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神無の世界 作者:赤雪トナ
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39 復讐の錆びた刃 後

 三十分ほどで、台車二台を引いた三人が戻ってきた。セルシオが引き、リジィが押す台車には食料が。イオネが引く方には宝石や武器といった換金できるものが。

「それで全部か?」
「いや、もう一往復するよ。食器とかも持ち出したいし」
「そうか、じゃあここで見張りを続けてるぞ? 勝手に持っていかないように見ていないと駄目だろうし」
「わかった」

 台車の中身を地面に置き、三人は再び洞窟に入っていく。
 三人が出てくる前に、捕らわれていた者たちは全員出てきて、自由を得たことに戸惑っている。唐突に訪れた自由に実感がないのだ。
 合計人数は大人子供合わせて二十五人。中には賊に犯され心神喪失している者もいて、ほかの者たちに介抱されている。
 必要な物を持って出てきた頃には、日が傾き始めていた。

「今日はこのままここで夜を明かして、明日出発する?」
「俺はそれでもいいんだが。何人かこっちに来てくれ」

 シデルは捕らわれた者たちを呼び、どうしたいか意見を聞く。
 近寄ってきた者たちは話し合い、意見をまとめた。

「すぐには動かせない者もいるから、出発は休んでからにしてもらいたいです」
「わかった。じゃあ、夕飯の準備しないとな。出来る奴に頼んでくれるか?」
「はい」
「ああ、そこの食材全部は使うなよ? 近くの村に着くまでに必要な食材だからな?」
「わかりました」

 調理のできる者にそれを伝えに走っていく。

「夕飯の後に金品渡せるように仕分けしようと思うけど、シデルはどうする? このまま見張り続ける?」
「俺は馬をとってくる。少し離れたところに置いてきたからな。もしかすると魔物に襲われているかもしれん」
「じゃあ、その間俺が見張りに立ってるよ」
「頼んだ」

 シデルはその場を離れていく。
 仕分けをイオネとリジィに頼み、セルシオは周囲の警戒を始める。
 そのセルシオに、右足を痛めているのか歩調がぎこちない男が近寄ってくる。

「なあ、あんた」
「なんですか?」
「俺たちこれからどうするんだ? このままここに滞在するわけじゃないだろう?」
「今日はここで一泊して、明日近くの村まで送り届けますよ。そこからはあなたたちの自由です。暮らしていくのに必要な金品は後で配ります」
「自由か、故郷に戻っていいってことだよな?」
「ええ、誰も止めませんよ」
「そうかそうか……ありがとう。五年前あいつらに捕まって奴隷として扱われ、このまま死んでいくと思っていたんだ。助けがくるなんて思ってもいなかった」
「礼ならシデル、斧を持った傭兵に言ってください。彼が動かなければ、俺たちはここに来なかった」
「わかった。忘れずに礼を言っておくよ」

 シデルにとってはこの人助けは仇討ちのついでだろう。それでも礼を言われて悪い気はしないはずで、それが復讐心で冷えた心を温めてくれることをセルシオは願う。
 夕日が荒野を照らし、真っ赤に染め上げる頃、スープの匂いが周囲に漂いだす。その頃にはシデルも戻ってきていた。馬は無事だったようで、賊の持っていた馬と一緒に飼い葉を食べている。
 日が完全に落ちると、三箇所につけられた焚き火が周囲を照らす。
 皆が夕飯を食べ終えると、セルシオは皆に呼びかけて、一列に並んでもらう。動けない者には介抱している者に預け、子供の分は世話をしている大人に渡し、一人五万ほど渡した。
 十万ほど残った金品は、ミツサイドにいる役人に渡して、賊のいた洞窟の処理をしてもらう。
 賊の使っていたナイフや剣は、魔物に襲われた時のため大人に渡しておいた。余った武器は役人に渡すことになる。
 作業を終えた四人は、焚き火を囲んで話し始める。

