挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
神無の世界 作者:赤雪トナ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

23/44

23 魔王級、オオコゲラ山の主 中

「ダケキンさんっ」

 呼ばれた三十過ぎの男は、聞き覚えのある声のした方向を見てセルシオの姿を確認すると、目を見開いた。

「お久しぶりです」
「ひ、久しぶり。セルシオ、だよな?」
「はい。一年以上前に村を出たセルシオです」

 なんといえばいいのかわからないといった様子で、音を出さずに口を動かす。結局は声にならずに肩を数度労わるように叩くのみだ。人買に売られていったセルシオと再会できるとは夢にも思っていなかったのだ。しかも元気な様子だ。小さい頃から見てきた者として嬉しかった。

「お前だけでも元気でよかったよ。リジィもロッドも……」
「リジィは俺と一緒にいるんですが、ロッドも? もしかしてロッドも売られたんですか!?」

 あいつらやりやがったと失意すら感じず、驚きのみ心に広がる。失意というのは僅かながらも期待を抱いていれば起こるものだろう。セルシオはリジィが売られたと知った時点で両親に期待など抱いていない。
 しかしセルシオの言葉をダケキンは首を横に振り否定する。

「リジィも無事なのはよかったよ。しかしロッドは売られたわけじゃない」

 沈んだ表情に嫌な予感しかしない。続きを聞きたくないが、気になりもする。

「……ロッドは、どうなったんですか?」
「今回の騒動で、行方不明になった。みつかったのは血に濡れた靴のみだ。おそらく魔物にさらわれ餌に……」

 セルシオは力が抜けたように地面に座り込む。手で口を押さえて、あふれ出しそうな泣き声を抑え込む。しかし涙は止めることができなかった。

「ロッドは二人がいなくなってから毎日村の外に立っていたんだ。もしかしたら帰ってくるんじゃないかって思っていたらしい。バルベアとミラダは人買に売ったと説明しなかったようで、働きに出ただけと信じていたようだ」

 そんな様子に村の人たちは本当のことを言えなかった。教えるとさらに傷つくとわかっていて、言い出せなかった。
 ダケキンは励ますようにセルシオの肩に手を置く。

「元気を出せとはいえないが、ロッドの分までしっかりと生きるんだ。それをロッドも望んでいると思う」
「……」

 小さくコクリと頷いたセルシオに、別れを告げてダケキンは去っていく。
 十五分ほど心が荒れるままでいて、ようやく少し落ち着く。リジィになんて説明すればいいのか、わからないまま立ち上がり涙を拭い、テントに戻るためノロノロと歩き出す。
 テントに戻ると、そこには会いたいとは思えない者たちがいた。
 リジィは泣いていて、イオネの背に庇われている。

「なにしてんの?」

 漏れ出た言葉は決して大きなものではなかったが、シデルたちとそこにいた者たちの耳に冷たく響いた。

「兄ちゃんっ」

 泣き顔のままセルシオに駆け寄り抱きついてくる。

「ロド兄ちゃんがっ」
「リジィも聞いたのか……その先は言わなくていい」

 胸の中に抱き寄せ、震え泣くリジィの背を撫でる。

「あんたたちがロッドのことを教えたのか」

 視線の先に立つのは両親だった。

「セルシオ、この人たちってお前の親なのか?」
「まあね、関わりたくないし、関わるつもりもないけど」
「親に向かってなんだその口の聞き方はっ!」

 セルシオと同じ紺の髪の男バルベアが怒鳴りつけてくる。
 それにセルシオは見返すのみだ。そこに特にこれといった感情は見えない。親だという認識は既に捨て、そこらの石ころに向ける視線と変わらない。よくよく見てみると目の奥に怒りの感情が見え隠れしていることから、無関係だと思い込もうとしているのだとわかる。

