ハードボイルドワルツ 有機体ブルース(47/105)PDFで表示縦書き表示RDF


ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 46 『開くドアと、つばさの奏でる音』


『駄目じゃの、こりゃ。にっちもさっちも使えんわい』
 額を拭った。
 砂塵の山に立てたハンドライトの燃料切れは間近だ。不規則に点滅したかと思うと、浅い呼吸を繰り返すかのようにぼんやり灯っては、サスの横顔を不安定に照らし出す。
 F7へ侵入するなり攻撃を食らったバックアップ機器は全てがダウンしたきりとなっている。復旧に取り掛かってはみたものの、そうした準備のないサスには現状、打つ手などひとつも残されていなかった。しかもあの座標が正しければ、スラーのデータチェックを済ませた相手は信じられないことに、今まさにこの基地を訪れている最中だというのである。
 閉鎖されているハズの基地からアクセスがあった。
 それはこれが不正であるかどうかというよりも、単純かつ、明らかな矛盾を示している。
 確かめるべく、なにがしが直接ここを訪れることは想像するに容易かった。
 しかもこのタイミングだ。相手がアルトを追って現れた輩であることは、十分に考えられる。
 この場所に居座ったところでこれ以上の成果が望めないと判断したサスは、早々の退散を決め込む。額を拭ったその手を床につくと、よっこらせと言わんばかりに立ち上がった。
 長らく同じ姿勢を取り続けたせいか、腰に鈍い痛みが走る。
 急く気持ちとうらはらに、握った拳で軽く叩き、どうにかなだめすかした。
『今度は、座椅子も持ち込まんといかんの』
 冗談半分ボヤきながら、機材を吐き出し、頼りなく潰れているバックパックへ手を伸ばす。作業の邪魔になると放り込んでいた携帯を、その中から取り出した。
 収穫として満足のゆく内容ではないうえに、面と向かって伝えておきたい気持ちもやまやまだったが、こればかりは相手の動きが予想以上に早かったと割り切るしかない。アルトへ事態を告げるべく短縮ボタンを一押しすると、アルトの船を呼び出した。
 耳にあてがい、いつ途切れるかと、わずかな緊張感と共に軽快な呼び出し音へ耳を澄ませる。
 しかし、アルトが答える様子はなかった。
 サスはちらり、時計へと視線を落とす。
 すでに時刻は夕の刻だ。
『演奏へ向かいおったか?』
 サスがこうしている間に、アルトは『アーツェ』を発ったというなら、、間違いなく船にいるハズだ。そうでないとするなら、この時刻に向かう場所といえばデミに聞いたそこしか思いつかない。
 疑いつつも、くどいほどに粘ってみる。
 と、聞こえてきたのは微かな物音だった。しかも捉えたのは、携帯を押し当てている耳とは反対側の耳だ。
 すぐにも反響に反響を重ねてくぐもったその音が、この建物入り口の砂を噛んで動きにくくなったドアが開いく時に放つ、音だと思い出す。
 サスは携帯を握り締めたまま、咄嗟に外へと振り返っていた。

 けたたましいというには程遠い、そこは至極冷静な活気で支配されていた。
 開店を間近に控えた『アズウェル』は、抱えた稀なるイベントと、それ目当てに訪れるいつも以上の客を前に、滞ることのない準備を着実に進めている。
 体に付着している微量の砂塵を吹き飛ばすべくエアシャワーブースを抜けたネオンは、そうして色めき立つ店内を、今日初めて訪れたかのような新鮮な気持ちで遠く近くに見回していた。
 確かに、デミが言っていた通り、店内の個室はそのほとんどが予約済みだ。
 四角いフロアの壁際に並べられた個室はどれも、そのことを示すエメラルドグリーンの文字映像を浮かび上がらせると、淡いハトロン紙のような間仕切りに光を反射させていた。
