死神 ーTHE GOD OF THE DEATHー(3/11)縦書き表示RDF


死神 ーTHE GOD OF THE DEATHー
作:sea



第二章 散花 上






噴水の音が、微かに石畳に響いている。



「遅いなぁ・・・」



長い髪をツインにまとめた少女が、溜め息をついた。



「ったーく・・・南月くんってば、いっつもこうなんだから」



そう独りごちて、再び辺りを見回す。




「七華ーーっ!」



「あ」



七華と呼ばれた少女は、声のした方を向いた。




「遅れてごめんっ!」



走ったからか荒い息をして頭を下げる彼を、七華は口を尖らせて、しかし何処か嬉しそうに見つめた。



「もう・・・」



「ごめんっ!」




「しょーがないなぁ・・・じゃ、ジュース奢りだぞ?」



そう言って、微笑む七華。


「さ、行こう南月くん」




七華は細い腕を彼の腕に絡ませた。




「ね?」



そして南月を上目使いに見て、可笑しそうに笑った。








昼間の町に、音も立てずに降り立った、まだ幼い、死神。


左腕をゆったりした長袖で隠し、うつ向き加減に歩を進める。


寂しげでどこか儚い死神。


「ねぇ見て?あの子変じゃない?」


「ウケるんだけど」



嘲笑をその身に受けては、その左手で煙に変えて。



音もなく、歩いていた。




瑠樹の目の前から、又人が歩いてきた。
ツインテールの少女と、顎の長さに乱雑に切られた、僅かに銀色がかった髪の少年の二人。



「見て見てあの子!」



少女の声に、瑠樹が立ち止まる。


暫く少女を見つめ、左腕を上げた。



「かーわいいー!」


擦れ違い様に言われた言葉に、瑠樹は目を見開いた。


そして、ゆっくり左腕を下ろした。



「今・・なんて・・・?」


「えっ?」


振り返る二人。


少女がにっこりする。



「可愛いね」


「おい」



少年が少女に、呆れた視線を送る。



「いいじゃない」



「お前達・・・」


瑠樹の声に、二人は改めて瑠樹に向き合う。



「どうした」


先に口を開いたのは、少年だった。



「・・・僕が恐くないのか」


「・・・いや別に」



「可愛い」


口を揃えていう二人に、瑠樹は叫ぶ。



「僕は瑠樹・・・っ」



「ふーん。瑠樹くんって言うんだ。私は二宮七華。ほら、南月くんも」



「・・・山岸南月」



そして、「宜しく」と声を揃える二人に、瑠樹は目を見張るだけだった。







「お前等っ」


「なんだよ」



「なぁに?瑠樹くん」


両方から問われて、まごつく瑠樹。



「ぼ・・・僕は死神だっ」


七華の目が真ん丸になる。

「死・・・神っ?」


「そうだっ」



酷く焦って、むきになる小さな死神。

その瑠樹に、静かな視線を送る南月がいた。


静かで、柔らかくて。


不思議な気持ちを抱く南月がいた。



「・・・南月くん、行こ!私、何か怖い」


「・・・待て・・・」



突然響いた声。


少年の声。



瑠樹ではなく、南月の声だった。



「・・・っ?!」


今まで、ずっと蔑まれていて。


初めてだった。

自分の存在を認めてくれた人。



「怖い」と言う言葉を、


死神と知っても、


言わなかった人。



「南月・・・っ」



「なんだよ」


目の前の、切長の眼をした人。


「山岸南月っ!」



「なんだと言っている」



その時、南月は気付いた。

陰った眼。

吸い込まれそうに、暗い眼。


一所懸命自分を見つめる瑠樹に、何かを感じた。


突然、南月が瑠樹の手を取った。


「なっ?!」


明らかに動揺する瑠樹。



「温けーぞ」



南月は瑠樹を見据えた。



「手ぇ温けーぞ、死神さん?」


「なっ」


瑠樹は手を振り払う。


