ハードボイルドワルツ 有機体ブルース(41/105)PDFで表示縦書き表示RDF


ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 40 『帰らないで行こう』


 それきり途切れた通信に、アルトは行き場を失った言葉を飲み込む。
 無論、サスの居場所を想像することは容易かった。だが、容易いだけに挙げればキリがなく、すぐさまそれは分かっていないのと同じ状態に陥ってしまう。店以外の端末など、サスの持つ情報源の数など、この町にも宇宙にも『アーツェ』の砂の数ほど、散らばる星の数ほど存在しているのだ。
 接続先をなくした通信は、さきほどから雑音ばかりをひた流している。
 叩きつけるようにして、アルトはそれを切った。
 すかさず覚えのあるラインを開くべくスロットル脇のカーソルへ手を伸ばす。その相手こそ、『約束』を果たした彼だ。今ここで援護を頼める相手は彼しかいない。
 だが、すぐにもその動きは止まっていた。
 『イルサリの召集』
 『ミルト』下層のT字路で聞いた船賊の言葉だ。
 あの時は海賊版翻訳ソフトが紡ぎだした世迷言だとばかり気にもとめていなかったものの、つまるところそれは非公開である彼の名を船賊たちが知る立場にあるということを示していたのである。ならば彼に連絡を取ることはすなわち、追いかけ現れた輩へ自らの存在を知らせることにつながるだろう。
 ライオンもまた、『カウンスラー』の音窟で待ち伏せていた船賊に追われて『フェイオン』までやってきたのだ。彼の動向が監視されていることも否めない。
 彼へ連絡をとれば、援護どころか自分自身の身を危険にさらすことの方が必至だった。
 弾きかけていた端末から手を引くアルト。
 前のめりになっていた体を、傍らの座席の背もたれにを支えに、ゆっくりと起こしてゆく。
 願わくば、サスのもくろみがカラ振りに終わることを祈るしかなかった。
 ネオンが盛んにわめいていたトラがどうのというその前に、船のメンテナンスが終わり次第、少しでも早くここを離れなければと考える。
 考えて、黙した。
 いや、それとも? と、自分へ投げかけてみる。
 宇宙は広い。
 だが、既知宇宙は狭い。
 逃げおおせるにも限界があった。
 ならば提示されたままの選択肢は、あいも変わらずシンプルなのだ。
 だがシンプルゆえに飲み込めない合理さが、そうしてどうにかつないだ今と過去を踏まえてもまだ、アルトの感情的な部分をピリピリ逆なでる。
 すぐにも思考は煮詰まった。
 溜まった気持ちを入れ替えるべく座席の背もたれを軽く叩いて、コクピットを下層とつなぐ階段へ身を翻す。勢いに任せ、その靴先を踏み出した。
 が、その動きさえ、尻切れトンボと果てる。
 後ろ髪を惹かれるかのように、アルトは座席へと振り返った。
 その目に、背もたれに貼り付けたままとなっていたスタンエアが映る。
 瞬間、飛びつくように剥ぎ取った。
 装填状態を確かめる。
 あの時のまま、フル装填だ。
 すかさず安全装置を掛けなおし、腰のベルトへ挟み込んだ。丸見えのそれを隠すべく、引きずり出した衣服で手早く覆う。気付けば硬直している頬を、ピシャリと叩きつけた。まるで盗人のごとく、誰かに見られてはしないかと周囲を睨みつける。
 今度こそ階段を駆け降りた。
 と、開け放たれたままのハッチが煙突代わりとなっているのか、浮き足立ったような幸せ感を放って、通路に漂う食べ物の匂いがアルトの鼻腔をくすぐる。半ばその匂いを辿る格好で、アルトは居住モジュールのドア前に立つ。妙に鈍い感知器が、間を空けてドアをスライドさせた。
 気付いたネオンが調理台の前、平行感覚の危ういテーブルの向こうで弾かれたように振り返ってみせる。
「用は済んだ?」
 口を開けば、重なり傍らでチンと音を立てる電子レンジ。
 居住モジュールの中には食べ物の匂いのみならず、調理台の電熱コイルの焼ける鉛臭いにもこもっている。
「28番か」
 かぎ分けアルトは、選択を任せたミールパックのナンバーを口にした。
