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とある伯爵夫人の諸事情

作者:くまこ
ドロドロしたものを書いてみたかったんです。そして、無理でした。
ころころ場面が変わります、ご注意下さい。
「こんにちは。今日からお世話になります、スチュナ・カリグと申します。こちらは息子のアルヴァンと娘のリザエルです。二人ともご挨拶して。この方がこの屋敷の伯爵夫人でいらっしゃるクレア様よ。」
「こんにちは。アルヴァンと申します。よろしくお願いします。クレア様。」
「こんにちは。娘のリザエルです。よろしくお願いします。」
「3人ともようこそおいで下さいました。わたくしが当家の伯爵夫人を勤めております。クレア・ラヴァナでございます。この度の皆さんをお迎え出来ること心より歓迎致しますわ。」

☆☆☆

今日、私、クレアは3人の親子を屋敷に住まわすことになった。3人の正体は簡単にいうと夫の浮気相手と夫と浮気相手の子供達だ。これから私は夫とこの3人と共にやりきれない生活を送る事になる。(のだろう。)


「私の愛するスチュナの勤め先が倒産し、生活に困っているので一週間後に彼らをこの屋敷で一緒に住まわすことにする。子供たちを苦しい状況で生活させたくない。それまでに準備をしておいてくれ。」
こう、伯爵様であり、夫であるセクシナンドから聞いたのが一週間前である。
そして今日彼らは予告通りうちの屋敷にやって来た。
夫からその言葉を言われた私といえば、別に怒りは全く怒らず、むしろ安堵と喜びに心が浸されていた。その訳は、私達は恋愛結婚と言うものではなくよくある政略結婚をした夫婦であり、無論そこには愛がないからだ。子供がいれば後継の問題が解決する。冷え切った夫婦関係も子供の笑い声が暖めてくれることを願う。冷めた夫婦関係にクッションのような役割を果たしてくれる人がくるのだ。これを喜ばずにいられようか。
よく世間では、愛のない政略結婚だったが実は相思相愛であった。結婚生活を送るうちに愛が芽生えて楽しく暮らしている夫婦のことを聞くが、私たちには、「それ」は当てはまらない。今年で結婚7年目を迎える私たちは愛なんて言葉からは程遠い関係を築いている。実際、夫に結婚を果たした当日の夜、所謂、初夜の日に
「私にはすでに心に決めた相手がいる。お前を愛すことはこれから先も決してない。そして、お前を抱く気もないし、俺の子を孕ませる気もない。跡取りは愛するスチュナに産んでもらう。」
と宣われた。妻の立場からすればそれは甚だしい侮辱であるし、跡取りをうむ必要はない、つまり私が妻の役割を果たすことを拒否されたということでもあった。そしてこれから始まる冷ややかな結婚生活を約束させるような言葉であった。
(じゃあ、私って一体なんなの?)
(伯爵夫人としての体裁だけ繕えってこと?)
と普通のお嬢様育ちの妻なら気分が落ち、悲しくなる、あるいは諦めて従ったかも知れない。しかし私は
「まぁ、ありがとうございます。私、実はそういった結婚生活の方が気性にあっていると思いますの。子供の事は気にしませんわ。子供を産まなくても楽しく暮らしております女性も沢山いらっしゃいますし、自分の子供にこだわっている訳でもありません。ですが、そうですねぇ、旦那様は伯爵当主でおありになりますから後継も必要でしょう。私としては養子でも構いませんが。ご自分の子が欲しいならばスチュナ様にお願いするというのは素晴らしい考えだと賛同いたしますわ。旦那様に何人愛人がいてもわたくしは咎めません。お気遣いなく。」
と返した。夫は片眉をピクリとあげた。
別に強がりではない本心からの言葉である。まぁ、正直全く平気かと問われると、少々物悲しい気分になったが、だからどうこうしたいというわけでもなかった。《こうなることは既に承知していたので。》まぁ、こんな風に割り切って考えられるのもある事が原因なのだが…
「そう言ってくれるなら助かる。子供の事なら実はスチュナのお腹の中にすでにいる。生まれてくるまで性別は分からんが、スチュナとの子にこの家は継がせるつもりだ。」
「あ、左様ですか。それなら、この家は将来安泰ですわね。これから、わたくし、ラヴァナ家伯爵夫人として恥ずかしくないよう誠心誠意務めを果たしてまいりますわ。それでは旦那さま、おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
そんな調子で本来の初夜を迎えることもなく、あれから7年たった今も私は生娘のままだ。いっそこのまま純粋を貫くのもいいかもしれないと思っている。向こうが愛人を作るならこちらも作ってやろう、というようなプライドと対抗心を当時の私は持ち合わせていなかったため、現在も愛人を作ることもなく夫が望む伯爵夫人としての務めを熱心にこなしている日々が続いている。だから今までさほど大きな問題もなく平穏に5年もの結婚生活を送ることができたのかもしれない。


