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おお勇者よ、死んでしまうとは情けない……えっ、ならお前が行け?【長編版】 作者:黒猫時計

第二章 グランフィード編

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強盗犯の影

 新しい夜がきた。希望の夜だ。
 宿の三階。
 街の明かりが差し込む薄暗い一人部屋の扉の前で、わしは財布を握りしめる。Gの確かな感触を手のひらで感じながら、緊張に震えるもう片方の手でそっとノブに手をかけた。
 ほんのわずかに蝶番が鳴いたが、比較的静かに部屋を出られたと思う。
 両隣の二人には気づかれていないだろう。
 廊下は煌々と明かりが灯っているため、あまり挙動不審な行動をすると怪しまれる。だから部屋を出たら普段通りを心掛けて歩いた。
 時刻は八時。これから歓楽街や風俗街が賑わい出す時間だ。もちろんカジノもな。
 逸る気持ちを抑えながらも、自然、期待に足取りは早くなる。
 廊下の角を折れしばらく進むと、二階へ下りる階段を上ってくる見慣れた赤鎧に遭遇した!
 ドッキーン! と心臓が跳ね回る。

「あれ、おっさんどうしたんだ? こんな時間にお出かけか?」
「えっ! ああ、うむ。少し腹が空いてな」

 咄嗟なことに慌ててしまうが、なんとか言い訳を口に出すことが出来た。
 目が泳ぐのを隠すため、わしは窓の外へ視線を投げる。
 それを知ってか知らずか、ライアはからからと笑い、

「なんだ宿の夕食じゃ足りなかったのか。だったら、あたしも付き合おうか?」
「なんと!?」
「まあ特にやることもないし、付いてってやるよ」

 その申し出は嬉しくもある。これはデートというやつではないか。一度もしたことがないからな。好感度を上げるためにも重要なイベントだ。非常に魅力的な相談ではあるが……。

「いや、今夜はやめておこう」
「なんだ、行かないのか?」
「うむ。やはり、あまり食べすぎては防具の加工代がだな」
「ああ、そういうことか。てっきりあたしは、デートの誘いを断られたのかと思ったよ」
「それはまたの機会にするとしよう。今から楽しみだな、うはははは! というわけで、わしはトイレに行ってくるぞ」

 うむ、うむと頷きながらわしはライアの横を通り過ぎる。
 と、急に肩を掴まれた。またも心臓が跳ね上がる。

「トイレならこの階にもあるぜ?」
「あー、いや、少しでも歩かんと。運動不足だからな、はは、は……」

 なんとも心臓に悪い。
 そうして、多少怪訝な顔をされつつもわしは二階へ下りることに成功した。
 螺旋階段を下りていくと、一階との間の踊り場に青い法衣が立っていた!
 なぜ続けざまに二人に遭うのだ、運がないにも程がある。

「あら、勇者様、こんな時間にどちらへ?」
「えっ! ……いや、あの少し腹が痛くてな。夕食に出た毛サワガニが中ったのかもしれん」
「それは大事ですね。私がキュアで治療しますから大人しくしててくださいね」

 こちらへ腕を伸ばし、患部だと思っている腹へ手をかざすソフィア。
 このままでは外へ出る口実がなくなってしまう!

「いや、いやいや、わしは道具屋で見かけた腹痛に効く薬を試してみたくてな」
「そんなもの売ってました? 見かけたことないのですけど」
「交易が盛んだからな、大方隣の領土からも仕入れたりしているのだろう」
「隣、というか祠を飛んだ先は魔法の国ですわ。基本的に魔法武具なんかしか作ってないはずですが。それに、治せる病は神父やクレリックが治療するものです。錬金術師もいないこの辺りでは、お薬なんて作ってないんですけど?」

 ハッ!? こいつは墓穴を掘ってしまったか?
 訝しみ、眉間に皺を寄せてわしの目をのぞき込んでくるクレリック。真偽を見極める目は空恐ろしい。
 耐えられなくなり、わしはついに強行突破をすることに決めた!

