ACTion 21 『大事な預かりもの』
仕事場は窓もない3メートル四方の部屋。
シワに覆われ、ふてぶてしく膨張したトラの体に、そこは狭すぎるくらいの空間だった。
その大半を陣取って据え置かれたデスクには、店先のカメラとつながるディスプレイに、モバイロの動作内容を把握するための専用端末、さらにはギルドネットの別端末が並んでいる。一般端末と、そこにつながれたプリンターは、それら機材の上へ無造作に積み上げられ、どこからどう聞きつけたというのか、ネオンへの演奏依頼を受信しては紙媒体へとその内容を印刷し続けていた。
一口に『ギルド』といってみても、顧客情報の管理や買い取り価格の設定を行っている中央本部を除けば、実際に物品の売買を行っている窓口はどれも個人商店そのものだ。ゆえにその営業スタイルも様々で、カウンターでの対面取引から、店舗を必要としない出張取引までもが存在していた。
そんなギルド商人の中でもトラが選んだスタイルは、店先のカメラ越しにやり取りを行う、売り手との接触を極力に避けた遠隔取引である。客の目にするモニターへ代替の映像を貼り付ければ、手っ取り早く素性を隠せるというやり方だ。無論、だからといってそれほどまにトラが危険な取引を行っているのかと言えば、またそれは別の話をしなければならないだろう。
まだ店先のカメラとつながったディスプレイに客の姿は映っていない。
トラは退屈したように視線を逸らした。
クッション性だけは特A級のイスを軋ませ、体をひねる。
ちょうど手の届く場所には、イスを引くスペースすら惜しんで据え置かれた簡易保冷庫があった。
慣れた手つきでそのドアを引き開ければ、中から合成保存料無添加が売りの、アズレ印のエスパが山と顔を覗かせる。
1袋、つまみ出してデスクへ向き直った。
後ろ手に、保冷庫のドアを閉める。
その振動に、山とプリントアウトされていた依頼書が、はらりはらりとトラの頭へ降り注いだ。元来、たまにしかのぞかないプリンターのトレーである。慌ててかき集めなければならないほど、さして珍しいことではない。内容に目を通すことなく、トラはランチョンマット代わり、依頼書を袋の下に敷いた。
エスパのロを開く。
その中へ、うやうやしく指を伸ばした。
ひとつまみする。
待ちかねた口の中へ、放り込んだ。
とたん、口の中に広がるのは、独特のクサ酸っぱさだ。噛めばほろほろと消え入る食感も、トラの幸せを倍増させる。
合成保存料無添加のせいなのかどうか、アズレ印のエスパは、まるで故郷のママが作るエスパの味にそっくりなのだ。
思い出せば、ネオンに浴びせられた『エビの尻尾野郎』もどこかへ消えてゆくようだった。追い討ちをかけて、トラはもうひとつまみ、袋へ手を伸ばす。先程より豪快にほおばって、ソースの残る指先をも念入りに味わった。ようやくその口から、得心と満足のため息が漏れる。
すかさず、食べきってしまう勢いで袋へと手を伸ばした。
が、つまみかけて、その手を止める。
このエスパ、近辺では意外に特殊な菓子らしく、買出しに手間取るのが通例だった。いくら買いだめをしているからとはいえ、自棄食いするのはもったいないといと思い直す。明日の楽しみに取っておくべく、トラは袋へ伸ばした手を引っ込めた。
袋の口を止めようと、そこいらに転がっているだろうクリップを探して辺りをまさぐり始める。デスクの上でホコリのように積もり、散乱している依頼書をかき分けた。
と、その隙間には、見慣れない光。
行き当たりばったり動いていたトラの手が止まった。
その光はディスプレイの左手側、モバイロ専用端末から発せられている。そしてその色は、間違いなくモバイロからの信号が途絶えた時にのみ点滅する赤だった。
『なん、だと?』
呟く。
咄嗟に何かの間違いだろうと考えた。
確認すべく、端末を再起動させてみる。
が、しかし、再起動した端末は、信号が途絶えたことを示すどころか対象を見失って無反応となる。
見る見るうちに、トラの顔でシワがシワを重ねていった。
『モバイロが、ダウンした?』
険悪を極める。
信じられず、端末に残されているモバイロの動作データーの確認に取り掛かった。だが、そこに残されていたのは、エスパの幸福感を一気に吹き飛ばす情報だったのである。
『船賊の襲撃を受けているもようです…だ?』
思わずトラは音読していた。
同時に、頬にぶら下がるシワがブルンと震える。
確かにモバイロは音信不通となる直前、ネオンが所在地として告げた『フェイオン』第28階層のマップをダウンロードしたうえで、管理センターの救難信号をそう音声化していたのである。
何かしら穏やかざる事態に、ネオンが巻き込まれたことは言うまでもなかった。
まさにそれはクリップどころではない事態。
知るや否や、邪魔だといわんばかり、トラは食べかけのエスパごと散らばる不要の依頼書を机の上から払い落とした。すかさず、その向こうから現れた一般端末のジャックを正面ディスプレイへ差し込む。店先を映していたディスプレイが、そこに一般端末の検索ウインドを開いた。無論、調べるのはモバイロ情報の正誤だ。『船賊』という言葉通りなら、混乱しているだろう『フェイオン』へのアクセスを避け、トラは別ルートでの『フェイオン』調査を開始する。
が、ビンゴの感嘆符がトラの頭上に現れるまで、そうは時間がかからなかった。なぜなら、片田舎に浮かぶ巨大コロニーの緊急中継は、今やメディアの華と化していたのである。既知宇宙を巡るサイト、チャンネルでは、すでにより取り見取りでその光景が流されていたのだった。
手っ取り早く、目に付いたその1つを選ぶトラ。クリックすれば、メンテナンス用の監視カメラらしき理想的アングルがコロニー全体を映し出す。
コロニーはちょうど上下発着リングを歪に波打たせると、周囲へ無数の破片を撒き散らしながら崩壊している最中だった。その発着リングの片側には1隻、メインシャフトには2隻、明らかにサルベージウインチで貼りつく不審船が確認できる。無数の船は、それらの隙間を縫うようにコロニーから飛び出し続けると、方々で接触事故を引き起こしていた。
見回したところで、映像は不意に途切れる。飛び来る破片にカメラが破壊されたらしい。
トラはすぐさま、新たな視点へと画面をすりかえた。
しかしそこに目新しいものを見つけることはできない。
一旦、そのウインドを脇に寄せる。
ならばとトラは、モバイロ端末からモバイロが手配した船の一覧を引っ張り出した。その中から『フェイオン』行きの船の有無を確認する。間もなくはじき出されてきたのは、『サウスプンカ』だった。そこから所有元の出稼ぎ斡旋業者へ飛び、乗船者リストの中身を覗く。連なるIDの中に、自分が見繕ったネオンのそれは残されていた。
瞬間、シワを波打たせ、弾かれたように立ち上がるトラ。
勢い余ってぶつけた椅子の背に、保冷庫のドアがへこんだ。
あの惨事の中にネオンがいる。
ドアのへこみなど、関係なかった。
迷うことなく右壁面のスイッチを叩きつけて店のシャッターを下ろし、その手で、なくさないように貼り付けていたクルーザー船、『バンプ』のキーを机の裏から毟り取った。すかさず懐のシワの奥へ差し込むと、散らばる依頼書を踏みつけながらドアを押し開ける。狭い仕事場を飛び出した。
『バンプ』はこの建物の屋上だ。
そこへと連なる階段は、踊り場ごとに反転を繰り返している。シワを弾ませ、壁に身をこすりつけながら、一気に駆け上がった。
断っておくならば、トラが店を置くこの惑星『Op−1』は、もとより原住種族がいないことから、方々より移住してきた雑多な種族がそれぞれに工夫を凝らして生活環境を作り上げた加工惑星である。その中でも身の丈がテラタンの半分ほどしかないデフ6が中心となって開拓したのが、この場所だった。つまり、そんなデフ6から買い取ったこのビルは、その何もかもがトラにとっては小さい。
そこを押し切り、息を切らせて辿り着いた屋上には、はみ出さんばかりの大きさで、野ざらしの『バンプ』がトラを待っていた。
乗り込むというより、開いたハッチへ体をねじ込むトラ。船首のコクピットへ駆け込む。座席へ腰を下ろせばベルトもかけず、安全装置を迂回してバイパスをかけた、やたら簡素な手順のシステムを一気に立ち上げていった。
見上げれば、『Op−1』独特の濃紺の空は、今日に限って降り注ぐ隕石やら宇宙ゴミの数々に、絶えず引っかき傷を走らせている様子だ。だからといって、今日に限り出航を見合わせる訳には行かない。
すぐにもエンジン全開。
周辺住民の迷惑もかえりみず、アンテナ、建材、洗濯物までをも巻き上げて、トラは一路『バンプ』を『フェイオン』へ発進させる。
ACTion 22 へ続く… |