ハードボイルドワルツ 有機体ブルース(29/105)PDFで表示縦書き表示RDF


ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 28 『I NEED A SPACE SHIP!』


『えらいことになった!』
 サスの体が突然のダミ声に引き寄せられて、モニターへと傾いた。
 聞き覚えがあって当然のその声に、ネオンも視線を落とす。だがモニターはサスの体に隠れて、ネオンの位置からでは見えなくなっていた。
『なんじゃ、また、エスパが売り切れとったとでもいうのか?』
 二つ返事、サスは鼻溜を揺らしている。
 その余裕とは裏腹に、漏れ出るダミ声はよりいっそう千々と乱れた。
『それどころではない! ブロードバンド・キャストライブはもう見たか? 船賊のコロニー強襲映像だ! 今、その付近にまで来ている。だがこれ以上はジャンクだらけで近づけん。規制線も張られた! どうにかならんか! あ、あの中にわしの・・・!』
 息せき切るその様子は半ばパニック状態だ。
 さすがにこれでは話しにならないと、ともかくトラを落ち着けるべく、サスはあえてゆっくりとした口調を醸し出す。トラの話を遮った。
『ああ、フェイオンのことかのう。デミが出かけておったわ』
 功を奏したか、とたんトラが我に返る。
『何! ご子息もか? で、ご子息は?』
 聞きつけたデミが、サスを押しのけモニター前へとその顔を突き出した。
『ぼくはここだよ! おいちゃんは今どこ? だっておいちゃん、さっき儲け損なっちゃったんだよ』
 あっけらかんと鼻溜を揺らして微笑みかける。
 そう、つまり、先ほど船の購入を案内する際、覗いておくべきだとサスが忠告したイアドの店とは、トラの店のことだったのである。さらに、交渉のさいは間に入ってやったのにと言ったサスとトラの関係こそ、惑星Op−1に建つデフ6仕立てのトラの店を譲り、譲られた関係に他ならなかった。
 信用による売り買いが日常的なギルドの世界では、こうしたつながりでもってして、相補の関係を築く商人も少なくない。
 おそらく、その半分をデミの呆けた笑みが埋め尽くしているだろうモニターを眺めるトラが、それこそが何よりの知らせといわんばかりに、顔中のシワを震わせた。
『おお、デミ坊! デミ坊ではないか! デミ坊は無事だったの・・・』
 声を高くする。
 が、次の瞬間にも、その表情はストップモーションでもかかったかのように固まっていた。
 信じられない光景を目の当たりとしたその瞳が、シワの奥でカッと見開かれる。なぜなら、デミが乱入したことでハスに構えることとなったサスの向こうに、モニターを覗き込むネオンの姿を捕らえたからだ。
『な!』
 吐き出した。続けさまのアナログズーム。自らモニターへ顔をこすり付けると、その存在を今一度、確認する。
 かたやネオンは、ようやく見えたモニターにのけぞっていた。
「うそっ!」
 半ば条件反射。脱兎のごとく半円卓から駆け出す。
 その勢いに圧倒されたデミが、きょとんとネオンを見送った。
『おねえちゃん?』
『何じゃ、どうした?』
 サスも不可解に鼻溜を揺らす。
 かわまずモニターの裏へ回りこんだネオンは、そこに立つアルトとライオンの背後へ身を潜めた。
「なにしてんだ、お前?」
 もちろん訳が分からないのは、サスとデミだけではない。訝しげな顔でアルトも背後へ振り返る。
「何って、隠れてるんじゃないのっ!」
 ほとんどコントの用を呈して、ネオンが小声でつき返した。チラリ、アルトとライオンの隙間からモニターを盗み見る。
「あれ、あいつが、さっき言ったあたしのボスなのっ。なんで、こんなに早くみつかっちゃうワケっ?」
「そりゃ、お前、ここ、ギルド店舗だからだろ」
「星の数ほどあるじゃないっ! なのになんでここなの! よりにもよってっ! あたしの自由はどこっ? 少しは考える時間、ちょうだいよっ!」
 しかしこぼしたところで現実が曲がるハズはない。モニターからは、すぐにもネオンを探すダミ声がふてぶてしいほど辺りへ撒き散らされた。
『待て、どこへ行った、ネオン! 今すぐ戻って来い!』