さて、いきなりの告白であるが、私には前世の記憶がある。5歳の時流行病にかかり1週間生死の境を彷徨っていた時にその記憶は突如として蘇った。幸い私は生き延びることが出来たが頭の中に蘇った記憶のため、5歳児にして妙に大人びた性格になった。私が無事病を克服した時は感激のあまり父に抱きつかれた。生粋の5歳児ならなんの問題もなく受け入れられるのだが、前世の記憶により心だけ大人になった私は気恥ずかしい思いでいっぱいだった。


記憶によると前世の私は25歳時交通事故で呆気なくで亡くなった。
しかしここからが重要で、私は少女漫画が大好きで、当時もたくさんの漫画の全巻コンプリートに向けお小遣いを消費しまくってたのだが、その中でも私が特にお気に入りで何度も読み返した漫画がある。それは、「下剋上シンデレラプリンス」という、それだけで物語の全てがわかってしまうような題名で、7歳の時、実の伯爵である父親が住む屋敷に母親と妹と共に暮らすことになった主人公が母親と妹共々、伯爵夫人である継母に散々虐められぬかれ誰も信じられなくなり心を閉ざしてしまった中、学校で出会うヒロインの底なしの明るさに惹かれだんだん心を許し愛を育んでいく。というおきまりの展開のようなストーリが骨格の漫画である。ちなみに伯爵の妻である継母は主人公が伯爵の地位に着いた途端その座を剥奪され、屋敷からも放り出され、劣悪な環境下に投げ出され、その後は、こんな生活を送るなら死んだほうがマシ、という考えにいたり自殺してしまう。当時の私が一体この漫画の何にそんなに惹かれたのかを考えてみるが、やはり、虐げられてきた主人公が最後にはしっかり報復を果たす事に痛快を感じたのだろう。やられたらやり返す、それが前世の私のモットーであった。だが事態は深刻である。
私、クレア・ラヴァナこそ主人公の報いを受ける継母なのである。

そんなの冗談じゃない。

私の旧姓はクレア・アシュレイ、アシュレイ男爵家の長女であり、あと、兄が1人いる。家は兄が継ぐことに決まっているので私はどこかの家と縁を結ぶために貢献する、政略結婚になるのだろうと予期していた。普通、男爵家と伯爵家は婚姻を結ばない。爵位が違いすぎる。だから、私がラヴァナ伯爵家のセクシナンドとお見合いが決まった時は家族一同(私を除いて。私は既に知っているから。)半信半疑であったし、結婚が決まった時は家族一同(これも私を除いて)喜びの嵐のようだった。
実際父が
「これは夢なのか」
と何度も呟いているのを私は聞いている。
しかし私は喜びよりも驚愕と納得感に襲われていた。それまでもクレア・アシュレイという名前に引っかかりを感じていたが、結婚相手がセクシナンド・ラヴァナということをしりこの世界が「下剋上シンデレラプリンス」の世界であるかもしれないと思い始めた。そしてそれは初夜でいわれた夫の言葉とともに確信へと至ることとなる。

私は今年で23歳になる。夫であるセクシナンドは9歳上の32歳だ。彼の容姿は、漫画の主人公の父親というだけあってそれなりに整っている。背も高く、聡明でもある。(しかし、全てがお見通しである私はこれぽっちもときめかない。)
そんな彼、伯爵家の息子には数多くの縁談が舞い込んでいたに違いない。しかしそんな彼が愛する女性は平民でのスチュナであり、彼と結婚した令嬢は自分より身分が低い者に負けるという屈辱と嫉妬に狂い不幸になるのは間違いない。そう考えるとやはり、事情を察知している私妻として適任なのかもしれない。
スチュナは非常におっとりした性格で抜けているところがときたまある。天然なのだろう。そのため息子がしっかり者になったのだろう。

