序話 拘束解除
目の前が暗くて見えなかった。目を閉じているのか、開いているのかも分からない。
目が本来の働きを放棄していたからだ。もっといえば何も見えない、辛うじて強い光を感じることができるくらいだ。
この場所に押し込められて何年たったのか、知る術は全くなかった。
毎日が同じ場所での同じことの繰り返し。
腹を割かれて内臓を持っていかれ、血を抜かれ続ける。それでも死ぬことはない。
だって、私は人間じゃないから。だから、ここにいる人間は何にも感じない。同族じゃないから。マウスだから。
マウス。
私はマウス。
内臓を持っていかれても血を抜かれてもすぐに元に戻る、とても便利なマウス。
それが事実。そして、現実。
事実だから泣けてくる。現実だから痛い。
涙なんてもう枯れているけど。痛みもずっと感じて慣れてしまったけど。
私は夢を持ち続けていた。どんなときでも。
だから、我慢できた。けど、私はもう…………。
……もうどうでもいい。死んでも構わない。楽になれるならそれでも……………………………………――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――死にたくない。やっぱり死にたくない!夢が、私の夢がまだ叶っていない。だから。だから。だから。だから!―――――――――――――……――
――………。
「……まだ死んでいなかったか」
……久ぶりに人の声を聴いた。何年ぶりだろう……。
「恐ろしいほどの生命力だな」
勝手なことを……。
「そろそろ、外の空気を吸わせてやってもよいかと」
外の空気?……。あぁ、新型爆弾の実験体とかだな。便利だからな、そういうことに関して、『死なない』ということは。
「甘いな、大尉。この生き物は危険だよ。私達のような弱い人間にとって。この『物』たちがどれほど危険なことか………。」
弱い、か。人間誰もがそうだな。弱いから一人ではなく皆で仲良く私の内臓を抉り続けるのだな。
弱くてよかったな。人間。
「しかし、このまま実験を続けてももう意味はない。こいつはもう実験体としては死んだ。それに実験もやりつくした。次は……実戦だな」
実戦?実戦だと?
約束を守らない人間の言うことはもう聞かない。
「そうだな。むしろ、実戦で復活するかも知れない。この……」
もう黙れ!
私が何をしたっていうんだ!私はお前らの言うとおりに任務を忠実に遂行しただけだ。言うとおりにすれば、私の約束を、夢を叶えてくれるといった。だから、お前らに従ったんだ。
その結果がこれだ。実験体だ。マウスだ。
もう絶対お前らの言うことなんか聞かない、聞くものか。
ガチャッ
口を塞いでいた拘束具を外される感覚がした。久しぶりに声を出せるようになった。声帯が生きていればだが。
「……コードネーム―――、聞こえるかい」
あぁ、聞こえてるさ。
「声帯が無事で助かったよ。気分はどうだい?」
最悪だ。
「仕事だよ。約八十年ぶり、第一次大戦争以来だね」
八十年も経っていたのか、ここに閉じ込められてから。
……どちらにしろ、引き受けないさ。
「もちろんこの仕事を完遂すれば君の夢。『自由』を今度こそ与えよう。どこにでも好きなところに行きたまえ」
自由。
それは私が何よりも求めていたもの。私の夢だ。
だが、人間は約束を守らない。信用できない。
「確かにそうだ。人間は皆嘘つきだ。だが、考えても見たまえ。代わりの実験体があれば、少なくとも君は我々の実験体にはならずに済むのではないかね」
……それもそうだ。
約束は守るんだぞ。
私がその代わりの実験体とやらを捕まえてきてやる。
「話が分かって助かる。しかしまずは……その血だらけの身体を洗いたまえ。髪も切ったほうがいいな。仕事の詳しい内容を話すのはその後からでも遅くはない……」
その言葉がいい終わらないうちに閉じ込めていた扉が開いて、暗かった部屋に光が満ちた。
私が何十年かぶりに浴びた光は……閉じた瞼の上からでも涙が出そうな位眩しかった。
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