 相当にご執心らしく、興奮のあまり、かぶりついたモニターを固定位置からもぎ取ったトラは、マイクがごとく振り回している。すでにトラの顔すら捕らえていないモニター画面には、見慣れない天井や計器らしき部品類が踊りに踊って、次から次へと乱雑に映し出されていた。
『サス! ぼうっと見ていないで、つ、捕まえてくれ!』
 悲痛な声で訴えるトラの顔が、ようやく水平を取り戻したモニター内、逆さで映し出される。
『と、頼まれてもじゃな』
 ハイ、そうですかと、動くことなどさらさらできない。
 どうすべきかとサスはしばし、そうまで喚き散らす理由へ考えを巡らせ唸った。そうして、以前に聞いていたとある話を思い起こす。アルトとライオンの背後に潜むネオンを凝視した。突如、合点がいったかのように自らの膝を景気よく打ちつける。
『なるほど! アナログ楽器か!』
 表情を一転させるとトラへ声をひそめた。
『これが聞いておったあの船の?』
『ええい、今はその話をしているのではない!』
 トラが癇癪を起こす。
 同時に天地が修正されるモニター。
 サスはもう一度、品定めでもするかのように、ゆっくりとネオンを見回すと、鼻溜を揺らした。
『だが、捕まえろといわれてものう。今さっき、わしの客になったところじゃ。拘束するワケにはゆかんのう。もっとも、おまえさんの道楽に・・・』
 言いかけたところで、トラが強引に言葉をかぶせる。
『ええい! うるさい。うるさい! これでは埒があかん! ともかく、わしは今からそちらへ向かう! ネオンが客なら、しっかり相手をつとめておいてくれ! 頼んだぞ!』
 ブツリ、モニターは切れた。
 台風一過。
 室内が妙に広く感じられる。静けさの成せる業だ。
 かみ締めて、ネオンが恐る恐る2人の背後から抜け出した。
「フェイオンからじゃ、数日のうちに来ちゃう。まずいわよ。靴代だって返さなきゃならないし」
 独り言のように呟くと、何から手をつけるべきかと落ち着きなく辺りを見回す。
「まずい、とは?」
 と、ライオンが引っかかる言い回しへ疑問符を投げかけた。
 ネオンはまるで文句でもつけられたかのように、眉をひそめて答える。
「あんな借金、言いがかりに決まってるもの。放置船から見つけ出したから蘇生したって、その代金を支払えって。あんな大金っ! 放置船から見つけ出されたことが本当だったとしても、船ごとIDを売られた後に蘇生されちゃったから、どうしようもなくて今まで返済活動、続けてたけれど・・・、逃げるなら今がチャンスだもの」
「そういう意味でも、楽器は必要なのか」
「あれば、延々に稼げるってこと、実証済みよ」
 ネオンの瞳が満ちる自信に潤んだ。
 次の瞬間、その口を大きく開く。
「そうだっ!」
 ライオンへと身を乗り出した。
「お願い。とにかくどこでもいいから、船に乗せてって」
 だが、ライオンの船は今しがた注文し終えたところである。
「いや、わたしの船は登録手続きが控えている。今日、明日にはまだ来ない」
「だったら・・・」
 ネオンはアルトへ向きを変えた。
「靴代、返さなきゃならないしっ。ついでと思って、この通りっ」
 胸の辺りで両手を合わる。
 無論、アルトが承諾するハズもなかった。露骨に拒否して表情を歪めれば、この不穏な空気を感じ取ったデミが、鼻溜を揺らして訴える。
『おねえちゃん。おねえちゃんは、おいちゃんを知ってるの? ぼくはおいちゃんを知ってるよ。おいちゃんは悪いひとじゃないよ』
 控えめながらもトラの弁解につとめた。
 その声に、振り返るネオン。懸命だった視線が、自然とデミを射すくめる。
 気付いたサスが、すかさずそんなネオンの視線からデミの気を逸らせるように、いつもの口調を醸し出して呼び止めた。
『それはわしが一番よく知っておるぞ、デミ。さて、お前はそろそろ学校へ戻らねばならんな。わしもお前が無事じゃったことを、先生に報告せねばならんしの。お前は奥で準備をしてなさい』
 あからさまに話しをはぐらかされたデミの表情が沈む。だが、筋の通ったサスの提案に逆らうこともできなかった。あいまいに頷いたデミは、その指示を飲み込む。
『・・・うん、分かった』
 まだ何か言い足りなさげな面持ちで、半円卓を抜け出した。
 途中、ネオンへ振り返る。
『おねえちゃん、後でぼくの街、案内してあげる。ここで待ってて』