男爵家の娘である私が愛人としてではなく伯爵夫人という、正妻として迎えられることは普通に考えればこちらとしては願ってもない事であり、玉の輿である。そのため友人らには、どのようなすごい大恋愛をしたのか教えて欲しい、愛されるっていいね、などどいった言葉をかけられたが、そうではない私は苦笑いを返すしかなかった。そうすると友人たちはその反応を、筆舌に尽くしがたいほどの大恋愛なのだ、と勝手に解釈してしまい、私は、恋愛により伯爵夫人の座を射止めた男爵令嬢として一時期噂の人となった。しかし私には自分が選ばれた理由が分かっていた。(漫画で継母がそのことについて回想するシーンがあり、切なかったことを覚えている。)

次期伯爵当主のセクシナンド・ラヴァナにはすでにスチュナという女性がおり、彼女は平民であり、彼の父親が平民との結婚を許してくれないため、彼は仕方なく伯爵夫人という名だけの妻でも良いという人を探しており、その的が、幼少期から妙に大人びた性格で《結婚に愛を求めていない、変に冷めた子》という噂のある私に当たったのである。私は別に愛がない結婚をしたいわけではない。実際両親は現在進行形の恋人出会った。前世の記憶を取り戻してから結婚に愛を求めてはいけないというような思いが芽生え始め、友人たちにもそのようなことを話していたからかもしれない。仲睦まじい両親の間で育った私がそんな考えを持つことは随分不審の思われたのかもしれない。(私がセクシナンドの妻になるのも運命的な何かの力が働いたのかもしれない。)ちなみに兄は恋愛結婚した。
そんなわけで私はセクシナンドにとって非常に都合のいい女とみなされ、あれよあれよという間に準備が進み、いつの間にか結婚を果たしてしまった。この結婚をしないほうがいいのだが、相手の爵位がなんてたって伯爵様である。向こうからいってこない限り断るなんて自分の首をしめるも同然だ。ありえない。夫にこちらに対しての愛情が一欠片もないことを知っていた、覚悟していた私は、初夜であの様な言葉を屈辱的な言葉を吐かれても冷静でいられたのである。

セクシナンドとの生活は特に問題ない、お互いある程度距離ももって接したら慣れる。
問題は結婚して7年後にやってくるあの親子3人組である。特に主人公は取り扱い要注意人物だ。コイツのせいで私の生死が決まるのだ。

夫は結婚してからも週に3日は必ず愛人であるスチュナの元を訪れていた。休日は外せない用事がない限りそっちに行っていた。私には私的な用事で夫と共に出かけた記憶が一度もない。また、出かける際は必ず
「これから愛するスチュナと子供に会いに行ってくる」
と宣言する。ここまではっきり言われるといっそ清々しいものである。
しかも、いちいち屋敷に戻って、私にそう伝えてから出かける。そのことに何かしらの悪意を感じるのは気のせいだろうか。
「行ってらっしゃいませ」
そして私は使用人さながらに夫を見送る。そんな光景に屋敷の使用人たちも私に同情し、夫が出かけた後は皆、慰めの言葉をかけてくれる。私が気にしていないと言うと、強がりだとみなされ、よけい憐れみを向けられる。それに面倒臭くなった私は今では素直に悲しむ儚い気弱な妻を演じているのだ。

そして現在に至る。
遂にこの時が来てしまった。私は自分に運命がわかってから様々な対策を立てた。
その中でもっとも大切なのは(というかこれしか対策方法ない)何と言っても親子3人組を虐めない、むしろ親しくする事である。主人公である、息子君には第二の母と呼ばれるまでになりたい。
夫の愛が全てスチュナさんに向けられようが、これからこの歪な関係下にある人達との暮らしに息詰まりを感じようが私にはそんなことはどうでもいい。
絶対、屋敷から追い出されない、追い出されるくらいなら自分から出ていけるような状況を作ってからにしよう、という決意を改めた。
そんな訳で私は今日やってきた親子3人を快く歓迎した。