「責める気はないのですが、どうして一人でここに来たんです?」
「我慢できなくなったんだ。賊がここにいるっていう情報はアーエストラエアを出る十日前に手に入れていた」
「どことなく落ち着かない様子だったのを覚えてるよ」

 気づいていたのかとシデルは少し驚く。

「情報を知った時点ではもっと強くなる必要があるって思ってたんだが、長年知りたかったことが知れると思うと我慢できずに街を出た。一人で来たのは、既に言ったように血なまぐさいことに巻き込みたくなったからだな。相手は悪人とはいえ、人殺しは精神的にいいものじゃないからな」
「リジィにはそんな経験させたくないと思って戦ってましたから、気持ちはわかりますわね」
「だね」

 なるべく殺さない方向で動いていたセルシオとイオネは、シデルの言い分が理解できた。
 子供扱いされているようで、もう子供ではないとリジィは言いたかったか、自身のことを思っての言葉だとわかるので複雑そうな表情を浮かべるだけとなる。
 シデルはリジィだけではなく、セルシオとイオネにも人殺しはさせたくはなかったのだが。

「ここの人たちを送った後すぐに道場破りのところに行くの?」
「ああ、勝てるかどうかはわからんが、一度動き出したんだ止める気はない。その時、手は出さないでくれ」
「勝つ自信がありますの?」
「……当時の記憶を思い出して強さを推測したが、低い」
「死ぬところを見届けろと?」

 イオネは目を細め問う。セルシオとリジィは承服しかねるといった表情だ。

「そうなるかもしれないが、一人でやりたいんだ」
「ここで頷いても、実際にその場面を見たら勝手に体が動くと思いますわ」
「だろうな。俺だって三人に同じ事を頼まれてもきっと体が勝手に動くと思う。それでもできるだけ一人でやらせてほしい」
「我慢できるところまで我慢する。約束できるのはここまでだよ、俺は」

 リジィも同意見なのか、こくりと頷いた。

「私もですわ」
「……それでいい。ようは勝てばいんだからな」
「そうだね。そういや手伝いは断るけど、その前の手助けはどうなの?」
「例えば?」
「このチョーカーとか、リジィとイオネの道具を貸すとかは?」
「それはむしろ助かるな。勝つ可能性を上げられる」
「じゃあ、道場破りに会う前に渡すことにするよ」

 道場破りについての話はそこで終わり、見張りの順番を決める。
 体調を整えたシデルとリジィは平気だが、セルシオとイオネは眠くなってきていた。最初の見張りをシデルに頼み、二人は横になるとすぐに寝息を立て始める。

「疲れていたのか」
「昨日少ししか寝てなかったから」
「リジィは平気なのか?」
「少し疲れてるけど、まとまった時間眠らせてもらったから」
「そうか。疲れているならリジィも寝るといい」
「うん、おやすみ」
「ああ」

 セルシオの隣に行って寄り添うように寝転ぶ。十分ほど経ち、リジィも寝息を立て始めた。
 寝るにはまだ早いので、シデルのほかにも起きている者はいたが二時間も経つとほぼ全員が眠った。
 予定よりも長めに見張りに経ったシデルは、何事もなく二番目のセルシオを起こし眠る。セルシオも何事もなく見張りを終えて、イオネと交代した。そしてイオネはそのまま朝まで見張りに立ち続ける。
 セルシオたちはまだリジィに夜中の見張りをさせる気はない。馬車で移動していた時も日が出ているうちの見張りしかさせていなかった。健やかに育ってほしく、成長期の今に夜更かしをさせる気はなかった。
 朝になり、朝食を食べた一行は、早速村へと移動を始める。人々の中には歩けない者もいる。そういった者は台車に載せて運んでいる。食料や調理器具などを載せた台車は、シデルが乗ってきた馬に運ばせ、シデルの近くを歩かせている。
 子供の足にあわせているので、のんびりとしたペースで一行は進む。先頭にはセルシオとリジィがいて、最後尾にはシデルとイオネがいる。
 昼食後、出発して三十分ほど経った頃、セルシオがふと西を見る。小さく動く影を捉えた。

