ハードボイルドワルツ 有機体ブルース(23/105)PDFで表示縦書き表示RDF


ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 22 『彼は未来を示したい』


<なんやと、逃げられたやとッ? お前ら、何、もたもたしとんねんッ!>
 最後のエレベータで『ミルト』フロアへ飛び上がったテンは、下2本の腕を振り回し、そう綴っていた。
 無論、その手振りは、音声言語を持たない極Y地方独特の身振りによる言語、通称『動話』だ。
 円形ステージを前に、つい今しがたスタンエアを放って宙へと舞い上がっていった3人を見上げる船賊たちの中へと果敢に踊りこんだテンは、すかさず上2本の腕で握っていたスパークショットを振り回し、手当たり次第に手近な船賊たちの頭を殴りつけてゆく。まるで楽器か何かのように、殴られたガスマスクがテンの周りで小気味よい音を立てていった。
 船賊のボスがお怒りとあれば、触らぬ神にたたりなし。
 テンのけんまくに我を取り戻した船賊たちは、恐れをなしてその周囲から後ずさってゆく。無論、その行為がまたもや、テンの苛立ちを煽ったことは言うまでもなかった。
<どいつもこいつも、やる気はあんのかッ? これはいつもの仕事とちゃうねんぞッ!>
 手刀のような動話が唸る。
 と、遠巻きに囲っていたその中から、1歩、身を乗り出す船賊があった。
<わかってるって。せやからみんな、一杯、一杯でやってるねんて>
 どの船賊も同じラバースーツにガスマスクをつけているせいで、固体識別は困難だが、その親しみのこもった動話は、幼い頃からテンをアニキと慕うクロマのものだ。そうした間柄が下敷きとなっているからだろう。クロマが部下たちの言い分を代弁することは、決して珍しいことではなかった。
 ガスマスク越し、テンがぎっと、そんなクロマを睨み返す。だからこそ、容赦のない動話を浴びせていた。
<そんなモンは言い訳やッ! 一生懸命やったところで、結果、でぇへんかったら、全く意味がないんやぞッ! わかっとんのか、クロマッ!>
<そうやけど…>
 突きつけられた正論にクロマの手元が鈍る。
 ほうってテンは、おもむろにあさっての方向へと手を振り上げていた。
<どこ行ったっ?! 無線係っ!>
 矢継ぎ早、囲う船賊の中へ呼びかける。
<だいたい、ここはオルターのとこが張っとく予定やったんとちゃうんかっ? オルターや、オルター呼び出せッ!>
 綴った。
 その動話は私語を挟みながらも、連絡係を探して一気に周囲へ伝播されてゆく。
<無線〜! ボス、荒れとんぞ〜!>
<あいつら、よう、飛びよったな>
<装備切って、飛べるか試すか?>
<あかん、あかん、どこいくかわからんて>
<無線〜! オルターに連絡やて〜>
<はよせな、また雷、落とされるで>
 と、その散漫とした動きの中から、音声を媒体としない通信のため、スキャンされてきた動作映像を投影するプラットボードを首から下げた無線係が、ひときわ大きな身振り手を振ってみせた。
<ボスぅ〜、つながりました〜! なんか、オルターの奴、スロープで身内やられたいうて、しょげとりますぅ!>
 首から提げた画板のようなプラットボード上には、動話の動きを真似て揺れるマネキンが投影されている。
 すかさず周囲で動話が飛び交った。
<うっわぁ〜、とうとう死んでもたか。強襲かけて、ポリさんにしょっ引かれるんやったらまだエエけど、なんやよう分からん奴に撃ち殺されるのだけは勘弁してほしいわ>
<ボスはああいいよるけど、やっぱ、無理やねんて>
<なぁ。だいたい、オルターんとこも、フリジアんとこも、ミクソリディアんとこも、この間までシマ争いしとった間柄やのに、生き残りがかかっとるからゆうて、んな、急に足並みが揃うかいな>