「人間らしい死神さんだな・・・少し、聞きたい事がある」



「黙れ!」


叫ぶ瑠樹を、南月は冷たく見つめる。



「黙れ黙れ黙れっ!」



一人でいきり立つ瑠樹に、七華が怯える。

「行こうよっ、南月くん」


南月の腕を引き、振り払われて呆気に取られる七華。

「な、南月くん・・・」




「こいつ・・・気になる」



「何?!」



瑠樹が南月に向き直る。



「んもぅ、南月くんのバカ!しょーがないんだからっ」




そういうと、七華は渋々瑠樹を見た。


「さ、行くぞ」



肩に置かれた手に、びくつく瑠樹。


「さっ・・・触るなぁぁっ!」


叫ぶが、動けない。



瑠樹の表情が、恐怖で歪んでいた。




セピア色に染まった、苦い記憶。


「こいつウザいよな」



「生意気なんだよ」




「お仕置き〜」



身体中に加えられる暴行。
青紫の痣。


嘲りと痛みの中、遠のく意識・・・




「いやぁぁぁぁぁぁ!」



頭を抱え、瑠樹は叫ぶ。


驚く七華。


南月が肩に置いた手を引き寄せ、眼を見開き立ちすくむ瑠樹をしっかと見下ろす。



「落ち着け!」



まだ叫び続ける瑠樹。
そして、左腕を振り回す。

南月と七華の背後で、幾筋もの煙が渦を巻いた。



「落ち着けったら!」



しかし、瑠樹は依然叫び続ける。



南月は小さく舌打ちして、息を吸い込む。



そして、瑠樹を抱き締めた。







瑠樹の叫び声が止まった。


引き替えの様に、更に大きく眼を見開き、硬直する。



「大丈夫かよ」


ぽんと頭を叩き、南月は瑠樹を解放する。



「何で」



「は?」



瑠樹の震えた声色。



「何でだよーっ!」



怒鳴る瑠樹を静かに見据え、落ち着き払った南月。



「理由など無い」



瑠樹が彼の言葉に表情だけで反応した。




「何だ」




瑠樹に眼をやり、初めて南月の表情に驚きが浮かんだ。



瑠樹は、静かに涙を溢していた。



「・・・瑠樹」



黙ったまま、涙を拭きもせず涙を流す瑠樹。


それは、今までの強がっていた様子とは違って。



小さくて。



弱くて。




儚くてーーー




「瑠樹くん・・・」


七華が、そっと呟く。


「ごめんね」



瑠樹は、涙を眼に一杯溜めて顔を上げた。



「怖がってごめんね」



「・・・何だよ」



小さく、震える声。



「何で、謝るんだよ」



南月が、七華を見た。



「ごめん・・・ね・・・」



繰り返す七華。



「分かんなかったの。瑠樹くんが悲しいって」




「七華、止めろ」



南月の静かな声。



「今更そんな事言ったって、こいつの傷は償えない」



そして、南月は視線を瑠樹にやった。




「・・・もっとも、理由は他にも在りそうだな・・」


瑠樹の肩に、もう一度手を置く。



瑠樹は一瞬小さく震え、しかしうつ向いただけだった。










「瑠樹、まだ話す気にならないのか」



あれから短針が何周も回って、午後四時を切った。


とある喫茶店の、禁煙席。


南月と七華の二人に町見物に連れ出された瑠樹は、今其処に静かに座っていた。


「力になる」




冷めた口調と裏腹に、真剣な眼差しと、乗り出した身体。



瑠樹に対する、無愛想な南月の精一杯の優しさ。



「お前を支えられるかも知れない」



「不可能」



濁った瞳をそのまま声にしたかの様な、暗く沈んだ声。




「お前には、不可能」



機械的な口調が繰り返す。


「人間には、不可能だ」



人間によって、傷付けられた自分。



人間の南月に、癒せて、堪るか・・・



「何だよ」



南月の、不自然な程低い声。




「俺じゃ、」



絞り出す様な。




「駄目、かよ」




瑠樹が顔を上げた。



「・・・っ」


南月の小さなうめき声。