「兄ちゃん?」
「魔物だ。リジィ、強雷線使えるようにしておいて」
「うん」

 リジィにスキルブーストの剣を渡しつつ話してから、皆に聞こえるように大声を出して魔物接近を知らせる。
 人々は動揺し、武器を持った者たちはたどたどしい手つきで武器を抜く。

「俺たちがどうにかするから、皆さんは動かないようにいいですねっ?」
「セルシオ! イオネは西から気配を感じるって言ってるが?」
「俺も同意見だよ」

 すぐに魔物の姿がはっきりと見えるようになる。
 魔物は二頭いて、どちらも象と同程度の大きさのバッファローだ。体は黒く、片方は角が額に一本生えていて、もう片方は曲がった角が二本耳の辺りから生えている
 セルシオは放浪戦牛という魔物だと本から得た知識で判断した。角一本の方が雌で、二本が雄で、おそらくあれらは番なのだろう。この魔物は一定の住処を持たず、餌を求めてあちこちと動き回る。このことから放浪の二文字が名前についた。

「どれくらい強いかわかるか? あとどんな攻撃してくるかもだ」
「ダンジョンの階層だと百十階あたりだって。特殊な攻撃はなくて、体当たりといった接近戦のみ。油断しなれば大丈夫だと思う」
「俺とセルシオ、イオネとリジィでわかれて戦うって方向でいいか?」
「いいよ。離れているうちに一度リジィに攻撃してもらうつもりだけどね」

 言っているそばからリジィが強雷線を飛ばす。真っ直ぐに雷が飛び、雄に当たり、その場に足を止めさせた。威力はブースト分が上乗せされているとはいえ、強雷線を覚えたばかりの頃とは比較にならない。
 魔物に怯えていた人々は、年若いリジィの強烈な先制攻撃にどよめいている。傭兵とはいえ、足手まといなのだろうと思っていたのだ。
 セルシオは剣を返してもらい、元気な方へと走っていく。シデルとイオネも続いて走り出す。
 ある程度まで近づき、セルシオは飛び上がり角へと剣を振り下ろした。

「はあっ!」

 斬閃撃も使っていたため、角を斬り飛ばすことに成功した。
 足元に着地したセルシオを蹴り飛ばそうと、放浪戦牛は暴れる。それをセルシオは横に飛び転がって避ける。
 立ち上がると、放浪戦牛はセルシオに突撃してくるところだった。落ち着いて避け、軽く斬りつけ気を引く。
 セルシオが囮となっている間に、シデルは斧を構えて決定的な隙を探す。そうして放浪戦牛の視界に入らない位置に移動して、後ろ足へと斧を振りかぶる。

「バーストスイング!」

 魔術戦士となったことで覚えたスキルを使う。これは武器の先から魔術を放出し、振る速度を上げるスキルで、使う魔術によって副次的な効果が異なる。風の魔術の場合、純粋に速度があがる。氷だと切り傷が凍傷に、シデルの使う炎だと火傷だ。
 シデルの攻撃は太い足を斬り飛ばし、切り口を焼いたためほとんど血は流れない。これにより放浪戦牛の敏捷力が落ち、二人は有利に戦闘を進めて、怪我一つなく勝った。
 一方のリジィとイオネはというと。セルシオたちよりも早く終わっていた。イオネが近づき様に鉄拳で、放浪戦牛の横っ面を殴り、横倒しにして、さらに追撃の鉄拳を腹に叩き込んだ。それが止めとなった。
 早い決着に、人々は歓声を上げる。それにイオネは片手を上げて応えた。