 追加スペースとして、間仕切りを取り払った個室も用意されつつあるらしい。浮き島のごとく、間仕切り付の個室に囲まれ点在すると、忙しなく動き回るボーイたちの手によって慎重にセッティングが行われている。
 その作業を邪魔しないように、エアシャワーブースの傍ら、厨房入り口との間で別の作業を進めているのは、飾りつけ用の花の仕込みだった。個室用にあつらえられた背の低い小さなアレンジメントから、店内用の身の丈程もある観葉植物まで、傍らには何十単位で作られた同じモノがズラリと並べられている。
 作業をこなしているのはネオンの知らぬデフ6だった。
 だが、花の仕入先はポップの店ではないかと考え、ネオンはふと、記念に手渡されたアルルカマズのことを思い出す。
 と、思い浮かべた色をも消し去り、急に店内の明かりが絞られていった。
 驚きその目をしばたたかせるネオン。
 つかの間、息を吹き返す照明が、周囲をゆっくりと照らし出してゆく。
 影を落とし、闇から輪郭を浮かび上がってくるフロアは、そんなネオンの前で止まることなく表情を変えると、やがて明るからず暗からず、同じ個室で互いの顔が見える程度の明るさに固定された。
 点在していた浮島個室もその頃には、うす闇の中、奥の個室の視界を遮らないよう互い違いに、それでいて碁盤の目のように寸分のズレなく並べ終えられる。
 予約表示の文字映像が、まるでキャンドルライトのようだった。
 一仕事終えたボーイたちは、様々な角度から浮島個室の並びの最終チェックにとりかかっている。
 入れ替わり、アレンジメントを携えたデフ6が、フロアを飛び回り始めた。
 店内に持ち込めない砂塵の代わりに花の根を代替チップで覆うと、個室にフロア随所に、手早く飾り付けを済ませてゆく。
 ほの暗いフロアに添えられた極彩色の花々は、モノトーンにも似た無機質さで覆われていたフロアを見る間に覆い、方々で妖しげな色香を放ち始めた。
 完成されてゆくゲスト空間。
 遅れを取らぬようにと厨房の動きも激しさを増しているらしい。
 ぶつかる食器の音が、刺すようにネオンの耳に響く。
 すかさず威勢のいい現地語が聞こえたかと思うと、表まで出迎えてくれたあのボーイがメニュー端末を抱えて厨房ドアを押し開けフロアへと姿を現した。同時に、開かれたドアの隙間から、それがこの店の臨戦態勢であることを示すかのように、熱を帯びた料理の甘い香りがフワリ、漏れ出す。
 まとって、涼しい面持ちで清算カウンターの傍らに立ったボーイは、すぐさま端末のデータチェックへ取り掛かっていった。
「これはまた、豪勢なところへ招待されたものだな」
 最後にエアシャワーを抜け出してきたライオンが、その口を開く。
 先頭を切って入店していたデミは、ライオンへと頭をひねるなり鼻溜を振ってみせた。
『何?』
 ヒト語だったため、聞き取れなかったらしい。
『立派な店なので驚いた』
 ライオンが言い直す。
 聞いたデミの鼻溜が、それこそ鼻高々に膨らんでいた。
『当然だよ。だって、アズウェルは前に8つ星レストランに選ばれたことだってあったんだから。田舎だけれど、町の自慢の場所なんだよ』
『それはおみそれした』
 素直に受け取ったライオンが、敬意を表して頭を下げる。
 照れたように、体をゆするデミ。そして続けさま、傍らに立つネオンへと向き直った。
『おねえちゃん、どう? ぼくたちが来たお昼間とは違うでしょ?』
 しばし、ここで演奏するという現実に圧倒されていたネオンは、その声にようやく我を取り戻し、デミへと視線を落とす。
『すごい。違う場所みたい』
 声は自然と上ずっていた。
『データベースで調べたら、昔のフロアはこんな感じだったって見つけたんだ。こういうの、ライブハウスって言うんだって!』
 どうやら勉強好きのデミがこの短期間に獲得した周辺知識は、今やただドサ周りを続けていたネオン以上らしい。
『おねぇちゃんの立つ舞台は、ここ』
 足元を指差す。ちょうとエアシャワーブースと、厨房入り口の中間地点だ。
『向こうから照明が当たるよう、取りつけたよ』
 周囲を確認しながらネオンは頷いてみせた。
『それから、えっと、招待席はどこだっけ?』
 見て取ると、すっかりセッティングの終わった個室を見回し、デミが目を泳がせる。
 その様子に注文端末のデータをチェックしていたボーイが絶妙のタイミングで精算カウンター前を離れ、歩み寄ってきた。二言三言、現地語を交し合い、向かって左壁面中程の個室を指し示す。
 察したライオンが、舞台に用はないと動き出した。
 先導するように目配せで引き連れ、ボーイが個室へと案内する。
 そこにいたのかと思うほどに興味なさげなアルトもその後に続くと、まだ誰も客の入っていないフロアを横切っていった。
 腰掛けるにも丁度の段差上、案内された個室内へ上がれば、予約を示していた文字映像は縦長の蛍光灯へ姿を変えて、暖かくも懐かしいオレンジ色の光で2人の手元をぼんやりと照らす。
 軽く一礼して、引き上げてゆくボーイ。
 そんな2人へ見える? と、言わんばかりに、デミが手を振った。
 あぐらをかいたライオンが返事など返しそうにないアルトに代わって、お愛想程度、手を振り返す。
『それにしても、楽団はどうしたんだろ。先に入っててって言ったのに』
 確かめたデミの表情が一変した。
 困ったように眉をひそめると、辺りを見回す。
 その時だった。
 稼動音を響かせ、スライドするエアシャワーブースのドア。
 待ちかねていたようにデミが振り返った。とたんに現地語に何事か鼻溜を振ったかと思うと、エアシャワーブースへと駆け出す。
 つられてネオンもその体をブースへと捻った。
 そこでネオンが目にしたのは、見覚えのあるデフ6の姿だった。
 そう、『アーツェ 砂の民資料館』で、あれやこれやと資料館の解説をしてくれたオヤジがソコには立っていたのである。
 資料館で見たときとはまるで違う、展示品にもあった朱色も鮮やかな貫頭衣の民族衣装をまとうと、手にはなぞめいズタ袋を提げ、デミと何やら現地語を交わしていたのだった。
「楽団って・・・」
 思わず呟くネオン。
 オヤジに連なり、その背後からは同じようないでたちをしたデフ6が次から次へと店へ流れ込んできている。
 と、デミの肩越し、唖然とするネオンの存在に気付いたオヤジが、デミをやんわり押しのけると一直線にネオンへと歩み寄ってきた。
 なんだろうと、目をしばたたかせるネオン。
 その目の前に立ちはだかると、オヤジは迷わずネオンの手を取る。やおら、息せき切ったようにその手を大きく振ると、現地で何事かを訴え始めた。
 その表情はやけに真剣だ。
 だが、何を言っているのか、ネオンにはサッパリわからない。
 半ば怯えて頷き返せば、その様子に気付いたデミが、慌ててオヤジの現地語の通訳として双方の間に割って入った。
 それによると、どうやらこの小さな民族楽団が、アナログ楽器と競演できるなど光栄かつ喜ばしいことだと言っているらしいことを知る。この迫真の訴えは、その演奏を控えた興奮のためらしかった。
『資料館の館長が楽団の団長で驚いた?』
 ようやくオヤジの厚い歓迎から解放されたネオンへ、デミがいたずらげな笑みを投げかける。
『聞いてない』
 肩をすくめたネオンは、呆れたように答えて笑った。
 してやったりと、順序が逆になった互いの自己紹介を済ませるデミ。
『館長で楽団長のエンシュア』
「ぼくの命の恩人、アナログ楽器を演奏するネオン」
 その形式は双方に冷静さを取り戻させると、至極自然に改めての握手を促した。
 それだけで全てが見える時があるのは、不思議としか言いようがない互いの皮膚感覚だ。
