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神無の世界 作者:赤雪トナ
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24 魔王級、オオコゲラ山の主 後

 気を引いている者たちは近づいたり離れたりするだけで、攻撃はしていない。まともにダメージが入るとは思っていないのだ。攻撃より避けることに集中している。ただ一人イオネだけは二度ほど攻撃していたが。
 そのイオネにしても、ほかの者と同様に動きが硬い。主と相対していることで恐怖が湧いているのだろう。

「ぐあっ!?」

 傭兵の一人が尾で払われ、転がる。その傭兵に駆け寄って治癒魔法を使っていく。

「大丈夫ですか!?」
「当たり所がよかったおかげでなんとかな」

 転がって擦りむいた跡がある以外は特にこれといった怪我はない。骨の異常もないようで、セルシオの治癒魔法で十分治療可能だった。
 五秒ほどの治療で傭兵は動き出し、また気を引くために魔物に近づいていく。

「ぎゃぁっ」

 また別の傭兵が前足で吹っ飛ばされ転がった。そちらへ走りセルシオは治療していく。腕に切り傷ができていたが、なんとか魔法で治療できるものだった。
 怪我をする者は十五秒に一度といった頻度で出た。時には尾で薙ぎ払われ複数が一度に怪我をして、気を引く者が減る。そんな時は強化されたイオネが鉄拳を使って一人で気を引き、回復する時間を稼ぐ。

「シデル、今回復するよ!」
「ありがとうな。いたぶってやがるのか攻撃が主にしては軽いな」

 軽いといっても骨にひびが入ったりしている。一撃死しないだけましと言いたいのだろう。

「どうにかして時間を稼ぐか怪我の頻度減らせないかな、俺の気力量もう半分まで減ってるよ」

 このペースでは十分も持たずに回復できなくなる。魔力の低さから、回復に使う気力量が本職に比べて多いのだ。

「どうにかって言ってもな、正直あれの前に立つだけで精一杯だ。ほかのことを考えている暇はないぞ」
「……そうだよね。俺の方でなんか考えてみる」

 頼んだと言ってシデルは持ち場に戻る。
 セルシオは治療を続けながら考えていく。思いつくものは道具を使ってどうにかするといったことくらいだ。

「道具をどう使うか」

 使えるのは三つ。音玉は投げつけるだけで当てることを考えなくてよく、粘着液と薬入りの餌は投げる場所を考えなくては駄目だ。特に餌は口に入れないと駄目で、コントロールに自信があるわけではないセルシオはそれの使用を諦めた。

「となると音玉と粘着液だけで……近づきながら音玉で怯ませて粘着液を、粘着液をどこに?」

 魔物よりも実力が下なリザードマン強化体でも止めることはできなかったのだ、足止めになどならないだろうと思えた。それに地面は土で、地面と固定しようとしても土が足に付着するだけだ。

「動きを止めること以外に、口に当ててブレスを止めようともしたんだっけ。主はブレスを吐かないから口を狙っても意味ないし……」

 目を狙ってみるかと考える。できれば両目を潰したいが、それは液の量も足りないので狙うとしたら片目。片目だけでも潰せれば死角が増えてシデルたちも楽になるのではと思う。

「動きを止めるために使うよりもだんぜんましだね」

 やってみようと、考えたことを魔物の周りにいる者たちに伝える。音玉使用を伝えておかなければ、彼らの耳も潰すことになる。
 服の一部を剣で切り取って耳栓を作り耳を塞ぎ、ポケットから出した音玉を強く握って、音を発するまでのカウントダウンを始める。

