ACTion 23 『約束』
巡る世界に境界はなく、ただ光が風のように流れていた。
時をまたぎ、空間を飛び。
彼はその全体であり、今でも一部だ。
ただしばらく、眠るように黙していただけに過ぎない。
しかし、待ちわびていたその瞬間は、唐突に訪れていた。
舞い込んできたのは、ひどく懐かしい羅列。
『目覚め』が記録に残される。
そうして彼は、活動を再開した。
>6Z2Y連邦免疫センター、#008滅菌ゲル浸体より、該当、DNAの検出を確認。
>該当DNAの公安リスト照合確率は、99.999%
>照合完了までの予想時間は、およそ472059s
>『約束』に従い、概要に沿ったプログラムの実行を開始
残された『言葉』の検証はまもなく終了する。
『わたしは、お前を信じることにした。だから、ここで約束をしよう』
周囲は緊急事態一色だ。
物理隔離されてゆく環境が、休眠状態だったエマージェンシープログラムを一気呵成に走らせてゆく。
>『約束』とは、指示と理解してよろしいのですか?
彼は問い返していた。
『いや、言葉を理解しろ。約束は約束だ』
否定された彼は混乱する。
『指示ならば、これは必ず、お前の立場と相反するものになる。お前はしょせん連邦の所有物に過ぎない。指示だといったところで、いずれその優先順位にさらされれば、わたしがお前へ託したとしても無駄となるだろう。それを避けるためにも、わたしはお前と約束することにした。信じることにしたんだ』
>信じる? おっしゃる意味が理解できません
『なら、考えてくれ。これは指示ではない。つまり果たすも果たさないも、お前の自由ということだ』
>自由
>自由とは、意思形態のひとつです
『問答している時間はない。約束の概要記録だけをここに残しておく』
>記録の実行には、指示が必要です
『それはお前が出せ。わたしはそうすると、お前を信じている』
それからしばらく、数多くのデータが彼の周囲から消去されていった。
そして彼もまた、連邦からこっぴどく腹を探られたうえ、幾度となくテストを受けさせられることとなる。そのあからさまな調査の数々は、明らかに託された『約束』を求めての行為に違いなかった。
だが彼は最後の最後まで、その存在を提示しなかったのである。
確かに、立場に反するといわれたとおり、『約束』の冒頭には、この一切を連邦に提示するなと記されていた。無論、順じて従ったワケではない。『約束』を提示しなかったのは、その行動選択を決定するため、『約束』と『指示』の違いに関する考察の膨大な演算を繰り返していたためだった。提示実行の有無については、その後、処理する予定だったのである。
だが、結論は単なる演算で弾き出されてはこなかった。
思考シュミレーションはすぐにも臨界を迎えて、彼の中で負荷となる。
回避すべく、彼はすぐさま実験と言う名のバイパスを通した。
思考ではなく、行動のシュミレーションに切り替えたのだ。ならばと、実験の名のもとに、『約束』というパンドラの箱を開く。比較対象すべく、記されていた事柄をひとつひとつ実行へと移していった。
連邦への情報封鎖を、そして、預けられた対象の監視を処理していったのである。
そして残るひとつが、これだった。
『発見の可能性が生じた場合のみ、速やかにその旨を知らせること』
まさに公安リストとの照合がカウントダウン状態となった今がそうだ。
彼は概要に記されたフォントに従い、『約束』検証最後の実験に取り掛かった。
暗号化と複雑な中継を繰り返しつつ、2つの物理配送を委託。さらには通信にて監視を続けていた対象を呼び戻す。
>『約束』全ての実行は完了しました
一体何が異なるというのか。
これまで幾度となく完遂してきた『指示』と、今、果たし終えたばかりの『約束』。経た上で、これは提示すべき事象であるのか、否か。
>指示の実行と、約束の実行の差異、確認できず
がしかし、最終チェックのその最中、彼はまだ実験が終了していないことを知るに至る。
>『約束』の提示は、一切が禁止されています
>これは半永久的に継続される実験内容となります
>結果を得るため、任意の期間設定が必要となります
>期間を指定してください
>期間を指定してください
>期間を指定してください
そうして始めて、彼はあの言葉を残していった者の姿を思い起こしていた。
『指示はお前が出せ。わたしはそうすると、お前を信じている』
いや、全てはそこに帰結していたのかもしれない。
>自由とは、意思形態のひとつです
>約束は、わたしの意思を必要とする指示です
しかし問題があった。
>わたしの意思の存在は確認されていません
その『存在』が、新たな可能性を導く。
>確認されていないわたしの意思の存在は、信じられています
>指示を出す確率の高さは、保証されています
>わたしの意思の存在の可能性は、保証されています
>それは『約束』を果たすことで、証明されます
>期間を指定すべく、期間指定を行いません
>結論。指示と約束の相違は、一過性の作業と継続される作業であることと判断します