<俺らは、滅び行く極Y地方の、ただの船賊でええねん>
<ホンマや。明日、それなりに美味いもん食えて、ええ、ねえちゃんと遊べたらそれで本望やわ>
 同時多発的に好き勝手をつづり始める。
 音ならば干渉し合い、聞き取ることは困難だが、それらは平たく視界に映る光景だ。捉えてテンは、瞬時に全てを読み取ると、腕のみならず体全体を使ってつづりたい放題の周囲を制した。
<うるさいッ! お前ら、自分のことだけしか考えとらんのかッ! これは極Y地方全体の未来がかかっとんねんぞッ! しょうもないこと言うなッ! ええか、無線係ッ! オルターには、死傷者をさっさと回収して、体勢、整えんかい、いうとけッ!>
 振り回される度に空を切る腕が、ひゅんと音を立てる。
 見て取った周囲の動話は、恐れをなしてピタリとやんだ。
<りょ〜、かいっ!>
 その中、2つ返事で伸び上がる通信係。
 立て続け、テンは別の船賊を呼びつける。
<追跡はまだできとんのか?! 担当ッ!>
 再びそぞろに伝播される動話。無線係とは反対の方向から、追跡担当が腕を持ち上げた。
<まだマークされてま!>
<せやけど、印つけるヒマあったら、あの時、いっぺんに押さえたらよかったんちゃうんか?>
 またもや、その傍らで雑談が繰り広げられる。
<いや、ちゃうらしいで。なんや、まだ他にもおるらしいわ>
<それ来るの、まっとんのか?>
<待ちすぎて逃がしとったら、世話ないのう。俺ら>
 放たれる馬鹿笑い。
 押し分けて、追跡係はテンへと付け加えていた。
<せやけど、ボス! これ以上、離されるとマズいっス。反応、弱まってきてるみたいっスから!>
 見て取るや否や、テンはクロマへ振り返る。 
<おい、この穴、開けたんはどこや?>
 クロマの返事は早かった。
<フリジアんとこです。確か、ダウンサイドのシャトルチューブから入るって言うてたと。おんなじルートで追いかけるのは、ちょっと危険とちゃいますか?>
 先程までの意見の食い違いとは別の話と水に流し、テンは素直に頷き返す。そして矢継ぎばや、周囲へ指示を振りかざした。
<無線係はフリジアへ、奴らがそっちへ向かったいうて伝えろッ!>
<了解〜>
<それからオルターには、とにかくダウンサイド張れ、いうとけッ! 俺らはシャトルで奴らを引き続き追跡やッ! 居場所の特定、確保につとめるッ!>
 テンの動話を伝えて、囲う船賊たちがその動きを模倣していた。あっという間に、モザイク模様がごとく彼らの間をテンの動話が駆け巡ってゆく。
 満足げに見渡し、テンはよりいっそうしなやかな身のこなしで動話をつづった。 
<ええかッ! 失敗したら後はあらへんのやッ! このままやったら、造語をしゃべれん極Y地方が既知宇宙で生き残れる確率はあらへんッ! せやから、俺は音声言語を手に入れることにしたッ! そのために好かん奴らとも取引したッ! 指定された奴らは必ず連れ帰るッ! なんや、今さら動話、捨てるのが嫌やからいうて、手ぇ抜くような奴がおったら、承知せんからなッ! 俺らは晴れて、造語を話す最初の極Y民族となって、故郷と中央を繋ぐんやッ! 忘れんなッ! てめぇらッ!>
 気付けば、伝播するその腕を止めた船賊たちが、引き込まれたようにテンの動きを見つめていた。
 確かに、全くもってこうした場面でのテンの動きには、他を魅了してやまないだけの華が、美しさがある。それが標準的な極Y体型からして多少長い手足のせいだとしても、そこに止まらぬしなやかさとたおやかさはどこか品性さえ兼ね備えて、動話とは思えぬ舞踏にも似た動きを、誰にも真似のできぬ独特の存在感と雰囲気を、漂わせていた。