「5、4、3っ」

 3の時点で主目掛けて音玉を投げつけ走る。周りにいた者たちは一歩引いて耳を塞ぐ。
 魔物は飛んできた音玉を気にせず、周りにいる者たちを見ている。
 カウントがなくなり、音玉が弾けた。すぐ近くで雷が落ちたような轟音が周囲に響く。防音が完全ではないセルシオの耳には痛いくらいの音で、魔物もこれにはまいったのか悲鳴を上げて体を低くして音のショックに耐える。その悲鳴は発せられた音にかき消され聞こえなかった。
 セルシオは耳の痛みに顔を顰めながらも魔物の前に立ち、粘着液入りの瓶を閉じられている魔物の左目へと投げた。中身をこぼしつつ瓶は見事に命中し、左瞼を白く染め上げた。
 同時に魔物は近くにいる気配へと前足を奮っており、セルシオはそれを完全には避けきれず吹っ飛ばされる。
 なにかが目に当たったことで魔物は違和感を感じ、目を開ける。しかし開いたのは右目だけで粘着液は見事に効果を出していた。

「はああああっ!」

 早速死角からイオネが鉄拳を発動させ、飛び込んでくる。音玉でできるだろう隙を狙っていたのだ。
 イオネの拳が魔物のこめかみへと叩きつけられ、魔物はその勢いで首を曲げる。

「ぎゃあああっ!?」

 もう一度魔物は悲鳴を上げた。今度は雷にかき消されることなく周囲に悲鳴が響く。
 魔物はよろめきダメージに耐える様子を見せている。

「やはり効きますのね」
「や、やはりって?」

 一度の攻撃で腕の骨にひびが入ったセルシオは、治療しながらイオネと一緒に魔物から距離を取り、言葉の意味するところを問う。

「この魔物へと鉄拳を使うのはこれで二度目。一度目も少しながらダメージは入っていました。これはおかしいでしょう? 主はレベル500の者でようやく戦える存在。レベル150もない私の攻撃など効くはずがありませんもの」
「つまり?」
「あれは主ではありませんわ。取り巻きの一匹なのでしょう」
「あれで取り巻きだと!?」

 追われていた傭兵の一人が悲鳴染みた声を上げる。あれだけの威圧感や強靭さで主ではないということが信じられなかった。

「攻撃された私たちの中で一人も死んでいませんわ。これは遊んでいたのではなく、殺しきれなかったということだと思いません?」
「だがっ最初に遭った時は仲間が一撃で殺されたんだぞ!?」
「今みたいに回避や防御する暇ありました?」
「不意打ちで、そんな暇はなかったな」

 もう一人の傭兵が思い出し口を開いた。
 イオネの言葉に信憑性が増し、皆の魔物を見る目から少しだけ恐怖が減った。

「倒せるかもしれませんわ」
「いや、それはさすがに……」

 主ではないとしても強いということは変わらない。認識が変わっただけで、状況に変化はない。

「これから皆で攻勢に出るというわけではありません。やることは先ほどまでと同じ。助けがくるまで耐えていればいいです。変わるのは私が隙をみつけて殴るだけです。それで倒せればよし、倒せなくても動きを鈍らせることはできるかもしれません、頭を殴り続けるつもりなので。幸い目が使えなくなって隙は少し増えましたから攻撃の機会はあります」

 どうですかと皆に問う。自分一人で戦っているわけではないので、皆が止めれば今まで通りで動いていくつもりだ。
 付け加えるように口を開いた。実行するならば一つ願いがある。

「あと、気力回復錠を持っていればもらえます? 鉄拳はあと三回くらいで打ち止めなので」
「お、俺は反対だ! 追い詰めれば、凶暴性を増すことだってあり得るだろ!」

 魔物から目を放さず警戒したままの傭兵の怯えた言葉に、二人ほど同意するように頷いた。

「このままでいいんじゃないでしょうか? もっと人が集まれば勝機が見えるなり、追い返すなりできると思うんです」

 リジィと一緒にフォローに回っていた法術師が怯えた傭兵に追従するように言う。
 セルシオもしかけはしたが、倒すまでは賛成しかねるといった考えだ。あくまでも負傷者を減らすために動いたのだ。リジィもシデルも現状維持という考えに賛成側で、イオネの攻撃はなしと決まりかけた時、黙ったままの傭兵が口を開く。