「お疲れ様ですわ」
「そっちもな」
「魂稀珠になるまで待つ?」
「血の匂いでほかの魔物が集まってくる可能性もありますし、すぐに出発した方がいいかと」
「そうだな。俺も出発に賛成だ」

 セルシオはわかったと頷く。
 それを一行に知らせ、出発する。放浪戦牛がいい囮となったか、その後の襲撃はなく、無事にミツサイドに到着した。
 入ってくる人の多さに、村人たちは何事だと集まってくる。警備の人間もやってきたので、セルシオたちは賊から解放した人間だと説明する。
 ここに留まられると治安が悪くなるかもしれないと心配する警備に、旅支度を整えたら故郷に帰る者がほとんどだと言うと安心したように胸を撫で下ろす。
 ここまで連れて来た人たちは、四人に礼を言い早速換金のため店へ向かう。服屋雑貨屋馬車屋は入ってくる収入に顔を綻ばせることだろう。
 その場に残った四人は、詳しい情報を求める警備に用なしとなったメモを渡し答えていく。

「やはりあそこにいたのか」
「確信はなかったんですか?」
「ああ、洞窟のどこかにいるかもしれないという推測だけだな。あとはこの村で戦える者を集めてもどうにもできず、手が出せないという事情もあり、近寄らないようにしていたんだ」

 賊の住処に近い村でこれなのだ、ラーンたちも情報の入手には苦労した。結局は捕まえた賊が吐いた情報にここのことがあり、それがクレイルからシデルへと流れたのだ。

「ここにあいつらから奪った金と武器がある。これで傭兵を集めて、残党狩りするといい。着服しても俺たちは気にしないが、全員殺したわけじゃないから、元気になればまた被害が出始めると思うぞ」
「今がチャンスだろうし、着服なんかせずに潰すさ」

 運んできた台車ごと武器とお金を渡す。

「お前さんたちを雇うという選択もあるんだが、予定はどうなんだ?」
「これから行くところがあるから、雇われるわけにはいかないな」
「そうか。賊と金品をありがとう。あとは俺たちでどうにかする」
「頑張ってくれ」

 人助けも終わり、四人は馬車を探し乗る。シデルの使っていた馬は借りていたもので、それは返した。
 馬車でネルゼウの北町まで戻り、そこで十分に疲れを取り、ベンセルトへと出発する。そちらへは馬車は出ていないので、徒歩になる。
 一歩一歩仇に近づいているということで、シデルの緊張は比例するように高まり、口数も減っていく。
 緊張を解すいい案も思いつかず、セルシオたちは見張りの時間を多めにとって、体調を崩さないようにフォローするのみだった。
 ネルゼウを出て二日目の夕暮れ、とうとうベンセルトに到着した。すぐ近くに見える小さな山をシデルは強く睨んでいる。

「とりあえず空き家でも借りようと思うけど、それでいい?」

 見た感じ宿はなさそうだ。空き家を借りることになるだろうと思い聞く。

「ああ、万全の状態で挑みたいからな」

 村の中を進み、歩いていた住人に空き家を借りれるか聞く。雰囲気の硬いシデルにびくつきながらも頷く。

「かまわないけど、こんな村になにしに?」
「特になにかをしにきたわけではありませんわ。旅の途中で日が暮れたので一夜の宿でもと」
「そうかい」

 納得したように頷く。あっちに見える家を自由に使うといいと指差し、男は去っていく。
 手入れのされていない家を軽く掃除して、夕食を作り、一夜を明かす。
 静かに興奮しているシデルが眠れそうにないので、薬入りの煙幕を使おうかとセルシオは聞いたが、明日に不調が残っても嫌なのでシデルは断った。
 夜が明けて、身支度を整えた四人はいつでも出発できる状態となる。

