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神無の世界 作者:赤雪トナ
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10 たまには外に出てみようか

 ずっと街に篭りっぱなしはいかがなものかというオルトマンの発言により、四人は今気分転換を兼ねて街を出ている。
 街から徒歩十分程度ならば離れても大丈夫だが、それ以上は魔物と遭う可能性もあり危険だ。なので篭りっぱなしというのは特におかしなことでもない。
 魔物が出るといっても人がよく通る道ならば騎士や兵士が巡回しており比較的安全で、セルシオが以前出遭いかけたアビロムカデのような強い魔物に遭うことの方が珍しい。強い魔物は基本的に自分の縄張りを持っており、そこから大きくはみ出すことはない。
 アビロムカデも縄張りを持っていたのだが、縄張り争いに負けて仲間の数を減らされ追い出されてしまったのだ。セルシオたちが鉢合ったのは、新たな縄張りを探すために通りがかったからだ。
 四人は無目的で街を出たわけではない。セルシオたちに街の外へ行く仕事を受けさせたいと考えたオルトマンにより、ネルゼウという町に向かう護衛を請けている。
 ネルゼウとは、アーエストラエアから北に徒歩四日の位置にある人口千人ほどの町。近くに大きめの川があり、船着き場がある。ネルゼウはそこを行き来する人をターゲットにした宿場町だ。

「町まであと一日くらい?」
「そのくらいだと思う」

 ぱらぱらと降っていた雨が強く振り出し、木陰に避難した一行。
 二本の木に別れ、依頼人の商人と一緒にいるのはオルトマンとアズで、荷馬車も向こうにある。
 セルシオは取り出したタオルをミドルに渡し聞き、それにミドルが水を拭きながら答えた。

「この調子だと一時間以上は強いままかな」

 空を見上げたセルシオが呟いた。
 農作業と雨は切れない関係で、五年以上農作業に従事したセルシオは少しだけだが天気を読むことができる。

「二人とも、周囲を警戒しながら休憩だって」

 オルトマンから指示を聞いてきたアズが伝える。

「わかった」
「アズとオルトマンはタオルいる?」
「うん、ちょうだい」

 もう二枚取り出して渡す。旅に必要な道具はセルシオのリュックに全部放り込んでいるのだ。オルトマンのリュックも魔法仕掛けだが、容量はセルシオの方が大きいのだ。なのでまとめて一箇所に入れておくことにした。
 タオルを受け取ったアズは小走りで隣の木に向かっていった。

「やっぱりたくさん入るのは羨ましいな」
「うん、便利だね。買ったら高かったそうだけど」

 初心者が持つには高価で、一万五千コルジだ。オルトマンの持つリュックは七千コルジだ。

「まだまだ買えないな」
「武具とか道具を買い揃えないといけないからねー」
「お金が足りないなぁ」

 ミドルは最近青銅製のバスタードソードから鉄製のバスタードソードに換えたばかりだ。貯めていたお金がすっからかんになっている。セルシオも最初に買ったレザーアーマーから、青銅で補強されたレザーアーマーへと買い換えてあまり余裕はない。使われている革自体以前のものより上質で、防御性能がよく満足できる買い物だった。
 アズはハリア布という丈夫な布を使ったローブを買うために貯めている。オルトマンは少し厳しいが最下層まで使える装備なので、そこら辺は気にしなくてもいい。

「探索続けたらいずれ買えるだろうけどね。収入増えていっているし」
「そうだな。その時になったらもっと良い物買いたいとか言ってそうだけど」
「ありえるね」

 簡単に想像でき、二人は苦笑を浮かべあった。
 警戒しながら雑談を続けているうちに時間が過ぎて雨が止む。
 出発した一行は三時間ほど歩いて、最後の野営を始める。野営最初の日は、セルシオはなにをしていいのかわからなかった。
 アーエストラエアまで旅をしたとはいえ、旅の仕方など知らなかったのだ。木に上がって夜を過ごしたと話すと、中々経験できないことだと商人に感心された。その感心の中にはよく無事だったなという思いもあった。
 オルトマンに指示をもらいつつ動いて、少しずつ野営のやり方を学んでいった。