 そう、まるで、まだ動話が虐げられるずっと以前、造語すらなかったあの頃、世紀の踊り手として宇宙に名を馳せた極Yの英雄、トニックのように。
 このいっけんすると無謀とも思える話に、オルターやフリジアやミクソリディアが賛同したのも、そうしたテンの資質によるところが大きかったとも言えよう。
 振り切ったテンの腕が宙を指し示す。 
 見入る船賊たちの間に、しばしの沈黙があった。
 と、次の瞬間、雄たけびにも似た勢いで、スパークショットが振り上げられる。テンの熱意に答えるかのように湧きかえった。
 にわかに取り戻されてゆく一体感。
 浮き足立つとはこのことだ。
 その中を早速にも、消えた3人を追うべく手近なシャトル乗り場を知らせた動話が流れてゆく。
 模倣した者から順に、ゲートへと駆け出していった。すると今度は、反対側から無線係の傍受内容がテンの前へと伝播されてきた。
 どうやらフリジアからのものらしい。
 ハデに飛び上がった3人が、近辺に姿を現さなかったことを告げ、ついでに歪んだリングに巻き込まれそうなので、管理センター制圧に向かったものが戻り次第、一旦、コロニーを離脱する旨を綴ってみせた。
<いったんって、トンズラする気じゃないだろうな、てめぇらっ!>
 振り返すテン。
 他の船賊と共に、『ミルト』のゲートをくぐり、シャトル乗降口へとなだれこむ。降りてきたばかりのカラのシャトルへ、足場もないほどに乗り込んだ。動き出せばフリジアが伝えてきたとおり、半透明のシャトル越しに重力を急激に絞ったせいで不安定となった発着リングが、よれるように回転している様を見る。
 おかげで、つながるチューブも揺さぶられていた。
 シャトルは右へ左へ、チューブへ機体をぶつけながらリングへ向かう。
 その揺れに堪えながら、テンはこう手を振っていた。
<追跡係、反応は?>
 すぐ隣にいた追跡係が、たたみ掛けるように答えてよこす。
<かすかに・・・>
 が、そこで動きを止めた。
 すぐにも腕を振りなおす。
<いやぁ、増幅中っス! 方向、合ってます!>
 そして合点がいったように、その手で自分のガスマスクを弾いてみせた。
<あれや、メンテ管、つことんのや>
 シャトルチューブと平行に伸びる、半透明でもなければシャトルも通れない細いチューブを指し示す。辿れば、サルベージしていたシャトルチューブから離れゆくフリジアの船が確認できた。完全にその船体が離れたシャトルチューブは、まるで支えをなくしたように、ぐにゃりと折れ曲がってしまう。
 そこでテンの視界は乳白色に包まれた。
 程なくシャトルは発着リングに停止する。
 開かれるドア。
 が、すぐにもつっかえて動かなくなった。
 待ちきれず、力任せに押し開けるテンら船賊たち。
 踊り場へ、抜けてメイン通路へと飛び出していった。
 そこに溢れているのは、当然ながら救命具を吹かせ、逃げ惑う利用者たちだ。それら利用者たちは、ふりかざされるスパークショットと、ラバースーツの不気味な集団を見て取るなり、ありとあらゆる言語の悲鳴を上げて、テンらへ道を開けた。
 テンたちの視界が一気に開ける。
 その先には、見失ったハズの3人の姿があった。
<おった!>
 3人は反り上がる天井にぶら下がると、周囲を見回している。テンたちに気づいた様子は微塵も感じられなかった。
 迷うことなく駆け出すテンたち、船賊。
 が、その行く手をふさいで分厚い隔壁が降ろされる。背後もしかりだ。
 溢れかえる利用者が悲鳴を上げた。
 テンたち船賊もまた、悲鳴を上げる。
<ひゃ〜>
<マジかよ!>
<閉じ込められたんちゃうんか、これっ?!>
<やばい〜、やばい〜>
