ハードボイルドワルツ 有機体ブルース(27/105)PDFで表示縦書き表示RDF


ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 26 『過去からの来訪者』


『追われておるのだろう? 違うか、アルト?』
 サスの目が、試すようにアルトを覗き込んで細くなる。
 唐突に言い当てられたアルトは、しばしワケも分からずそんなサスを見つめ返していた。
『…どうしてそれを?』
 辛うじてそれだけを搾り出す。
『ドリーのジャイロか? ホロレターを出した輩が絡んでおるのか?』
 しかしサスは、そんなアルトの問いに答える様子なく矢継ぎ早に、次なる質問をたたみ掛けていた。
 勢いにおされたアルトは、しばし自らの疑問を保留にする。手短にサスへと経緯を伝えた。
『いや、あれはとんだ当て馬だったのさ。ジャイロをちょろまかした輩とは関係ないとみて間違いない。なんせその気で待っていた場所へ現れたのが、ジャイロどころか、ライオンと船賊だったんだからな。ホロレターを送りつけて来た輩が仕組んでたってワケさ。俺にはそいつが誰なのか、さっぱり見当はつかないがね』
『やはりか』
 とたんサスが元より承知といわんばかりに、丸いアゴ先をつまんで唸る。まるで何かを知っているかのような渋面を作ってみせた。
『そりゃ、どういう意味だよ』
 思わず露骨にいぶかしげな顔を向けるアルト。
 気付いたサスはいつもの表情を取り戻すと、鼻溜を揺らしてみせた。
『ヒトのいや、シロウトのデフ6の嗅覚でも無理かもしれんがの、ここへ入って来た時から、お前さんの体から臭気マーカーの臭いがしとっての』
『臭気マーカー?』
 臭い粒子の残留濃度で、対象の追跡を行うシロモノだ。
 指摘されて初めてアルトは、汚れ切った作業着へ鼻を押し当てた。
 しかし乾燥の挙句、腐敗臭すらしなくなったそこからは何の臭ぎ取ることができない。
 と同時に、どうりで船賊たちは群集の中にあっても目ざとく自分たちを見つけ出し、先回りの手を打ってはフロア下層に並ぶ無数のドアの中から的確に、転がり込んだ1室を判別することができたのだと理解した。
『デミは何も・・・』
 嗅ぎとることを諦めたアルトは、再びサスへと顔を上げる。
 素早く言わんとしていることを察したサスは、こう切り返していた。
『いくらデミがよくできる子でも、鼻が未発達な子供が嗅ぎ分けることは無理じゃ』
『なんだよ、ぼうずは口だけかよ』
 思わずアルトは毒づく。
 聞き流すサスは、すかさずネオンとライオン、そしてデミの消えた仮想ショールームを鼻溜で指し示していた。
『あの2人、デミもなついておる様子じゃし、悪党にだけは見えんかったが、お前さんが追われておる事を承知でここまで同乗してきたのか?』
 声を潜めて問いかける。
 とたん、出会い頭の辛らつなご挨拶を思い出したアルトの唇は、不機嫌に歪んでいった。
『確かめるだけにあの挨拶ってのはないぜ。こちとらいい迷惑だ』
 笑い飛ばすサスに悪意はないらしい。
『臭いやら何やらで混乱しての。わしとしては最善を尽くしたつもりだったんじゃ』
 仕方なくアルトは、それ以上の追及を諦める。
『ったく。ああ、大丈夫だよ。心配するような輩じゃない。デミを船に乗せろと言ってきたのはネオンだし、パラシェントは俺同様に匿名のホロレターで踊らされてきたクチだ。ボイスメッセンジャーで、なにやら俺宛のメッセージを預かって来ているらしい』
『メッセージ、と…』
 呟いたサスが、その背を再び椅子へとうずめていった。まるで思いつめるかのように胸の前で短い腕を組むと半円卓へ視線を落とす。
『先に言っておくがの』
 重たげに鼻溜を揺らし始めた。
『その臭気マーカーじゃが』
『全く気づかなかったな』
『お前さんの鼻では仕方あるまい。それにそいつは、まだ軍でしか実践投入されとらんシロモンでの。わしもこの間、民間がやっとる試作品流れで知ったところじゃ』