「シデル。約束の道具」

 チョーカーをシデルに渡す。

「これからも一緒に探索したいからさ、勝ってね」
「ああ、俺もまだまだ一緒にいたいさ」

 次はリジィが手袋を渡す。

「死んだら駄目だよ?」
「わかってる」

 最後にイオネが腕輪を渡した。

「全力を尽くして仇を討ちなさい」
「もちろんだ」

 同時刻、なにかを感じ取ったかオータンがシデルの無事を祈る。一心に祈る様を見て、家族や使用人たちは声をかけづらく、オータンはそのまま祈り続ける。
 それぞれの思いを受け取り、シデルは仇を討ち、生きてアーエストラエアへと帰ると決意する。
 空き家を出た四人は、裏山へと足を踏み入れる。誰も声を発することなく、三十分ほど歩き、視線の先にあちこちと修復されているボロ小屋を見つけた。
 軒先では十三才くらいの少年が食器を洗っている。
 足音に気づいた少年が顔を上げ、四人を見る。

「こんなところになにか用事ですか?」
「ここにクロフという男がいると聞いた」
「ええ、いますよ」
「そうか、いるか」

 途端に濃密な殺意が周囲に放たれる。
 魔王級で慣れている三人は流すことができたが、少年はそうもいかなかったようで腰を抜かし座り込む。

「誰だ? 朝っぱらから殺気を飛ばす奴は」

 赤茶に白髪交じりで、無精ヒゲを生やした男が出てくる。手には抜き身のブロードソードがある。五十を少し過ぎたくらいで、顔や腕などに大小の傷が見える。だが一番目をひくのは、顔色の悪さだ。赤みはほぼなく、医者でなくとも体調が悪いと一目でわかる。体の線が細いのは、無駄な筋肉を削ぎ落としたということもあるが、体調の悪さで痩せているせいでもある。

「せせせ先生! 寝てなきゃ駄目だろ!」
「師ではないと何度言わせる。それよりもだ。お前は誰だ?」
「お前が斬った人間の息子だ」

 噂によれば道場破りクロフ・デドリンドが斬り殺した人間は三百を超える。その中の一人を覚えてはいないだろうと、シデルは大雑把に答えた。その予測は当たっており、名前や特徴を言われてもクロフは思い出せなかっただろう。

「仇討ちか。運がいいのか悪いのか」

 にやりと笑う。そんなクロフに少年が近寄り怒鳴る。

「運が悪いに決まってるだろ! そんな状態で戦えるわけない!」
「なめるなよ小僧? 病気に侵されてもこのような男の一人に負けるわけがなかろう」

 クロフが三年前から活動を少なくしていたのは病気になったからだ。病気になったばかりの頃、動けるのだからと治療など考えずに戦い続けた。そのせいで病気は悪化し、以前のような動きはできなくなり、さらに寿命を大きく削った。
 運がいいと言ったのは、このような状態の時にやってきたシデルではなく、死に際まで戦える自分に対して言ったのだ。運が悪いというのは、最後かもしれない戦いに万全の状態でいられないことへだ。
 クロフは止められないと、少年はシデルに顔を向ける。

「なあ、あんた! 仇討ちなんて止めてくれ! 先生はもう一月も生きられないんだ! ほっとけば勝手に死ぬ。それで仇を討ったことにしてくれよ!」
「邪魔だ」

 聞く気なしと、斧を少年に向けた。再び殺気にさらされ動きが止まる。

「どいておれ」

 クロフも少年を横にどかせる。
 押す力は弱く、こんな状態で戦えるわけはないと思うが、二人の雰囲気にのまれてしまいなにも言えない。
 クロフはゆっくりと庭に出て、シデルを見る。病気で弱っているとは思えないほどの苛烈な眼力で、シデルに初めて出会った頃のクロフを思い出させた。
 再会した当初は思い出の姿よりも小さく見え、過去の恐怖から強化していた部分があるのだろうと思っていた。だがこの視線で思い出そのままだと、考えを改める。

