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今回はつまらないかもしれません。
クロス×ライン
作:阪野隆平



八話 紳士と赤鬼


 
 西暦二千二十五年一月三十日、午後六時四十分
 帝都第六病院 地下駐車場


 柊は車を回すために地下の駐車場の中を走っていた。地下なので走る足音がやたらと余計に響く。走っているとき一台の車が地上の方から来る音が聞こえた。柊は安全のため走るのをやめ歩くことにした。
 高級そうな黒色をした車だった。ガラスは運転席以外は黒く染められており誰が乗っているかわからなかったが、おそらく政府か軍の高官が乗っているのだろう。今の柊は軍服を着ているのでここで黙って去るというのはなんだか後味が悪かったので、車に誰が乗っているにせよ顔を見て、敬礼なり何なりしようと思った。
 降りてきたのはスーツを着た六十代前ほどの紳士だった。顔は深い顔立ちに白髪交じりの髪で金縁の眼鏡を掛けていた。
 その顔は軍の最高指揮官である大元帥、山本源太郎であった。
 柊は驚いたという感情を飛び越えてほとんど気絶しかけた。
 ぎりぎりの所で意識を失わず、落ち着こうとして深呼吸を繰り返す。冷静に考えて、何がこの状況で最善なのかを考えるために。
 この時点で柊の頭の中は、任務のために車を回すことなどすっかり忘れていた。
だがこんなときに限ってどんなに頭を冷やしてもいい方法が思い浮かばなかった。このような状況は全く予想もしていなかったし。
そこで最善かどうかは疑問ではあったが、その場で敬礼をしてそれから一切動かなかった。
「お前、そこで何している」
 案の定、護衛の軍人に怪しまれて声を掛けられた。顔を少し動かしてみると二メートルはありそうな巨人がそこにいた。正直、今まで一番大きな人間と思っていた柿本よりも大きかった。
「自分は見ての通りの軍人で木野柊少尉であります!そこにいらっしゃるのは大元帥殿かとお思いまして、このような場所から大変失礼ではあると思いますが敬礼をしている次第でございます!」
「…貴様、ここに大元帥殿がいると何故わかった」
 柊の長い台詞を華麗に無視して護衛の兵士は厳つい顔そのままで尋ねた。
「はい!全く予測していませんでした。私がここにいるのは怪我をした妹の見舞いのためであります!」
「貴様どこの隊所属だ?」
「はいっ。帝都第六ブロック基地零番隊所属、木野柊少尉であります」
「零番隊だと?」
 あ、知っているかな。やっぱ有名なんだな。
 そんな柊の予想は顔面にめり込んだ拳と共に砕かれた。柊の身体は地面に叩きつけられた。
「貴様、ふざけるのもいい加減にしろよ」
 冷たい口調とは逆に顔は赤鬼の如く真っ赤である。辛うじてそんなことが理解できた柊であったが、脳はかなり揺れており思考回路も一時ショートしていた。赤鬼の言葉は続く。
「何故ここに大元帥殿がいるとわかった。正直に言えよ。さもなくば」
 赤鬼は懐から棍棒ではなく拳銃を取り出した。
 脳が揺れている柊もこの状況は本能で理解した。マジでやばいと。
「本当なんですよっ。自分は零番隊っていう」
「それ以上ふざけたことを抜かすと殺すぞ!」
 その声は地下の駐車場まで響いた。そして、
「どうしたのですか、下田君」
 涼やかな中にも威厳を感じさせる年配の声が耳に響いた。
「大元帥」
 赤鬼が大元帥に向かってすばやい動作で敬礼を行った。当然拳銃は懐に閉まってだ。
 そんな赤鬼こと下田の様子を見て再び、
「一体どうしたのですか、下田君。何か不備でも」
「この男が零番隊所属とふざけたことを言いましたのでこれから拷問にかけてでも、何者かを突き止める所存です」
 もしも、大元帥も知らなければ多分命はないだろうな。
 まだ振動が続いている頭でぼんやりと柊は思った。
 大元帥の答えは、
「零番隊?ああ、あの」
 よかった!知っていてくれた当たり前だけど。
 命の生存に感謝しつつ、大元帥にも感謝した。
「と、いうと森山命人君が隊長の隊だったね」
「はい、その通りです」
「なるほど、君が…」
「あの、大元帥殿。零番隊というのは本当に」
 存在を忘れかけられていた赤鬼が恐る恐る尋ねた。
「ああ、本当に実在する部隊だよ。最も知っている人間も少なければ、やることも特殊な部隊だからね。知らないのも無理はない」
 大元帥は下田に向かってこう続けた。
「君の職務態度が優秀ということは重々承知しているよ、下田君。だが、彼の言っていたことは全て本当だ。一応彼に謝っておきなさい」
「……わかりました」
 下田は不服そうにしながらも大元帥の言葉に従い「申し訳ありませんでした」と比較的大声で謝罪した。柊も一応「こちらこそ」と頭を下げた。大元帥はというとそんな二人の様子を見ながら満足そうに何度も頷く仕種をしていた。
「さて、下田君。蟠りも綺麗になくなったことだしそろそろ行こうか」
 大元帥の目線の先には数人の護衛官が直立不動の姿勢を保ったまま待っている姿だった。柊は正直に不気味だなと思った。
「すみません、大元帥殿」
「いいのだよ。若い者は最初の出会いが大切なのだから」
 下田の肩を軽くポンポンと叩き、歩き出そうとして「ああ、そうそう」と再び立ち止まった。
「君の名前は?」
「木野柊です」
「木野君か。森山隊長のことをよろしく頼んだよ」
 笑顔で大元帥に頼まれた。
「は、はい」
「それじゃあ、また会うことも会うだろう」
「あ、あのっ」
「なんだい、木野君」
「あの、ですね。何故病院に」
「それは…」
 下田が口を開こうとして、大元帥が手で静止した。
「検査病院だよ。出来れば黙っておいて欲しいね」
「わかりました。決して口外しません」
「助かるよ。それでは本当にさようなら」
「はっ」
 柊はビシッと完璧な敬礼して、偉大な人物の背中を見送った。その背中が完全に見えなくなるまで。
 大元帥の姿が見えなくなってから、
「そういや、俺は何しにここに来たんだっけ」
 時計は七時をとうに過ぎていた。


