ACTion 25 『腐れ縁』
『おじいちゃん!』
売り物にすらならないスクラップを余すところとなくぶら下げた、ミノ虫さながらのドアを押し開けたとたん、デミは勢いよく駆け出していた。
ここは惑星『アーツェ』。
コロニー『フェイオン』を命からがら抜け出してまもなく訪れた一酸化炭素飽和危機を、居住モジュールの片隅に積み上げられた備品より掘り起こした簡易仮死ポッドにライオンを押し込むことで回避したアルトたちは、混戦海域の強行突破で受けただろう船のメンテナンスを目的に、この惑星へ立ち寄っていたのである。
もちろんこの場所を選んだには、それなりの理由があった。
まず、それほど離れた場所に位置していなかったこと。そして何より、そこには修理に最適なアルトのドックが構えられており、それらキットを入手するに都合のいい馴染みのギルド商人が店を構えていたからだった。
そうして訪れたギルド店舗。
デミが飛び出し、端末と各種スケールメーターを要塞のように積み上げた半円卓の中央で、馴染みのデフ6商人が顔を上げる。
『おお! デミ! デミではないか!』
間違いなくサスだった。
何の因果か、デミはサスの孫だったのである。『フェイオン』の事故を知ってからというもの、よほど気をもんでいたのだろう。疲れにヨレた鼻溜をめ一杯に広げたサスは、立ち上がるなり声を張り上げていた。とたん、勢い余ってついた両手が半円卓に埋め込まれた端末画面を押さえつけたのだろう。周囲に光学バーコードの読み取り走査線や、取引先の名を連ねたアクセスログに、入荷待ち商品の一覧がホログラムやスクリーンとなって立ち上がってゆく。
目もくれず、サスはそんな半円卓を回りこんでくるデミの姿を追っていた。
もたれかかっていたイスを回転させ、遠慮なく飛び込んでくるその体を受け止める。
『どう言うことじゃ! どうしてここに?! 学校からお前があのコロニーへ向かったと聞かされて、わしはどうにか行方を捜そうと・・・! どれほど心配したことか! 怪我はしておらんおか? それとも、コロニーへ行かなんだのか?!』
心底甘い声を出すと、驚きに身を任せて矢継ぎ早にまくし立てた。
『おじいちゃん、心配かけてゴメンね。ぼく、どうしてもレポートを仕上げたくて・・・。それで、フェイオンへ行ってたんだ』
その胸へ鼻溜をこすりつけたデミが、すまなさそうな声を出す。しかしそれもつかの間、その表情は一変した。
『でも、ぼくは大丈夫だよ! だって、おじいちゃんが言ってた、ジャンク屋のカーゴで帰ってきたんだもん!』
『なに、ジャンク屋の?』
唐突な言葉に繰り返すサス。
加齢に寝ていた耳が跳ね上がる。
見上げるデミは自慢げな視線で、サスへと後ろを見るように促していた。
従い、ミノ虫ドアへと振り返るサス。
『なるほど、チビの夢が将来おじいちゃんの店を継ぐことってのは、こういうことだったってワケだ』
そこに立っていたのは何を隠そう、ススと乾燥した流動食でゴワゴワに固まった作業着を引っ掛けるアルトだ。
両脇には、見知らぬ2体の姿もあった。
とたん、デミの無事に緩んでいたサスの顔が怪訝に歪んでゆく。まるで初めて既知宇宙外生物でも見るように、アルトを、そして両脇に立つ2体を見回した。
無論、アルトが従えているのは、ネオンとライオンこと、ルーケスクッニトタンペーナイマだ。
『助けてもらったの!』
デミが付け加えた。
それを合図に、怪訝に歪んでいたサスの顔が、素っ頓狂に間延びしてゆく。跳ね上がっていた耳は倒れ、鼻溜がムズかゆそうにヒクついた。次の瞬間その鼻溜は、アルトへと格別の挨拶を放つ。
