序章 降臨
夜闇。
吸い込まれそうな、黒。
二つの人影が、闇に溶けこむか溶けこまないかの瀬戸際を駆ける。
二人はーー男達は、各々の人生を賭け、走る。
追われるのは、まだ若い男。
親の遺した借金に追われ、ほんの少しの出来心で空き巣に入った。
追うのはもう年配の、警察官。
仕事をしようにも、体がついてこない。この男を逮捕しなければ、首・・・
切羽詰まった状況の中、二人はただ駆ける。
一瞬ーーー
あの警察官が・・・死ねばいい。
今すぐ・・・
助かりたい・・・!
そんな思いが男の胸をよぎった。
刹那、追ってくる声が掻き消え、振り向いた男の眼には、立ち上る煙が写った。
「これで望み通りか」
はっと前を向く男。
彼の前には、彼よりも大分背の低い少年が立っていた。
「お前の追っ手は死んだ。満足か?」
男は答えない。
目の前に立つ、濁った瞳・・・まるで死んだ魚の様な瞳をした少年を見つめる。
「助けて・・・くれたのか」
「助けた?僕が?人間を?」
声色一つ変えずに、少年は言い放つ。
「殺りたかったから、殺った」
男の体がわなわなと震える。
「誰だ・・・お前は誰だ」
「お前?僕が?」
そして、男の胸に左腕を押し当てる。
その時男が感じたのは、冷たい金属の感触だった。
静寂。
瞬き。
次の瞬間、少年は口元で歪んだ笑い方をする。
「教えてやろう・・・僕は瑠樹、死神だ」
そして次の瞬間、男の姿はそこに無かった。
まるで、元から存在していなかったかの様に。
ただ、赤黒い花弁が一枚、はらはらと落ちた。
若い死神は人間を憎んでいた。
それ故に、何時も曇った瞳を為ていた。
人々に恐れられるほどの冷淡な瞳を為ていた。
その瞳に表情が浮かぶことは、無かった。
ごく希に無理矢理にも見える笑みを浮かべる口の上に、何時も少し寂しそうな、光を宿さない瞳があった。
幾つもの命を奪って来た彼は、表情一つ変えずに、まだ殺め続けるのだ。
痛いほどの憎しみを秘めながら。 |