 と、ネオンが不意に歌いだす。
「夜の街にガオ〜、ビルのハイウェイにガオ〜」
 調子はいいのだが、いかんせん脈絡がない。
「なん、だ? それは」
 不気味さ先だって、アルトは眉をひそめた。
 歌いながら電子レンジのドアを開けたネオンは、中から、おおよそ食べ物が入っているとは思えない工業的なデザインのパックを取り出す。
「鉄人28号のテーマソング」
 先ほどまで首から提げていた楽器は、陣取っていたアルトに代わって壁際のマットレスの上だ。ひっくり返したハズの砂塵は、すでに片付けられているらしく、少々少なめにも思える砂塵に埋もれたオレンジ色の花はその枕元で、何事もなかったかのように4枚のはなびらを広げていた。
「答えになってない」
 即刻却下するアルト。
 ネオンは手元を休めることなく、改めてこう付け足した。
「地球ローカルの二次元まんが。古いのよ、すっごく。あなた、何番でもいいっていったじゃない。だからあやかって、鉄のヒトの28番にしてみました」
 『アーツェ』への道中、仮死ポッドで眠っていたライオン以外のメンツは、コクピットやマットレスで代わる代わる食事を済ませていたが、楽器という先客をきっかけに、アルトはいい加減、腰掛けられそうなモノを探してモジュール片隅にうず高く積まれた備品の山と対峙する。
「中身はご存知の通り、ボルシチとロシアパンだから、安心でしょ」
 背にしてパックの口を切り取るネオン。
 言った通りのロシアパンが、湯気を上げて引っ張り出された。
「そんな歌、一体、どこで覚えたんだ?」
 さらに加わる新たな匂いをかぎながら、アルトは備品の山をガラガラとかき分ける。
 ネオンは電子レンジ前に設置された電気コンロから片手ナベを引き上げると、手際よく中身を皿へと移し変えていた。
「あのね、ログジャンキーなんて前世紀のマニアを相手にしてると、とんでもない骨董品と出会うことだってあるの。あたしが月へ演奏に行った時、そのヒト、磁気テープのメディアなんていまだ持ってたのよ。その中に鉄人28号があったわけ。演奏が終わった後は、延々とその講義、受けちゃったわ。おかげで歌をおぼえちゃったけれど、お付き合いするの、ものすごく大変だったんだから」
 聞きながらアルトは、ただの不精で捨て損ねた紙媒体の雑誌と、マットレスと対になって使われていた寝具の間から、ようやく見つけ出したスツールの脚を引っ張り出す。つられて『フェイオン』を脱出して以降、どこへやったのかと探し続けていた地球基準の24時間時計が転がり出し、拾い上げた。
 テーブル前へ引っ張ると、またぐようにして腰を下ろす。
 絶妙のタイミングで、底に滑り止めのシリコンを貼り付けた皿が、そんなアルトの目の前に据え置かれた。
 盛られたボルシチはテーブルの傾きを如実に表すと、見事に楕円の喫水線を引いている。
 見下ろして、邪魔にならない位置へと、アルトは24時間時計を置いた。
 入れ替わり、視界へと突き出されてくるパンの皿。
 意識していたよりも腹の減り具合は深刻だったらしい。気付けば皿の底がテーブルへ触れるより先に、時計を据え置いたその手でひとつ、取り上げていた。
 勢いよくかぶりつく。
「いつからそんなことを?」
 残りをボルシチに浸しつて、ようやくネオンへ視線を上げる。
 最後にフォークを差し出すネオンは、困ったように肩をすくめて笑っていた。
「サスのお店で言ったわよね。放置船から見つけ出されて蘇生されたって。その直後のことは時間の感覚があいまいなの。借金が膨らんだのも、ギルドいわく放置船ゆえの仮死強制の不備からくる特殊蘇生によるものなんですって。その言い訳、あんまり信じてはいないけど、そういう意味ではホントかもって思ってる。そうね、はっきり覚えているのは、ここ2年くらいってとこかしら?」
「それ以前は、なにを?」
 アルトはフォークを受け取った。
「それが、全然・・・」
 手渡したネオンの表情が曇る。
 うつむき加減にその場を離れたかと思うと、アルトが崩したばかりの備品の山と向かい合った。手持ち無沙汰をまぎらわせるかのように、散らばる雑誌を拾い上げる。