#  #  #  #  #  #  #  #  #  # 
 

『はい、こちら『盤上の駒』です』
「一つ情報を確認したいのだが」
『その前に名前を』
「…佐々木一志だ」
『嘘はいけません、笹林中将殿。我々の世界は『ギブ&テイク』が基本ですから嘘は命取りとなります。私のような優しい情報屋はそうはいませんのでこれからは気をつけてください』
「……わかった。大元帥が来月の始めに入院するというのは本当なのか」
『はい、本当です』
「わかった、それだけでいい。値段はいくらだ」
『一千万です。その前に笹林中将殿』
「なんだ」
『あなたが何故、大元帥の行動を気にするのかその情報が欲しいのですが』
「断る」
『こちらも商売ですから。『あなたが何故、大元帥の行動を気にするのか』。これを聞き出さなければ裏の世界の罰を受けます』
「脅迫かね。軍の高官に喧嘩を売るつもりか」
『……一年前』
「なんだ?」
『やんごとなきお方がお一人、不幸な飛行機の墜落事故でお亡くなりになられました』
「………」
『その方は前日、私の情報をお買いになったのですが……これがまぁ、見返りの情報をくれませんでした。だから……』
「貴様だったのか、市山大臣を殺したのは」
『これが『情報屋』なんですよ。ついでにいいますと……ここで電話を切るのはあなたのためにはなりません』
「わかった、言おう」
『繰り返しますが嘘はいけません。私の情報網は膨大ですから。嘘か真かぐらいは半日もかからずに調べ上げます。何故確認することが出来るのに聞くのかと言いますと、ぶっちゃけた話、面倒なので本人の口から聞いたほうがいいんです。たとえ建前上でも』
「嘘はいわん。が……この情報、誰かに売るつもりは?」
『さらに一千万』
「……信じていいんだな」
『裏の世界の人間はなんだかんだ言って、義理堅いのが多いですから』
「わかった」


「まいどあり」
 暗い部屋の中、受話器を置く音がした後、椅子が軋む音が聞こえた。
「まったく、とんでもない計画を作るな、人間っていうのは。私も一応そうだが」
 そう呟きながら、明らかな含み笑いが闇の中から響く。
「けど、ここで消えるようじゃあ面白くないな。残念なことに私は傍観者だからな、君の危機を救うことは出来ないんだよ、長門さん」
 そう独り言を呟いたあとで受話器が鳴り響いた。
(全く、情報っていうのは人間がいる限りなくならない)
『盤上の駒』という情報屋はそう思い声を出さずに笑い、受話器をとる。
「はい、こちら『盤上の駒』です」












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