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人物の名前を変更しました。
クロス×ライン
作:阪野隆平



一話 昼食と会話


 
 西暦二千二十五年、一月三十日  昼前 
 大日本帝国軍帝都第六ブロック基地 食堂


 この日の大日本帝国の首都、帝都は池が凍ってしまうくらいの寒さに襲われていた。
雪もこれでもかというくらいに降っているテレビの映像がさらに外の寒さを感じさせ、現在、自分がいる場所は天国の様だと木野柊もくの ひいらぎは思った。
 軍の食堂天井近くに設置されているテレビの映像を、柊はうどんを啜りながら見ていた。
 大日本帝国帝都第六ブロック基地内にある、収容最大人数二百人の食堂の中には柊を除いて数人しかいなかった。
もっといえば、食事を取っているのも柊一人だけで他の人間は、新聞を読みながら湯気が出るコーヒーを飲んでいる退職間近の老兵、一人で詰め将棋をやっている太った准尉ぐらいだった。
 しかし、一時間もすればここも満席になる。現在、外の吹雪の中で訓練中の連中が戻ってくると席を取るのに苦労する。それなら早めの昼食を食べるほうが席を取るのに楽なのでいいに決まっている。
柊はそう考えていつも早めに昼食をとっているのだ。
それにもうひとつ。自分が所属している隊はお世辞にも忙しいとはいえない、軍の中でも特に暇な隊だったからだ。
さらにいうなら、弁当を作ってくれるような存在は柊にはいないためである。唯一の肉親である妹は兄の弁当を作るよりも睡眠時間と勉学の時間を優先するだろう。
 そのとき柊の背中が不意に揺れた。誰かに叩かれたことが原因だ。後ろを振り向くと士官学校で同期だった、柿本誠太郎かきもと せいたろうがトレイの上に昼食を載せた状態で柊の座っている椅子の後ろに立っていた。
「よう、木野。相変わらず冴えねぇ顔してるな」
 やや乱暴な口調は彼の特徴だ。外見も黒い軍服を着てなければあまりお近づきにはなりたくない荒々しい熊のような顔つきをしている。軍服を着ているからといって一般人が親しくしてくれる訳でもないが。
 一方の柊は背は高い柿本より高いが彼ほどの筋肉はない。熊のような顔つきと違って、知的で端正な顔つきだ。眼鏡を掛ければ、ガリ勉といわれても文句の言えない顔つきである。
 ここ最近は柿本の隊は忙しく、会う機会がなかなかなかった。
この時、二人は約一ヶ月ぶりに言葉を交わしていた。
「訓練、早く終わったのか」
 柿本が隣の席に座る様子を見ながら柊は聞いた。
「そうだよ。外は大雪だからな。隊長がこれ以上続けても風邪の犠牲者を増やすだけだって愚痴ってな」
「なるほど。杉村隊長は優しいんだな。どんなときでも怪物に立ち向かわなくちゃいけない身分である『有害指定生物捕獲捕殺専門部隊』の隊長なのに」
「こんなときに暴れる元気のある『生物』もいねぇよ。そう祈りたいね、俺は」
「そうだな」

 有害指定生物。

 約二百年前の西暦一千八百十年、十月にイギリスの森の奥で発見されたのを皮切りに十年も経たない内に世界各地に存在することが確認された。
その姿は多種多様だが共通点は捕食対象を人間を含めた全ての生き物に定めていた、ということだ。恐ろしいことに有害指定生物同士も含めてである。
皮肉にも『生物:』の出現で世界中の人間達は力を合わせるため、自分達の争いを中断して『生物』との戦いを始めることになった。
二度の大戦後、世界中の人間は『世界連合』を結成し、『生物』たちの動きは西暦二千年以後、影を潜めている。
 しかし、一方で沈静化した『生物』の密輸などが問題となっている。
 生物は強靭な生命力と再生能力を持っており、各国でも研究が進められているがそれは先進国、しかも世界連合の常任理事国のみである。それ以外の国は三ヶ国以上の常任理事国の承認を得なければ『生物』の研究は行えない。
しかも、承認を得るには一年以上の月日がかかる。多くの発展途上国は一歩でも先進国に追いつきたいため『密輸』という危険な橋を渡らざるをえないのだ。
また、密輸の過程で逃げ出した場合の被害は想像以上のものとなる。それを証明した痛ましい事件もあったがここでは深く追求しない。

「奴らってそんなに凄いのか」
 柊が好奇心で聞いた。生きている様子は士官学校時代にビデオで捕獲捕殺について講習を受けたときの映像の中と、実物は死体でしか見たことがなかったからだ。生きている実物は見たことがなかったのだ。
「あぁ、ホントな」
暗い声で柿本が言った。
二ヶ月前、彼に会ったとき五回程任務で捕獲と捕殺に携わったことがあると聞いたからだ。そのときは、酒を飲んでいたので彼からまともな回答を得られなかったが。
「もし、あいつらがまともな知識をもっていたら、って思うと冷や汗かくぜ。大体火を吐く奴なんかに対して飛び道具なんか絶対に役に立たねぇ。逆にこちらが火傷する」
 柿本はそういって身を震わせた。