 言い足りなさを無理やりに引き出したせいだろう。そこにいつもの快活さはなかった。ただ、この殺伐とした空気を何とか埋め合わせたいと言う気持ちだけを、ネオンへ伝えよこす。
 気づくネオン。
 ひどく吊りあがっていたろう表情を、デミへと緩めていった。
『ありがとう。楽しみに待ってる』
 少しほっとしたように微笑み返すデミ。ミノムシドアとは正反対の、奥に据えられた小さなドアへ姿を消す。
「てな、お前、バカか」
 見計らったように声を上げたのは、船へ乗せてくれと言われたアルトだった。
「こっちもまだ、追われた身に代わりはないんだぜ。どこまで連れて行きゃ、気が済むのかは知らないが、2人っきりでいいってのも、いい度胸だ」
 言わんとしていることは、ごくごく単純だ。
 しかし、現状、怯んではいられない。
「なによ、さっきは選ぶ権利があるとか言ってたクセに。こっちこそ、選べるものなら選びたいところなんだから」
 つき返す。そして少しばかり声のトーンを下げると、こう付け加えた。
「それに、あの船賊のこと、少し気になる」
 言われて思い出すアルト。
「イルサリの召集、か?」
 唇を曲げた。
「あたしの依頼人だったわ」
 真正面からネオンはアルトを見据える。
「忘れてたな」
「それくらいのことかもしれないけれど」
 アルトの曲がっていた唇が一気に元へと戻された。
『サス、こいつが俺の船に乗せてくれとよ。それであんたの面子は立つのか?』
 言語を造語に切り替え、サスへと声を上げる。
 コトの成り行きを見守るようにイスへと背をもたせ掛けていたサスが、退屈を持て余していたように上体を起こした。
『ようやく、話がまとまったか。そうじゃの。まあ、届いたキットで、お前が補修を済ませてからの出航になるなら、おそらくトラの到着とはタッチの差となるじゃろう。それを盾に、逃げられたと言い訳することができんわけでもない。言った通り、わしが拘束する理由はないからの』
『なら後は、その、とら? とか言ったか?』
『そうじゃ、トラ・イアドじゃ』
『そいつの船任せ、ってことにしようじゃないか』
「ホントっ?」
 聞き取ったネオンが、胸の前で合わせていた手を握り締める。
「分かってんのか?」
 喜ぶのはまだ早いと、すかさずクギを刺すアルト。
「つまり、トラが先に到着したならトラの船に乗れってことだ」
 サスの顔を立てなければならない。
「いいわ。それでも」
 ネオンは頷いた。
『なら、決まりだ。じゃ、メンテの下準備やら、他に済ませたい用事もある。俺たちは先にドックへ戻ってるぜ』
 ライオンへ目配せした。
 もちろんそれは、後回しにされ続けたメッセージ再生を意味した目配せだ。
『DOG11 ね。あたしはデミとの約束があるから、その後で戻るわ』
 ならばと念を押すアルト。
『悪いが、じいさん。チビにこいつをドックまで送るよう頼んどいてくれ。勝手にタクシーでも拾われちゃ、また出費がかさむからな』
 了解したと、サスがねていた耳を跳ね上げる。
 横目に捕らえてアルトは、踵を返した。
 ミノムシドアへ手をかける。
 軽くサスへと会釈したライオンも、その後に続いた。
 慣れた手つきでミノムシドアを押し開けるアルト。が、その動きがピタリと止まる。思い出したようにサスへと振り返っていた。
『肝心なことが1つ、まだだった』
 唐突なその様子に目をしばたたかせるサス。
『なんじゃ?』
 アルトは続ける。
『で、ドリーのジャイロは、もう売りに出されたのか?』
 なるほど、それは確かに忘れていたと、サスは軽く微笑み返していた。
『いや、まだじゃ。お前の前から消えたと言うことならば、まだ誰かが握っておる』
 納得したようにアルトは後ろ手を振る。
『了解』
 今度こそ、ガラガラ鳴るドアを押し開け、2人は店を出て行った。
                                    ACTion 29 へ続く・・・







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      『N.riverの食っちゃ寝、創作!』 まで!

 





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