「いつでもいいぞ?」

 そう言うクロフは構えなどなく、右手に剣の柄を持ち、自然体でいた。左足を半歩分前に出しているのが、特徴といえるかもしれない。
 対するシデルは斧を両手で持ち、肩に抱える形でいる。腰を落として両足を前後に開いた状態だ。
 どちらも動くことなく、時間が流れていく。クロフは涼しい顔で、シデルは汗が流れている。

「俺が死ぬまでそうしているつもりか?」
「……っ。ぉ、おおおおおおおっ!」

 動けない自分を叱咤するように、シデルは雄叫びを上げてクロフとの距離を詰める。斧には炎が巻きついている。
 クロフはシデルが接近する前に上段の構えを取る。体力のなさはよく理解していた。そこで相手から近寄らせて少しでも体力を温存し、間合いに入ったら一番得意な唐竹割りで終わらせようと思っていたのだ。
 シデルも似たようなものだ。向き合って技量差は嫌になるくらい理解できた。長い戦いにはならないだろうと思え、全力全開短期戦を挑む。
 両者は似たような上段からの振り下ろしで、武器と武器をぶつけ合った。鍔迫り合いなど起きず、武器はそのまま振り下ろされて、両者共に斬った。シデルの斧はクロフの剣によって綺麗に斬られており、クロフを斬ったのは斬られて鋭くなった切り口だ。
 シデルは右肩から斬り落とされ、クロフは胸を斜めに斬られた。

「負けか」

 一言発して、クロフは崩れ落ちた。一撃で殺せないなら体力のもたないクロフに勝機はないのだ。
 シデルの勝因は、チョーカーでの強化を頑丈さではなく、筋力にしたことだろう。武器がぶつかり合うほんの少し前に、筋力を強化したおかげでぶつかり合いの際に、クロフの剣の軌道をそらすことができた。
 頑丈さを強化していれば、軌道を変えることはできず、防御など関係なく胸を斬られて負けていた。クロフの腕はダマスカスなど切り裂ける域にあったのだ。
 止めをさそうとさそうと痛みを堪えてシデルは斧を振り上げる。そこに少年がシデルを突き飛ばすようにぶつかってきた。斧は軌道をそらし、地面を叩く。
 無言で睨むシデルに、少年は臆することなくクロフを庇い睨み返す。その間にセルシオがとっておきの大治癒薬を使って、シデルの肩を治療してくっつけた。

「ザルト、庇ったところで意味はないぞ。この戦いで俺の命は尽きた。もう十分もせずに死ぬ」

 残り少ない体力を燃やしての攻撃だった。勝っても負けても待つのは死だったのだ。
 自身の死を笑みを浮かべて伝える。結果は負けでもベッドの上ではなく戦いの中で死ねるのが嬉しかった。

「それでもっ少しでも生きてほしい!」
「物好きなやつだ。しかし殺されて当然なことをしてきたんだ。止めをさすのは殺された者の親類には当然の権利だぞ?」
「そんなの知ったことじゃない!」

 クロフと話ながらもザルトはシデルから視線を放さない。
 小さく溜息を吐いたシデルは斧を引く。自身の攻撃が原因で死ぬなら、仇を討ったも同然だろうと思うことにしたのだ。
 復讐一色で心が染まっているなら、ザルトごと斬るのだろう。しかしそうしないということは復讐を誓ってから今まで復讐だけではない生き方を見つけていたのかもしれない。
 死ぬというのに癪にさわる満足げな笑みを浮かべたクロフを、不機嫌そうに一瞥しシデルは歩き出す。達成感はあるが、今は少しでも早くオータンに会いたかった。

 ベンセルトを出て、アーエストラエアへと真っ直ぐ帰り、その足でシーズンズ家へと向かう。
 見知った門番に声をかけると、シデルが来たらすぐに通すように言われていたようで、待たされることなく屋敷へと入ることができた。
 オータンの部屋に前に立ったシデルは、緊張した様子で深呼吸しノックする。返事が聞こえ、シデルは扉を開いた。
 シデルが中に入ると、別れた時よりも少し痩せ、顔色もいいとはいえないオータンがいて、表情を驚きから安堵、そして歓喜へと変えていき、勢いよくシデルに抱きついた。シデルも抱き返す。