「見張りは昨日と同じでミドルとアズ、俺、セルシオの順だ。いいな?」

 三人は頷く。ミドルとアズが組んでいるのは察知ツールをもっていないからだ。二人で足りないところを補うのだ。真ん中にオルトマンを置いたのは、中途半端に寝ることになる役どころを請け負ったためだ。
 見張り初日はオルトマンとセルシオが組んで、見張りの基本を教わっていた。ミドルとアズはアーエストラエアに来るまでに教わっている。
 夕飯を食べ終えて、商人を交えて少し話した後、セルシオとオルトマンは毛布に包まって眠る。
 固い地面に寝転がるので寝づらいかとセルシオは思ったが、一人で旅した時に比べるとゆっくり眠れていた。火があり、仲間がいるという安心感があるのだ。
 交代の時間になり、オルトマンに起こされたセルシオは毛布を片付け、火の番をしつつ警戒を続ける。
 感覚に鳥くらいしか引っかかることなく朝が来る。
 日が昇り朝日を浴びてようやく一日が始まったと感じる。今日も一日頑張るかと思いつつ、寝ている者たちを起こしていく。
 その日の昼に一行は目的地に到着した。ここに来るまで強い魔物どころか、弱い魔物にも遭っていない。

「ありがとうございました。報酬の六千コルジです。ではまたいつか」

 町の入り口で商人と別れる。護衛はここまでなのだ。
 魔物が襲ってくると報酬が二千上乗せされていた。安全に終えられてほっとしたような、上乗せがないことが残念なような、そんな気持ちで四人は町に入っていく。
 ネルゼウはアーエストラエアと違い、石の壁で囲まれておらず、土と木の柵が町を囲んでいる。そして北と南に物見櫓を置いて、魔物の動きを見張っている。見張りは町の自衛団が行っている。
 宿を見つけた四人はそこを一日取り、案内された部屋で私服に着替える。

「俺は少し寝るが、三人はどうする?」
「町を見てくる」

 ミドルの言葉に、ほかの二人も頷く。

「そうか、気をつけるんだぞ」

 そう言うとオルトマンはベッドに寝転がる。
 宿を出た三人はまずは昼食だろうと、屋台か定食屋を探していく。
 蕎麦を扱っている屋台から漂ってくる匂いに蕎麦を食べようということになり、三人は注文していく。

「肉蕎麦二つと山菜蕎麦だな? 少しまっててくれ」

 注文を受けた屋台の主人は、お金をもらいさっそく蕎麦を茹でていく。腕輪で払えないので、お金を出して渡す。
 屋台近くにあるベンチに座って、話しながら出来上がりを待つ。日差しは柔らかく、吹く風は温かく、こうして気の合う仲間と一緒にいるだけで楽しい。
 五分ほどで完成した蕎麦を受け取って、三人は食べていく。
 そんな三人の前を走って通り過ぎた男がいたが、三人が気にすることはなかった。
 蕎麦を食べ終えて、町中をふらふらと二時間歩いた三人は宿に戻る。特に見るところはなく、掘り出し物もなかった。生まれ育った村とアーエストラエア以外を知らないセルシオにとってはそれなりに楽しめた。
 雑談と荷物整理と武具の手入れで時間が過ぎていき、翌日となる。朝食を食べた一行は、アーエストラエアへの護衛でもないか傭兵ギルドに行ってみることにした。

「なにかあった?」

 探せないミドルは暇そうに三人聞く。それにセルシオは収獲なしと首を横に振る。

「俺は見つけられなかったよ」
「私も」
「親父は?」

 じっと一枚の紙を見ているオルトマンに聞く。なにか見つけたのだろうかとセルシオとアズは顔を見合わせる。

「護衛の仕事じゃないんだが。コボルト退治がある」

 コボルトは人間より少し強い程度の魔物だ。レベルにすると20弱。好戦的ではなく、森や洞窟に群で暮らしている。出会ったとしても攻撃せずに離れれば、戦闘にならないことが多い。たまにほかの魔物に扱き使われていることもある。
 放っておけば無害ともいえる魔物で、退治依頼が出ることはそうそうない。