『なんじゃ、お前。しばらく会わんうちに、とうとう所帯持ちになったか? のう、ペットまで飼うようになりおって』
『な、ペット?!』
その辛らつさに、ライオンが思わず声を詰まらせる。
たたみかけて、爪先立つネオンが必死に造語を手繰っていた。
『あたし、この人、関係ないっ!』
挟まれて、引きつり笑いを浮かべるアルト。
さしおき、デミがつぶらな瞳をパチクリさせる。
『おじいちゃん、みんなのこと知ってたの?』
『お前は学校に行っておるから知らんかったろうが、アルトは、わしの仕入先のひとりじゃからの』
手のひらを返したかのように、目元を緩めた。
指差し、ネオンがアルトへ唇を尖らせる。
「ちょっと、ヘラヘラ笑ってないで、あなたも、ちゃんと説明しなさいよっ」
「その通りだ。いくら雇われのボイスメッセンジャーとはいえ、そのような立場に成り下がった覚えはない!」
ライオンもしかり、だ。
と、サスがデミから振り返った。
『わかっとるわい』
冗談だといわんばかりに言い放つ。その視線をネオンの足元へ向けた。
『じゃがの』
荒んだ様子を見るに見かねたらしい。
『これから口説くつもりなら、お前さん、靴くらい買ってやらんか。裸足で店へ入ってきたやからなぞ今まで誰もおらんぞ』
再びアルトへ顔を上げる。
確かに、ミルトフロア、円形ステージ脇ですっ転んで以来、折れたヒールを脱ぎ捨てたネオンは裸足のままだった。船をドックへ収めてからは3輪ジープの荷台に揺られてここへやって来たため、違和感はあれど、本人はあまり苦にしていないらしい。
『言っておくがな、じいさん、こっちにも色々と事情があるんだよ。それに、俺にも選ぶ権利ってもんがある』
間髪入れず、ネオンがそんなアルトを睨み返す。
「ちょっと、それ、どういう意味よ」
「そこだってんだよ、ソコ」
あえてアルトはヒト語で突き返す。
『そう言えば、お前もフェイオンへ行くと言っておったからのう。ともかく、連絡のひとつも入れておれば、わしももう少し安心できたというのに』
聞き取れないサスが、ようやくその本心を明かしてグチをこぼした。
『仕方ないだろ。ここへ到着して、ようやく発覚したんだからな』
きーっとうなるネオンを傍らに、アルトがサスへ頬を緩める。
『ま、お前でよかった。ともかく、デミの礼は言っておくぞ』
サスがイスの上で姿勢を正した。
アルトはその堅苦しさを即座に拒む。
『いや、そいつは遠慮しとくよ。あんたの孫だと知っていたら、よその船につっこんでたろうからな』
肩をすくめてみせた。
見て取ったサスの鼻溜が、甲高い笑い声に揺れる。
アルトも小さく笑い返していた。
『とにかく、ここへ寄ったのは、じいさんの孫を送り届けるためじゃない。おかげで船のメンテが必要になった。色々見繕いたい。あと、この2人もデミ同様に着の身着のままで放り出されてきてる』
手短に、ネオンとライオンをサスへ紹介する。
『こっちがパラシェントのライオン、こっちがヒトのネオンだ』
それぞれに、済ませる会釈。
と、デミが思い出したように、こう付け加えて鼻溜を揺らした。
『おじいちゃん。おねえちゃんはスゴイんだよ!』
『どういうことだ? デミ?』
サスの目元が再び慈愛に溶ける。
『地球のアナログ楽器を操るれるんだ。ぼく、お手伝いをして、その音、聞かせてもらったんだ!』
一身に受け、見上げるデミの顔は実に自慢げだ。
否定することを忘れたかのように、サスはひたすら頷き返していた。
『そうか、よかったのう、デミ。わしはまだ、実際に聞いたことがないぞ。それはいい経験をしたもんじゃ』
『そういうわけで、この2人にも入用なモノを探してやってくれ』
アルトが、デミへ丸めたサスの背中に言い放つ。