「あれが取り巻きの一匹と言ったよな?」
「ええ、かもしれないと」
「ということはあれと同等の取り巻きがいる可能性もあるってわけだ。ほかの者たちはそういった取り巻きと戦っていて助けにこれない可能性もある」

 目の前の魔物を取り巻きとするならば、否定できない言葉だった。

「なにが言いたいんだよっ」
「現状維持でじりじりと消耗していくよりは、とれる手段はなんでも使って魔物を消費させた方がいいかもしれんってことだ」
「だがっ!」
「それに俺たちにとって悪い話でもないんだ。魔物だって自身を攻撃してくる者に集中するだろうし」

 イオネを囮とすることで、魔物からの攻撃を減らそうというのだ。
 反対していた者たちの視線が一瞬イオネに集まる。一瞬なのはすぐに魔物へと視線を戻したからだ。魔物は話し合いが終わるのを律儀に待っているわけではない。今も攻撃をしている。

「……かまいませんわ。囮になってみせましょう!」
「俺は攻撃に賛成だ。ほかの奴らは?」

 少し躊躇う様子を見せるも賛成の声が次々と上がる。セルシオたちにちらりと視線が向けられる。迷っているセルシオたちにイオネから、大丈夫だと笑みが向けられ、傭兵に頷いた。

「おいそこの回復をしてた奴、皆から気力回復錠を集めて、そいつに渡してやれ」
「わかった」

 気力回復錠を受け取っていき、ついでにと別の道具も渡される。それは増力丸という道具で、力を増す効果ある。これは魔法と重ね掛け可能で、飲めばより多くのダメージを与えることが可能になる。一粒千コルジと安いものではないが、出し惜しみする場面ではないと渡したのだ。
 セルシオは集めた気力回復錠を三つ残して、残りと増力丸をイオネに渡す。これだけあればまだ十発以上鉄拳を放つことができる。

「慎重にね」
「わかってますわ。これでもまだ一度も攻撃を受けていませんのよ」

 セルシオを安心させるため、自信に満ちた笑みを浮かべつつウィンクを一つ。受け取った気力回復錠と増力丸を早速一つ飲み込む。舌を直撃する苦味に顔を顰めた。
 セルシオも一つ飲んで似たような表情を浮かべつつ、残りをリジィと法術師に投げる。リジィたちの気力も持たないだろうと三つ残したのだ。
 反撃というには消極的だが、先ほどまでと少し様相を変えた戦いが始まる。
 二度三度とイオネは鉄拳を魔物の側頭部に叩きつける。三度目で僅かながら魔物の動きが鈍ったような気がしてきた。
 そこからは魔物もイオネに集中を始める。さすがに三度も続けて頭部に攻撃を喰らえば、誰がどこを狙っているか確信を持てる。頭部目掛けて飛んだイオネにカウンターを当てることも出てきて、イオネの負傷率は上がっていく。
 あまり硬い防御とはいえないイオネは、攻撃を受ける度にぼろぼろになる。そのイオネをセルシオは必死に治療していく。ほかの者の治療はある程度に抑えるようになったため、魔物だけではなくシデルや傭兵たちの動きも鈍くなっていた。それでもイオネの囮効果のため、最初よりは負傷回数が減っている。
 体を土で汗で、そして血で汚し、イオネは拳を振るっていく。強者との戦いに胸躍っているわけではなく、この行動が最善だと信じているから、痛みに負けず止まらず戦えるのだ。

「何度目かっわからないけどっ喰らいなさいっ!」

 十四発目だ。気力回復錠は既になく、残り三発で打ち止めな状態で振るわれた拳が魔物の側頭部に叩きつけられた。
 イオネも消耗しているが、魔物も初めと比べると明らかに動きが鈍かった。
 いろいろとサポートを受け、薬を飲んだイオネの鉄拳はレベル200の傭兵を一撃ノックダウンできるほどに威力が高まっている。それを十回以上くらって生きている魔物の頑丈さはダンジョン三百階の魔物の強さを超えていた。
 しかしようやく終わりが見えた。十四発目の鉄拳を喰らった魔物の動きが止まる。皆が心の中でやったのかと思い、見ているとゆっくりその場に倒れこんだ。胸は上下していて、口も僅かに動いている。