「コボルト退治依頼って珍しいはずだよね?」

 セルシオの問いに三人は頷く。

「ガウコボルトがいる可能性あり、となっている」
「ガウコボルトってたしか、変異種でリーダーとして振舞うコボルトだっけか。強さは駆け出しにはきついって本で読んだな」

 強さはレベル50。知能は人並みで策を試みることもある。オルトマンは当然として、三人も油断をしなければ十分勝てる相手だ。
 ガウコボルトに率いられると、コボルトたちから臆病さが消える。かといって好戦的になるかというとそうではなく、落ち着いて行動できるようになるのだ。木の棒や石で武装するように指示を出されるので、駆け出しパーティーでは手がつけられなくなることもある。
 依頼が出たのは、ガウコボルトがいるせいでコボルトの活動が活発になり、町に悪影響があるかもしれないというのが一つ。もう一つは他の魔物がコボルトを従えにやってくる可能性があるので、その可能性を潰すため。

「確認できただけで十五匹。場所は山の観測所。発見者はベラドール」
「それ受けんの?」
「受けてもいいとは思っている。早く帰りたいならなにも受けずに帰るが、三人はどうしたい?」

 こういう護衛とは違う依頼も、いい経験になるだろうと判断したのだ。
 三人はどうしようかと話し合い、報酬次第で受けようと結果が出た。

「報酬か? 一人二千五百コルジだな。経費はでないし、大怪我をしても治療費もでない」
「それだけあればハリア布製のローブに手が届く」

 アズのこれで受けることが決定した。
 カウンターに行き、手続きをした後、発見者の居場所を教えてもらう。もう少し詳しい情報が手に入るかもしれないのだ。
 相手がコボルトなので詳しい情報収集はしなくてもいいのだが、こういった下準備もあるのだとセルシオたちに手本を見せている。
 ベラドールは設計士で、家で仕事をしていることが多いらしく、呼びに行けばすぐに連れて来れるだろうとギルドで待つことになる。そして十五分後にギルド職員と一緒に四十近い男がやってきた。三人が蕎麦を食べていた時に近くを通った男だ。

「こちらが発見者のベラドールさんです」

 四人が礼を言うと職員は仕事に戻っていく。

「私に聞きたいことがあると聞いたんですが」
「ええ、コボルトたちを見た時のことをあなたの口から詳しく聞きたくて」
「わかりました」

 頷くとベラドールは昨日のことを話し始める。

「昨日は仕事が休みで、趣味の絵を描くため近くにある山に登ったんです。時間は遅い朝食を食べた後に町を出ましたから、九時前くらいだったかと。町から頂上に登るまで二時間もかからない小さな山で、自衛団が見回りに行くので魔物もいないんですよ、普段は。そこの山頂にはちょっとした観測所がありまして、そこから見える風景を描こうと思っていたんですが、観測所に着くほんの少し前に犬のような鳴き声を聞いたんです。狼か野犬でもいるのかと、その場に立ち止まって静かにしていました。そしたら木々の隙間から二足歩行する犬が何匹か見えたんです。コボルトという名前は知らなかったんですが、魔物だとわかったんで大急ぎで山を下りて傭兵ギルドに伝えました」
「なるほど。ありがとうございます。コボルトを見たということですが、その中に偉そうな、ほかのコボルトと雰囲気の違う奴はいましたか?」
「はい。皆が動き回っている中、一匹だけ立ち止まって声をかけている奴がいました」

 十中八九ガウコボルトがいると見て間違いなさそうだと、オルトマンは頷いた。

「観測所には人はいないんですか?」

 疑問に思ったことをアズが聞く。

「あそこはもう誰もいないから」

 使われていたのはもう数百年は昔のことだ。
 遠くを見るには高いところに登ればいい。遠くを見張るために観測所が置かれ、目の良い者がそこに詰めていたのだ。
 しかし時代は流れ、遠見のスキルや望遠鏡が開発され、わざわざ高いところに登らずとも地上の物見櫓からの見張りで十分になったのだ。そうして人がいなくなり、観測所は廃墟となった。