「久しぶりに会えた家族じゃない。忙しいけど、少しくらいは話す時間はあるんでしょう?」

 どことなくリジィに似た女ミラダが、再会を喜ぶような声色で言ってくる。その声がセルシオを苛立たせる。

「売った奴らが、売られた奴らによくそんなこと言えるな?」

 シデルの指摘に、ミラダは悲しみに満ちた表情を浮かべる。

「仕方なかったことなのよ。ああでもしないと家族皆で飢え死にするしか。でもっそれは過ぎたことでしょ? こうやって無事に再会できたんだもの、また仲良く暮らせるはずよ」
「一緒に暮らす気なんかないよ。俺たちは俺たちで暮らしていける。あんたは勝手にやればいい」

 それを言った後は両親から目を離し、リジィを慰めることだけに集中する。
 親への親愛敬意をまったく感じさせないセルシオに、バルベアが顔を赤くし近づいていく。

「これまで育ててやった恩を忘れたのか、この親不孝者めがっ!」
「売られてたのに敬意を持てというのは無理だと思いますけどね」
「しかもリジィから聞いた話だとなんの相談もなくいきなりだったらしいな。おそらくセルシオの時も同じだったんじゃないか?」

 シデルとイオネの指摘を聞き流し、バルベアはセルシオたちのそばに立つ。怒れば言うことを聞くと思っているのだ。

「親を無視するなっ。いい加減こっちを向けっ」

 セルシオの髪を掴み、顔を向かせようと手を伸ばす。
 その手を手加減などなせず、セルシオは振り払った。

「ぎゃあああっ!?」

 骨に異常を感じさせる痛みが腕から発し、バルベアは蹲る。
 その悲鳴を聞き周囲の注目が集まり、職員も近寄ってくる。それらにシデルが大事にはならないと事情を説明していく。
 親子喧嘩みたいなものかと周囲の者たちは判断し、注目を散らしていった。

「今後一切俺たちに近づくな。でなければ、斬る」

 セルシオの言葉にも目にも偽りの色は一切なく、本気で言ったのだとわかる。

「き、斬るだと!? そそそんなことできはしないさ! はははっただの脅しだっ」
「そうよっ親なのよ!?」
「親であることを自ら手放したのはあなた方でしょう?」

 どこか苦いものを感じさせる表情でイオネが言う。自ら手放したのはイオネも同じで、それを思い出したのだ。イオネの場合は親兄弟を売ったのではなく、自ら離れていったというのが正しいのだが。

「斬れないかどうかは、試してみればわかる」

 リジィを抱く手に力を込めて、頭を固定する。空いた手で剣を抜き、バルベアへと向けた。人と戦えない、そんなことは今のセルシオには無意味なことだった。

「はっはは、どうせ脅しさ、そうさっ」

 冷たい視線で見下ろされていることを無理矢理無視して乾いた笑い声を出す。体は震えていて、本能の方は斬られる可能性が高いとわかっているようだ。
 そんなバルベアへとセルシオは躊躇いを感じさせない様子で、剣を振り下ろした。
 血が舞った。そしてもう一度悲鳴が上がった。その悲鳴にリジィはびくりっと体を震わせてしがみつく力を強くする。
 バルベアは額に熱いものを感じ、それが斬られた痛みだと知り、気絶した。

「あ、あなたっあなたっ! セルシオっお前はなんてことをっ」

 悲鳴染みた声を出し、ミラダが夫に駆け寄る。

「本気だとわかったろ。もう一度姿を見せた時、今度は首が飛ぶと思え」

 今度は剣をミラダに向ける。その際に剣先に付着していた血が、ミラダの頬へと飛んだ。それを拭い手についた血に怯えた表情を浮かべる。
 リジィにしかわからないことだが、斬った瞬間セルシオの体が強張っていた。ほんの少し残っていた情が斬ることに罪悪感を感じさせたのだ。一度の警告がその情の表れだろう。それも実際に斬ったことでなくなったのだが。
 セルシオの視線から逃れるように、夫を引きずってミラダは去っていく。彼らに関心をなくし、剣を鞘に納めたセルシオはリジィをまた撫でつつ大きく溜息を吐いた。

「また会うようなことがなければいいが」
「そう願うよ」

 シデルの言葉にセルシオは心底同意し頷く。

「本当に首を斬るだろうしね」

 最初に謝っていれば斬ることはなかったのかもしれない。低い可能性でしかないが、それでも少しは情はあったのだ。一緒に暮らすという選択肢は決して選ばないが、穏便に別れを告げることはできただろう。