片耳に、仕事を承ったサスの視線が鋭さを取り戻していった。
『どれ、デミ、わしはこれから仕事じゃからの。そこで見ておるがいい』
その胸からデミを優しく引き離した。
『うん!』
椅子を反転させ、ドア前から半円卓へと歩み寄るアルトと対峙する。
『なるほど、それで合点がいったわい。じゃが、その珍品はご婦人の手元に見当たらんようだが?』
サスが、値踏みするかのように半円卓の上でその両手を組んだ。
『おいおい、冗談よせよ。ベビーシッターだけで、ここへ来たわけじゃないが、お宝を売りに来たわけでもないんだぜ』
『ドリーのジャイロはどうした? あの混乱から抜け出てきたとなると、メンテナンスといえども値は張るじゃろうが。元手はあるのか?』
さすがに珍品のそれをむき出しのまま持って歩くことだけは、はばかられ、楽器はカーゴのネットに吊るしてきている。
『礼を言うより、ここで2泊3日の子守代、勉強してくれたっていいだろ。一酸化炭素濃度の上昇でライオンを仮死ポッドに放り込んだが、チビの方を突っ込んだ方が正解だったぜ』
軽妙に吹っかけるアルト。
サスは唸った。しぶしぶ、ほどいた手で半円卓に埋め込まれた端末画面の文字を指で弾き始める。
『何が入用じゃ?』
『そうだな、まず、こいつの替えと、イレヴンの塗膜セットに、3.8ブースターのLファン。シリアルはパーフェクトフィフス。それからアクリルのクラック検知キット。ミールパック一式を頼む』
作業着を引っ張り、注文の品を数えるように指を立てていった。
それらを書き留めるように、サスは遅れることなく画面を叩いてゆく。
『塗膜セットは、421番だったな。ガスはいらんのか?』
ちらり、目配せした。
アルトはすぐにもかぶりを振って、その申し出を断る。
『いや、あんたんとこのは、無駄に1級品過ぎる』
『1級品に、無駄も何もあるものか』
分かっていないと文句共々、サスは再び画面へ目を伏せた。
『それから、ライオンは新しい船が必要だといっていた。こっちの裸足の女には、とりあえず靴だな。それ以外は直接本人から聞いてくれ』
サスがその声にアルト越し、2人へ視線を向ける。
『靴、サイズ、35。絶対、ヒール。8センチ。ある?』
なぜかしら、恐る恐る尋ねるネオン。
『ここにはないが、ギルドネットで探せんものはない』
払拭するように、サスが自信を持って鼻溜を振り返した。勢いよく、最後のひとつを入力し終える。
『なら、支払いは油圧式並列メモリーが相当じゃな』
アルトへ突きつけた。
『何、言ってる?』
とたん、目をしばたたかせるアルト。
畳み掛けるサスにスキはない。
『お前がカーゴで後生大事に吊っとるだろ。アレじゃ。そろそろ売ってもかまわんハズだろうが。ちょうど、客もついとることだしな。ちゃんとデミの子守代は差し引いたぞ。それで油圧式並列メモリーなら、お前さん、ツイとる!』
正直、なにがツイているのやら、さっぱり意味は不明だが、その口調には絶対にソンをさせないという妙な説得力が備わっていた。
とは言え、それなりの年月を重ねた付き合いだ。いまさらその話術にのせられるワケもなく、アルトは至極冷静に問い返す。
『いつ、そんなもんが俺のカーゴにあるって、見たんだよ。じいさん』
何しろ普遍的価値を持つと見越した油圧式並列メモリーは、そう簡単には売り払えないアルトの保険かつ、大事な財産だ。
『さあ、わしはみとらんぞ。だが、噂が値を吊り上げとる間がハナじゃからな。存在せんものは誰も探さなくなる。それこそ宝の持ち腐れじゃ』
サスが半円卓の上で前のめりになった。
見下ろし、あえてアルトは冷めた表情を装ってみせる。
