ACTion 27 『いくらだって?』
あまりに無防備なデミたちの話し声は、いつしか張り詰めることとなっていた緊張の存在を、アルトとサスに知らしめる。
拭い去るべく、サスはチラリとアルトへ目配せしてみせた。合図に、その頬を緩める。次の瞬間、手のひらを返したように、ネオンの手を引くデミへと猫なで声を出していた。
『どうじゃ、デミ。万事うまくいったか?』
『うん! もちろんだよ。リスト、見てくれた? おじいちゃん』
その代わり様に気付いた様子のないデミは、勇ましげに鼻溜りを揺らして、一直線に半円卓の中へともぐりこむ。すかさずサスの手元にある端末画面へ頭を突っ込んだ。よほど気になるのだろう、成果の確認に懸命となる。
ついて回るネオンの足元は、いつしかフリーサイズのエアソールシューズだ。
どうやら、注文の靴が届くまでの間、デミから借りることとなったらしい。履きこんだあとがうかがえるうえに、それは全くデミのものと同じ形だった。
そんな2人と分かれて半円卓の前へ回り込んだライオンは、ツナギのジッパーを下ろすなり、懐へと手を差し入れている。
見て取ったアルトは、もたれかかっていた半円卓から腰を浮かせると、そんなライオンへ場所を譲った。
『そうじゃの、靴はあの店で正解じゃが、どうして船はイアドの在庫をチェックせなんだ? 奴の目は信用できるぞ。交渉が必要であったのなら、わしが間に入ったものを』
心待ちにしている評価をデミへ告げるサス。
聞きながら、無事に発注が済まされたこと確認したデミの鼻溜は、ほっとしたように大きなため息を吐き出していた。ネオンの手を引いたまま、サスの問いに答える。
『見たんだけれど、最近、店を閉めてるみたいなんだ。品物が動いてなくて、それでぼく、別の在庫倉庫に変えたんだよ』
それは意外な事実だったらしい。
サスは考え込むように、丸いアゴへ手をあてがった。
『ほう。そうか』
さすって呟く。
『また、エスパでも買いに出よったか?』
傍らに、デミは引っ張り込んだネオンへ、さも自慢げに半円卓の説明を始めていた。
『この画面と、さっきの部屋は繋がってるんだよ。で、全部は、ギルドの本部にあるサーバーに繋がってて、そこで商品情報をやり取りするんだ。時には、すごく大きい銘柄の取引を、本部自体が各店舗に流して手配することもあるんだよ。ぼくがサポジトリでしてる勉強は、この端末を見ただけで、これがどんなものかって分かるようにするためなの!』
ネオンが視線を落とした端末画面は、果てなくスクロールし続けている。ネオンは、その量に圧倒されて、しばし目をしばたたかせた。
『すごい数』
『でしょ!』
得心いったデミが、再びサスへ鼻溜を振る。
『でね、おじいちゃん。ライオンのお客さんは、電子ウォレットで今すぐ精算してくれるって』
『ご老体、これで頼みたい』
同時に、半円卓の前へ回っていたライオンが、まさぐっていた懐から厚みのある紙片を引っ張り出した。サスへと差し出す。
その裏側には、みっしりと光学バーコードが仕込まれていた。
『また珍しいものを持っておるの』
受け取って、電子ウォレットと呼ばれた紙片を隅から隅まで眺めまわすサス。ひとしきり観察すると、端末画面の隅を弾いた。
『ま、わしとしては、支払いさえ済めば何でもかまわんのじゃが』
すかさずサスの手元に走査線が広がる。
サスはそこへと、電子ウォレットをかざした。
読み取られた内容は、即座に端末画面へと転記されてゆく。
追いかけて、サスの指が順次、文字を弾いていった。
『他に入用なものはないのか?』
念を押す。
答えるライオンに迷いはない。
『商売でここまで来た。これはそのギャランティーだ。全て使い切るわけにはいかん』
『なるほど。今、アルトからボイスメッセンジャーをやっとると聞いたところじゃ。ま、それにしても、また大きな仕事を引き受けたもんじゃの』
言いながら、サスは端末画面の文字列を、ライオンへと180度回転させた。仕草で、その内容にサインを求める。
ざっと目を通したライオンは、指示された場所へと指先を走らせていった。
『これきりにしたいものだ』
見届け、手際よく端末画面の向きを元へと戻すサス。
『確かに、度々船を失っておっては、割りが合わんだろうな』
走査線から電子ウォレットを離すと、ライオンへ返した。
受け取ったライオンは、大事そうに電子ウォレットを懐へとしまい込む。
続けさま、サスはネオンへも鼻溜を揺らした。
『で、そちらさんの支払い方法は何をご希望じゃ?』