「ほかになにか聞くことはありますか?」

 俺はないと言ってオルトマンは三人を見る。三人もないのだろう、黙ったまま首を横に振る。
 四人はベラドールに礼を言って、退治準備を始める。そのための道具は傭兵ギルドで買える。

「これは煙幕筒だ。ダンジョン内だと自分たちも煙の影響を受けるが、野外だと風の動きを考えて使うと奇襲をかけるのに役立ったり、逃げやすくなったりする。こっちは眠り薬や痺れ薬の入った餌だな。知能の高い魔物だとひっかかりにくいが、知能の低いやつは大抵引っかかる。コボルトもひっかかるぞ。こっちは色々な毒を撒き散らす玉だ。これは使いどころを間違うと自爆するから注意が必要だな。そっちは粘着液の入った瓶だな。瓶から出すとすぐに固まり始める。それをぶっかけてやれば動きを制限させることができる。んでその隣は音玉だ。強く握った五秒後に、わりと半端ない大きな音を出し破裂する。上空にいる鳥を落したりする時に使う」

 オルトマンは一つ一つを指差して説明していく。騎士時代や傭兵をしていた頃に使っていて、説明にはよどみがない。
 それらのほかには、以前手に入れて売った発火板や方位磁石などがあった。
 念のために痺れ薬入りの餌を買うオルトマン。セルシオは粘着液がダンジョンでも役立つかもしれないと一つ買って、リュックのポケットに入れた。コボルト退治の際に使うかもしれないと、取り出しやすい位置に入れたのだ。
 ミドルとアズは昼用の携帯食以外はなにも買わず、準備を整えた。
 町を出て、東に見える山目指して歩き出す。山に入り、足音を忍ばせて山頂を目指す。コボルトに遭うことなく山頂までもう少しという頃、セルシオとオルトマンは剣呑な気配を感じ取った。

「これは?」
「コボルトが俺たちを見つけたのか?」

 セルシオにはわからなかったが、オルトマンは戦いの雰囲気だとわかった。

「三人ともいつでも戦えるように警戒しながら、静かに向かうぞ」

 無言で頷いた三人を見て、オルトマンは歩き始める。
 遠目に観測所が見える位置まで移動すると、そこからコボルトと人間の戦いが起きているのが見えた。
 状況はコボルトの劣勢。四人いる人間に傷を負わせているが、力量差があるようで負けているのだ。

「俺たちのほかにも依頼を受けた人がいた?」

 ミドルの疑問に、三人はどうだろうと首を傾げる。四人が受けた後、依頼は取り下げられたはずだ。出発に多くの時間をかけなかった四人を先行するにはそれなりに急がねばならず、山道を急ぐと疲れるはずだ。そんな状態でコボルトといえども戦うとは思えない。仕事を横取りされる覚えもない。四人ともこの町には初めて来て、恨みを買った者などいないのだ。

「旅人が偶然コボルトに鉢合わせた?」
「山を登る理由なんてあるのか? 山登らなくても近くに町があるんだぞ? 頂上まで行かずとも町は見えるし、見えたら進路をそっちに変えると思うんだが」

 セルシオの予想をオルトマンが否定する。観測所に用事がないかぎり、わざわざ戦う必要もない。

「町の人が困るだろうって自衛団が動いた?」
「ギルドに依頼出てるし、自衛団が動くには早くないか?」

 アズも予想を口にだし、再びオルトマンが否定した。
 状況がわからず、加勢を必要ともしていない様子なので、しばらく見てみようと木陰から観察していく。
 戦闘は順調に進んでいき、コボルトはその数は減らしていく。そして十分と少しでコボルトたちは全滅した。
 依頼が終わったことを示していたが、四人は帰らずに観察を続ける。オルトマンの騎士としての勘になにかが引っかかったのだ。
 傷の治療を終えた彼らは、その場を離れてすぐになにかを持って戻ってきた。

