って焦って、必死だった。
ひらがななんて、幼稚園前に覚えていたのに、覚えていたことが全部無駄になった。
授業で、先生が黒板に書いていることが理解できないことをがあった。
簡単なアンケートにすらすらと答えられなくなった。
俺の世界のルールで書けば、誤字だらけになるからだ。
パニックに陥った。
「①こ場面す”させひきづた思もゆみひお?」」
なんだこれは?!
俺は、解読用のメモを用意して、照らし合わせながら読む。
「①の場面であたなはどう思いましたか?」
無理だ・・・・。
無理だ・・・・。
日常が、ひらがなが少し狂っただけで、崩壊した。
一週間、俺は何とか耐えて、ひらがなの五十音を覚えることができた。
頭の中だけで、ちゃんと変換して読むことができる。
そうだ。
あいうえおが、さふなもきという表記に変わっただけなんだ。
それだけなんだ。
俺は、自分に言い聞かせた。
1か月もするとこの五十音が、自然だと思うようになっていた。
俺はようやく自信を取り戻した。
今では、スラスラと読み書きできるようになった。
6か月ぐらいしたころだろうか。
また、異変が起きた。
ふと、バスの呼び出しボタンを見ると
「つぎとまります」
と表記されているのだ。
おかしいだろ。これなんて読むんだ?
ひらがながまた変になってる。
「ぬね”つゆなゆち」って書かないとだめだろ!!!!
俺は、ひらがなの無限地獄に落ちてしまったようだ。
また、覚えないといけないのか・・・。
バスの中で、青ざめる俺がいた。
バスはそんな俺にお構いなしに、出発する。
ぐるぐると俺はひらがなの渦に巻き込まれていった。
~ FIN ~