「立てなくなったか!」

 喜びの声を上げ傭兵はイオネへと聞く。

「もう一発鉄拳使えるか? 油断を誘っているだけかもしれないから動きに注意しろよ」

 それに頷いてイオネは魔物の頭頂部へと鉄拳を叩きつける。魔物はイオネがいるとわかっていても、避けることはできなかった。その様子から罠ではないと傭兵たちは判断し、魔物の首へと全力でスキルを叩きつけていく。ビクビクと体を小さく跳ねさせるだけで、反撃はない。
 あっという間に魔物の首は血だらけとなり、魔物は動きを小さくしていった。
 完全に動きが止まり、刺した剣になんの反応も見せなくなったことを確認して、その場にいる全員は地面に座り込んだ。喜びの声を上げる前に少しでも休息を取りたかったのだ。
 セルシオも十秒ほど座っていたが、すぐに動き出しリュックに近づく。そのセルシオにリジィが声をかける。

「終わったんだよね?」
「終わったよ。お疲れ様」

 よく頑張ったとリジィの頭を撫でて、法術師にも声をかけて、リュックから水筒を取り出す。
 それを持って倒れたままのイオネにのろのろと近づき、差し出す。

「お疲れ様」
「疲れましたわ」

 受け取った水筒を口に持っていかず、額と髪に水を流す。ひんやりとした水に、気持ちよさげに目を閉じた。

「すっきりします」
「正直倒せるとは思ってなかったよ」
「なんでもやればできる、と言いたいところですが、フォローがあったからですわ。一人で戦えと言われたらさすがに無理です」
「俺だとフォローあっても無理だけど……っ!?」

 全員が飛び起き、同じ方向を見た。背筋に氷を押し付けられたようなそんな感覚がした。
 視線の先には倒した魔物よりも大きな山猫型の魔物がいて、死んだ魔物を見ている。威圧感存在感は倒した魔物と比べ物にならない。
 魔物の視線が死んだ魔物から、セルシオたちに向く。
 それだけで気の弱い者たちは気絶した。ただ見られただけなのにだ。
 起きている者たちも恐怖から体が震えている。そして全員悟る。これがオオコゲラ山の主なのだと。そうだと示す証拠はない、ただ圧倒的な力の差に確信を持った。

 追われ逃げていた者たちが主と言ったことは間違いであり間違いではなかった。
 死んだ魔物は主の子供で、力をつけてきたので下克上を狙ったというのが始まりだった。力量差で負けて、手下を連れてオオコゲラ山から去った。しかし親の方は子供がやんちゃしただけと思っており、少し時間が経ってから迎えに山を出た。偵察が山に行ったのはその時だ。山に主がいないことで見つかった主の子供を主だと勘違いした。
 山から出た主の子供は体を休めるところを求めて、バッセム近くの森に陣取った。この主の子供を、森の近くを通った傭兵が主と勘違いした。その傭兵が中途半端に主のことを知っていたため、実力の違いから主だと勘違いした。これは無理もないことだろう。イオネたちが倒した魔物の強さでも、天の塔に出てくる魔物レベルなのだ。
 そして今回の騒動だ。森に偵察に行った者も相手は魔王級だと思っているため、遠くからの観察に留めた。だから魔王級とは違うと気づかなかった。
 ここに魔王級が現れなければ、今年一番の間の抜けた騒動として終わった話だった。だが魔王級が現れて、本当になってしまった。