ーーー瑠樹の曇った瞳。


ーーー理由は分からないけど。


ーーー冷静な南月には初めてだった。



ーーーこのキモチ。



ーーー力になりたい。



ーーー救いたい。





ーーー傍らに居てあげたい




「俺じゃ、駄目なのかよ」


暗く低い声の底に、南月の底知れない感情が渦巻いていた。









「俺じゃ、駄目か」



こくんと頷く瑠樹。



「不可能、か」



南月は一瞬目を伏せ、すぐにばっと顔を上げた。



「もし・・・不可能じゃなかったら?」



「有り得ない」



取り付く島もない瑠樹の返事。


「お前には、不可能だ」



「じゃあ誰なら可能なんだよ」



突然、南月が声を荒げた。


驚いたように目を見開き、瑠樹は南月を見つめた。



「誰なら、お前を支えてやれる?」



瑠樹と南月の瞳が、お互いを見つめた。


瑠樹は、相変わらず濁った瞳に、ほんの少し動揺を浮かべ。


その瑠樹を見つめる南月の瞳は、まっすぐで。



南月が口を開いた。



「俺に、不可能なら」


絞りだす様な、声。


「何でお前は、さっき叫ぶのを止めたんだ?」



瑠樹が小さく震えた。



南月の瞳から逃げるように顔を背け、小さな震えた声を上げる。



「煩い」



強気な口調とは裏腹に、瑠樹は消え入りそうな声をしていた。



「お前には関係ない!」



「在る」


南月が瑠樹を見つめ、溜め息をつく。



「何でお前は分からないんだよ」



「それはこっちの台詞だ!」


言い返しながらも、瑠樹は一度も南月と目を合わせようとしなかった。




「何で僕に干渉する」


「俺の勝手だ」



二人の声は小さくなり、瑠樹はさらにうつ向く。




「何で僕なんかを支えようとするんだ」



まるで覇気の失せた声に、南月はふっと笑い、瑠樹に向き直った。



「俺にも、分かんねーや」



瑠樹が顔を上げた。




「何でかな」



「・・・」



黙ったままの瑠樹に一瞬目をやり、言葉を紡ぐ南月。


「お前が俺に似てたからかな」



「え・・・」



瑠樹が小さく声を上げた。







時は、南月の小学生時代に遡る。



つかみどころのない霧にならない様に、あの日のえぐるような痛みを忘れない様に。


南月が何度も自ら拓いてきた、苦い古傷。



それは、六年生の一学期の事だった・・・




ーーー

『転校生の山岸南月君です。皆、仲良くしてあげてね。』


薄情な程明るく、垢抜けた教師の声。


少し幼い南月は、口をへの字にして教壇に立っていた。


気だるそうな生徒達の返事を聞いて、南月は唇を噛んだ。



一ヶ月前ーーー



『ごめんね、南月・・・』


『母さん、どうして?どうして僕、僕ーー』



『ごめんね、ごめんねーーー』



『父さん、母さん・・・!』



その日。

父親の破産により、南月は叔父夫婦に預けられた。

半月で迎えに来る筈だった両親は、そのまま迎えに来なかった・・・


科渡南月は、山岸南月になった。



『山岸です。よろしくお願いします』


生気のない声で挨拶する南月に、鋭く冷たい視線が突き刺さった。



南月の回りに、悪口や、陰湿な悪戯は無かった。


ただ、彼と口を聞く者は誰もいなかった。

南月はいつも一人だった。
南月の瞳は、日に日に陰って行った。

『なーつきくん』



しかしそれは、三学期になったある日のこと・・・


『私、七華。転校して来たの』


ツインテールの快活な少女が転校してきたのは。



『南月くんも転校生なんでしょ?先生に聞いたの。』



『だから何だよ』



『ね、南月くん、お友達になろうよ!』


そんな子は、南月には初めてだったーーー












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう