ACTion 08 『極Y突入!』
その形状は、まるでナベ底。
アルトとライオンの頭上で膨れ上がった光は、平らだった天井を見る間にたわませると、零れ落ちそうに揺れていた。
抜け落ちる。
感じた瞬間、ライオンが身を躍らせる。
掴んだままの腕がネックとなり、アルトは上体をさらわれ、引きずり倒された。
強かに後頭部を床へと打ち付ける。
そうしてイヤでも見上げる格好となった天井では、光は今や熱をはらむと黄金色の火球となった光が、こぼれ落ちそうにぶら下がっている。
振り切って逃げたライオンはどこへやら。
もう、確認する間もない。
待ったなし。
寝返れば、クラウチングスタート。
アルトは息つぐヒマなく床を蹴りつけた。
が、わずか2歩。その足先が何かにかかる。
あろうことか、それはいやに重い。
蹴り飛ばしきれず、勢い余った自分が吹き飛ばされた。
宙に浮く体。
瞬間、その視界が白く弾ける。
背後で鳴り響くのは、衝撃波にも似た破裂音だ。
叩きつけられ、どうっと床へと身を投げた。
追いかけるように、無数の破片がアルトを襲う。
咄嗟にアルトは身を縮め、頭を両手で抱え込んだ。
と、同時に、恐ろしいほどの一体感でもってして、フロアのバカ騒ぎがピタリとおさまる。
続けさま、『ミルト』の全照明が消え去った。
息をのむような間合い。
やがて、利用者たちの間からまばらな悲鳴が上がる。
聞きながら、アルトはゆっくりと抱えていた腕をほどいていった。
「くっそッ…」
有り難いことに、怪我らしい怪我はないらしい。視界に多少のハレーション残像が残るだけで、耳鳴りもない様子だった。証拠に、足元からの微かなうめき声が、はっきりと聞こえてきている。
声?
気づいた。
振り返れば、ほどなく闇に滲む青緑色の非常灯が、そこに脇腹を押さえて丸まるライオンの姿を照らし出す。
どうやら先ほど躓いたのは、先に身を投げ出したライオンの体だったらしい。
その向こうでは、黒焦げの『ラウア』語カウンターが、茹で上がったばかりのような煙を上げて、鈍い音を立てていた。案の定その内装全ては吹き飛ばされ、跡形もない。さらに一枚板でつながった左右の別言語カウンター前には、『ラウア』語カウンター同様に黒焦げとなった数多くの利用者が散らばっていた。
高圧放電銃、スパークショット。
見て取ったアルトは、瞬時にして、この一撃がその固め撃ちだと確信する。
おそらくライオンが身を躍らせていなければ、彼ら同様、アルトもカウンター伝いに感電していたところだろう。
否や、作業着の背からスタンエアを剥ぎ取った。膝に銃床を叩きつけてエアを装填するなり、装填中を示してか細い音を立てるスタンエアを片手に散らばる破片をかき分けると、アルトは一気にライオンへと滑り寄る。
その音に気付いたライオンが、息を吹き返したかのように手足もバラバラに床をかいて逃げ出し始めた。
逃がすものかと、その襟首に掴みかかるアルト。
力任せにライオンをひっくり返す。肩で荒い呼吸を繰り返しながら、仰向けとなったその鼻先に銃口を突きつけた。
「よーく、分かった。サル芝居の意味はこの時間稼ぎか? あんたも捨て身だってのなら上等だ。いいか、今すぐ仲間の武装を解除させろッ。でなけりゃ、今度こそその頭、吹き飛ばすッ」
胸倉を掴み上げる。
本気であることを示すように、あからさまにトリガーへ力を込めてみせた。
ライオンがたまらず声を上げる。
「う、撃つな!」
「早くしろッ」
たたみ掛けた。
だいたい先にブッ放しておいて、そのお願いはない。
と、そんなアルトの視界の隅で、何かがチラリと動いた。
すかさず利用者が、周囲で不穏なざわめきを発する。
何事かと、ちらり、アルトはそちらへ視線を飛ばした。
一旦、ライオンへと戻して、再度、凝視する。
そう、黒焦げとなった『ラウア』語カウンターの上には、いつしか垂らされたばかりのロープが1本、ぶら下がっていたのである。
「ん、な?」
理解しきれず、辿る視線が持ち上がった。
ロープは先ほどの閃光があけた天井の穴に吸い込まれると、その向こうに何者かの影をちらつかせている。
否応なく過ぎるのは、嫌な予感だ。
せかされ、踏み損ねた破片に足をすくわれつつも立ち上がった。
胸倉を掴まれたままのライオンも、吊り上げられて腰を浮かせる。
「く、苦しい…」
「あんたは、黙ってろッ」
しかしライオンの口が閉じられることはなかった。
「あれの、ど、どこが、わたしの仲間だ! 冗談ではない、あなたたちに関わって以来、やつらにつけまわされているのはわたしの方なのだぞ! 武装解除させたいのなら、あなた自身で交渉してくれ!」
吐き出される、耳を疑うような話。
「はぁッ?」
思わずアルトは声を裏返していた。
しかし、悠長な会話もそこまで。
影がロープへと絡みつく。