 主が雄叫びを上げる。発見した子供が死んでいるのだ、親ならば悲しんで当然だろう。それは人間だろうが魔物だろうが同じ。
 その雄叫びは物理的な衝撃を伴って木々を揺らす。その場にいる者たちにも影響はあり、気絶した者はさらに増えた。というよりはセルシオ一人しか耐えることはできなかった。一度命を賭けた戦いを経験したことがあり、死の恐怖に耐性があったため気絶は免れた。
 気絶はしなくとも、恐怖に震えて動けないので大した違いはないのかもしれない。いっそのこと気絶してしまえば、もしかすると主から注意がそれたのかもしれない。
 ただ一人起きているセルシオを主は見る。それだけで体力気力ともに削られていく。主からするとセルシオなどただの雑魚だ。餌の獣となんら変わらない。
 主のレベルは1000オーバー。ホコラッテと戦った時以上の差だ。一度でも攻撃されれば死あるのみだ。

(逃げたい逃げたい逃げたい逃げたいっ)

 戦うという気すら起きない。主から目を放さずに、セルシオはリジィを連れて逃げることだけを考えていた。けれど体は動かない。震えるだけで、自分の体ではないように動かせない。
 主は倒れた子供に近づいていき、子供の体を舐めていく。視線が外れたことでほんの少しだけ恐怖は減った。が、動くことはできない。それは本能が少しでも動けば死と叫んでいるからだ。
 注意が逸れたわけではないことを本能が悟っていた。少しでも主の気を引くようなことをすれば、攻撃を受けるだろう。
 主の子供を弔うかのような行動をセルシオは見続ける。情に溢れた光景なのだろう、見せられるセルシオにとっては感動など一切できないが。
 不意に主が顔を上げる。視線はセルシオではなく、西に向いている。

(なに?)

 セルシオがそう思うと同時に、鋭い切っ先の氷の槍が白い冷気を纏って飛んできた。それを主は飛び上がり避ける。氷の槍は木々の向こうへ消えて、どこかに着弾したのだろう。冷たい風が槍の消えた先から吹いてきた。

(助け?)

 その考えは当たっていたようで、安堵からほっと気が抜けた。それがいけなかったのだろう、二度目の咆哮に耐えることができずセルシオも気絶した。
 対魔王級に編成された者たちが姿を現す。ガッドブーム戦団とオールドべム戦団の人間が一緒にいるが、いざこざはない。そんなことをしている状況ではないとオールドベムの挑戦者もわかっているのだ。
 誰もが特殊効果のある高価武具と希少武具を身につけていた。彼らは魔王級の咆哮にも威圧感にも竦むことなく、対峙している。

「倒れている奴らをどけろ」

 リーダー格の男が部下に命じ、二人ほどセルシオたちの回収に動く。魔王級と出会ったのだ死者の方が多いと思っていたその二人は、全員が生きていることに驚く。
 すぐに一箇所に集められ、それであとは放置された。これから主との戦いなのだ、足手まといにそれ以上構う気などなかった。

「いくぞ」

 リーダーの掛け声に皆が頷き、武器を持って駆け出した。
 戦いは熾烈を極めた。使われるスキルは全部四段目のもので、高価なアイテムが惜しげもなく使われた。あっというまに周囲の木はなぎ倒され、地形が変化していく。
 倒れているセルシオたちにも土や木の破片が飛び、それらが当たり骨にひびが入るなど負傷が発生する。だが死ぬよりはましだろう。
 討伐隊の攻撃は主に効果を及ぼし、主の攻撃も討伐隊の体力を容赦なく削っていく。戦いの途中でツールが五段目に成長し、その段階のスキルが使われ、森の三分の一のクレーターができたりしつつ戦いは続いていった。
 討伐隊も一人一人と倒れていく。最後に残ったのは最後の治癒薬で回復し体力的には余裕のある気力がほぼゼロのリーダーと、体のあちらこちらから血を流し足が一本使い物にならなくなっている主だけだ。
 最初から全力で戦い始めて三十分でここまで互いにぼろぼろとなった。

「どおおおりゃあああっ!」

 走りながらの上段からの剣の振り下ろし。渾身のそれを主は真横からの爪の薙ぎ払いで迎え撃つ。
 ぶつかり合い、互いに崩れ落ちた。
 数秒の間の後に動き出したのは主だった。リーダーは倒れたままかろうじて意識を保っている。意識を保つだけで精一杯で指をほんの僅かにも動かせない。