☆☆☆

「どうぞこちらでお寛ぎください。荷物は使用人に部屋まで運ばせますわ。何かお飲物をお持ちいたしますわね。」
「まぁ、そんなお心遣いありがとうございます。」
彼らが登場した時点で私の任務は始まっている。今のミッションは第一印象をいかに良くするかだ。普通、愛人と初めて出会って、お茶でも入れましょうか、なんて呑気にいう妻はいない。ほとんどが嫉妬と蔑みの目で見て悪質な対応をするだろう。しかーし、ここが重要ポイント‼︎何としても好印象を勝ち取る。私自身のために。そして、これから夫が帰ってくるまで彼らの相手をし、ご機嫌をとらなければいけない。私の未来のために。気分は姑と向かい合っている感じだ。だが、めげてはいけない、クレアよ。先手必勝である。

「スチュナさん、アルヴァンスさん。リザエルさん。困った事があればなんでも私におっしゃてください。できる限りの要望は叶えたいと思いますの。」
「ありがとうございます。クレア様。私、実は殴られる覚悟で、今日はまいりましたの。それがこんな親切にしてくださるなんて。本当に感謝してもしきれません。」

私が言った言葉に対してスチュナは涙を潤ませている。
そんな母にアルヴァンスは
「良かったな、母さん。クレア様、あなたの広い寛大な御心に深く感謝申し上げます。」
などと、およそ、7歳児とは思えないセリフを言った。
コイツを敵にまわすのはなんかヤバいとその時本能的に感じた。

そんなこんなでおしゃべりを楽しみ、彼らとの親睦を固めた夕刻、うちの旦那が帰ってきた。
「おぉ、やっときたか。待っていたよ。クレアとは今日が初対面だったと思うがどうだい、何も意地悪されてない?」
妻が必死なってもてなしていたのに開口一番それかよ!もっとあるだろ、ねぎらってくれてもいいのではないか、労ってくれても…。と思ったが、もうコイツには期待しない。それにこんな対応は今に始まった事ではないのだ。7年もこんな状況下では耐性も備わるというもんだ。
「いいえ、クレア様には非常に親切にしていただきましたわ。これからの生活も安堵できそうです。」
「それはよかった。おい、クレア、スチュナの部屋は私の隣の部屋にしておいてくれたか。」
「はい、旦那様のご要望通りスチュナ様の荷物はその部屋に運ばせましたわ。」
「それなら良い。お前には部屋を移動してもらうなど手間をかけたな。」
「いいえ、ご心配には及びません。」
☆☆☆

私の部屋は今日まで伯爵夫人が使うべき部屋を使用していた。それは、私が妻である以上正当な権利である。ところが一昨日、夫から
「もうすぐスチュナ達がくるからお前は今の部屋を変えてくれないか。以前母が使っていた部屋を使用してくれ。あそこもそれなりの造りになっている。から問題ないだろう。」
いささか疑問系であったが、夫にとっては既に決定事項である。スチュナ達が来ることを覚悟していた私もさすがに、今の部屋をどけ、とまで言われるとは思いもしなかった。もし、前世の記憶を持ち合わせていなかったら絶対にキレていた。幾らなんでも扱いが酷すぎる。漫画ではクレアとセクシンナンドの関係が冷めているという、簡単な表現しかなく、こんなんじゃクレアがアルヴァンス達を虐めるのも仕方ないよな…。と漫画のクレアに同情してしまう。ちなみに夫には両親がいない。私たちの結婚が終わると二人ともあっけなく病死してしまった。彼の母の部屋は今は使われていない。大掃除をしなくては。
また、セクシナンドが私のへやに訪れたことは初夜以降一切ない。
私はなんとか不満を飲み込み
「分かりました。早急に支度いたします。」
と告げた。

☆☆☆

「まぁ、そんな、私がクレア様が以前使用されていた部屋を使わせていただいてもよろしいのですか?」
「もともと、お前にやるつもりの部屋だったから問題ない。」
と夫が勝手に答える。どこがだ、問題おおありである。
「クレア様、本当によろしいにですか?」
「えぇ、スチュナさんに使っていただけるなら私も嬉しいですわ。」
「クレアもこう言っている。遠慮なく使ってくれ。隣は私の部屋だ。いつ訪れてくれても構わない。」
お前がそう、言わせてんだろーが。夫は私には用がない時以外は部屋に入るなと言っている。

