3,一階の笑い声
少女を光の先で待っているもの。
それは少女が望んでいたものか。
少女はそこに何を望むのか。何を望まぬのか。
少女は、何を求めて彷徨い歩いているのか。
「何?」
「歩くの速いって・・・一緒に帰ろう?」
「うん」
別に拒絶する理由も無い。それにむしろ拒絶した方がこういうのは面倒だ。
私達は並んで歩き出した。既に先ほどの信号は数メートル後ろ。
他愛も無い会話をしながら歩き続け、踏み切りへとたどり着く。ここで分かれ道だ。
適当に相槌を打っているだけの私はその話の内容を家に着けば忘れてしまう。
それでも真面目に聞かなければ相手に失礼だ。それぐらいの礼儀はある。
たとえその行動が無駄であろうと。
「ただいま」
「こらヒロ!遅い!」
「ごめんなさい。踏み切りで話してた」
「ほどほどにしなさいよ。明るくなってきてるからって」
その時電話が鳴る。多分祖母からの電話。
そうじゃなかったら勧誘か、そういった類。
母は小言を切り上げ、はいはいと返事をしながら受話器を取った。
少し高く、丁寧な声から相手が祖母であることが分かった。
ひとまず荷物を置きに私は二階の自室に向かった。
扉を閉め、外界と世界をシャットダウン。
ため息を吐きながら端まで歩いていき、窓辺の机の上に鞄を下ろした。
鞄の重さから開放され、再度ため息を吐く。気のせいか、最近やたら疲れやすいように思う。
中学最後の学年が始まってから何があったか思い出してみる。
二年後期から引き続き委員長として行動し、一学期始めに全校の前に立ち委員会の説明。
近づく修学旅行の班別活動の計画を副班長として立て、やっと一息つけると思えば、
もう後二週間後に体育祭と中間テスト。
膨大な予定に眩暈がし、その場に座り込んでしまう。
だが今はやっと一段落したところなのだ。もう大丈夫。倒れたりなど絶対無いだろう。
少しの間引き出しに凭れ掛かり、天井を覗き込んでいた。
窓から差し込んだ夕日で天井がオレンジがかった赤に染まっている。
少女は闇の先の光に、何を望んでいたのだろうか。
何がそこにあって欲しいと望んでいたのだろうか。
伸ばした手は何を掴み、何を失ったのだろうか。
「ヒロ!」
母の怒りが篭っている声で、私は現実に引き戻される。
重い体を持ち上げ、私は机の前に再び立った。
机の奥で丸くなり転がっているそれを見つけたのは、多分久しぶりに美術室に行ったせいだろう。
以前からそこにあったが、私は常に見ないようにしていた。
なのに今日は、それに手を伸ばし、あまつさえそれを広げようとした。
ゴムに手を掛け、それをのけようとしたとき、
「聞こえてるの!?」
母の怒声に私は手を止めた。
これ以上母を待たせては余計に怒らせる。私は手に持っていたそれを机の上に投げ、慌てて向かった。
危うく私は、あの絵を見るところだった。
リビングに向かうと、そこには母が複雑そうな顔で腕を組み、受話器とにらみ合っていた。
「どういうこと?」
「何が?」
「あんた何時の間におばあちゃんと約束してたの?一人で田舎に帰るだなんて!」
予想していたことが起きた。いつかは話さねばならないことだから、覚悟はしていたが。
思っていたよりも母が知るのが早かった。
「で、大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。一応向こうでも勉強するし、そんな遊んでばっかじゃないよ。むしろあっちの方が環境はいい」
「そういう意味じゃなくて。一人で行けるの?」
祖母宅はここから、長いこと電車に揺られた先にある。
朝に出て、昼に向こうに着く位だろうか。でもそれくらいの距離だ。
「大丈夫」
「そっ。本当に、大丈夫ね」
もう一度念を押してくる母に、私は頷いてみせた。
すると母は一つため息をつき、もういいわ、と台所へ消えていった。
一旦部屋に戻ると、ちょうど兄高校から帰宅した。
それからしばらくして、下からはテレビの音が聞こえ、母と兄の楽しげな笑い声が聞こえ始めた。
私は一人それを、本を読みながら聞いていた。 |