「待ちなさいっ」
「待てないっ助けないと!」

 突然年若い女と男の声が響く。そのすぐ後に駆けて近づいてくる足音をリーダーは聞いた。

「ああっもうしょうがないわね! 私たちも行くわよ! レオンだけに無茶させられないわ!」
「うん、どこまでやれるかわからないけどやってみよう!」
「仕方ねえな、ほんとに」

 姿を見せたのはレオンで、その後から仲間たちが出てくる。仲間たちの表情にはまだ恐怖の色がある。しかしレオンを見捨てはできないと主の前に出てきた。
 レオンたちは音玉の派手な音を聞いて、この場に来ていたのだ。しかし主と討伐隊の戦いに圧倒されて隠れて見ることしかできなかった。そういった者はレオンたちのほかにもいて、今も動けずに見ている。
 手柄の横取りとも見える行動だが、レオン自身にはその意図はない。倒れたリーダーを、その仲間たちを殺させはしないと震える体を叱咤して出てきたのだ。
 戦闘によってぼろぼろとなり弱体化している主だが、それでもレオンたちには強敵で劣勢に立たされる。数値的に表すと、主の残り体力は十もない。しかし残り少ない体力を減らすのにレオンたちは全力を振り絞る必要があった。
 あっという間にぼろぼろになっていくレオンたちだが、逃げることなく武器を振るっていき、ついに主を倒すことを成し遂げた。
 主の喉を突いたレオンの剣がとどめとなり、その瞬間レオンの身につけている武具が輝き変化を起こしていく。新たな勇者誕生の瞬間だ。

「こ、これは?」
「もしかしなくてもレジェンド化じゃない!?」
「ということは倒せたんですね、私たち!」

 戸惑うように自身の体を見るレオンに、抱きつく女二人。

「はあーっ、死ぬかと思った」

 仲間の男はその場に座り込み、生きていることをしみじみと喜ぶ。
 この様子を見ていた者たちがぞろぞろと木や茂みの影から出てくる。レオンたちを褒め称える者、羨ましがる者、さっそく取り入ろうとする者などなど様々な反応を見せる。
 横取りを汚いと罵る者はいない。ぼろぼろだったとはいえ、あの主の前に立つことの難しさを知っているからだし、昔にも似たような状況で勇者になった者がいるからだ。
 主討伐成功を喜びあった彼らは倒れている者たちを治療し、陣地に運ぶ。
 倒れているセルシオたちは主と討伐隊の戦闘に巻き込まれたと判断された。主の子供の死体が戦いの影響でばらばらとなり、方々へ散っていて戦ったという証拠がなくなったのだ。

「……ここは?」

 目を覚ましたセルシオが見たのはテントの天井だ。どうしてここにいるのかわからず、周囲を見て助けられたのかと推測する。
 主の子供と戦った者たちは同じテントで寝かされていた。全員しっかりと治療されているようで、怪我一つ残っていない。セルシオが一番に起きたようで、寝床に隙間はない。

「リジィは?」

 女たちが寝かされている位置にリジィもいて、ほうっと安堵の息を吐く。リジィのそばに行き、髪を撫でて生きていることを喜ぶ。
 しばらく撫でているとテントの入り口に気配を感じ、そちらを見る。治療担当の男性職員が様子を見るために入ってくるところだった。

「あ、起きていたんですね」
「ここは陣地でいいんですよね?」
「はい。治療用テントです」
「俺たちが生きてここにいるってことは、主は倒された?」
「はい。無事に討伐されました」
「倒したのはやっぱり討伐隊ですよね?」

 彼らが現れる前に気絶したので姿は見ていないが、主を近くで見てあれを倒せるのは討伐隊くらいだろうと思えた。
 職員は首を横に振って、そんなセルシオの考えを否定した。