「思い出せないのよね」
 呟いた。
 目で追いつつ、フォークで突き刺したイモを無造作に口へ放り込むアルト。
 何度も食べたその味が、空腹のせいか今日は文句なく美味く感じられる。
 噛み潰して、ネオンの話を無言で促した。
 備品の山の前に屈みこんだネオンは、まるで腑分けでも始めるかのようにあてどなく片付け始める。
「名前はその時、入っていた仮死ポッドに刻まれてたもので、本当は覚えてないわ。靴にこだわるのも、その時から履いていたわたしの証拠だからってわけ。楽器だってそうよ。わたしの持ち物ってちょっと変わってるじゃない。コレ、目印なんじゃないかって思ってるの。変えなければ誰かがあたしのことを見つけてくれるんじゃないかってね」
 拾った雑誌をめくっては傍らに積み上げ、反対側へてんでバラバラなデザインの食器を並べてゆく。
「最初は不条理だって思ったけど、ギルドに言われるままいろんな場所で演奏するのも、そのためよ。いいえ、そうすることできっと誰かがわたしに気付いて、何者なのか教えてくれるって思ってるの。だってそうじゃない? 自分のことは忘れても演奏はできる、いいえ、それしか出来ない。きっと、とてつもなく特殊なことに携わっていたんだと思うの」
 言い切り、ようやくその手を止めた。同時に言葉をも詰まらせる。
「だったら、あんた、トラってやつの元で今まで通りを続けている方が本望なんじゃないのか?」
 滞った流れを呼び込むアルト。
 再びネオンの手元が動き出す。
「違う」
 言った。
「違う。延々、誰も見つけてくれないとなると、そろそろこう考えなきゃならないのよ」
 吐き出しながら、ネオンはあらかた拾い上げた雑誌の下から寝具を引っ張りだす。
「本当は誰も探してないんじゃないのかって、ね」
 見えない場所に引っかかるそれとしばし格闘すると、適当な大きさにたたみ始める。
「わたしは追い出されてきたのかもしれないって、ことを」
 と、たたんでいた寝具の間から、何かがバサリと音を立てて落ちた。
 寝具を持ち上げてネオンは足元を覗き込む。
 そこには性懲りもなくページを広げてうつぶせとなる紙媒体があった。
 驚く様子もみせずに、ゆっくりそれを拾い上げるネオン。
「だったら待っているのは間違いよ。過去にしがみつくのはこれまでにして、そろそろ帰らないで行くべき。そこへこの騒ぎでしょ」
 手に取った雑誌をパラパラとめくってゆく。
「決めたの」
 食い入るように見入って、呟いた。
「この際、忘れた時間に、さようならすることをね」
 その決意には冷ややかなまでの覚悟がこもっている。
 引き込まれて、休む間なくボルシチとパンを口へ運んでいたアルトの手が止まった。
 見ていたかのように、ネオンは塞ぎがちだった声のトーンを跳ね上げ、空気を入れ替える。
「・・・で、さっ!」
 アルトへ呼びかけた。
「あ?」
 その変わりように目を瞬かせて、アルトはネオンへと背筋を伸ばす。
「さっきから思ってたんだけれど。率直に聞いていいかしら?」
 雑誌をめくながら、やたらもったいをつけるネオン。
 最後のパンを口へ押し込みながら、アルトは促す。
「何でも」
 ネオンが雑誌から顔を上げた。
「あなたって、胸の大きな女のヒトが好みなわけ? そんなのばっかなんだけど」
 思わず口の中のものを噴き出しそうになるアルト。
 窒息寸前、かろうじて押し止まる。
 気にすることなくネオンはすでに、傍らに完成されていた雑誌の山へと、めくっていたそれを追加した。
「だったらわたし、安全か。よし」
 懸命に口の中のものを飲み込んだアルトの声が、そうして備品へ向き直ったネオンの背に飛ぶ。
「あのなッ、それ以上勝手に、ひとの持ち物、触るなッ」
「はーい」
 ネオンの間抜けた返事は、とにかく絶妙そのものだった。
                                     ACTion 41 へ続く・・・







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