ACTion 74 『アルトとアルト』
見る間に目の前からネオンの体が吊り上がって行った。
呻くその声と共に開けたアルトの視界へも、無骨なグローブをはめた分隊員の手がもぐりこんでくる。何遠慮することなく胸倉を掴むとネオン同様、力づくで仮死ポッドから引きずり出していった。
すでに巡航船のハッチは開かれており、真正面、なだらかなスロープとなって格納庫とカーゴらしきこの空間をつないでいる。そうして投げかけられた格納庫の光は逆光よろしくあたりへと、ソリッドな影を刻んでいた。
『アーツェ』ならばどこへ行っても常備されている防砂壁が装備されていなかったせいだろう。薄っすら積もった砂塵はそんな光に淡く輝くと、薄く膜をはったかのようにカーゴを全体を覆っている。その膜をくりぬいて無数に散らばる足跡が、先に船を降りた極Yたちの存在を知らしめていた。証拠に、あの景気よくも騒々しい動話の気配は、もう周囲に一切感じ取ることが出来ない。
と、立ち上がったアルトの後ろ手を、案の定、変わらずフル装備の分隊員が押し出す。
粗暴な扱いに腹立ち紛れ、体を捻ってアルトは分隊員を睨みつけていた。
『長い視察だったようですね、中尉』
その耳に飛び込んできたのは、懐かしくも知った声だ。それは分隊員へ体を捻ったアルトへも、すぐさま投げかけられる。
『しばらく見ぬうちに、なんと小汚い』
確かめ、アルトは正面へとその顔を引き戻していた。
見つけたのは、開いたハッチへ突き刺すような足取り。
間違いない、彼女独特の歩き方だ。
独特の白衣が、そこにしみついた薬品の臭いさえ鼻先に蘇らせる。
着込み、神経質に吊りあがった眉も互い違いに歪んだまま、抱えた不満にも変わりはならしい。
クレッシェだ。
今まさに駆けつけたといわんばかり、息を弾ませている。
珍しくも有り難い、それは稀なる光景だった。
案の定、見つけてすぐさまシャッフルが、アルトの死角から飛び出してゆく。
『これは! このような場所にまでご足労頂き恐縮です。つきましては詳細の報告と共に、後ほど彼らの面通しをかねてこちらから参るつもりでおったのですが』
そこにはアルトにも聞いて取れるほどの言い訳がましさがあった。それはまくし立てればまくし立てるほど、これがシャッフルのスタンドプレーであることをアルトにさえ示して、シャッフルの立場の弱さを知らしめてゆく。
恐らくクレッシェはエブランチルゆえ、それ以上に読み取っているのだろう。汲んでねぎらうなどあり得ないといわんばかり、一足飛びに結論だけを言い放っていた。さらにはそれ以上の弁解すら拒んで、シャッフルの立場がないほどバッサリ切り捨てる。
『結構。あなたを行かせたのはわたくしです。あなたが自らの後ろめたさを気に病むことはありません』
もとより視察などではなかったことなどお見通しだと言い含まれて、シャッフルは無駄なあがきと黙りこむ。
脇に従え、クレッシェは立ち止まった。
互いいの間には、まだ不自然なまでの開きが残されている。
その目はアルトを捉えていた。見回して言葉もなく剥げば、続けさま隣に並ぶネオンを見据える。そうして一言、シャッフル同様に跡形もないほどクレッシェはバッサリと言い放っていた。
『わたしが造ったモノなどとは認めたくもない』
思わずネオンを盗み見るアルト。
覚えている限り初めて会うこととなるクレッシェが何者なのか気がかりなのだろう。ネオンは開いた両目のまつげを張り付かせたまま、吐き出された言葉を深読みすることなく硬直していた。
そんな両者の間へ、多少なりとも挽回の余地を狙って性懲りもなくもぐりこんだのはシャッフルだ。
『滅菌作業はこれからで・・・』
『ウィルスカーテンで事足りるようなら、あえて口外しません』
すぐさま見当外れを指摘される。
確かにクレッシェのまとうコーティングの利いた白衣は周囲の光を照り返しこそすれ、ウィルスの付着を感知してにじむはずのシミひとつ残していない。無論、潔癖はラボに勤めるものならば最重要視される資質だ。比べて明らかに荒んだアルトたちの様子に、シャッフルは先回りしたつもりでいたのだろう。
『これはとんだ取り違えを』
まさに手足をもがれて引き下がる。
が、それこそ早いといわんばかり、クレッシェは激を飛ばしていた。
『これよりプロジェクトを再開します。平行して極Yの塩基付加を行いますが、現体制に問題があれば、中尉、現地点で報告を願います』