「まあ、それも仕方ないか。それよりも弟さんのことだが」
「知り合いに聞いたよ。魔物にさらわれたと。できればリジィにはもう少し後になって知ってもらいたかった」
「いつ聞いてもショックを受けるのは変わらないと思いますわよ」
「ん、わかってる。でもその時は俺は立ち直っててましなフォローができたと思うんだよ。今はこうやってなんて言えばいいかわからずに、撫でることしかできない」
「テントに入って、リジィを落ち着かせてやれ」

 ついでにセルシオも泣いてくることをシデルは望む。悲しくないはずがないのだ。今はリジィを慰めるため平静を装っているだけだと見ていた。実際は一度泣いているので、我慢していたわけではないのだが。
 テントに入る兄妹の背を、シデルとイオネは憐れみの目で見る。

「一人残って平穏に暮らしていると思っていた兄弟がなぁ、ままならないもんだな」
「でもあの兄妹だけに訪れる不幸ではありませんわ。似たような境遇の人はほかにもいるでしょうし」
「わかってるさ」

 二人にできることは、早く立ち直ることを祈るのみだ。
 テントの中では兄妹が声を殺して泣いていた。
 日が暮れる前に、セルシオたちは出てきた。表情は暗く目は赤いが、涙は止まったようだ。

「リジィ、これを目にあてなさいな。少しは腫れが引くと思いますわ」

 イオネから差し出された濡れ布を受け取り、礼を言う。

「夕食とかはここで無料で出されるんだとさ。食べに行こうぜ」

 セルシオたちがテントの中にいるうちに、そういった説明があったのだ。
 見張りなどは平均レベル100以下のグループに任せて、100以上のグループが討伐に行く。今は斥候を出して、魔物たちの様子や位置を探っている段階らしい。今日明日には情報をまとめ終えるとも聞いた。
 明日にはセルシオたちも動き始めるだろうから、しっかりと疲れを取っておく必要がある。

「汚れを落したい場合は、ここから二十分歩いた先に行った川を使えだとさ」
「リジィ、あとで一緒に行きましょ。馬車の旅だと軽く体を拭くことしかできませんでしたし」
「うん、行く」

 イオネもリジィも少し匂いが気になっていた。
 まだ瞼に布を当てているリジィが頷く。手をひかれているので、そのままでも歩けるのだ。

「俺たちも行くか」
「さっぱりとしたいしね」

 汚れが気になっていたのは男二人も同じだった。
 赤鳥の群亭ほどには美味しくない夕食の後、川に水浴びに向かう。体を洗いたい者はセルシオたちだけではなく、何人もの傭兵が川に向かっている。
 セルシオたちと分かれたリジィたちは、女用に解放されている場所でしっかり体を拭き髪を洗う。ついでに下着を洗っていく。服も洗いたいが、さすがに乾かないだろうと諦めた。そこに洗い物を持ったミラダがやってきた。
 リジィを見つけたミラダは一瞬戸惑った様子を見せ、一緒に来ていた者に一言断るとリジィに近づいていく。

「リジィ」
「……おかあさん」
「ああっリジィっ」

 母と呼ばれ感極まったようにゆっくりと近づき、リジィに触れようとする。それに一歩引いて避けた。

「どうして? お母さんよ?」
「……」

 困ったような戸惑ったようなそんな微妙な顔となったリジィ。母と呼んだが、そこに恋しいという感情は込められていなかった。それにミラダは気づいていない。

「セルシオに近づくなと言われたのね? 気にしなくていいのよ?」
「リジィ」

 イオネが呼びかける。

「イオネさん」
「テントに戻りたいなら戻っていいのよ? 洗い物は私が持って帰るから」
「……お願い」
「リジィっ」

 ミラダから目を放し、リジィは走ってテントに戻っていく。背中に聞こえたミラダの声に反応することはなかった。

「なにを考えて近づいたんですの? セルシオに言われたでしょう? 近づくと斬ると」
「お腹を痛めて生んだ子供よっ、近づいてなにが悪いのよ!」
「近づく権利を手放したのはあなた自身ですわ」