そして夕食、今日はスチュナ親子との記念すべき第一回目の食事と歓迎会ということで豪華フルコースな料理が振舞われた。うちの料理人の料理は非常に美し!なんでも若い頃に究極の味を求め各地を旅してまわったんだとか。今まで私が座っていた席にはスチュナが座っている。私の席は以前彼の母親が座っていた席だそうだ。なんだこれ。私って姑扱いなのか…。
美味しい料理をたらふく食べた後に眠気が襲ってくるのは避けられない。世の常だ。
当然私はさっさと湯浴みして寝ようとした。今日は夫たちにとっては初夜みたいなものだ。今まで夫がスチュナに共に住むように言い聞かせても、彼女は私に申し訳ないと断っていたそうだ。しかし、今回働くところもなくなり、これから育ち盛りの子供たちをどうするのかと問い詰められ、ようやく首を縦にふる。(漫画の情報である)
無論私の散々な初夜ような事にはならないだろう。幸い私の部屋は彼らの部屋から遠く離れている。夫としてはスチュナとの幸せな空間に私がいて欲しくなかったのだろう。どこまでも最低な男である。私はそれに異論はない、むしろありがたいと思っている。毎夜彼らの情事を聞かせれるのに平然としていられるほど図太い神経ではない。細いくらいだ。繊細なのだ。前世の記憶がなかったら今頃私は間違いなく壊れているに違いない。来年には子供が増えているかもと、思い、それはそれでラヴァナ伯爵家が繁栄するならいいや、子供は好きだし存分に可愛がってやろうと思う。

と、そんなことを自分の部屋で考えていたらドアの外から、入るぞ、という声が聞こえ、夫が入ってきた。
「まぁ、どうなさったのですか。旦那様が私の部屋にいらっしゃるなんて何年ぶりかしら。」
と皮肉を込めて言ってやった。
「お前には申し訳ないと思っている。今の状況は全て俺の我儘が許されてしまっている結果だ。」
「申し訳ないと思っているなら、早く離縁して私を解放してください。」
「無茶な事を言う。それはダメだ。第一お前は家に帰って家族に向ける顔があるのか?」
「…」
離縁したいか、したくないか、と問われれば間違いなく前者を選ぶ、というか選びたい。(そしてそれが無理なことだということも承知している。)しかし、この家を追い出されて自力で生きていける状況をまだ私は作り出してはいない。ここにいれば少なくとも衣食住は保障されるのだ。また、結婚3年目くらいまで私は手紙で両親から孫はまだなのかと度々せっつかれた。しかし今となっては、もう諦めたのか、伯爵夫人としての地位があるならそれで満足しているのか、何も言ってこない。両親と稀に交わす手紙には子供のことは禁句のように書かれなくなった。そんな私が今、伯爵夫人止めてただいま戻りました、なんて実家に帰ったら…ダメだ想像できない。怖い。