しかりつけられたかのごとく慌てて口を開くシャッフル。
『も、問題はハブAIの自閉のみです』
狼狽ぶりを示すと、その顔をひとなでしてみせる。
知ったことかと、クレッシェは当面の段取りを即座に告げていた。
『分かりました。中尉、あなたが思い通りにできるのはここまでです。あなたはアルトを滅菌ゲルへ。その後、わたしの研究室へ来てください。いえ、あなたはわたしに話しがあるハズです。そこでゆっくり聞かせていただきたいと考えています』
ネオンがとたん、十分聞き取れるその造語会話にアルトへと振り返る。
請うてすがるような瞳を向けると、言ったとおりが始まるのか、それともさらに予測不能の事態へ紛れ込むのか、アルトの出方を伺いこれまでにない不安を噴出させた。
だがアルトに答えられることは、それこそ何もない。
向かいでは手厳しいクレッシェの言いように答える言葉もなく、皮肉な笑みを浮かべるシャッフルがすでに身を翻している。
アルトはその唇を噛んだ。
ここまでくれば、遅かれ早かれそれは知れる。
告げて、歩み寄ったシャッフルが分隊員と短いやり取りを交わしていた。
クレッシェの指示通り、連れ出すべく腕を伸ばす。
その手は迷うことなく、ネオンを掴んでいた。
「え?」
引き剥がし、ハッチの外へと引きずり出してゆく。
「うそ。ちょっと、わたしはっ・・・!」
よもや自分だとは思ってもいなかったネオンは、素っ頓狂な声を上げていた。
「何、違うってば、どーなってんのっ?」
動転して繰り返す。
動じる様子のないシャッフルは、それどころか前に後ろにネオンを振り回すと開いたハッチのスロープをさらに歩調を早めて下って行く。
「痛い。これ、違うってばっ! でしょっ?! アルトっ! あたしはネオンだって、言ってやってよっ!」
辛うじて振り返ると細いヒールでたどたどしい後ろ歩きを繰り出しながら、かすれた悲鳴を放っていた。
見送れば、その声はアルトの耳に胸に刺さる。
たまらずアルトはこう叫び返していた。
「決めたんだろうがッ。忘れた時とはさよならするって。ボルシチ食いながら俺は聞いたぞッ。だったらお前はこれからもネオンだッ。それ以外、信じるなッ」
「言ってる意味が、わかんな・・・」
そこで途切れるネオンの声。
シャッフルに押し込まれるがまま、くぐった壁際のウィルスカーテン奥へ姿を消す。
とたん力尽きたような沈黙が、ぐったり後味の悪さを引きつれカーゴ内でふくれ上がった。
かき乱し、それまであった互いの距離を詰め始めたのは、クレッシェだ。
白衣が縮まる距離に比例して、見えない雑菌を感知するとその表面をまだらに汚してゆく。あっという間に七色のマーブル模様がクレッシェの胸元に広がり、無表情すぎた白衣に個性を与えた。それは同時にまとうクレッシェの表情さえもを一変させると、毒々しくも禍々しい色合いに縁取られ、身もすくむほどの怪物と重なり合う。それは決して荒々しさを露呈することのない、穏やかな瞳をたたえた怪物だ。
『あなたがアルトなどと?』
その怪物が口を開いた。
『どこでどう入れ替わればそんなことに?』
この感情が伝わらぬハズはない。ならばとアルトは口を開いていた。
『イルサリが、とうとうしくじったのかもしれない。記憶をマークしても、それだけは覚えていたらしくてね。気付けばそれが俺の、名前になった』
クレッシェの上に広がるシミは、もう白衣の肩や袖口までをも覆うと極彩色を巧みに絡ませて蠢き、目にも鮮やかなサイケを競い合っている。
『取り繕うことのない回答は大歓迎です』
揺らし、クレッシェが立ち止まった。
『ですが』
その口調は一気に厳しさを増してゆく。
『イルサリはこれまで一度もしくじったことなどはありません。それはあなたが一番よく知っているハズです』
そして言い及んだ。
『それほどまでに気がかりならば、その背のモノはお捨てなさい』
やはりお見通しだったらしい。
アルトはめいっぱいに茶化す。
『使い損ねたまでさ』
そこでようやく気づいた背後の分隊員が、突きつけられた自らの失態に慌てふためきアルトの腰周りをまさぐった。
あっけなくも発見されたスタンエアは、そんな分隊員の手によって装填済みエアを開放される。白衣のポケットからガーゼを取り出したクレッシェヘと、手渡された。