『だったらそいつは、残念さまってわけだ。まあ、俺には関係のない話だがね』
が、そこで入る横槍。
それは、ここへ来るまでの間、くまなくスクーター船内を調べて回ったデミだった。
『ちがうよ、ジャンク屋! 忘れたの? だって、ぼく、カーゴで見たもん!』
あっけない暴露。
サスがニヤリ、笑った。
『えらいの、デミ。見分けがつくようになったか』
『だってぼくもう、6年生だよ!』
ぐうの音も出ないアルトの拳が震える。
『こ・・・この、パーツオタクッ』
吐き出し、立て続けにまくし立てた。
『船の代金はパラシェントが払う。残りはいつも通り、じいさん所で借りている船のドック代に上乗せすりゃいいだろ。引き落としまでには、きっちり稼ぐさ』
そう、ライオンには、命からがらボイスデリバリーを勤めて相当の依頼料が残されている。フェイオンに船の回収へ戻ることを早々に諦めたのも、再び船賊と鉢合わせすることを恐れたのではなく、依頼料が購入に差し支えない額だったからだ。
『なんじゃ、わかっとらんのう』
残念そうに承諾するサス。すかさずデミへと、鼻溜を揺らした。
『聞いたな、デミ。お前が奥へ案内して、船と靴のツアーを勤めなさい。他の注文もあれば、発注してかまわんぞ』
『ほんと?! ぼくがやっていいの?』
突然の大役を仰せつかったデミの両目が、大きく見開かれる。
『いい機会じゃ』
『分かった! やってみる!』
言うが早いか、興奮気味に半円卓から飛び出すと、ネオンとライオンを店内の片隅へ手招いた。
『ぼくが探してあげる。こっちだよ!』
ギルド端末によって各地に散らばるギルド商人の在庫や、本部が管理している情報の閲覧を、仮想ショールームという形で用意した別室のドアを開く。
「賢明なチビなら安心だろ。ぼったくったりしない」
アルトがライオンを促した。
「これで後は、メッセージを再生するのみだな」
「名残惜しいってワケか?」
「まさか。残念といえば、そのつまらん冗談が聞けなくなることくらいかもしれんな」
眉間に生えるテグスのようなひげを逆立て、笑みにも似た表情を残し、ライオンがショールームへと踵を返す。デミに誘われネオンはすでに、ショールームへ向かっていた。
そのドアが、控えめな音を立てて閉じられる。
と、同時に、始終デミの働きぶりを愛おしそうに眺めていたサスの顔から、押し流すように笑みが消え去っていった。かわって、コロニー崩壊以降、積み重ねた疲労が色濃く滲む。
『偶然とはいえ、お前さんの船に救われるとは、あの子はまるで、わしらの腐れ縁を体現しとるようじゃの』
ぼそりと、鼻溜を振ってため息をついた。
アルトも、小さく頷きかえす。
『あの時、俺は、あんたに拾われたわけだがね』
『全く、宇宙は広い。広いが、狭いの』
見つめていたドアの余韻を断ち切るように、サスは半円卓に埋め込まれた端末画面と向かい合う。
『注文の品は、いつも通りドックへ届けさせるが、いいか?』
一気に作業を仕上げていった。
『ああ』
『7時間後だ』
端末画面を180度回転させて、支払い合計を提示した。
『子守代が足らんと言うかもしれんが・・・』
ちらり目をやったアルトは、ついでに目にとまった作業着の付着物を指先で弾き飛ばし、ぞんざいに答える。
『かまわねぇよ』
『その代わり』
と、サスが確信をもって付け加える。緊張のためか、その声は妙に低かった。
『その代わり、わしがお前さんのトラブルの力になるぞ』
もうひと欠け、弾き飛ばそうとしたアルトの動きが止まる。
なるほど、そのために3人を別室へ移したのかと、アルトはサスへとその顔を上げていた。
ACTion 26 へ続く・・・ |