「おかえりなさいっ」

 少し体を離して、しっかりとシデルの目を見て、万感の思いを込めた言葉を送る。

「ただいま。少し痩せたか?」
「食べる量が少し減っていましたから」
「体が丈夫じゃないんだ。しっかり食べないと」
「家族からも言われました。でもあなたが無事に帰ってきたから、今日からは大丈夫です」
「心配かけたな。もう終わった」
「はい、お疲れ様でした」

 もう一度力強く抱きしめあう。
 そんな二人を見ながら小声でセルシオたちは話す。

「私たちのこと忘れてますわね?」
「まあ、仕方ないよ」
「嬉しそうだからいいと思うよ」
「ん?」
「どうしたの兄ちゃん?」
「腕輪が」

 セルシオの挑戦者の腕輪が小刻みに震えだした。
 同時にセルシオの脳内に中性的な声が聞こえる。

『仇討ちの介添え人及び恋のキューピット達成。資格者ポイント6に到達。適格者条件達成。これより肉体適正化を始めます』
「なに? か、体から力が抜けて、いく?」
「兄ちゃん?」
「セルシオ? どうしましたの?」

 セルシオは二人に答えることなく、床に倒れこみ意識を失う。
 リジィは倒れたセルシオを揺さぶり、イオネは呼吸や脈を確かめていく。

「どうしたんだ!?」

 抱き合っていたシデルもセルシオの異変に気づく。

「わかりません。突然倒れて。呼吸も脈も小さくなっていますし」
「医者を呼びましょう。シデルはセルシオさんを客室へ」
「わかった。イオネはリジィを頼む」

 いまだ心配そうに揺さぶるリジィをイオネに任せて、シデルはセルシオを抱き上げて客室に向かう。
 昏々と眠り続けるセルシオに、シデルは何事もなければと祈る。


 セルシオが倒れたその日、世界中に一つの神託が下った。
 大国と五つの本神殿の長に伝えられたのは、適格者誕生の知らせとその人物のいる都市、そして名前。
 神殿の長は適格者の意味を古来からの伝承で知っている。しかし大国の王の中には意味を知らない者もいた。そういった国は古の大国の流れを汲むものではないからだ。
 かつて神が適格者の意味を教えたのは、神殿と大国の長。神殿は変わらずそこにあり続けたが、国はそうはいかない。滅びて生まれてを繰り返し、記録を失う国も珍しくなかったのだ。
 神殿の長から聞いて、中途半端に意味を知る者もいて、それぞれの対応は殺害や入手と同じものではなかった。
 それぞれの思惑を抱いて、世界は騒がしくなっていく。
 ただの挑戦者だったセルシオが世界に名を刻んだ時、本人はいまだ眠りの中だった。
感想誤字指摘ありがとうございます
次回から最終章です。おそらく十日もあれば書きあがると思います

》アズには編物のプレゼントをしたのでしょうか
していませんが、今年の冬にプレゼントすることは約束しました

》前回のやつらって有名っぽいが~
仲間がたくさんいて穴を埋める人材には事欠かないので、そこらへんは大丈夫です

》シデルがばっさばっさと切り捨ててますが~
下手に温情でもかけて生き残らせると、恨みとかでオータンたちにも被害がいきそうですしね

》さて、今話で時が進んで皆のレベルが大きく上昇~
特に理由はないですね。レベルアップに必要な経験値が足りなかっただけです。RPGでもレベルが高い仲間がいても、物語を進めていけばだんだんレベルが近くなっていく。そんな感じです

》シデルの復讐は気になっていたので~
一応復讐果たしました

》助ける人はシデルでしたか~
以前手伝うと約束しましたからね
+注意+
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