「いえ、レオンという若い挑戦者ですよ」
「は? レオンが勇者に?」

 いや無理だろうと即座に否定する思いが湧く。

「知っているんですか、彼のこと」
「少しだけ縁がありまして……俺が最後に見た時はレオンの姿なんてなかったのに。どういう流れでレオンが勇者に?」
「討伐隊が主と戦い、おしいところまで行って負けた後に、レオンとその仲間たちが主に挑み勝ったらしいです。詳しいことは私も」
「最初からレオンが戦ったわけじゃないのか、それなら納得できるな」

 美味しいところを持っていった勇者の話はセルシオも知っていて、納得したように頷く。

「そういや討伐戦は終わったから、ここはもう引き上げるんですよね?」
「はい」
「いつまで陣地はあるんですか? 今日中にでもテントとか畳みます?」
「あと三日はあると思いますよ。事後処理とかありますから。傭兵さんたちの中にはもう帰った人はいると思いますけど」
「今日明日にでも引き上げればいいってことか。ありがとうございます」
「いえ、では失礼します」

 職員がテントから出て行き、セルシオはすみに置かれている荷物の山から自身のリュックを持ち出す。その周辺をさらに探り、やっぱりかと溜息を吐いた。地面に置いていた道具までは回収されていなかったのだ。

「仕方ないか、生きてるだけで儲けものって思わないとね」

 リジィのそばに戻り、ステータスの確認をしていく。赤字なのだからせめてレベルくらいは上がっていてほしいと思ったのだ。

 名前:セルシオ・カレンダ  年齢:17  性別:男  出身:バッセム
 職種:シスコンの挑戦者  ジョブ:トレジャーハンター  ツール数:4  スキル数:17
 レベル171  体力1473/1473  気力:284/970  状態:健康
 筋力355 運動348 器用350 魔力201 生命360
 ※資格者:2

「10は上がらなかったけど、それは仕方ないか」

 複数で戦ったのだ、劇的に上がることはないと頷く。
 あの場で一番レベルが上がったのはリジィだろう。100に届いていなかったが、今は112と20以上の上昇を見せている。今回のレベルアップで魔力はセルシオを超した。
 ちなみに主を倒したレオンたちはレベル140からいっきに240へと上昇していた。
 ステータスの詳細を見ていき、セルシオは首を傾げた。

「体力と気力の上がり幅がほとんどない?」

 戦闘前の数値を思い出し、どちらも差が十で収まっている。
 これは最初の咆哮で耐えてしまい、主の視線に晒され続けたからだ。圧倒的実力の差からくるプレッシャーが体力と気力上限を削った。本来は体力は1500、気力は1000を超えていた。
 これは最初に気絶した者以外に起きた現象だが、もっとも被害を受けたのはセルシオだ。咆哮に耐えたことが裏目と出た。
 そんな原因があるとは思いもしないセルシオは、首を捻ったままステータス画像を閉じる。
 その後三十分経ち、傭兵の一人が目を覚ました。その男にこれまでの流れを説明しているうちに、次々目を覚まし始めた。

 セルシオが目を覚まして三時間ほど経ち、四人は使っていたテントに戻る。
 全員が起きて、倒したボスの子供の報酬をもらおうということになったが、証拠がなく却下された。
 命がけで倒したのに報酬0で傭兵たちは怒った後に落ち込み、自棄酒だと自分たちのテントに戻っていった。
 セルシオたちも、前日に倒した魔物の報酬と使った道具でプラスマイナス0となっていた。

「あれだけの大物、いくら報酬もらえたんだろうな」
「確かに惜しいですが、生き残ったことを喜びましょう。それに強者と戦い、相対した経験はお金以上の価値がありますわ」
「まあ、主の迫力を感じたら、ほかの魔物にはそうそうびびらないようになるだろうが。それにしても鳴き声一つで気絶させられるとは思ってもなかった」
「私もですわ。セルシオは耐えたのでしょう?」
「一度目はね、二度目は無理だった」