すっかり忘れて半円卓に熱中していたネオンが、驚いたように顔を上げる。反射的にこう言っていた。
『モバイロが…』
とたん、止まるその息。
そう、モバイロなど、もうとうにいないのだ。
言われてサスは、早速にも辺りを見回している。
『モバイロ? そんなものは連れて来ておらんようじゃが?』
と、とある事実を思い出したアルトが、勢いよくネオンへと指を突きつけた。
『そういや、あんた、スパークショットでブッ壊れたってッ』
『なんじゃと?』
胡散臭げにサスがネオンへ視線を引き戻す。
『あの事故でなくしておるじゃと?』
眉をひそめてみせた。が、状況が状況だ、即座に代替案を提示する。
『仕方ないのう。代わりにIDをコピーさせてもらえば支払いは後でもかわまんが』
だがしかし、ネオンには、それもままならないのが現実だった。どちらとも管理していたのはモバイロなのである。弾かれたように頭を下げる。
『ごめんなさい! 必ず、払います!』
『・・・IDも持っておらんのか』
察したサスの声が、さらに渋味を増した。これは困ったと、鼻溜をきゅっと縮める。
『わしはツケで商売をせん主義なんじゃがの。キャンセルするにも、向こうはもう発送の準備を始めとることじゃし。どちらにせよ金はかかるぞ』
頭を下げたきりのネオンから目を逸らし、アルトへ訴える。
食らったアルトが、うろたえると唇を尖らせた。
『な、んだよ。その目は』
『いや、えらい客を連れ込んだもんじゃと思うての』
よもやそんな境遇だとは思ってもいなかったデミが、慌ててサスに取り入った。
『待って、おじいちゃん。おねえちゃんは、ぼくを助けてくれたんだよ。オマケしてあげてよ』
だがその話は、アルトとサスの間ですでについた話だ。
『ならば3人共にくれてやるか?』
あえて表に出すことを避けたサスが、デミを言いこめる。
押し黙るデミが、自らの力不足を悔やむような目でネオンを見上げた。
その不憫さをかばうサスの展開は速い。即座に新たな提案を持ち出す。
『なら、これでどうじゃ? わしがそのアナログ楽器を買い取ろう』
だが、それはネオンの表情を強張らせるだけだった。
『絶対ダメ。必要』
たどたどしい造語で訴える。
瞬間アルトは、『フェイオン』で聞いたネオンの言葉を思い出していた。
「内臓、バラ売りされるよりは、マシってやつか?」
聞いたネオンは、アルトへ小さく頷き返す。
「あたし、ギルドに借金があって、コレ、売ったくらいでは返せないから、あっちこっちで演奏を続けてたの。言ったでしょ? ドクターイルサリはあたしの依頼主だったって。他に特技もないし、造語も苦手だし。楽器をなくしちゃったら大変なのよ。お願い、あなたからも、後で支払うからって説得して」
突如、切り替えられたヒト語が聞き取れないサスとデミは、ぽかんとした表情で2人のやり取りを見守っていた。
聞き取れるライオンは一部始終を理解すると、返事を待つようにアルトへ振り返っている。
無表情のアルト。
『何を話しとる?』
サスが瞳へ不振な色を浮かべて問いかけた。
やおら、半円卓の前に立つライオンの隣に、アルトは並ぶ。
『いくらだって?』
その口を開いた。
聞いて、驚いたようにサスがその目を丸くする。
『ほ、毎度ご利用ありがとうございました』
『うるさい』
手早く手元の端末画面を切り替えるなり、アルトへと回転させた。
吐き捨てアルトは、端末画面へ目を通す。とたんネオンへ声を張り上げた。
「お前、コレ、送料の方が高いじゃねーかッ」
気にも留めていなかったらしい。うろたえるネオンは、即座にわびた。
「え、そうなの? ご、ごめん」
「なんで、ンなもん。今のヤツじゃ、だめなのかよ。全く」
「だって目が覚めたら、それ、履いてたんだもの。変えたくなくて」
「なら、今度寝る時は、それ履いて寝ろ」
ブツクサいいながら、アルトは所定位置へサインを走らせる。
見届けたサスが、満足そうに両手をこすり合わせた。
『またのご利用、待っとるぞ。次は貴金属でもどうじゃ? これが、地球のご夫人には人気があっての』
実に楽しげだ。
無言で、その顔を睨みつけるアルト。
遮り、それまで沈黙していたモニターが2人の傍らで息を吹き返した。
逼迫したダミ声が室内に放たれる。
『サス! そこにいるか? 一大事だ! えらいことになった!』
見ればそこには、顔面のシワをこれでもかと波打たせたトラの、狼狽しきった顔が映し出されていた。
ACTion 28 へ続く… |