 チラリ、アルトを伺い見る。
 案の定、アルトはその視界で目を丸くしていた。
『軍の? どういうことだ? 奴らは間違いなく極Yの…』
 口走る。
 が、おもむろに、その先を飲み込んで口ごもった。脳裏に、重力減少下のミルトフロアで床を蹴り上げ軽快に駆け寄ってくる船賊たちの姿が蘇ったからである。あの時も、その装備を軍用のPPGだと認識していた。
 と、サスが組んでいた腕を解く。よぎる光景からアルトを呼び戻した。
『その様子では、お前は真正面からマークされとるハズじゃ。アルト、どこでやられたのか今すぐ思い出せ』
 急転直下。有無を言わさず強要する。
 まるで身動きを奪われたように、アルトはとたん、うろたえた。
『はぁ? 思い出せ、つったってな、ええと、そう急には…』
 シドロモドロで記憶を巻き戻しにかかる。
 デミを追いかけ続けた、ここまでの船内。コロニーでは船賊に追われ続け、それ以前となるとカウンターでの待ちぼうけの記憶が苦痛を伴って蘇る。さらにさかのぼれば、フェイオンへ向かう独りきりの船内が、イルサリ症候群という病の影と共に冷たく胸の内に広がっていった。
 そこで一旦、巻き戻し過ぎたと回想を止める。
 起点にアルトは、再度、注意深く再生を試みた。
 フェイオンの格納庫に船を預け、無数の利用者と共にシャトルでミルトへ向かったあの通路を。辿り着き、誰もいないラウア語カウンターで、ホロレターと仏頂面のラウア語店員を眺め続けた苦行を。
 と、そこで思わず声を上げる。
『だッ。まさか?』
『そいつか?』
 すかさず鋭い視線を向けるサス。
 アルトは知らず知らずのうちにさ迷っていた視線を、そんなサスへと固定した。腑抜けたような口調でこう言い放つ。
『店員だ。ホロレターの待ち合わせにあったラウア語カウンターのネイティブ店員だ。ヤツが思い切り俺に息を吹きかけやがった』
 どう考えても正面からとなれば、最後の無煙タバコをふかしたあの時しか思い出せない。
 聞いたサスは、まるで豆鉄砲でも食らったかのように肩をすくめていた。
『ほ、今度はラウアか』 
 埋まっていた椅子から背を浮かせると、ウインクとまではいかないものの、覗き込むようにアルトへ右目を突き出し、まぶしげに細めてみせる。
『そやつの正体、わしがお前に代わって調べてやろう』
 鼻溜を揺らした。
『それが残りの子守代じゃ』
 いつもの安穏とした表情を、そこに取り戻す。
 あっけらかんと、こぼしてのけた。
 とは言え、そう簡単に任せられない話であることは、一目瞭然。
『そんなに、はりこんでもらわなくてもかまわないぜ』
 アルトは半ば迷惑だといわんばかり、眉をひそめる。
 見上げるサスの顔色は、試すようにその色を変えていった。
『なら、アルト、お前さんは自分の手に負えると思うておるのか?』
『そいつは、どういう意味だよ。じいさん』
 矢継ぎ早、たてつくアルトの口調が強張る。
 和らげるべく、サスは挑戦的だった自分を悔いるように、こう付け足していた。
『お前がウチの稼ぎ頭になったのは、デミ同様、わしが育てたようなもんじゃからの』
 アルトは取り繕うようなその優しさを、容赦なく払いのけていた。
『よしてくれよ。この期に及んで保護者気取りか? それとも、またあんたのヒト助けに付き合わされるってのか?』
 皮肉を突き返す。
 瞬間、サスの表用が怒りに凍りついた。
 それまで漂わせていた親近感を一思いに払いのけると、半円卓を叩きつけるべく手のひらを振り下ろす。が、その手は半円卓に触れることなく、すんでのところで空を握り、端末画面の上へと引き戻されていった。
『…言っておくが、わしがお前を拾ったのは気まぐれではないぞ』
 押し殺した声で、そう呟く。
 分かっていて言い過ぎたことは、アルトも百も承知だ。
『…すまん』
 答えるしかない言葉尻が、言いようのない罪悪感に消え入った。