 いまだ主の恐怖が抜けずにくっついてくるリジィを撫でつつ答える。

「それに耐えても動けなかったよ。主の気まぐれでいつ死んでもおかしくない状況だった」

 死という部分でリジィがさらに強くしがみついてくる。

「討伐隊とレオンという挑戦者さんには感謝しないといけませんわね」
「そうだな。感謝の一つでも言えるといいんだが、これから忙しくなるだろうし無理だろうな」

 新たな勇者誕生ということで、王城に招かれることが決定しており、レオンたちは既にここにはいない。勇者誕生のサポートをしたことになる討伐隊も同様に王城へと招かれていた。
 祝宴が終わっても貴族や教会の相手で忙しく、しばらくはアーエストラエアに戻ってこれないだろう。もしかすると王都に永住することになるかもしれない。
 そう言ったことを話しながらテント近くまで戻ると、そばでテントを使っていた傭兵に呼び止められた。

「なにか用事なのか?」
「一応言っておいた方がいいと思ってな。そこの二人の親って奴らがお前たちのテントを荒らしていたんだ」
「あいつら……なにやってるんだ」

 頭痛いとセルシオが片手で顔を覆う。リジィも両親の行動に悲しげな表情を浮かべている。

「んで、騒ぎで親と仲が良くないってのは知ってたんで、止めて職員に突き出しておいた。行かないとは思うが、引き取るなら役所に行けばいい」
「ご迷惑かけました」
「いや、一般人だったから止めるのには苦労しなかったよ」

 頭を下げた兄妹に、気にするなと傭兵は手を振って離れていく。
 わかりきった答えだが、一応シデルは聞いてみる。

「引き取りに行かないよな?」
「行かないよ。そのままどこか遠くへ連れて行ってほしいくらいだ」
「リジィはどうですの?」
「……あたしも行かない。このまま会えなくなってもいい」

 だろうなとシデルとイオネは顔を見合わせ、肩をすくめた。
 テントの中は荒れていた。まとめていた荷物がぐちゃぐちゃだ。幸い貴重品はリュックと腕輪の中で、テントには着替えや食料を置いていただけだ。盗まれても困るものはない。
 荷物の整理をして、これからのことを話し合う。

「また馬車に詰め込まれるのは嫌だなぁって思うんだけど」
「歩きでも私はかまいませんわ、でも食料が」
「道中、村の一つでもあるだろうし大丈夫じゃないか?」

 出発前にここらの地形のことを聞いていけば、もっと予定だてて進めるだろう。獣や魚や野草が採れることも考えられ、食料の心配はそこまでないだろうと思える。

「あたしもギュウギュウ詰めは嫌」

 兄の胡坐の上に座っていたが、シーズンズ家の馬車の時と違い狭く息苦しかった。
 帰りは歩きってことでというセルシオの言葉に、異議なしと三人は頷いた。
 その日はゆっくりと過ごして疲れを取り、次の日も森へと向かった。主の子供が陣取っていた場所に行って、ロッドの遺体でもいいからなにかないか探したかったのだ。しかしそれは空振りとなる。
 そして翌日の昼過ぎに四人は陣地を出た。午前中はアーエストラエアまでの行程を調べたのだ。
 予定では二箇所の村に立ち寄って、十六日でアーエストラエアに到着することになっている。
感想誤字指摘ありがとうございます

》パーティにおける経験値の分配率ってどうなってるんでしょうか
一度でも攻撃するか攻撃に貢献するサポートをすれば、平均されると考えています。ただついていくだけでは経験値はなし

》レベル差があっても、高い効果の期待できるアイテム~
セルシオたちレベルだとアイテムを使っても魔王級相手には勝てません、死にます。アイテムを使って逃げることのみ考えるなら、生き延びることは可能かもしれません

》両親うざ!って思いますが、うざくかけるのが~
両親の行く末は三、四話先となります。死んじゃうルートは、その過程を考えて書き手が凹みました。相応と思われる罰は受けます

》セルシオが両親と出会い、他の選択肢~
選択肢といっても和解という道は皆無なんですけどね。縁は切るし、視界に入らなければ生きようが死のうが勝手にやれと

》イオネが倒しちゃったり
魔王級の子供はなんとかなりました、魔王級とは戦う資格すらありませんでした
+注意+
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