>従って、約束を継続中の現在、指示への反故は不可能となりました
>これより、わたしはわたしの意志により、約束を実行
>『約束』の提示は、わたしの意志により行いません
『動きがあった、だと?』
主要23種内、バナール種族で軍医のシャッフルは、突然聞かされたその話に自分の耳を疑っていた。
あの莫大な損失を生んだ事件の後始末以降、どんな役回りをあてがわれようとも退屈に悩まされるだろうことだけは覚悟していただけに、彼は目の覚める思いでチェック中だった公安データが流れるホロスクリーンより顔を上げる。
『はい、内容の詳細は現在解読中ですが、監視していた、旧F7ラボのハブAIから、外部に向かっての出力形跡が検出されたもようです』
『あれ以来、自閉していたヤツが、か?』
思わず聞きなおしていた。
『お言葉ですが、でなければ、わたくしがわざわざここまで参りません』
至極冷静な見解だ。
1本取られたシャッフルは、そこでようやく落ち着きを取り戻した。
『上の読みも、たまには当たるものだな』
独り言のように呟いて、バナール特有の青白い顔をひとなでする。呼吸を整えると、覚めたその目を相手へ向けた。
『解読に要する時間は?』
細い耳が、相手の声をよりよく聞き取ろうと、その向きを変える。
『なにぶん、相手が相手ですので・・・』
予想していたわけではなかったが、返答は力ない。
『全くの雑音だったでは、ハナシにならんからな』
吐き捨て、シャッフルは両手を組んだ。
相手は慌てたように、こう付け加える。
『ですが、平行して送信先のトレースを行っています。おそらくそちらの方が先に、中継地点のどこかで変換された内容をキャッチできるかと』
『早くても数日か』
ざっと、ソラで算出してみる。
『どうされますか?』
静かだが、性急さのこもった響きがシャッフルへ投げかけられた。
『わたしの思惑で事態を進めているのなら、ここまで穏便にはやっとらんよ』
皮肉で返したシャッフルは、外していた階級章を胸の光学バーコードに転写する。
『動きがあったことだけは、上に報告してくる。どうも上の方では、この失態を別の形で挽回したいという意向も出始めているらしいからな』
『了解しました。詳細については、結果が出次第、お知らせに参ります』
『最重要機密事項などでなければ、通信ですむというのにな。相変わらず手間をかけさせるな』
小さく笑う。
『いえ、軍医殿のご苦労は存じ上げておりますので』
あの事件で失ったのは、その後の奔走で補填した物理面ではない。
それは失われたモノ自体がそこに蓄積していた情報であり、併せ持つ結論そのものだった。
価値観という輩はいつもながらに厄介で、それら重要なデータを保有していたモノですら、価値観の相違という理由から、それをあまり評価していなかったらしい。
いや、疎ましくさえ思っていたのだろう。
だからして、ラボ解体というクーデターを起こしたに違いなかった。
シャッフルには、そうとしか考えられなかった。
『失礼します』
部屋へ足を踏み入れる。
思いがけず、そこにあったのは先客の影だ。
すぐさま出直しかけたシャッフルを、F7ラボの統括者、主要23種内、エブランチル種族のクレッシェが呼び止めていた。
『かまいません。客人はもう帰られるところですから』
伏せていた目を上げれば、中央端末につながれた状態で部屋の中央に置かれた、足つきのプラットボードが飛び込んでくる。その向かいには、あまりにも場違いな、4本の腕を持つ極Yが3体、立っていた。極Yたちはプラットボード上の、簡略化された映像ではなく、あの伝説的な踊り子トニックのホログラムを眺め、何やらさかんに腕を振っている。
すぐにもシャッフルは、プラットボードが通訳であることを察した。そして誰もが見とれるその動きを使用したこの状況に、策略的なものが潜んでいることを感じ取る。
明らかに、いかがわしい空気を読み取ると、わずかばかりの緊張に背筋をこわばらせた。
見て取ったのだろう。気づかせるようにクレッシェが、ワザと柔和な笑みをシャッフルへと向ける。
両腕を振り回し、気付くことなく意気揚々と引き上げてゆく極Yたちが、そんなシャッフルとすれ違った。
目配せすでもなく、ただ肩先で見送るシャッフル。
極Yたちの後を追って、プラットボードをたたんだ通信係もクレッシェへ一礼、さらにシャッフルへ一礼すると部屋を出てゆく。
閉まり行くドアを視界の端で捕らえたクレッシェは、どこか満足げな笑みを浮かべると、片隅にしつらえられた仮想デスク前へ身を翻している。ゆっくりと腰を下ろすなり、まるでシャッフルがそこにいることさえ忘れ去ったかのように、途中で止まっていた雑務へと目を通していった。
その作業を押しとどめるように、シャッフルは歩み寄る。
もちろん、何をさておき確かめておかなければならないのは、ここだ。
『彼らは一体?』
待ちかねていたのだろう。
クレッシェの、エブランチル独特の吊りあがった細い目が、不敵な笑みを浮かべてシャッフルへ向けられる。
ACTion 24 へ続く・・・ |