「なんだろ」
「ここからだと見えないね」
「大事なものってのはわかるけど」

 背負い袋や木箱などいくつかの荷物を観測所に運び込んでいく。
 その中で一つ、木箱に入らなかったのか布を被せただけの荷物がある。それを運んでいる二人組の片方が手を滑らせて地面に落す。

「バカヤロウっ!」

 離れていても届く罵声を運んでいた相方に浴びせる。

「これがなんだかわかってんのかっ!? セウレアドの美姫像だぞ!? いくらで売れると思ってんだっ!」

 落とした者は何度も頭を下げている。頭を下げる回数が二十を超えてようやく、少し落ち着いたのか怒鳴っていた男は落とした男を促し、慎重に運んでいく。
 男の言葉を聞いたセルシオ以外の三人が驚いている。

「セウレアドの美姫だと? アーテングローの博物館に展示されているはずだろ」
「セウレアドの美姫ってのはすごいものなの?」

 それを知らないセルシオが聞く。

「二百年前の有名な彫刻家が作ったもので、当時一番美しいといわれた姫をモデルしたんだ。その価値は二千六百万コルジだ」
「高っ!?」

 値段を聞いたセルシオは力一杯驚いている。

「それがここにあるってことは買った、わけじゃなさそうだね」

 オルトマンの表情がセルシオの言葉を否定していた。
 買いたいと言う者はいるが、所有者となっている博物館側は多くの者に見てもらいたいと拒否し続けている。一番客を呼べる展示品でもあるので、この先も売ることはないだろうと言われていた。
 それがここにあるということは、盗まれたということでしかないだろう。贋作を作ろうにも、使われている材料の希少性や腕の差から到底真似できるものでもない。
 急にミドルが立ち上がる。その表情は興奮状態で、ミドルが漂わせる雰囲気をセルシオは一度感じたことがある。夜警で賊と会った時だ。
 ミドルが観測所へ向かって走り出す。

「あの馬鹿! 俺たちも行くぞ」

 オルトマンも立ち上がり、ミドルの後を追う。セルシオを後を追おうとして立ち上がるも、反応のないアズが気になり振り返る。

「アズ?」

 青ざめた表情のアズは座ったまま自身の体を抱いて、小さくカタカタ震えている。

「どしたの? 置いていかれるよ?」
「ご、ごめん。怖くなって」

 奴隷時代のことを思い出したのだ。当時のことはいまだアズを苦しめている。
 これまでの付き合いで、その話を聞いていたセルシオはなんと言っていいのかわからず、アズの背を擦るだけだ。
 一分ほど擦り続け、アズはゆっくりと立ち上がる。

「少し落ち着いた、ありがとう」
「えと行ける? 無理ならここにいてもいいと思うよ?」
「行く」

 青ざめたままアズは歩き出す。
 観測所からは戦っている音が聞こえ出している。
 ふとセルシオは背後に気配を感じた。振り返るとそこには賊の仲間なのか一人の男がいて、二人へと水の塊を飛ばそうとしていた。水弾というスキルとは知らないながらも、セルシオは魔術だと理解し、アズの手を引いてその場から真横に移動する。その二秒後に水弾は今までいた位置を通りすぎ、地面に命中した。
 舌打ちした男は、ナイフを二刀流にして二人へと向かってくる。

「アズ下がって!」

 セルシオは周囲を探り、この男以外に誰もいないことを確認して迎え撃つ。

「ここを知られたからには無事で返すわけにはいかねえっ!」
「そんなこと知るか!」

 二本のナイフを二つとも攻撃に使い、手数で圧倒するタイプのようで、縦横斜めとナイフが遅いかかってくる。
 技量は賊の方が上だが、受ける衝撃はそれほどまでではないので、レベル差は百や五十も離れていないのだろう。これならば耐えつつ反撃することができると、機会を狙って盾や剣でナイフを受けていく。
 アズの手助けがあればもっと楽なのだろうが、今は期待できないのでセルシオは一人でどうにかする方向で動く。