 エンシュアの手のひらに、ネオンは根拠もなく全てがうまくゆくと、瞬時にして確信する。気付けばその安心感は、次の瞬間にも、これからの共同作業への疑問をぶつけていた。
『アーツェの民族楽器はどんな音?』
 エンシュアへとデミが訳する。
 論より証拠というべきか、説明など面倒くさいといわばかりに、エンシュアは団員たちを呼び集め始める。
 全員で8名。
 楽団員はすぐさまネオンの前に整列した。薄暗い店内に、民族衣装の鮮やかな朱いラインが引かれる。
 その列に乱れがないことを確かめ、エンシュアが団員へちらり、鋭い視線を投げかけた。
 刹那、指揮をとるように、ため気味の片手を振り上げる。
 あわせて、団員たちが一糸乱れぬ動きで手にしていたズタ袋を鼻溜へかぶせた。
 その動きに、注文端末データのチェックに戻っていたボーイの視線が持ち上がる。
 瞬間、団員たちの鼻溜がマリのように膨らむ。大きく息を吸い込んだ。
 袋へと吹き込む。
 袋は一気に、翼にも似た弓なりの形へと膨らんだ。そこから唇を振るわせた時に出るようなブルルルルと言う音が周囲へと放れる。
 絡め取り、エンシュアは上げていた手を素早く振りおろした。
 一斉に翼の先は空へ掲げられ、団員たちは円でも描くようにその先端を息もぴったりに回転させる。
 見れば、袋の先には小さな穴があいていた。
 そこから音が鳴っているらしい。同時に音は回転にあわせて極端な遠近を伴うと、緩急激しくネオンの鼓膜を揺るがし始めた。
 数回転。
 申しあわせたように団員たちが1歩、互いの間隔を押し広げる。
 と、解き放たれたようにそれぞれがそれぞれ、違った動きで翼を回転させ始めた。
 支えていた手を離して翼を振り回す者もいれば、自分自身が回転する者、ハチの字を描いて優雅にリズムをとるもの。
 その様子はダンスのごとく様々だ。
 当然ながら、単一だったうねりは複雑に分散して、押し寄せる波のごとく幾重にも重なると厚く熱く響き渡る。
 そこにメロディーはなかった。
 複雑かつ激しく繰り返されるリズムのみ。
 追いかけ、畳み掛け合い、それぞれにそれぞれの主張を続ける。
 その音色が激しさを増せば、ステップを踏む団員たちの動きも激しさを増し、これがダンスであるのか、音楽であるのかをあいまいとさせてゆく。
 しばし、目を見張るネオン。
 そんなネオンを誘うかのように、それまでかしこまっていたボーイがやおや手を打ち鳴らし始めた。
 驚いて振り返るネオン。
 朗らかな笑みを携えたボーイと目が合う。
 誘われるまま、ネオンは習って体を揺らした。
 なるほど、乗ってみれば分かることがある。
 このリズムの基本は、5拍子と3拍子の繰り返しだ。刻んで耳をそばだてれば、ブンブンと唸っているだけの音程にも、それなりの微妙なピッチがあることに気付く。それはまるで『ミルト』のバックヤードで困り果てたあの靴音にも似ていた。
 至極繊細なリズムのポリフォニー。
 だが明らかにこれが靴音と違うのは、決して単調ではないという点だ。
 ならばと、そんな楽団の奮闘ぶりをその目に焼きつけ、ネオンはそのまぶたを閉じる。
 考えながら感じつつ、繰り返す音の底へ、紡ぎ出される音の彼方へ、ありったけの集中力で潜り込んでいった。
 潜りつつ、持ち上げるのは、胸元にぶら下がる楽器だ。
 そこに横たわる何かを乱さぬよう、静かに息を吸い込んでマウスピースをくわえる。
 最初、一音。
 探る必要はなかった。
 それはいつも、どこからともなく降ってくるのだ。
 当たりとばかり、ネオンは開いた瞳でキーを弾き始める。
                               ACTion 47 へ続く・・・







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