 自分のものとリジィのものを絞って、袋に入れる。

「誤解なのよっ、売りたくて売ったわけじゃないわ! でも苦しくてっ」
「売ったということにかわりありませんわ」

 言い訳を重ねるミラダに背を向けてイオネもテントへと戻る。
 残されたミラダは誰が聞いていなくとも、まだ言い訳を重ねていた。それが本当のことだと信じこもうとするかのように。
 テントには既にセルシオたちが戻ってきていて、一人戻ってきたリジィにどうしたのかと聞いていた。
 両親が斬られるところや、兄が斬るところを見たくはないリジィは、黙ったままセルシオの手を握る。
 そこにイオネも戻ってきて、事情を話した。
 無言のまま立ち上がろうとしたセルシオを、リジィが止める。

「兄ちゃんがお母さんたちを斬るところなんて見たくないよっ! 放っておこうよ!?」

 両親を心配しての言葉ではなく、斬る時に体が強張ったことを知っていて兄を心配しているのだ。

「見たくない、か。……わかった、リジィに嫌な思いはさせたくないからね。止めるよ。でも向こうから近づいてきたら殴るくらいはするだろうけど」

 両親よりも妹の方が優先度ははるかに高い。今後一切近づかないのなら、放っておくことに異はない。これから先会わないければ、記憶の奥底に追いやることも可能だろう。
 セルシオは自身の頬を叩き、気持ちを入れ替える。これから魔物の討伐なのだ、いつまでも両親のことで気持ちを乱されているわけにはいかない。ロッドのことは今回の討伐が終わって、ゆっくりと悼むことにする。
 ロッドのことがわかったので、もうここには用はない。リジィの安全を思うなら帰った方がいいのだが、仇討ちしたいという思いがあり、セルシオは帰るという選択肢を取れなかった。
 四人は装備の確認をして、床に着く。
 翌朝、七時に目覚ましの銅鑼が鳴らされる。
 起きだしてきた傭兵たちを確認すると職員は八時半頃に今日の動きを説明するので、それまでに朝食や準備を済ませておくようにと言って去っていく。
 周りの者が動き出し、セルシオたちも動き始める。朝食後、武具を身につけていき、煙幕筒や粘着液を腰につけた専用ポケットに入れていった。
 時刻になり、皆自分たちのテントに戻っていた。この場には二百五十人ほどの傭兵がいる。パーティーにすると五十前後だ。一番多いレベル帯は250辺りで、四百人ほどいる。
 七時に来た職員と同じ人が来て、話し始める。

「ここにいる傭兵は平均レベル100から130でよかったですね? もし違うなら別なところに移動してください。100以下は西へ、130以上は東に集められています」

 職員は移動する者がいるか見て、誰も動かないことを確認すると再び話し始める。

「誰も間違えていないようなので続けます。今日からあなた方には森の東、その中心手前までに入ってもらい、主の取り巻きや元々いた魔物を倒してもらいます。主は森の西にいるので行くことは勧めません。特にいつまでと時間制限はしないので、自分たちで帰り時を考えてください。退治した魔物の体の一部を持って帰ってくれば、報酬が出ます。連絡事項はこれくらいですね。なにか聞きたいことはありますか?」
「森の西に行ってもいいんだよな?」
「いいですが、先ほど言ったようにお勧めはしません。死んでもこちらからはなんのフォローもありません」
「もしも主が東に来てたら逃げてもいいか?」
「かまいません。あなた方の仕事は主退治ではなく、高レベルな傭兵のお膳立てですから」
「倒した魔物によって報酬に差はつけられている?」
「はい。取り巻きが高く、元からいた魔物は低く設定しています」

 ここらで質問は尽きたようで、誰も声を出さなくなった。
 十秒ほど待ち、職員はこれで失礼しますと頭を下げて去っていく。
 傭兵たちは早速出発だと、陣地から出て行く。