「乱舞っ!」

 双剣ツールのスキルなのだろう。ナイフを振る速度が目に見えて上がり、セルシオは反撃を考えることを止めて盾を前に出し、じっと耐える。避けることなど無理だ。避けようとすると防御するよりも多くの怪我を負うだろう。
 時間にして五秒もないが、盾にナイフがぶつかる音は三十に達した。
 防ぐことができなかった箇所から血を流し、セルシオは再び賊の攻撃を防いでいく。

「防ぐことしかしないなら、さっさと倒れろよ!」
「今に一発当てて流れを変えてやるさ!」

 威勢よく反論するが、今のところ反撃の機会は訪れない。それでも諦めることなどせず、賊の動きをよく見て攻撃を防ぐ。
 リュックに入れている粘着液のことが思い出されるが、それを取り出す暇はない。
 賊から見ると今の状況は優勢だ。目の前の男は防ぐことしかせず、女はなぜか動かない。このままの勢いで押して観測所の様子を知りたかった。
 だから反撃はないが、粘り倒れないセルシオに怒りを抱き、焦りが生まれる。早く倒れろという思いに従い、ナイフを握る手に力が篭り、攻撃が粗くなる。
 耐えていたセルシオは受ける衝撃に重さが増したことを感じ取る。そして動きに無駄ができてきたことも察する。
 賊が焦っているようにセルシオにも焦りはあったが、よほどの怪我でなければアズに治してもらえると信じて耐えていた。
 そこに差が生まれ、冷静さを保っていたセルシオは賊が大振りの攻撃をしてくるのを見逃さなかった。

「一発っ当てる!」

 振り下ろされたナイフを盾を横に振り弾いて、もう一つのナイフが使われる前に、弾いた腕ではないもう一つの腕を剣で斬りつけた。
 胴体への攻撃もできたが、相手も頑丈そうな革鎧を着ていて、一撃で決めることは不可能だと判断し、攻撃力を削ぐことを優先したのだった。

「があっ!?」

 真下からという振り方のなっていない攻撃なので、腕を斬り落すといったことはなかった。しかし手首に近い箇所を斬り、ナイフを握れないようにすることに成功した。
 溢れ出す血を止めようとナイフを放し、片方の手で手首を握る。そのまま逃げ出そうとセルシオに背を向ける。
 そんな隙を見逃すはずもなく、足めがけて剣を投げる。剣は上手く太腿を斬りつけて行動力を奪う。以前人買の足に偶然剣が当たったことを覚えていて、咄嗟に投げたのだった。
 剣を投げたとは思わなかった賊はもう追いついたのかと振り返り、今追いついたセルシオの体当たりを受けて激しく地面に体を打ちつけて気絶した。

「なんとかなったぁ」

 大きく安堵の溜息を吐き、気絶した賊を引きずって剣を拾いアズの元まで戻る。
 賊が気絶したことでアズは落ち着きを取り戻した。

「……加勢できなくてごめんね」
「仕方ないよ。ミドルもあんなになったし、二人が過ごした昔のことを考えるとね」

 それほどまでに奴隷としての日々は辛かったのだろうと、アズを責める気は起きなかった。

「盗賊を前にするとどうしても体が震えちゃって、ってそんなことを言ってないで、治療しないとね」

 体のあちこちから血を流すセルシオに慌てて、治療魔法を使っていく。
 幸い大きな傷はなく、治療に時間はかからなかった。
 痛みがすっかり引いて、アズに礼を言ったセルシオはリュックからロープを取り出し、賊を縛っていく。縄抜けできない縛り方など知らないので、手を後ろ手に足を交差させてからがんじがらめにしておいた。腕と足の傷は賊の持っていた薬で治しておいた。
 そこまでやってセルシオは観測所から聞こえていた音がなくなったことに気づく。

「あっちも終わったようだけど、どうなったんだろう?」
「考えたくないけど、万が一ってこともあるし、警戒して近づいて行こ」
「わかった」

 賊は置いていこうかと思ったが、まだ賊が隠れている可能性もあるので引きずっていく。
 二人は警戒しつつゆっくり観測所に近づく。

(ストップ。誰か出てくる)