 受け入れるサスは、至極まっとうな見解に鼻溜を揺らす。
『死に急ぐもお前の人生じゃが、棺おけから引きずりだしたわしにも責任があると思うとる』
 否定する余地など、どこにもなかった。
『分かってる』
 答えてアルトは、自らを落ち着けるように半円卓へ背を向る。そして疲れたように、そこへと浅く腰掛け言った。
『俺の悪いクセだ』
 ため息と共に、その肩を落とす。
『地球へホロレターが送られてから、どうも落ち着かなくてね。おかげであのカウンターで2時間も粘っちまった。とっとと帰ってりゃ、こんなことに巻き込まれずに済んだってのに』
 どこを見るでもなく、宙を仰いだ。 
 その背で、サスが小さく笑うのを感じ取る。
『仕方なかろう。あれはお前のたった一つの、何も示さん手がかりだったからの』
『座標上からも地図上からも消されていた、マイホームさ』 
 力ない自嘲ほど、空回りも甚だしいものはない。
 だからこそ、かぶせてサスは陽気に笑い飛ばしてみせていた。
『おかげでわしは、船の着陸に失敗しかけたがの。年寄りにマニュアル着陸を要求するなど、無茶がすぎる』
 思い出してもゾッとするといわんばかりの身震いだ。
 想像するアルトの頬が、わずかに緩んだ。
『あんたの慌てっぷり、覚えてないのが残念だ』
『結局1部屋、押し潰したが、奥におったお前さんは、あの大量のクスリでへべれけじゃったからの。覚えておるも何も、生きとる方が不思議な状態じゃった』
『何で腐るほど浴びてたわけだかね』
 笑いついでに、アルトは言い放つ。
 そんなサスの手元では、仮想ショールームで注文された靴と船のリストが点滅していた。
 乗せていた手を脇へとよけたサスは、思い出したように画面へと視線を落とす。
『その理由、わかるやもしれんぞ』
 デミの仕事へ目を通しているせいか、その調子はどこか厳しい。
『おかしいとは思ってたさ。消された番地へホロレターが届けられるなんてな』
『だからやめとけと、わしは言ったんじゃぞ』
『いいや。だからこそ、放って置けなかったってことだってあるんだぜ』
 言い合って、互いに一息つく。
 と、サスが切り出した。
『なら、言っておいてやろう』
 何を? と、振り返るアルト。
 サスはちょうど、デミの見繕ったリストへ発注のサインを走らせているところだ。
『へべれけになって、お前はあの場所ですっかりそれまでを忘れたが、忘れられたものがご機嫌いかがと現れた。わしはそう考えておる。少なくとも、お前が浴びとったのも、何の因果か軍用の興奮剤じゃったからの』
 リストを保有ギルド店舗へ送信し終えたサスの目が、そんなアルトを捉えた。
『まさか…?』
 言わんとしていることを嗅ぎ取ったアルトの瞳が張り付く。
 すかさず言い含めるサスの根拠なき余裕は、まさに年の功だった。
『軍と言いたいところじゃが、決め付けるのは早すぎるわい。ともかく、記憶のないお前の手には負えん話じゃ。だからといって、またあれだけクスリを浴びることとなれば、記憶を失うどころか、今度は命を無くすハメになるやもしれんぞ。ここはわしに任せて、お前はしばらく船でも磨いておればよい。ついでに学校へ戻る次の便まで、デミの相手をしておいてもらえれば、わしは、なおさら助かるがの』
 否応なく、付け加えられたリクエストに苦笑するアルト。
『冗談きついぜ』
 すかさず真顔に戻った。
『年寄りの冷や水ってことにだけは、なんねーようにな』
『なぁに、たまには浴びるのも一興じゃわい』 
 サスの瞳の奥が、頼もしげに光を放つ。
 同時に、開く仮想ショールームのドア。
 よほどいい買い物ができたのだろう。楽しげな声が2人の耳に漏れ聞こえた。
                                    ACTion 27 へ続く・・・







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