 『生物』が危険といわれる理由は人を捕食する以外にこの特殊な能力がある。
 炎を出す以外に柊が知っているのは水の塊を吐き出して、コンクリートを破壊したとか、超音波で建物や人の鼓膜を破壊したとかだ。
どちらも、都市の中心に現れればとんでもない被害が発生する。『生物』のもつ特殊能力はある意味、人が生み出した武器以上の危険があるのだ。そのため、都市内には絶えず軍の姿が見られる。
 しかし、欧米やアメリカのオカルト集団の中にはそんな『生物』を神の使いとして崇める人間や逆に地獄の使者として過激な行動に出る集団などがある。
最近では少し変わっている人間や動物を見つけると集団で暴行を振るい、取り返しのつかない結果に多くなってきている。
 また、多くの動物愛護団体から『生物』の扱いに対しての抗議文がかなり送られてきてもいた。『生物』のほとんどが軍に捕殺されているというニュースが放送されたためで、抗議の連絡は未だに絶えることが無い(もっとも、以前から捕殺禁止の要求はあった。理由は後述)。軍人に言わせてみれば『生物』に動物愛護を説く団体の気が知れない。彼らも一度、捕獲することの難しさを知ればそんな酔狂なことを言わなくなるだろう。

「お前が羨ましいよ。現場よりそっち(戦術専門)のほうが怪我の確立は少なくて」
 湯気が出るうどんを柊と同じように啜る柿本は言った。柊は軍でもエリートである戦術専門軍人だった。逆に柿本のような軍人を戦場軍人と言う。
 この呼称は最初、戦術専門の軍人たちが戦場にいる軍人をバカにした言葉から生まれた。このことを聞いた戦場にいた軍人達は大規模な反抗運動を起こしたが、当時、戦場にいた司令官が「戦場にいる俺たちのほうが軍人としての格は上だ」という一言から反抗運動は沈静化しそのときの呼び方が現在に定着した、という逸話がある。
「柿本みたいな奴がいなきゃ、俺らみたいな非弱な軍人は一瞬で殺されるがな」
 この言葉は嘘ではない。実際そうだからだ。自分のようなデスクワーク派の軍人は、柿本のような戦場軍人がいなければ『生物』とまともに戦って生き残ることはまず不可能だ。
 冷め始めたうどんの麺を口に運びながら柊は話題を変えるため、最近の様子を聞いた。
 すると、柿本は黙り込んだ。彼と長い付き合いの柊は直感した。
(何かいいことがあったな)
「新しい彼女でもできたか」
 冗談交じりに聞いた。が、答えは柊が久しぶりに驚く内容だった。
「ついこの間、昇進したんだ」
 柿本の声は何気ないように言おうとしながら、何気なく言いきれてなかった。
「なんだって?」
 柊は驚いて箸を落としかけた。
「いつ昇進したんだ?」
 柿本の顔を見ると照れくさそう笑っていた。
「ついこの間、密輸送途中の有害生物を捕縛するときに隊長のアシストを上手く出来てな。そのときに隊長から『お前は見込みがあるから』といってな」
 照れくさそうにいいながら「まぁ、ほんの准尉なんだが」と唇を緩めながら言った。
 柊は驚いて声も出なかった。
 柊の現在の階級は少尉。柿本の准尉より一つ上である。しかし、柊の場合は戦術専門の少尉だ。戦術専門の軍人の中では一番、地位が低い。
 それでも、士官学校卒業時に少尉というのは最高位だった。つまり、柊は士官学校時代、戦術科でトップクラスの成績の持ち主だったのだ。
日本帝国の士官学校では戦術学を選んだ兵は普通の兵より卒業の時、高い地位が与えられる。これは戦術専門の兵は名門出身のものが多いため(一概にそうと言えない。現場の軍人でも名門出身の人間は多くいる)で、柊の亡くなった祖父も戦術方面の准将だった。また、戦術学のほうが、学費が高いことも名門出身のものしか学ぶことのできない理由のひとつでもあった。 
昔から使う人間のほうが使われる人間より高い地位にいることは当たり前だ。だが、柿本の場合、下士官では一番下の伍長から始まり、わずか一年で准尉にまでなったのだ。そのこと自体は現場での働きによっては珍しいことでもない。働きも含め隊長に気に入れられれば、士官学校卒業(二十五歳)から五年程で佐官クラスも夢ではない。
しかし、一年間まったく同じ地位であるということに最近、柊は少なからず不満を感じていた。
柿本のほうが一人の戦場の兵としては優秀であるということは士官学校から知っていた。分野は違うがそれでも一年間、全く成長していない自分の力が恨めしく思える。

「凄いな、柿本。俺なんてまだ少尉だ。一年経っても」
 柊の声は元気を失っていた。思っていた以上に心のダメージは深いらしい。
「俺とお前は分野が違うじゃねぇか。お前は使う、俺は使われる。俺たちはそういう関係だって、卒業するときいったじゃないか」
そんな様子に柿本も励ますようにいったが最後にこう付け加えた。
「まぁ、あの人の下にいるままだと昇進は難しいかもしれんが」
 あの人……。柊の上司の零番隊隊長、森山命人もりやま みことのことだ。

 柊と命人との出会いはある意味運命的なものだった。
そういうと響きはいいが柊に言わせれば、あの時から俺の不運の始まりだといっただろう。


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