「は、早く行かねば道具屋が閉まってしまう! ではな」
「あ、勇者様――!」

 咎めるようなソフィアの声が背中に降ってきたが、いまは構っている暇はない。
 なんとかソフィアも振り切ったわしは、宿の外へ飛び出した。
 スタコラサッサと夜の街を駆け抜け、歓楽街へとやってくる。
 飲食店や遊技場の明かり、カジノのネオンが煌びやかに灯り、その瞬きはまるで小さな頃に見た万華鏡のようだった。
 目的の看板を下から見上げ、

「ふふ、カジノよ! ついにわしは帰ってきたぞウサギさん!」

 財布をきつく握りしめ天高く腕を突き出しながら、わしはカジノの扉へ突撃した――。

「ふ、ふふ……」

 やはりわしは、運がいい男だ。
 あいや、ウェンネルソンで見たあのバニーちゃんはいなかったから、一概にそうとも言い切れぬところがなんだが。
 魔物へのリベンジは未だ果たせていないが、カジノへのリベンジは果たせたぞ!
 850Gを元手にし、スロットで15000G勝ち、ハイ&ローのダブルアップで勝ったことで、合計が50000Gになった!
 本当はもう少しあったのだが、それはバニーへのチップ代と、そして――

「うははははっ! 笑いが止まらんな!」

 カジノの景品に『バニースーツ』があったから残り一つを交換してきたのだ! もちろんうさ耳のカチューシャと黒の網タイツもあるぞ。
 ちなみに、わしが着るものではなく、ライアかソフィアのどちらかに着せるために交換したのだが。
 ライアの零れそうな美巨乳のバニー姿! ソフィアのはみ出さんばかりの美尻のバニー姿! 想像するだけでマイサン元気!
 ……着てくれるだろうか? いや、無理だろうかなー。

「まあ、そんな先の話はいまはどうでもよい。目の前の快楽を追わねば!」

 わしは気持ちを切り替え、風俗街を目指した。
 ふふふん♪ このお金で前々から気になっていた尻のお店に行こう! 洗体も気になるが、まずは尻から順に制覇しなければなるまい。どんなことが出来るのか楽しみだな。
 あまって余裕があれば、ほかの店も覗いてみよう。女子に膝枕をされながら耳かきとか、さぞ気持ちが良いのだろうなー。顔を埋めてみたりなんかして! 期待に妄想は膨らむ。
 歓楽街の道を脇にそれ、細く暗い裏路地を行く。この先に何もないのであれば不気味で恐ろしく感じるだろうが、先に輝く桃源郷があると思うと恐怖も雲散霧消するというもの。
 路地の先から、微かにピンク色のネオンが漏れてきている。そんな店の目と鼻の先で――
 ドガッ!

「ぐあっ?!」

 いきなり後頭部に強い衝撃を感じ、わしは顔面から地面に倒れた。唯一の王である証、王冠はカラカラと音を立てて転がり、手にした50000Gの入った袋は重い音を立てて横たわる。
 路地の道は細く狭い。両手を広げた程度の道幅だ。何者かが隠れられるようなところはない。とすると、

「上からか……」

 確認しようと頭を動かすが、あまりの痛さで見上げることも出来なかった。
 せめて犯人の姿だけでもと思い、なんとか首を振る。
 犯人は腰を屈め、Gの入った袋と王冠に手を伸ばそうとしているところだった。

「くっ……」

 黒いフード付きマントを視界に収めたところで、目の前が暗くなっていき――わしの意識がそこで途切れた。


「――っさん、おっさん!」
「――勇者様!」

 聞こえた声に、混濁した暗い海から意識は浮上し、人工的でない光を眼裏で感じた。静かに瞼を開けると、心配そうにわしをのぞき込むライアとソフィアの姿があった。
 窓を開けているのだろう。そよ風が二人の髪を揺らし、微かにシャンプーの匂いが香ってくる。外からは人々の声が聞こえてくるため、時間帯は日中だと分かる。

「よかったー、生きてたか」
「だから、生きてるから大丈夫って言ったでしょ。少しは私を信用しなさいよ」
「でもよ、さすがに三日も寝てたんじゃ心配にもなるだろ」
「それはそうだけどさ」