 もう、こうなっては、両者のあいだに違いはない。
 とっさに、テンは駆け出してきたばかりのシャトル昇降口へと振り返っていた。そこには使用中止の文字映像が浮き上がって、ここが完全に閉ざされたことを知る。
<ボス!>
 呼び止め、何かが動いた。
 乱れたこの状態では伝播が無理だと読んだ無線係が、テンの目の前へと駆け込んできたのだ。
<なんや!?>
 テンの焦点が手元へ戻る。
<ダウンサイド確保は無理。オルターは部下の命を優先すべく、現場を離脱する>
 無線係は、すかさずそう綴っていた。
 どうやらスロープで痛い目にあったオルターの決断は、この状況を前に、予想以上に早かったようだ。
<好きにせぇ!>
 テンはひとふり、払いのけた。
<奴らの反応、完全に消えましたぁ>
 続けさま、そんなテンの左脇で、追跡係が手を振ってみせる。
<それよか、あいつら、追う方法、考えんかいッ!>
 たまりかねたテンは動話を投げ返していた。
 瞬間、大きく揺れる発着リング。
 隔壁と隔壁の間に缶詰された利用者が、棒でかき混ぜられたかのように宙へと舞い上がった。装備のおかげで地に足をつけているハズの船賊たちでさえ、よろめく。
<次はなんやねんッ!>
 振りかぶれば、テンの前にクロマが飛び出してきた。
<アニキ! 船や! 俺がシャトルん中で、通信係に呼ばせた>
 見て取るなりテンの動話は、らしからぬオーバーアクションに乱れる。
<何、勝手なこと、しとんねん、お前っ!>
 パニックさながらの船賊の間を、<船>と<呼ばせた>の動話が、一筋の光として一気に伝播していった。
<今は立て直す時やってっ!> 
 肩をいからせ、力説するクロマ。
<隔壁くらい、抜けるやろがッ!>
 テンが掴みかからんばかりの勢いで、そんなクロマへ肉薄した。
<それまでここがもたへん!>
 と、振り合う2体の向こう側で、天井がぼうっと赤く腫れ上がる。次の瞬間にも、脳天をゆるがすような破裂音と共に光を噴出すと、通路へ突き刺さる稲妻と共に焼け落ちた。
 ぽっかりと空いた穴の向こうから、覗いたのは知った顔だ。
<早く乗って下さい!>
 それは動話というよりも、明らかなジェスチャーでそう訴える。
 段取りとしてはサルベージウインチで船とリングを固定後、機密カーテンを貼り付かせての突入となるのだが、リングが安定していないせいでカーテンとリングの間に微妙な隙間があるのだろう。隔壁に密閉されたはずの通路内には、突風が吹き抜けていた。運悪く、天井の一撃に黒焦げとなった利用者の体が、木の葉のように舞い上げられて、その隙間へと吸い上げられてゆく。
<早く! あなたが示したいのは未来だ! その未来を信じるなら、次は必ずあるハズです!>
 穴から覗いたその腕は、単なるジェスチャーを動話へ切り替え、テンへとそう綴った。
 睨み付けるように見ていたテンの、前のめりだった姿勢が緩む。
<・・・しゃぁない>
 絞り出すように、その腕が動いた。
 上2本の腕でスパークショットを背中へ回す。同時にテンは、下2本の腕で周囲へ指示を飛ばした。
<お前らッ! 退避や。全員、装備切って、船へ戻れッ!>
 その後、レコードタイムを刻んで船は、コロニー『フェイオン』からの離脱をはかる。
                                ACT 23 へ続く・・・







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      『N.riverの食っちゃ寝、創作!』 まで!

 





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