 一人外に出てくる気配を感じたセルシオは、小さくアズに止まるように言う。
 まだ残っている壁の影に隠れて、誰が出てくるのか待つ。
 どくどくと胸の鼓動を聞きつつ、じっとしている二人の耳にオルトマンの声が聞こえてきた。

「アズとセルシオだろう? 出て来ていいぞ」

 ほぅっと息を吐いて二人は壁の影から出る。

「そっちはどうだった……」

 言いながらセルシオは思わず顔を顰めた。
 オルトマンの体のあちこちに大量の血が付いていたのだ。

「ああ、すまん。派手な斬り合いになったんだ」
「父さん、怪我は?」
「俺はない。ミドルが無茶して怪我したが、それも薬で治した。ん? そっちにも賊がいたのか。それで二人が来なかったのか」

 賊の中で一番強い者でもレベル300で、その賊を手加減のないオルトマンが速攻で倒したので、大した苦戦もしなかった。

「なんとか倒せた」
「それは良かった。気絶させたのもありがたい」

 中は全滅なのだ。オルトマンは一人だけ気絶させて後は殺そうと思っていたのだが、ミドルが残った一人も殺してしまい、情報が手に入らず困っていたのだ。

「これからどうするの?」
「ギルドに戻ってここのこと知らせるしかないな。俺が見張りに残っているから、三人でギルドに知らせてくれ。証拠はセウレアドの美姫を持っていけばいいだろうさ。今中で、ミドルが像を運び出す準備をしている」
「気絶してる賊は? あと賊の持ってる剣とかでいいものあった?」

 最初に他人の物で装備を整えたセルシオは、ここでもなにかあるかなと思った。

「賊は俺と一緒に転がしとくさ。持ち物は鉄の剣があったが……そうだなミドルは使いたがらないだろうしお前が持っていってもいいと思うぞ。鎧は血まみれだし、使わない方がいいだろう」

 今のセルシオの剣は青銅の剣で、鉄の剣よりも下。なので嬉しい拾い物だった。
 準備を整えたミドルが出てきて、セルシオは鉄の剣を回収した後、一緒に像を運び出す。

「じゃあ、落として壊さないようにな?」

 三人とも弁償できる額ではないとわかっているので、慎重に運ぶつもりだ。
 ゆっくりと移動したので行きよりも時間がかかり、ギルドについたのは午後三時少し前だった。

「その荷物は? ここへの届け物ですか?」

 カウンターにいた職員が不思議そうな顔で言ってくる。
 その職員にアズが小さな声で事情を説明する。話を聞いた職員は信じられないといった表情になっている。三人もその気持ちはわかるので不快にはならなかった。

「え? 本物ですか?」
「どこか人目のないところで確認してもらえばわかると思います」
「……奥へどうぞ」

 念のため確認しようと、職員はギルドの奥へ三人を通す。
 その様子を見ていたほかの傭兵たちは、そこそこ大事なものなのだろうと大して気にしていなかった。
 客室に通された三人は職員の前で、像に被せていた布を外す。
 表情には微笑みが浮かび、視線は下、腰を少し曲げ、子供か動物を撫でている姿の像が現れた。柔らかいその表情は生きている人間ですら出せない者がいるだろう。

「これは……」

 素晴らしいものを見たと全員恍惚としている。
 像を見た職員は、その迫力や雰囲気に本物だと判断した。骨董品に造詣があるわけではなかったが、それでも信じられるものをこの像は持っていたのだ。

「すぐに上の者に知らせますので、少々お待ちを」

 像から目を離した職員は早歩きで、部屋を出て行く。
 十分ほど経ち、ギルド長を連れて戻ってきた。連れてこられたギルド長も始めは疑わしそうな表情だったが、像を見て信じた。
 話し合いが始まり、三人は事情を話していく。コボルト退治を受けたところから、賊退治まで話す。

「事情はわかった。コボルト退治に加えて賊退治の報酬も出そう。あと博物館からも報酬がでるかもしれん」
「ありがとうございます」
「なんのなんの賊の溜まり場を潰してもらい助かったのはこちらだ。礼を言う」

