第五章終幕四話
目を醒ますと、真っ暗なベッドだらけの部屋に寝かされていた。
他のベッドの幾つかは、明らかに人が寝ている様に膨らんでいるが、身動きどころか呼吸すらしている様子は無い。
隣のベッドには誰か寝ているが、顔には白い布が掛けられていた。
唯一見えている首筋は、蒼白く息をしては居なかった。
あまりのことに困惑して辺りを見回すと、枕元に小さなテープレコーダーが目に入った。
今はそれしか、助けてくれるものは無さそうに見えた。
感覚を失い動かない左手をかばい、片手だけで苦労しつつも再生ボタンを押す。
『ザァァァ…』
静寂を破ったのは砂嵐の音。
仄かな絶望の味を噛み締めた、その瞬間だった。
『瑠樹…瑠樹…』
途切れ途切れだが、確かに聞こえてきたその声は。
『瑠樹…聞こえるか…』
失ってずっと求めていたその大好きな声は。
『お前に…これを聞かせ…が来る…は…とても残念…が』
「お父様…っ!」
もう大分聞くことの無かった、敬愛する亡き父の声だった。
『…まず最初に…瑠樹、良く頑張った…支える事が出来ずにすまなかった…』
「お父様、お父様ぁっ」
拳をレコーダーに叩きつけると、その度に古ぼけたレコーダーの音がぶれる。
『お前は今日、飛び降り自殺して絶命した。ここは…病院の霊安室だ』
「おと…さま…っ」
溢れる涙は拭っても拭っても止まらない。
『良いか?私の言う通りに此処を出るんだ…左のベッドの下にお前の偽遺体がある…』
父の声の言うことは、一つ一つが的中していた。
眠った自分をベッドに寝かせて、その奇妙さに首を傾げる。
『…良いか?ここからが大事な作業だ…部屋の角のベッドの中に注射器がある。中身は麻酔だ』
父の言わんとする事を読み取ろうと一心に耳を傾けるも、しかし父の真意を読み取ることは出来ない。
微かなもどかしさを感じつつ、声の続きに意識を注ぐ。
『それで自分のどちらかの腕を麻痺させろ』
その必要は無さそうだった。
落下の衝撃で、既に左腕は感覚を失っていた。
『良く聞け。お前の寝ているベッドの下に、鋸が入っている。』
続いて声が語った内容はもどかしさを吹き飛ばし、代わりに重たく痛々しい衝撃を残して体中を通り抜けた。
それはあまりにも冷酷に。
『それで自分の腕を切れ』
先程までと何ら変わらぬ口調で言い放たれたのだった。
『麻酔が効いていれば痛くは無い筈だ』
「…そんな」
小さく漏れた声は、あまりにも頼りなさげだった。
『これから30分、時間を与える。それから次の段階に進む』
30分。
それは、論理上自分の腕を断ち切るには十分過ぎて、それ故にあまりに現実的な恐怖と不安を伴っていた。
加えてそれはあくまでも『論理上』であって、恐怖や怯みや苦痛は換算されていない時間だった。
怯えている時間は無い。
躊躇っている時間は無い。
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