「俺たちも行こう」

 セルシオの言葉に頷いて、陣地を出る。イオネが楽しそうな顔をしていて、ほか三人は緊張している。近くにいる傭兵たちも似たようなもので、イオネが変なだけだ。
 森の広さはここらのもので一番だ。アーエストラエアには負けるが、人口五千人の街と同規模の広さだ。その深さのため人が立ち入ることが少なく、平野よりも強めな魔物がいる。そういった魔物も含めて多くの餌を求めて主はここを選んだ、と役所の者たちは考えている。
 森からは鳥などの鳴き声は聞こえてこない。食われたか、息を潜めているのだろう。
 四人は森と平地の境に立ち、一度止まる。

「入るか」

 少しだけ躊躇いを見せてシデルが言う。
 ひんやりとした空気が流れてきており、日陰が多いからといった理由だけではなさそうだ。
 並びはダンジョンと同じだ。先頭のセルシオが、警戒しつつ枝や木を剣で払い進む。
 聞こえてくるのは、ほかの傭兵たちが進む音。聞こえてくるかぎりでは、今はまだ魔物と戦っている者はいないらしい。
 森は芽吹いたばかりの葉や草で、緑一色だ。虫の活動も活発で、葉や木の幹にくっついているのが見える。十五分ばかり進むと、遠くから戦っているような音が聞こえてきだした。

「始まったか、俺たちの周囲には気配あるか?」
「私は感じ取れませんわ」
「俺もだよ」

 ここらにはいないとだろうと二分ほど進み、セルシオは横から小さな音と気配を感じ取った。

「左っ!」

 言うと同時に、大型犬よりも大きな猫型の魔物が頭上から襲い掛かってきた。大きさは虎やライオン並みで、毛は黒と茶と白の斑だ。文献で呼んで絵で見た主と同種の魔物だ。
 声に一番に反応したイオネが上段蹴りで叩き落す。腰の入りが甘かったためか、大したダメージはなさそうだ。

「こんなに近くにいたんですの!?」

 セルシオとイオネに悟られないほど上手く、気配を消して追跡していたのだ。ツールがあるからといって完全に気配を捉えきれるわけではないということだ。実力が上ならば、より上手く気配を消すことができるといういい例だろう。

「……っあああああっ!」

 こいつらがロッドをさらい食ったかと思うとセルシオはいっきに頭に血が上り、感情に任せて突っ込んでいく。

「ちょっと待ちなさい!」
「駄目だっ完全に頭に血が上って聞こえてねえっ」

 スキルを使うことすら思いつかないほど、感情任せにセルシオは剣を振るっていく。オルトマンに教えられた剣術の基礎などない、大振りな勢い任せの攻撃を魔物はひらりひらりと避けていく。
 隙だらけでもあるので魔物は爪を振るって攻撃する。鎧に当たれば傷はつかないが、腕や顔や足はそうもいかず血が流れる怪我を早々と負っていく。

「リジィっ気絶するくらいの雷線をセルシオに当てられるか!?」
「え!? に、兄ちゃんに?」
「そうでもしないと止まらんぞっあれはっ」

 引き離してもすぐに魔物に突撃していくだろう。あのただ暴れるだけのセルシオはフォローしづらく、戦いの邪魔にしかならない。
 シデルかイオネが押さえつけようとしても、レベル差で放される可能性が高い。二人がかりで止めるのは論外だ。リジィが狙われる可能性が高い。

「兄を攻撃するのは嫌かもしれませんが、今はそれで止めるのが最善手ですわっ」
「で、でも」
「私たちだと怪我なく止めるというのは無理なの」

 リジィが迷いを見せるうちに、セルシオはさらに攻撃を受けていき、さらに血を流す。その姿を見てリジィは迷いを抱いたまま雷線をセルシオに飛ばした。背中に雷が命中しセルシオは大きく体を跳ねて、動きを止める。

「いまのうちに」
「ええっ」

 倒れたセルシオへと覆いかぶさろうとした魔物へと駆け寄り、武器や拳を振るいセルシオから離す。
 取り巻きの中でも下っ端なのだろう、探索中の階層の魔物よりは強いが勝てない強さではなかった。傷を負わされながらも、二人は優勢で戦いを進めていく。
 二人が戦っている間に、リジィはセルシオに近寄って泣きながら治癒薬を傷口に使っていく。
 十分以上戦い続けて、シデルたちの勝利で終えた。シデルの治癒魔法で傷を癒し、セルシオの様子を聞く。

「怪我は治した、と」
「起こしましょう。そして説教です」

 そうだなとシデルは頷き、セルシオの頬をぺちぺちと叩いて起こす。

「……ぅん? あれ? なんで俺倒れてるの?」
「兄ちゃんっどこか痛いとことかない!?」
「リジィ、なんで涙目?」

 大丈夫かと頬に手を当てる。その手を握ってリジィはごめんんさいと謝る。

「そりゃ泣きたくもなるさ。大好きな兄ちゃんにしたくもない攻撃しなくちゃいけなかったんだから」
「えっと?」
「主と同種の魔物を見て、暴走したのは覚えていますか?」
「あっ!? あいつは!?」
「落ち着きなさい!」

 表情を険しいものに変えて、セルシオは周囲を見渡す。
 リジィが拳骨でセルシオの頭を強めに殴る。それで体を起こしかけたセルシオは再び体を倒す。

「ったぁ!?」
「リジィは心にそれ以上の痛みを感じたんです。それくらい我慢なさいっ」
「暴走して俺たちだと止められるかわからなかった。それでリジィに雷線を当てるように頼んだんだ。涙目の理由がわかったか?」

 セルシオは心に大きく衝撃を受ける。涙の理由はよくわかった。自分がリジィを攻撃しろと言われても同じだろうから。

「ごめんっリジィ、ほんとにっ。謝ってすむようなことじゃないけどっ」
「あたしこそごめん」
「リジィが謝る必要はないんだ、悪いのは暴れた俺なんだから。止めてくれてありがとう」
「そうですっ悪いのはセルシオ! リジィは気にすることありません」

 落ち込んでいるリジィをイオネが抱き寄せて、背中を優しく叩く。

「リジィはイオネに任せて、俺は説教だ」
「暴走して迷惑かけて、ごめんなさい」

 ミドルが賊に突っ込んだ時のことを思い出し、自身の行動の不味さが理解できてセルシオは頭を下げた。

「仇討ちするなとは言わんよ。気持ちがわからないわけじゃない。俺だってな……」

 なにかを思い出し、すぐに首を横に振る。シデルの目にちらりと恨み憎しみの炎が揺らめいた。その様子を見て、セルシオはシデルの過去を知らないと思い至る。今はそれを聞けるような状況ではないので聞くことはない。

「仇憎しで暴走したところで碌な成果は上がらん。確実に仇を取りたいなら落ち着いて行動しろ。激しい思いは胸に抱くんじゃなくて剣に込めて、相手に叩きつけろ。あとは俺たちを頼っていい。リジィだって仇は取りたいだろうし、俺たちも協力してやれる。って説教になってないな」
「……そうだね、でもありがとう。次あいつらに会ったらできるだけ落ち着いて動く」
「ん、そうしてくれ。憎しみを捨てろとは言わん、迷惑をかけるなとも言わん。ただ感情任せの暴走だけはするな。リジィを悲しませたくないだろう?」
「……うん。泣かせちゃ駄目だよね」

 兄失格だと小さく呟いて、立ち上がり、枯れ葉や土を払う。
 イオネに抱かれるリジィを見て、小さく表情を歪めた。

「イオネにも迷惑かけた、ごめん」
「言いたいことはシデルが言ったし、殴って気は済みました。もう謝罪は必要ありませんわ。ん? リジィもう大丈夫ですの?」
「うん。ありがとう」

 礼を言ってそっと離れる。
 表情はいまだ暗い。だけどそれだけではなく、セルシオを見る目には心配する思いが込められていた。
 その目をしっかりと見返す。セルシオの目の中には眩いほどの誠実と決意の光があった。

「二度と、そう二度とリジィに俺を攻撃させるようなことはしないって誓うよ。この約束は絶対だ」

 忘れまいとセルシオは自身の心に刻む。
 まっすぐでたしかな思いの込められた言葉をリジィは信じた。絶対守ってくれると確信できたのだ。暗い思いは消え去り、淡いながらも笑みが浮かぶ。その笑みはセルシオの心に暖かなものを与えてくれた。
 それらを見てシデルとイオネは、リジィの心はもう大丈夫だろうと思えた。

「討伐の続きといこうや」

 シデルの言葉に三人は頷き歩き出す。
 その日はもう一回元から森にいた魔物との戦いがあっただけで、日が暮れる前に森を出る。
 次の日も森に入り、討伐を続ける。そこで主と同種の魔物と出会う。
 セルシオは一瞬興奮しかけたが即座に約束を思い出し、強く剣の柄を握って一度目を閉じ深呼吸して落ち着きを見せた。その様子に三人は安堵の溜息を吐いた。
 セルシオを主として、シデルとイオネがサポートに回って戦い勝利を収めた。最初に会った魔物よりも強かったが、全員がいつもどおり連携すれば問題なく倒すことができた。怪我一つなくというのは無理だったが。
 そうして三日目になり、その日も森に入る。雑魚と思われる魔物はだいぶ減ったと判断され、対魔王級の高レベルの傭兵もつゆ払いを伴って森に入っていった。

「早ければ今日にでも倒されるのかな?」

 周囲を慎重に見渡し、初日のような至近距離まで近づかれていないか探りつつ聞く。
 それにシデルは難しい顔で頷く。

「運が良ければ、だな」
「対魔王級のメンバーの詳細知ってます? 私はレベル500オーバーがいるということくらいしか知りませんわ」
「それなら俺の方が詳しいな。500オーバーは三人。ほかは450から480が四人だとさ。その七人でどうにかするらしい」
「どれくらい強いのかな」

 考えながら首を傾げる。自身の五倍以上のレベルの者たちの強さがリジィには想像できなかった。

「私たちなど足下にも及ばないのじゃないのでしょうか?」

 レベル500の挑戦者と戦ったこともないイオネも想像が難しそうに眉を曲げて悩む。
 ぽつりとセルシオが漏らす。

「……意外と戦えた。手加減されていたらしいけど」
「戦ったことありますの?」

 模擬戦もできないのに、そこまでの強者との戦闘経験があることがイオネには驚きだった。
 それがいつの戦闘なのか、リジィとシデルにはピンっと来る。そしてレベル500の人間と戦っていたのかと、その無茶な行動に今セルシオが生きているのは奇跡に近いのではと思えた。

「あるよ。一対七で圧倒された」
「その時のレベルはいくつのでしたの?」
「120辺りだったはず。ほかの六人は知らないけど、一般人レベルは確実に超してたし、俺よりも強い人もいた」
「手加減して圧倒ですか、やはり私は到底敵いませんわ」
「それはわからないよ。あの時はスキル使用不可だったから。スキルの使い方次第だったら圧倒されないかもしれない」
「そうでしょうか?」

 レベル500の人間に喰らいつけているところを想像できずに、首を傾げた。セルシオも確信は持っていないのだ、想像できなくとも無理はない。

「ん? この音は?」

 首を傾げていたイオネの耳がピクリと動き、遠くから木々の倒れる音を捉えた。

「どうしたの?」
「西の方で派手な戦いが起きているようですわ」

 見上げてくるリジィに、聞こえてくる音に集中しつつ答える。

「主との戦いが始まったのかな?」

 少し不安だという表情でセルシオを見る。そのリジィの不安を少しでも晴らせればと、肩に手を置く。

「……方角的にはあっているんだろうけど」
「近づかない方がいいな」
「そうは行かないかもしれませんわ。音が徐々に近づいてきています」

 言われると三人の耳にも激しい音が聞こえてきたような気がした。それは五秒後には確実に聞こえてくるほどの音量となる。

「これは森から出た方がいいかな」
「これが主との戦闘ならその方がいいですわね」
「来た道を戻るのと、進路上から避けるのどっちがいいと思う?」

 シデルの提案に、三人は少し悩む。あまり時間をかけることはできない。長く悩めば巻き込まれる。

「避けましょう」

 戻ってもすぐに森から出られない距離だ。
 イオネは強者と戦いたいと願望を持ってはいるが、死にたがりではない。実力の違いすぎる主に特攻しようという考えはなかった。
 じゃあ北にというセルシオに頷き、三人はそっちへ駆け出す。

「なんか少し音が近づいてきてないか?」
「気配がこっちに寄ってきてる。選ぶ方向間違えたかも」
「既に動きだしてどうこう言えませんわ。このまま真っ直ぐ走り抜けます……?」
「沼?」

 落ち葉で見えづらかったが四人の足元はぬかるみ、走りづらくなっている。沼といえるほど深さはないが、足の甲まで沈み速度は格段に落ちる。
 そのタイミングで背後から一際大きな音が聞こえた。思わず止まり、振り返りるとこれまでに見た猫型魔物の中で一番大きなものが、姿を見せた。大きさ的には主と同等のように見え、存在感や威圧感も強烈なものを放っている。前足や首辺りには血がついていた。逃げ遅れた傭兵を殺した跡だ。
 リジィが小さく悲鳴を上げて、いつでもつれて逃げられるようにとセルシオがリジィの手を取る。
 逃げていた者たちは一目見たときから主が出たと判断していた。
 逃げてきたのは六人の傭兵で、セルシオたちがいる方へ進み止まる。彼らも足下がぬかるんでいると気づいたのだ。

「このままじゃ逃げ切れないぞっ」
「こうなったら助けを呼んで、耐え続けるしかないっ」

 逃げ切れないと判断した彼らは大怪我覚悟で留まり、助けを待つことにしたらしい。

「あんたらも手伝ってくれ!」

 当然その場にいたセルシオたちにも頼んでくる。
 セルシオたちも追いつかれてしまってはどうしようもないと判断し、彼らの考えにのる。
 ぬかるみから離れてまともな地面に移動する。
 その間に追われていた者たちが、持っていた笛を力一杯吹いて助けを呼ぶ。

「魔法を使える奴はそれでフォローをっ回復できる奴は皆の回復をっ残りはあいつを囲んで気を引いて耐えるぞ!」

 指示を出してすぐに動いていく。
 シデルとイオネは囲む方へ。セルシオは動かず、使えそうな物を今の内にリュックから地面に出しておく。
 道具を出しつつ、セルシオは威圧感に震えるリジィに魔術は使うなと強く言う。

「あれの攻撃を一回でも喰らったらやばい。だからリジィは気を引くようなことをするんじゃないぞ!?」
「わ、わかった」

 少しでも恐怖をはらせたらと、リジィの頬を一度撫でた。そしてどうしても怖かったら隠れてもいいと付け加えた。
 六人の中にいた法術師も防御に不安があるようで、魔法のみでのフォローに回っている。
 その法術師にセルシオは手を止めず声をかける。

「こっちは雷付与と反射神経強化できるけど、そっちは!?」
「私は速度増加と筋力増加と風と炎の付与です!」
「いきなり強化して戸惑うことはないと思う?」
「一声かければ大丈夫かと」
「わかった」

 頷いたセルシオは皆に聞こえるように、リジィと法術師が使える強化を大声で伝えた。

「これでよしっ。リジィ、皆の強化頼んだ」
「うんっ」

 粘着液と薬入りの餌と音玉を持ったセルシオは二人から離れて、魔物に近づいていく。
 それらの道具のほかに煙系のものを持ってきているが、気を引いている者たちの邪魔になるだろうと地面に置きっぱなしだ。
 近づいた頃には三種の強化がかけられていた。
感想誤字指摘ありがとうございます

》こういったLVによって強さの次元が明確に変わる世界で~
四人は強いと想像できても、その強さを甘く見ているところがあります。本当の強さを知っていれば、ロッドのことを知った時点で即帰ること選択していたと思います

》ついに両親と遭遇?
第一回遭遇しました、次はまた別の話で
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