 二人の会話から、どうやらわしは三日も寝続けていたらしい。
 ゆっくりと上体を起こそうとすると、急に後頭部が痛みを訴えてくる。
 押さえた頭には包帯が巻かれていた。

「そうか……わしは殴られて……」
「起きられるか?」
「あ、ああ、なんとかな」

 言ったところで上手く起き上がれず手間取っていると、二人が介助してくれた。

「ありがとう」
「おっさん、一体なにがあったんだ?」
「道具屋の店主と喧嘩でもしたのですか? それにしても身包みまで剥がされるなんて、ひどい店主ですね」
「なんの話だよ。おっさんはトイレに行ったんだろ?」

 まずい。この二人に話した理由に齟齬があった。統一しておくべきだったなと、今さら後悔しても後の祭りだ。
 しかも目的は勝てるかもわからないギャンブルで、真の目的である風俗に行くため宿を出ただなんて。しかも情けないことに、暴漢に襲われこの有様とは……。
 追及逃れのため、わしは咄嗟に話題を変える。

「ところで、なんでわしは宿で寝ておるのだ?」
「ああ、それは巡回中におっさんを見つけた衛兵が、所持品の中から宿の部屋番号が書かれたプレートを発見したからだよ」
「それまで盗られていたら、今ごろどこへ連れていかれてたか」

 それまで? 他にもなにか盗られているのだろうか?
 部屋中を見渡してみる。そこには、いつもはあるはずのものが色々なかった。
 ウェンネルソンで買った袋も、アルノーム王の王冠もない。どころか、鋼の剣も盾も、革の鎧ですらそこにはなかった。

「わしの所持品が、ない……」

 思わず涙が滲む。
 誇りである代々の王冠もない。苦労して手に入れた鎧も、仲間が贈ってくれた盾も、依頼の礼として受け取った剣もない。
 気になっていた尻専門店を楽しみ、あまったお金でほかの店も行けたらいいな。そんなことを思ってGを放り込んだ袋も……バニースーツですら……。
 ふと、机に目をやると――そこには、ライアが拵えてくれた革の財布が置かれていた。ホテルの部屋プレートしか入れていなかったのがよかったのだろうか。
 それだけはよかったと、安堵に胸を撫でおろす。

「でも、生きてただけいいじゃねえか」
「そうですわ。命があるということは、犯人を探し出して豚箱にぶち込む機会があるということです。まあ、もし死んでいたとしても、私が復活の魔法でこっそり蘇生してあげますけど」
「お前、禁断の蘇生魔法まで使えるのかよ……」
「元神父代理だから、勇者を復活させる魔法くらい使えなくちゃね、務まらないのよ」
「相変わらず多才なんだな」
「あら珍し。一様、誉め言葉として受け取っておくわ」

 そのことについては有難い話ではあるが。
 それでも、失ったものへの未練、落胆は隠しきれそうにない。せっかく……。
 いや、しかしこれもまた考えよう、か。

「まあ、命には代えられんか」
「そうだぜ、元気出せよ!」

 ライアは肩をポンと叩いてくる。いつもならバシバシ叩いてくるのに。きっとわしを気遣ってくれているのだな。

「それで勇者様、起きたばかりで悪いのですが。犯人の顔は見ましたか?」

 神妙な顔つきで尋ねてくる。
 が、わしは力なく首を左右に振った。

「黒いフード付きのマントを着ていたのは覚えておるが、顔までは見えなかったな」
「フード付きの黒いマント……」

 ソフィアは顎に手を当て、なにやら思量する。
 心当たりがありそうなその様子に、ライアが「何か分かったのか?」と問うと、

「街の服屋でそんなのを見かけたわ」
「ってことは、聞きに行けばなにか分かるかもしれないな」
「勇者様、私たちは聞き込みに行ってきますので、ここで大人しくしていてくださいね」
「しばらく養生してろよな」

 そう言い置くと、二人は真剣な顔をして部屋を出て行った。
 わしは思い遣ってくれるその心遣いに、また目頭を熱くするのだった。
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