 これから人を集めて観測所に向かわせることになり、三人は宿で待機となる。案内が必要な場所ではないし、疲れてもいるだろうという判断だった。
 とりあえずコボルト退治の報酬を受け取った三人は、昨日も泊まった宿に行き一日分の料金を支払った。
 観測所で待機していたオルトマンが戻ってきたのは午後八時だ。

「ただいまっと」
「おかえり」
「起きているのはアズだけか?」

 セルシオとミドルは戦闘の疲れで眠っていた。

「夕飯食べてきたけど、三人も食べてるだろう?」
「うん。いつ帰ってくるはわからなかったから」

 その返事を聞きながらオルトマンは鎧を外していく。

「賊退治の報酬ももらってきた。一人六千コルジだ」
「そんなに。これならもう一段階上のローブも買えそう」
「良い物があったら買うといいさ」

 防御が上がることは悪いことでないので止めはしない。

「そうする……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「観測所って賊たちの住処だったの? もしそうなら人が少なかったように思う」

 もしかすると賊を逃がしたのではと思ったのだ。

「おそらくだが違うと思う。地下室に入らなかったお前はわからないだろうが、あそこには盗んだ物しかなかった。食べ物や飲み物はなかったし、毛布などの泊まるための物もなかった」

 テーブルや椅子すらなかったのだ。あったのは盗んだ物をしまう棚やタンスや木箱といったものばかりだ。

「倉庫みたいな感じで使っていたのかな?」

 多分なと頷いた。
 四人がそこらへんのことを知るのは、アーエストラエアの傭兵ギルドで博物館からの報酬を貰う時だ。一緒についてきた手紙に書かれていた。
 二人の考えどおり、賊たちは観測所を倉庫として使っていた。来る者が少なく、町から離れているあそこは利用するのに便利だったのだ。隠れ家として使っているとすぐにばれるだろうが、隠し部屋を作りこっそりと利用する分には平気だろうと考えた。利用を始めて五年経っており、町の者たちは誰も気づいていなかった。
 手紙にはこれらのほかに、捕まえた賊から得た情報を元に討伐が行われたこと、捕まえた賊たちは情報を吐かされ全て処刑されたことが載っていた。
 盗まれたのは、副館長が賊の手引きをしたからだ。副館長には借金があり、それの返済に美姫像を売った分け前をあてようと考えていた。この副館長も当然罰せられ、強制労働の鉱山に放り込まれた。
 手紙には今回のことを口止めする旨も書かれていた。盗まれ賊に触れられたことを、セウレアドの美姫が汚されたように思う者がいて、その事実を隠したいと願ったのだ。
 その分の口止め料が追加された報酬は一人三万コルジ。絶対口外しないという誓約書を書いた場合にのみ渡される。
 口外するつもりもなかった四人は誓約書を書き、三万を得る。得たはいいが、使い道を思いつかなかったりする。
 ミドルがビッグリュックを買うか、鎧を新調するか迷ったくらいだ。セルシオもアズも武具を新調したばかりで買う必要性は感じていなかったし、オルトマンは買う必要すらない。

「明日もう一度事情を聞きたいと言っていたから、出発は明日の昼過ぎくらいになる。そのつもりで準備しておいてくれ」
「わかったよ」

 臨時収入があったので依頼を受けずにのんびり帰ることにしたのだ。

「しかしコボルト退治がセウレアドの美姫に繋がるとは、世の中なにが起こるかわかったもんじゃないな」
「ほんとに」

 倉庫に行ったらコボルトがいて挑戦者とも戦うことになった賊たちも驚いたが、オルトマンたちも驚いている。このタイミングで鉢合わせにならなくてもとは全員が思ったことだ。
 翌日、予定通りに町を出て、道中何事もなくアーエストラエアに戻ることができた。
感想ありがとうございます

ツール枠については、セットして使えるのは一度に四つまでで、保有できるのはレベル50を超すごとに増えていくとなっています
そうじゃなくて、保有枠の余裕がないように書いてあるなら、新たに買ったということを文章にしていないのだと思われます
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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