ガーゼ越しに受け取ったクレッシェが、じつにつまらなさそうにスタンエアを一瞥してみせる。アルトへその顔を上げた。
『なるほど。ならばここでもう一度、あなたと共に確認しておかなければならないことがあるようですね』
持ち上がるのはスタンエアの銃口だ。
ねじ込むようにアルトの額へと押し付ける。
空砲だと理解していても、アルトの全身に緊張が駆け抜けた。
『よいですか? 二度と忘れぬようその頭へ叩き込んでおきなさい』
その緊張に合わせて、クレッシェは刷り込んでゆく。
怪物は淡々とこう言い放っていた。
『あなたはラボ従事者としてヒト胚から抽出された連邦所有合成塩基の有機体。当ラボにてわたしが合成した塩基ナンバー11 セフポド・キシム・プロキセチルです。我々のれっきとした所有物であることを、少しは自覚なさい。大事なデータを連れ出すどころか、盾にとって脅そうなどと身の程知らずにもほどがある。確かに、あたなたのその行動力と自発性は、同様に合成、生成され続けた有機体の中でも特に高く評価するに値する。ですがそれが今後も裏目に出続けるというのなら、空砲ではなく今度こそ実弾を打ち込まなければならなくなる』
と、同時に引かれるトリガー。
破棄のないエア音がアルトの、いや、セフポドと呼ばれたアルトの額から漏れて出た。
否応なく、心拍が跳ね上がって、息をのむ。
見定めクレッシェは腕を下ろしていた。
『そうならぬことを願っていますよ、セフ』
やたらに甘い声。
久方ぶりの名と共に、それはやけにアルトの耳に絡んで障る。
知っているかのように、クレッシェは付け加えていた。
『あなたはそうするに口惜しいほどの出来栄えでなのす。二度、同じように仕上がるか、わたしにも自信はない』
ぬけぬけと言い放てば、やはり怪物だとアルトは睨んで返していた。
『それは光栄なことで』
精一杯、抵抗してみせる。
十分に伝わったのだろう。
『詳細は問い詰めません』
聞き流すクレッシェが、うごめくサイケな白衣を翻した。
『さて、あなたにこれ以上無駄な時間を与える余裕はありません。すぐにも自身がラボへ与えた損失の埋め合わせにかかっていただきます』
つまりはシャッフルに告げたとおり、プロジェクトの再開へ着手しろということらしい。
セフと呼ばれたアルトは矢継ぎ早、言い放つ。
『ハブAIの自閉は解かない』
クレッシェの一足飛びな話しぶりを真似たつもりだった。
とたん、目を丸くして笑い出しそうに宙を仰ぐクレッシェ。
『あなたは自分の言っていることを分かっているのですか?』
言うや否や、緩んでいたその表情へ険しい影を落として、心底冷えきった視線をセフと呼ばれたアルトに放つ。
『この、愚か者!』
自らに向けられたわけでもないというのに、その破壊力を食らってか分隊員がたじろぐのをアルトはその背に感じた。
『あなたが拒むと言うのなら、もとよりアルトは量産体勢に入る予定のモノでした。リスクは背負うもののマスターを潰して解析を進めるまでです。どうです? まだ先を言わねばなりませんか?』
苛立たしげに言って、クレッシェは持て余していたスタンエアを押し付けるように分隊員へ返す。持て余したその手を乱暴に白衣のポケットへ落とし込んだ。
『いいですか、あなたが踊らされているものを、今ここではっきりさせておきましょう』
その口から放たれる正論は、聞くまでもない。
だからこそ、クレッシェははっきりと言ってよこしていた。
『それは同郷と同胞。その泥臭い幻想と誤解に他なりません。もちろん、あなたにそれはない。あなたはそのようなこだわりが生み出す軋轢、それを解消するために生成されたラボ従事者であり、ラボそのものが今後の世界のあり方のモデルグループなのです。少しは頭を冷やしなさい。あなたがあてられて何になるというのです。今この状況こそ、わたくしの最も不愉快とする現象だ』
耐えられないと言わんばかり、吐き捨て顔をそむける。
それでもどうにか噛み潰し、横目にアルトを、セフを捕らえ直した。
『いいえ、だからこそあなたはハブAIの自閉を解かなければならないハズです。丸見えなのですよ。たとえ機会があったとしても、あなたがスタンエアを使うようなことはしない』
試すように、再度その名を呼ぶ。
『違いますか? セフ? そこには、あなたがこだわってやまないものがある』
ACTion 75 へ続く・・・ |