フロアへの降下が開始された。
その姿が非常灯に照らし出された。
とたん、フロアのざわめきは一気に悲鳴へとすり変わってゆく。
弾かれたように、ロープへと振り返るアルトとライオン。
そこには、感電防止のラバースーツを着込み、フルフェイスガスマスクをかぶって身の丈ほどのスパークショットを引っさげた、棒切れに6本の手足を刺しただけのような極Y地方独特の体型、通称マッチマンがいた。
しかも1体ではない。
途切れることなく、ロープを滑り降り、次から次へと。
いうまでもなく造語習得の波に乗り遅れたがゆえ経済活動からつま弾かれた極Y地方は、犯罪組織や海賊の温床だった。正規の入り口を利用しない彼らもまた、そのどちらかだ。いや、ふまえなくともこのシチュエーションに、それ以外を疑う余地はなかった。
見て取ったアルトとライオンの歩調が、言い合わせるまでもなく、ぴったりとそろう。
後ずさって、まさに一時休戦。
その声がハモった。
「にぃ…、にげろッ!」
すでに引き潮のごとく、各ゲートへ向かって逃げ出している利用者たち。
取り残されては格好の的だと、追いかけ2人は駆け出す。
ラバーソールのせいだろう。音もなくカウンターへと着地するマッチマンは、手際よく下2本の手で磁気ハーネスをロープから切り離すと、上2本の手でスパークショットを棒術さながらフロアへ振りかざしていた。
刹那、その電極が光る。逃げ惑う利用者へと青白い閃光を放った。
食らって、のけ反るように床へ突っ伏したのは、何の関係もない利用者だ。引き潮へ飛び込んだ2人を覆い隠したところを、身代わりとなる。接触していた周囲の数体も軽く感電すると、四方へ弾き飛ばされていた。
その数体に押されて、つんのめるアルト。
「容赦しろよッ」
振り返りざまに罵声を浴びせる。
「せっかく奴らをまいて来たというのに!」
すかさず、ライオンも怒鳴り返していた。どうやらそれが、ことごとく遅刻してきた理由らしい。
「ありゃ、そう簡単に振り切れる輩じゃねぇだろッ」
「よく言う、ただのボイスメッセンジャーにこんな依頼を押し付けたのは、あなたたちではないか! だからあの時、あなたがいなければどうなることかと言ったのだ!」
周囲に押されつつも、どうにかアルトへ振り返り訴えた。
「なんでもかんでも俺に押し付けてすますなッ」
却下して、アルトはふと我に返る。
「…って、あんた、ボイスメッセンジャーだったのかッ?」
記憶補助装置と摸擬声帯を体内に埋め込み、声帯模写でもってして生声のメッセージを届ける福祉事業、それがボイスメッセージだ。ボイスメッセンジャーとは、その事業に従事する者の呼び名だった。完全フランチャイズ制のこの事業は、遠く離れた家族や恋人同士のやり取りや、遺言、時には生体認証の代行に重宝されていることで有名だった。
もちろん無記名のホロレターで呼び出されたアルトに、そんなものを送りつけられる心当たりはない。
「マジかよ」
吐き捨てる。
カウンターでは、いまだもって途切れることのないマッチマンが降下を続け、溢れたマッチマンはフロアへの切り込みを開始していた。彼らは一様に、迷うことなく2人を目指してスパークショットを放ち続けている。
焼かれて折り重なる利用者が、フロアへ異臭を放っていた。
その臭いは群衆にさらなる恐怖を植えつけると、パニックに拍車をかけ、我先にフロアから飛び出さんとする利用者たちをゲート前にフン詰まらせる。それは誘導しているはずの店員や、非常出口の稼動状態すら確認できないほどだった。
このままではいずれ焼かれる。
多分に漏れず立ち往生を強いられたアルトは、ボイスメッセージの如何を保留にして、この場を切り抜けることへと、素早く思考を切り替えた。
と、おもむろにライオンの頭へ、その手を伸ばす。
「あんただッ」
それが仕組まれたことなのかどうかは、分からない。だが、どう考えても目立つパンクな鬣は、マッチマンたちにとっても格好の目印に違いない。
背後から覆いかぶさるようにして押さえつけた。
が、その手は不意に空を切る。それどころか、ライオンの頭の中へめりこんでゆくではないか。
「なッ」
手ごたえのないままアルトの腕は、ライオンのあごから飛び出した。
「ぅぎゃーぁっ!」
ライオンが悲鳴を上げる。
支えをなくして、アルトはそんなライオンへもたれかかった。もんどりうつと、2人は群集の中へ倒れ込む。
2人の周囲を、逃げ惑う利用者の足が所狭しと踏み散らして行った。
幾度となく蹴りつけられて、アルトはどうにかライオンの頭から腕を引き抜く。
「まさか、こいつ、義顔ッ?」
口走った。
しかしライオンは、うんともすんとも答えない。
ただ追い討ちをかけるように、あの破裂音が進行方向からも鳴り響く。
ACTion 09 へ続く… |