「本来男爵位である、お前が伯爵夫人などありえないのだぞ。俺はお前に感謝される覚えはあっても怨嗟される覚えはない。もう少し自分の立場をわきまえろ。」
申し訳ない、と謝られたことにちょっぴり感動してたけど、そんな思いは木っ端微塵に砕け散った。
やっぱコイツあかんわ。怒りがこみ上げる。だったら私を妻に選ぶなっつーの。
「そのことは大変ありがたく思っております。両親も私達の結婚によって人脈が大いに広がったと喜んでおります。ところで旦那様はどのような条件でこちらに?まさか、先ほどの謝罪のためですか?」
「それもある。それともう一つある。スチュナたちのことだ。」
やっぱり釘を刺しにきたか。そうだよね。私って曲がりなりにも伯爵夫人ですもん。嫉妬とかして虐めちゃうかもって可能性もなきにしもあらずなんだ。でも、絶対そんなことはありえないけど。マジで、命かかってますから。
「お前がスチュナに嫉妬してしまうのも分かる。だが、妙な真似はするな。お前がスチュナ達に危害を加えた事が分かった瞬間にお前を追い出す。間違っても変な気は起こすなよ。」
「あら、旦那様、そのことは無用な心配でございますわ。私は旦那様のこと結婚当初からどうとも思っておりませんので。何事も平和が一番です。私はこれまで通り伯爵夫人としての務めを果たします。それに、スチュナ様とは良い関係が気づけそうなの。」
「そ、そうか。それなら確かに心配無用だな。……」
「えぇ。あ、そうそう、ところで旦那様、この家の時期伯爵はアルヴァンスさんになるのでしょうか。」
「あぁ、そうだ。」
「それなら安泰ですね。あ、でも、こんなことをいうのは不謹慎ですが、アルヴァンスさんに何かあり、伯爵当主となれなかった場合のためにもう一人男の子がいた方が良いのではないですか。スチュナさんに相談されてみてはいかがでしょう。」
「そうだな。この5年間俺はかねてからの宣言通りお前を一度も抱かなかった。聞くところによると、お前に愛人はいないらしいな。本当に子供はいいのか。」
「そんなこと、今更です。愛人がいないのはまだ本当に愛する人が見つからないだけです。子供は愛する人との子供が良いですから、旦那様には求めません。それにアルヴァンスさんとリザエルさんがいらっしゃいますから。私は彼らに対して本当の子供のように接するつもりでございます、どうぞお構いなく。」
「…それならいい…。」
気のせいかもしれないが夫は少し不機嫌な様子で部屋を後にした。

☆☆☆

月日はあっという間に過ぎていった。スチュナ達が屋敷にやってきてもう10年経つ。最初はスチュナ達を嫌っていた使用人たち(皆私に同情してくれスチュナ達を目の敵のように思っていた。)も今では彼女らの優しさを理解しすっかり忠実な者たちばかりである。
子供達、特にアルヴァンズを私は構い倒した。お菓子をあげて共にお茶を飲みんだり一緒に遠出をした。
あれ、なんか本来は夫とするようなことをしてるな。
大丈夫だと思っていた私も夫のあまりのかまってくれなさに寂しかったのかもしれない。実際アルヴァンズとのそれらは非常に楽しかった。
スチュナ達が屋敷に住んで以来子供は産まれなかった。そして、あの日の夜以来、夫の私に対する態度が少し変化した。前ほど冷たく扱われることはなくなった。まぁ、伯爵夫人の部屋は相変わらずスチュナが使っているが。それはもう、気にしない。10年も経つとそれが当たり前のようになる。慣れってちょっと怖い。それにそのことは私の意志で決めたことである。今更どうこうするつもりはない。
スチュナと私は今では良いお友達である。スチュナはセクシナンドと同い年で私とは9歳差、姉のような存在でいつも相談にのってくれる。良き友人だ。ある日スチュナに私への旦那様の扱いに不満を訴えたところ
「まぁ、最初からおかしいと思っていたけどやはりそうでしたのね。あの人は鈍感男だから一度ガツンと言われないと何も気づないわよ。今すぐ文句を言いに行きましょう。」
と手を引かれ、夫にいう、私が言い出すと夫はすぐ不機嫌にな顔になったが、そこにスチュナがすかさずフォローをいれてくれる。この二人、何が原因か知らないが、夫はスチュナには顔が上がらないようだった。それからというもの、力関係が夫>私から、スチュナ+私>夫に変わった。
私は二人の娘になったような気分であった。
スチュナは部屋も変えようと言ったが私は首をふった。今の自分の部屋を随分気に入っているのだ。部屋の趣味が良い。亡くなった奥様と私は案外気があったのかも知れない。あんまり、話す機会がなかったが。

そしてアルヴァンスは今年17歳、妹のリザエルは15歳だ。アルヴァンスは人間不信にはならなかった。ごく普通の好青年として成長中だ。
漫画の予定ならヒロイン、エミリー・モーカーと1年前に既に出会っているはずだ。そして今日の学園の卒業式の日にプロポーズするのであるはずだ。そうなのだが、彼は何故か「卒業式ってやっぱ疲れますね。」
と言い、呑気に私の前で紅茶を飲んでいる。もっと、いろいろ報告があるだろう。例えば婚約のこととか、婚約のこととか、婚約…以下略
なんてたって次期伯爵夫人が決まるのだ。
これは重要なことだと思い問いかける。
「アルヴァンス、今日のプロポーズは無事成功したの?」
ブッ!!

アルヴァンスが盛大に飲んでいた紅茶を吹き出す。
アルヴァンスは、紅茶:ミルクが3:7の割合である、それって紅茶なの?最早普通にミルクではと問いかけたくなるミルクティーを好んでいる。今、彼が飲んでいるのもまさにそれで…
ミルクって汚れと臭いが落ちにくいのよねぇ、と考えていたら、むせていたアルヴァンスが返事を返す。

「ゴホッ、ごほっ、けほん、な、なぜそれをクレアが知っているのですか⁉︎」
アルヴァンスは最初から私のことを〝クレア様〟と名前で呼んだ。私は何度も「ぜひ、継母(はは)と呼んで。」としつこくお願いしたが「無理です。俺が母親と認識する女性は唯一俺の実の母だけです。」と全く相手にされず、バッサリ期待を切られ、私の細やかな親心を見事に打ち砕いてくれた。
またいつからか〝様〟もなくなり普通に名前で呼ばれている。それはスチュナもリザエルも同じで、名前の方が親近感わくからむしろいいわね、とわたしも思い直し、それが今も続いている。

「別に隠さなくてもいいわよ、分かっているんだから。私には全てお見通しなのよ!」
とビシっとアルヴァンスを指差す。
出来ればこのセリフに、まるっとするっと、を付け加え、某女手品師のように決めポーズを決めたいものだ。

「あなたは今日の卒業式で恋人であるエミリー・モーカーにプロポーズをした。そしてこみ上げる嬉しさを隠すため平然と、私と今一緒にお茶しているのよ。今日の夜、旦那様が帰ってきた時に報告をして皆を驚かそうとしてね。どう、完璧でしょう、私の推理は。」
私はふふんと得意げな顔をした。

「は?……はぁ〜、全く分かっていない。」
名推理だと思ったのに盛大にため息を疲れた。
え、違うの?確かに最後の報告うんぬんは勝手な推理だけどプロポーズは間違いなくあっているはずだ。(だって漫画にそう描いてあるんだもん。)

「ツッコムところが多すぎて困るな。
まず、重要な誤解を解いておきたいんだけど、俺とエミリーは別に付き合ってなんかいません。ただの友達です。それ以上でも、それ以下でも彼女を見たことはないです。よって、彼女にプロポーズはしていません。あなたは僕が今平然とお茶をしていると言いましたが、実は、これからすることへの不安と緊張でいっぱいなのです。まぁ、そんなおっちょこちょいなところも可愛いくて好きですよ。」
「は?」
最後の方は聞き間違てしまった。ダメだわ、もうすでに耳が遠くなりかけている。まだ33歳よ。老化現象は早すぎるんじゃない?
「えーと、最後は良く聞こえなかっただけど何が好きなの?」
「あなたですよ、俺が愛している女性は昔も今もただ一人、クレアだけです。」
「……。」
私は呆気に取られた。というか状況に追いついていけない。この展開なんだろう???
あれ?じゃあプロポーズは?
「で、でもプロポーズって言葉に動揺したじゃない。あれは、どういう意味なのかしら?」
おそらく、今顔が引きつっているに違いない。
「そのままです。プロポーズしようとしていた人から、プロポーズに成功したか、と聞かれ動揺しない人っているんでしょうか。クレア、君は俺にここまで言わせたんだから、これから俺の言う一世一代のプロポーズを心して聞いてください。」
そう言うとアルヴァンスは私の目の前に来て片足をついて跪いた。

「僕と結婚してください、クレア。あなたはもう父の妻でもないです。離縁は正式に受理されています。あなたは確かに独身ですからね。あぁ、それと父や家族には既に了解済みですからね。何も心配することはないです。無論、あなたに拒否権はありませんよ。」

そう、キラッと爽やかな笑顔で話しかけるアルヴァンスに私は適わないのであった。
ある意味、私の本能的な〝危険察知センサー〟 は当たっていたのである。

☆END☆

























大半が設定の説明になってます。
読んで下さった方ありがとうございます。
お疲れ様です!
この短編を読んで不快な気分になったらすみません。
作者の自己満足作品です。

評価や感想は作者の原動力となります。
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